「……奴隷から魔王の奥さんね」
大出世だ。
魔王が俺を妻にすることを部族長たちに宣言したことで俺も扱いがさらに丁寧になった。
部屋は城の中に移って、前の部屋よりも空が近く、豪華なのだが、正直どうでもいい。
空は茜色で夜が近い。
中世は、日の出とともに仕事を始め、日暮れとともに寝たと言う。
だがこの城は灯りがあるようで夜は長いようだ。
…今日から始まるのだろうか。
あの日、気絶してから2日たった。
そして今日はメイドに念入りに世話をされた。
日が暮れたと共に、メイドが灯りをつけお香を焚いていった。
淫紋が“起きる”感覚とともに、体に熱が篭ってくる。
全く慣れない感覚。
この感覚をここで味わう。
それにただただ落胆が隠せない。
落胆してしまうほどに、この国を気に入っていた事実がある。
体の熱を抑えるために、息をつく。
契約の魔法を使われ、反抗の心配が無くなったのか魔法封じの手錠とチョーカーは外された。
俺の脱出のための機会はここにある。
アイツは俺の頑丈さを舐めている。
痛みに耐えながら後ろから短剣で刺すだけでこの国は終わりだ。
俺は処刑でもされるかも、だが処女を失って男の俺が消えるぐらいなら道連れを伴って地獄へ行く覚悟だ。
ガチャリ。
いきなりドアの蝶番が小さな悲鳴をあげる。
入ってきたのは恐ろしいほどの美人。
魔王だ。
お香の効果か、目の前に男がいるだけで体は興奮し出す。
「……今日はお前に仕事をしてもらう。俺と子を作るぞ」
冷徹な顔から冷たい言葉が出てくる。
それに反吐が出ながらも、ここで反抗しては意味が無いと素直に返事する。
「…はい」
「……よろしい」
魔王はそう言うと、ベッドに腰かけて錠剤を水と一緒に飲み始めた。
その錠剤がどんな効果を持つのか、なぜ飲むのか、疑問が湧いてくるが、そんなことはどうでもいい。
ヤツは俺に背中を晒している。
油断している。
俺は即座に、事前に練ってあった魔力を形成し短剣を作る。
こいつを殺して俺も死ぬ。
その覚悟を全魔力と一緒に短剣にこめる。
ヤツは振り向かない。
だが俺はそれを気にすることなく短剣を魔王の背中に突き刺した。
ザクリッ
そんな音と共に、光輝魔法の短剣は魔王を貫く。
「ングッ?!き、貴様ッ」
「魔王。拾ってくれたのは感謝するけど、俺は前世男だったんだ。男の嫁なんて御免こうむる。じゃあな」
冥土の土産として俺の秘密を話しつつ、短剣を手放し、以前壁を崩した時のように制御を辞める。
すると短剣はグツグツと音を立て始めて、魔王はさらに苦しみ始めた。
目と鼻からは血が溢れ、服の上から分かるほどに体が変形している。
明らかな死が目の前で起きようとしている。
「げぼっ」
魔王が吐血する。
飛び散った血が、俺の頬にかかった。
血生臭さとお香の匂いが混ざり、高揚、後悔、諦念が渦巻く。
「グッ!あぁ…不味いッ!逃げ!アッシュ!!!」
ボバッ!!
魔王が目を見開いたあと、魔王の上半身が爆発する。
毬栗のような光る結晶が血糊に塗れて地面に転がり空気に霧散していく。
バタリ、と魔王の下半身が倒れて俺は何をやったのかを正確に理解した。
国のために尽くす賢王を自己中心的な理由で、殺した。
血糊化粧が俺の肌を部屋を彩っている。
妙な非現実感と、俺は生き残ったという醜い達成感。
話せば分かり合えたのかな、とか無意味な思考をしてしまう。
相も変わらず足は動かない。
このまま寝てしまおうか、と考えていると、ボコリボコリ、とおかしな音が聞こえ始める。
無駄にいい耳が拾ったその音はどう考えても、魔王の下半身から鳴っている。
「え?…え?」
目の前で起こっていることの意味がわからず、声が出る。
魔王の臓物はそこらに散らばったままなのだ。
おぞましい臭いを立てているはずだ。
だが、目の前の下半身はいつの間にか起き上がり美しい筋肉に包まれた体が傷一つなく再生していく。
死なないのか。
そっか魔王だしな。ラスボスって、簡単に死なないし。
理性は諦めている。
本能は逃げ場を求めて唯一まともに動く腕を使って後ずさる。
「いってぇなぁ……おいおい、こんな死に方久しぶりだぞ?なぁ…」
再生が終わった魔王は雰囲気が違う。
俺が殺した魔王が、氷だと例えられるなら、
目の前の男は、炎。
魔王は、俺に逃げるように、言っていた。
髪の毛をかきあげ、獰猛に口を歪めている。
商館のクズどもを想起するような魔王がそこにいるのだ。
「軽々しく人を殺すようなやつに優しくしてやる必要ねえよなぁ?アシェンプテルちゃぁん?」
因果応報とでも言うのか?
俺は十分苦しんだだろう?可哀想だろう?
ならお前を殺すぐらい許されたっていいだろう?!
「冗談じゃない!!俺は!俺は男だ!男と子どもを作るなんて嫌だ!!これ以上辱められるのはゴメンなんだよ!!殺して何が悪い!!」
俺の、醜い本性を俺自身で喚く。
だが、魔王は愉快そうに笑うだけだ。
「そうだよなぁ?子どもなんて嫌だよなぁ?転生して、前世の性が男なら、尚更だよなぁ?可哀想になぁ…」
心底、面白そうに笑う。
悪魔。そんな言葉が似合う姿だった。
可哀想に、と同情の言葉を吐きながら俺の頭を撫で笑う。
その笑みは決して安心させるためのものではなく、ただただ俺を恐怖させるためのものに見えた。
息が、早くなる。
恐怖が頂点に達した時、撫でる手が髪を鷲掴み上に引き上げた。
「ぁッ!!」
「可哀想だなぁ…って自分自身を哀れんだ結果。俺を殺したんだろぉ??じゃあよぉ…殺されて死にかけた俺がこの場でいっちゃん可哀想だよなぁッ!!じゃあ自由に何してもいいよなぁッ!!あああああああッ!!死んだ俺可哀想だなぁッ!ただの奴隷にっ!!珍しいだけのゴミにッ!かぁわいそぉおおおお!!!お前を拷問してもッ!絞殺術殺撲殺刺殺薬殺毒殺圧殺殴殺斬殺轢殺ッッ!全部してもいいよなァッ!!!これ全部してもいいッてことはさァッ!!!お前が今までされたことないような辱めも全部ッ!!してもいいよなァッ!!!泣いても気絶しても懇願してもやめなくていいよなッ!!てめえの四肢全部もぎ取って城に飾るのも楽しそうだよなァッ!!熱した鉄の棒で処女散らしてぇか?!前の穴と後ろの穴の壁を削ってもいいよなっ!!てめえの平たい胸だって削って陥没させてやってもいいよなっ!!!無駄にいい耳だって削いで、お前の尊厳と誇りを汚して穢して堕として殺して殺して殺して殺してッッッ!!!」
楽しそうに、怒っているように言うのに、それなのに笑顔は絶えない。
俺は、悪魔を起こしただけだった。
人は来ない。
相当に大きい音が鳴ってるのに。
きっと、優しい魔王が俺が苦しむ声を他の人に聞かれて尊厳が損なうことを恐れて、人払いをしてくれたのだ。
ああ…
俺は、商館にいた頃のように視界が狭まっていく感覚を感じながら心を殺すしか無かった。
◆ ◆ ◆
本を閉じて、少女と魔王の行く末を考える。
私、スペシアがフォローできるレベルでアッシュの傷が収まってくれれば、そう願わずにはいられない。
王はできるだけアッシュに優しくするために悪魔としての自分を抑える魔法薬を持参なされた。
あれがあれば暴走しやすい悪魔を抑えられるはずだ。
私は王を慕っていて、アッシュを世話している過程で仲良くなれた。
2人が少しでも仲良くなってくれれば国は安泰。
私も嬉しい。
二人の子供が産まれたらその子には私が戦い方を教えよう。
未来に想いを馳せる。
少しでも良い未来が来るように願うばかりだった。
if
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ある方が良い
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ない方が良い