上等な風呂に入れられ、着させる服がないからとこれまた上等なメイド服のワンピースを着せられる。
車椅子を与えられ、俺はひとまず移動手段を得ることが出来た。
俺が今いる所は、大きな屋敷でその一室だ。
掃除が行き届いた部屋だった。
飾るような高級感はなく、それとない上品さが滲む俗に言う『良い部屋』というのはこういうものを言うのだろう。
四苦八苦しながら窓を開けて、空を眺める。
どこまでも澄み渡る広く青い空。
鳥が歌い、花びらが舞う、そんな空。
「きれい…」
前世でも、今世でも、こんなに綺麗だと思うことは無かった。
広い空を優雅に泳ぐ飛行船。
…飛行船?
まあ、魔法がある国だと思い直し、無意識に車椅子から乗り出そうとしていた体を再び車椅子に傾けてほう。と息をつく。
平和だ。あそこと違って暖かいし、明るい。
足は動かないが、アクティブな趣味を持っていることもない。
カナリアは何を思って何をしているだろう。
助けに来ようとしてくれているだろうか。
願わくば、俺の足跡は見つけないで欲しい。
俺はセムルスじゃなくてダタールにいて。
セムルスの軍人である彼女が俺を助けようとしたら、戦争になってしまうかもしれない。
俺は大丈夫だと。心配しなくても、俺はあなたと同じ空の元で上を眺められていると。
言えたら。どれだけ良いだろう。
コンコンコン。
ドアをノックする音が聞こえる。
思わず身構え、車椅子を動かしてドアが見える体勢をとる。
だがここは奴隷商館とは違うことに気づき、若干警戒度を下げながら「どうぞ」と言う。
すると鎧を脱いだスペシアが入ってきた。
「失礼する…そう警戒するな。ここはお前がいた場所とは違う」
「…まだ、わからないから」
「そうか。そうだよな…王がお呼びだ。城に行く。車椅子は私が押そう」
警戒をやめて、スペシアに任せる。
スペシアに押された車椅子は屋敷を出て城の中庭にあたる箇所からそのまま城に入る。
城は大きく天井は遠い。
一種の観光気分になり、天井を見上げてしまう。
その様子が面白かったのか、スペシアは微笑んだ。
俺はその様子が面白くなく、ムッとする。
それに対してスペシアは慌てて言う。
「す、すまない。城は珍しいだろう。あまりに可愛くてついな」
「かわいくないです!」
「ふっふふふ」
俺のとった態度で火がついたのかスペシアは顔を背けて笑いを堪えているようだった。
対して、俺は顔から火が出るような思いだった。
そんな会話をしているといつの間にか、部屋というには狭い場所に連れてこられる。
こんな場所に入ってどうするのだろう、と思っているとスペシアは手元に魔法陣を表し何かを操作した。
すると身に覚えのある上昇感覚に包まれる。
エレベーターだこれ?!
「魔導昇降機だ。最近導入してな。これのおかげで階段を使う機会が少ない。君はこれからこれを使うことになると思う」
「わ、わかりました」
現代に似通った要素に不思議と高揚しながらもエレベーターは支障なく目的地に着いたようでスペシアに押されてエレベーターを出る。
するとすぐ前には大きな扉がある。
本当に大きい。
バリアフリーかな?
大きな扉がゆっくりと開き、中が見えると俺はまた驚いた。
会議室のような部屋だった。
長い机にいくつかの椅子。
部屋の最奥には見覚えのある美しい顔、セナが座っているが俺の視線はそこになかった。
扉と同じくらいの大きさの、牛の特徴を持った大男がいる。
めちゃくそ大きい。
バリアフリーだったのか。
「来たか」
魔王が言うと、会議室にいる人間たちがこちらを向く。
トカゲの特徴を持つもの、鳥の特徴を持つもの。
様々な人種がここにいて、多数の視線を受けたことで萎縮してしまう。
「…まずは自己紹介させてもらう。私の名はセナ。魔族集合国家ダタール魔笛国の首長だ。ここにいるのは各部族の長達。関わることがあればその都度紹介する」
鳥の特徴を持つ魔族がタバコを吸い始め、部屋に紫煙が立ちこめ始めた。
魔王はそれを気にすることも無く、話を続ける。
「お前は…名前はあるのか?」
「…同居人からは、アシェンプテル。アッシュと呼ばれていました」
「…お前の同居人は皮肉が好きらしいな。そうか。アシェンプテル。今日はお前に話があってここに呼んだ」
カナリアに嫌味が言われたような気がして、気が悪くなる。
だが俺の睨みを意に介さず、セナは甘い声で話を続けた。
「お前は、光輝魔法が使える。そうだな?」
光輝魔法という言葉に部屋の魔族たちがどよめく。
光が使えるだけの魔法だろう、と困惑しながらも否定する理由もなく、俺は肯定する。
「は、はい。でも、光輝なんて言われますが、私は短剣形成と日光の加護しかまだ使えません」
「…そうか。それで確認なのだが、祝福は受けているか?」
「しゅくふく…祝福?」
「いやまて、お前奴隷商館にいた前の記憶はあるか?」
「…」
奴隷として売られる前の記憶。
当然、ある。
だがそれは日本にいた頃の今とは違う男の記憶だ。
アッシュ自身の記憶は無い。
だから俺はこう答えた。
「ありません」
「…そうか」
顎を撫でて思考する魔王。
その様子を部族の長達は見守る。
「…お前、体に違和感はないか?例えば、体が特別頑丈とか目が異常に見える、とか」
「…商館で受けてた仕打ちと食べさせられてた食事のおかげで頑丈ではありますが、目がいいとかは………ああ」
そういえば俺は情報通になれるレベルで看守や調整係の話が聞こえた。
これも報告した方がいいだろう。
「そういえば、牢屋にいても話がよく聞こえてきました」
「なるほど、あの館は牢屋の区画と看守の部屋は離れているし、部屋の中の話が聞こえるということは間違いないな。遠聞きの祝福だ」
「「「おお」」」
今まで黙って様子を見ていた部族の長の一部が、声を漏らす。
「祝福と、光輝魔法。確定だな」
「では!!」
「ああ、わが国の未来に光明が見えた」
「おお…!魔王様…!!」
俺の与り知らぬところで話が進む。
どこか嬉しそうな魔王に、感涙を流す魔族。
俺が困惑していると、魔王が話しかけてくる。
「単刀直入に言う。光輝魔法、祝福を持つということはお前はこの世界の最初の王族であるプラストリア王家の血筋ということになる」
「…?え?この大陸は4つの国が支配していて……最初?元はひとつの国でそれが4つに別れたって…こと?」
俺はいき当たった推測を確かめるようにスペシアを見る。
スペシアは頷く。
最初の王族、光輝魔法と祝福を持つということはその王家の血筋である。
光輝魔法が珍しいということは、この血筋自体が少ない、ないしは途絶えたと思われていた。
最初の王族って言われるということはひとつの国だった?
推測をしていくうちに、俺がどんどんと厄介な立場にいるということを理解出来てくる。
「…私は、途絶えていた血筋の生き残りで、とても貴重。と、いうことですか?」
「…そういう認識で構わない」
「じゃあ私の存在が公になれば…」
「……大戦が起こるかもしれん」
…俺が呆然としていると、魔王は口を開いた。
「…お前を妻に迎える。これは確定事項だ」
「え?は?妻?なんで!!」
「あそこまで分かったのなら分かるだろう。血を我が家に取り入れる。最初の王族のな」
妻、という言葉に拒否反応を示すと、魔王は冷徹な表情で俺に事実を突きつけてくる。
…俺に孕袋になれと?
絶対に、嫌だった。
俺の、オレのアイデンティティの砦。
処女を散らせば、俺がどうなるのか、分からないからだ。
「ま、まって…ほかの、ほかの」
「弁えよ。貴様は俺の奴隷。契約のスクロールを使う。【汝、跪け】」
「ぁぅ!!」
体が勝手に跪く。
魔王が立ち上がる音が聞こえ、視界には床が広がるが魔王の気配がすぐ前に来たのがわかった。
「お、王よ!」
「黙れ」
スペシアの苦言を黙らせ、魔王は詠唱するように、俺をしばりつけていく。
【汝、我が奴隷なり。我が言霊には逆らわず、恭順せよ。】
【之は契約。我が国の繁栄と我らの未来のため、その身を捧げよ】
いやだ。
いやだ。
商館で何回も喉から漏れた声も、今は出ていってくれない。
発言が許されない。
心の中で、諦念と憎しみが渦巻く。
ここは安寧の地ではなかった。
俺は自我の崩壊を何よりも恐れている。
男としての、俺が消えるのを怖がっている。
この国で、子を宿すために奴隷として生きるのは、
嫌だった。
自我の崩壊など、秒読みだった。
「ぅっ…ぁぁ…うあああ」
嗚咽とともに、涙が流れる。
この時から俺はこの国で子を孕むために魔王の相手をすることが確定した。
契約が終わり、俺は顔を上げる。
魔王の顔は影になっていて見えない。
思いつく限りの呪詛を吐く。
「…ふざけないでよぉ!嫌だ!お前みたいなクズの妻なッ…ぐっうううう!!」
淫紋から紫電が走り、身体中に痛みが走る。
継続的に痛めつけられる。
快感は少しも伴わない。
主人に反抗したことへのペナルティ。
だが、言わずにはいられなかった。
「ぐっああ!!呪ってやる…!子供なんて…!出来たって…!産まれたって…!絶対に…俺がこの手でぇ…!!!ぁっ……」
その先の言葉を言う前に、おれは、あまりの激痛に気を失ってしまった。
◆ ◆◆
目の前の、魔法の効果で気絶した少女を見る。
アシェンプテル。灰かぶり姫。
激痛にまみれながらも王に対して呪詛を吐くのを辞めなかった少女。
「…王よ。少し、性急ではありませんか?この子、アッシュは陵辱された記憶をまだ慰められてすらない」
「………我が騎士よ。この国にとってその時間すら惜しいのだ。最初の王族の光輝魔法と最初の審判とすら例えられる祝福はこの国の光明となり得る」
確かに、魔族は身体的特徴から幼くとも戦力、ないしはこの国の士気を高める効果を十二分に発揮してくれるだろう。
だがこの少女は出会った時点で手も満足に動かなくされており、足も飾りにされていた。
そんな少女にこの仕打ちはあまりにも…
「お前の同情は理解する。それにアシェンプテルの呪詛も理解する。だが、俺にはこの国の長としての責務と責任がある。お前も理解しろ」
「……」
気絶し、意識がないにも関わらず軽い少女の体にやるせない気持ちになるが、目の前の男の苦労も痛いほど理解している。
アシェンプテルを車椅子に座らせる。
「…王よ。この少女に少しだけでいいから優しくして欲しい」
「俺は外道では無い。王だ。だが同時にこの国の人間だ。無碍にはしない」
その言葉に頷くと共に辞去する。
部屋から出る時、王の言葉が背中にかけられた。
「アシェンプテルの世話を頼む」
その慈悲を顔から出せればと呆れつつ、幼い時の魔王を想起しながら私は部屋から出た。
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ある方が良い
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ない方が良い