五条悟に転生した凡夫のお話 作:かふぇらて
明確な切っ掛けは何だったのかと問われるとイマイチピンと来ない。
ある日、唐突に。屋敷の廊下を何気なく歩いていると、俺は前世の記憶を思い出した。
幻覚と呼ぶには余りにも生々しく、妄想と断じるには極めて鮮明なフラッシュバックに俺は込み上げる吐き気を必死に抑えた。
そうして存在しなかった筈の記憶が脳内に混じり、溶けていくのを自覚した俺が真っ先に行ったのは自己の確認だった。
脇目も振らず廊下を走り、洗面所に駆け込むと鏡に映る自分を凝視する。
雪のような白い肌と髪。透き通るような青の双眼。記憶にあるより幼いが、芸術家が丹精込めて作り上げたかのような整いきった容姿がそこにはあった。
「五条悟だ……」
絶望に満ちた声色と共に五条悟なら絶対にしないであろう情けない表情が鏡の向こうに浮かび上がる。
何故──どうして──混乱と共にそんな言葉が去来しては消えていく。
前世でも愛読した漫画──呪術廻戦の人気キャラクター、五条悟と言えば未読の人間でも名前くらいは耳にしたことがあるであろう。かくいう俺も一番好きな人物を挙げるとすれば五条悟一択だった。
しかし、好きな人物と成りたい人物は全くの別の話である。
自分が、五条悟として生きる。
「無理に決まってんだろ……」
夏油、羂索、宿儺──自分の好きだったキャラや映像が何度も脳裏を反芻すると、子供が発するには余りにも悲痛に満ちた声音が部屋に木霊した。
✽ ✽ ✽
その日はじりじりと胸を焼くような陽射しが照り付ける、暑苦しい日だった。
久方ぶりの休みで一歩も部屋から出る気にならなかった俺は高専の自室でだらだらと過ごしていると、不意にどんどんと乱雑なノックの音が響く。
「ごじょー、いる〜?」
扉の外から聞こえてきたのは、気怠さに満ち満ちた女性の声。
緩慢な動きで寝具から身を起こして扉を開けると、予想通りの人物の姿がそこにあった。
「……何か用か?」
「何だ、居るじゃん」
茶髪のショートカット。ダウナーな雰囲気を漂わせる少女は、見慣れた高専の制服ではなく、無地のシャツにジーンズというラフな格好で俺の脇を通り過ぎる。
「今日暇だったから五条の所で遊ぼうと思ってさー」
「アイスも買ってきたよ」と、手に持っていたレジ袋を掲げてみせる女の名前は家入硝子。
俺が前世で好きだったキャラの一人であり──現在、俺の同級生、という間柄になる人物でもあった。
部屋に上がった硝子は我が物顔で俺のベッドを椅子代わりにし、ビニール袋から取り出した棒アイスを口に咥える。
その流れるような一連の動作に口を挟む余地はなく、呆然する俺に硝子は首を傾けた。
「いらないの?」
「……ダッツは?」
「ガリガリ君ならあるよ」
「一番安いやつじゃねぇか……」
ポリポリと後ろ頭を掻きながら、俺は硝子の隣へ腰を下ろし、渡されたアイスを無言で齧った。沈黙が周囲に満ちて、会話は何処にも無い。
ふと美味そうにアイスを頰張る硝子の横顔をちらと見て、その整った容姿に息を呑む。
前世で好きだった漫画のキャラというフィルターを外したとしても、家入硝子という人間は非常に魅力的な人間だった。
涼しげな目元と落ち着いた雰囲気とは裏腹に、想像以上に勝気な性格と歯に衣着せぬ言動。その上、頭脳明晰で唯でさえ負担の大きい呪術師としての仕事と勉学を高いレベルで両立させているというのだから、俺は彼女を手放しで尊敬している。
ハッキリ言って前世では絶対に関わらなかった類いの人種だ。
こうしていると未だに今の自分が置かれている環境が酷く場違いな気がして──否、実際に場違いなのだろう──居心地が悪い。
「やっぱ五条の部屋は良いねー。機械とか全部最新の奴になってるし。私の部屋と大違いじゃん」
そんな俺の悩みなどつゆ知らず、といった様子で硝子は室内を見回していた。
五条家で暮らしていた頃に比べれば自室より遥かに狭い寮部屋だが、それでも一人で住むには持て余す程度には広い。
キングサイズのベッドに、ゲーム機器一式を揃えたテレビにソファーといった物の他に、最新の冷蔵庫やエアコンなどの家電も完備されていて、そのどれもが五条家より持ち込まれた代物だ。
「実家の奴らが勝手にやった事だよ……」
「いいじゃん。あーあ、私も金持ちに産まれたかった」
食べ終えたアイスの棒を指先で弄ぶ硝子に、俺は小さく肩を竦める。
自分がどれだけ恵まれた環境にあるかは嫌という程に理解させられた。俺が普段受けている待遇は一般家庭の人間からすれば羨みの対象でしかないだろう。
実際、六眼と無下限呪術の抱き合わせというのはそのレベルの希少価値がある。
まあ俺の場合はその度が過ぎた寵愛が厭になって、態々寮生活を希望した訳だが。
「五条と結婚したら私もこんな暮らし出来んのかな?」
「お前、あのな……」
冗談めかした硝子の軽口に呆れていると、注がれる視線に気付いた。
隣を見れば、硝子は頬杖をついて悪戯っぽく口角を上げている。
「良くない? だって私、今、お前の彼女だし」
「…………」
『オマエらのどっちかのことを愛していた。なんてことは天地がひっくり返ってもないけど──』
遥か記憶の彼方でそんな言葉が残響する。
その言葉は虚言ではなく、原作で五条悟と家入硝子の間に友情以外の何かがあったとは到底思い難い。
では何故、こんな事態になったのかというと勿論其処には事情があった。
世の中にはハニートラップ、という物がある。
潔白なんて言葉とは無縁の呪術界において、御三家という名門中の名門。しかも次期当主筆頭と呼ばれるような環境に生まれた以上は避けられない道と言えるのだが、当たり前のように見合いの話が降って湧き、旧家やら他の御三家やら有力者からの挨拶が後を絶たない。
その大多数があからさまな下心ありきで、五条と縁を結びたいだけに平気で実の娘を差し出す輩が大勢いるのだが、平然と行われる昼ドラのような泥々とした光景に対する免疫を俺はまるで有してなかった。
原作の五条悟はどうしていたのだろうか?
恐らく、一笑に付していたことは想像に難くない。それだけの実力と、有無を言わせぬ権力が彼にはあった。
だが、残念なことに本物の五条悟と違って俺は五条家の御輿でしか無い。
実力はまあ……ある方だという自覚はある。無下限と六眼という下駄は凡人でも履かせれば周囲を一蹴してしまえる力があった。
だが、性格の方はどうしようもない。
『悟様ぁ〜』
向けられる粘つく視線に甘ったるい声。
明らかに舐められてるな、という確信がある。まだ子供だから、どうとでもなるだろうと。
日本人らしい、どっちつかずの精神も悪かったのだろう。なあなあで済ませた結果、高専にまで見知らぬ女を寄越して来た時は流石に気が滅入った。
『──コイツ、私の彼氏だから。帰ってお家の人にもそう伝えときな』
そんな時に助けてくれたのが硝子だった。
凡百の術師であらば寧ろ危険な行為だっだろう。流石に任務に託つけて殺人までには及ばないだろうが、粘質な嫌がらせ程度は易々と考えられる。
しかし史上でも稀に見る反転術式の使い手──更には他者への治療も可能である逸材は上層部の老人達を呆気なく黙らせた。
それだけの価値が家入硝子には存在する。
以来、実家から寄せられた見合い話の数々はすっかり鳴りを潜め、仮初めの恋人という奇妙な関係だけが継続していた。そうして硝子に甘える形になって今に至るのだが──最近は大分、慣れてしまった自分が居る。
こうして暇な時は部屋に上がり込み、俺のベッドで勝手に寛ぐ程度は序の口だ。
酷い時はそのままこっそり一夜を明かしたりする。
しかし、最も度し難いのは他ならぬ、それに好感を抱いている俺自身だった。
「あち〜」
足を組み替え、ぱたぱたと手で顔を扇ぐ硝子。
細い首筋を伝う汗が一筋の線を描いて胸元へと落ちていく。
ぴったりと肌に張り付いたシャツには、異性としての生々しい凹凸が浮き上がっていた。
「……エアコン、温度下げるか」
生唾を飲み込み、俺は視線を外すとリモコンへと手を伸ばす。
部屋には二人きり、手を伸ばせば届く距離に異性が居るという状況は酷く落ち着かない。
今に始まったことではないが、見た目だけは現代最強の術師である五条悟がこんな醜態を晒しているという事実が何よりも耐え難くて、つくづく俺はどうしようもない凡夫なのだと自覚させられた。
「はぁ……お前……」
沈黙を破り、唐突に苛立ちが混じったような嘆息が耳に届く。
頬に手を添えられた。そう思った次の瞬間には強引に顔を向かされる。
互いの息遣いが聞こえる程の至近距離で、唖然とする俺を真っ直ぐ見据える硝子の瞳はまるで獲物を前にした肉食獣のように爛々と輝いていていた。
「誘ってるの、分かんない?」
「は……?」
「気が利かねー」
ぎし、と二人分の体重を受けたベッドが軋む。
動揺する俺を他所に硝子は身を乗り出すと、そのまま腕を背中に回してしな垂れかかってきた。
むに、と柔らかい感触が押し付けられるのを感じ取る。
硝子の唇の端から僅かに覗いた赤い舌が煽情的に唇を舐めた。
「ムラついてるからさぁ、ちんぽ貸してよ。……何時もみたいに」
頬から胸板、更に下へと流れるように落ちてきた掌がすりすりとズボン越しにいやらしく撫で擦られればあっという間に脳は茹だっていき、灼熱のような熱が下半身に集結した。
普段クールな硝子がこうして蠱惑的な笑みを浮かべながら、肌を重ねることを匂わせるような仕草を見せれば、健全な男ならひとたまりもない。
目の前の女が雌だと意識させられた瞬間、心臓が早鐘を打ったように昂り始める。
「ははっ。何だかんだヤる気じゃん……ウケる」
盛り上がった一部分を見やり、硝子は淫靡に微笑んだ。
ジジ、とファスナーが下げられる。
完全に熱の籠った瞳で硝子は上目遣いに此方を見つめていた。その頰に、仄かに朱を差し込ませて。
「じゃ……シよっか」
✽ ✽ ✽
ぐちゅ、ぐちゅ。
淫靡な水音と漏れる吐息が室内の空気を淫らに染め上げていた。
既に互いの着衣は殆ど脱ぎ捨てられ、ベッドの下に散乱している。
生肌を晒した硝子の肢体は無駄な脂肪が一切無いスレンダーなモノ。
年相応に、熟されつつある女の肉体を前に俺もまた下着一枚という無様な有様で息を荒げていた。
「あっ……ん」
下から持ち上げるように乳房を揉んでいくと、硝子は鼻から抜けるような甘ったるい吐息を漏らした。その反応に気をよくしながら掌全体に伝わってくる弾力を楽しむように何度も繰り返す。
「硝子……」
「キス、して」
名前を呼ぶと、硝子はねだるように此方に顔を寄せた。
これもすっかり慣れたやり取りだ。俺は求められるままに硝子の唇に己の唇を重ねる。
硝子と初めて肌を重ねたのは何時だっただろうか。
そう昔ではない。この疑似的な恋人関係が始まってから直ぐのことだ。
名家共から差し向けられた女を追い出した後、念の為に周囲にアピールしておいた方が良いという流れになって、自然と二人で行動する時間が増えた。
ダウナーな見た目に反して硝子は割と明け透けな──口数は多くないが──性格で、端的に言えばするりと場に馴染むタイプの陽キャだった。
其処には唯でさえ少ない高専生の、しかも同級生という理由があったかもしれない。彼女の正確な感情を窺い知ることは叶わないが、気が付いたら昔からそうだったかのように寮室に訪れる硝子が居て。
俺はといえば顔を合わせる前からどういう性格で、どんな人間なのかを知っている相手なので不快さも全くなく受け入れ続け──気付いたらとしか言い様がなく、俺たちはいつの間にか肌を重ねていた。
「んっ……ふっ……ちゅっ……」
つまるところ硝子との関係は──言ってしまえばセックスフレンド。性欲を処理し合う為だけの関係というのが近いだろう。
爛れているな、とは自分でも思う。だが──これは言い訳に過ぎないが──何時死ぬか分からない呪術師という職業でありながら、正常な生活を送れる人間の方が異常なのではないかと、頭の隅でそう考えてしまう自分が居るのが現状だった。
そういう時は決まって──本物の五条悟なら、と何度も思い直す。
「ごじょー……」
ぷつりと二人の橋が途切れ、硝子は熱に浮かされたような表情で俺を見ていた。
瞳の焦点はぼやけており、目の前に居るはずの俺がその目に映っているのかどうかすら怪しい。
しゅっしゅっ、とテンポ良く彼女の手が俺の一物を擦り上げる。
ほっそりとした指先が浮き出た血管の筋をなぞり、滑らかに竿全体を撫で摩った。
幾度も触れてきた手付きは的確に性感帯を刺激してきて、俺は悶えるしかない。
それに気を良くしたのか硝子は上体を倒すと耳元へと唇を寄せた。そしてふぅっと熱くなった空気を吹き掛け、耳元に囁きかける。
「イキそうなんでしょ? イッていいよ」
「…………っ」
「同級生の女子の手でさぁ……
硝子はそう囁きながら耳の穴に舌を差し入れて舐め回した。
くちゅ、と淫らな水音が脳髄に響き渡る。背筋がぞくぞくとした悪寒のような快感に見舞われると共に、我慢出来なくなった俺は彼女から与えられる快楽に身を任せ──勢いよく精を放った。
びゅくり、びゅくりと粘っこい白濁液が吐き出され、硝子の手の中に収まる。彼女は己の掌を開いたり握ったりしてまじまじと眺めた後、俺に見せ付けるように掌を振った。
「めっちゃ
「硝、子……」
「ヤバ、もう我慢できないかも……」
硝子は熱に浮かされたような表情でポツリとそう呟くと、再び俺の陰茎に手を伸ばす。
先程イッたばかりだというのに萎える様子を見せない肉棒を見て彼女は薄く微笑むと、ゆっくりと体重を掛けて、互いにベッドへ倒れ込んだ。
✽ ✽ ✽
気付けばすっかり日が沈み、空には夜の帳が下りていた。
もぞもぞと真横で動く気配。
布団から顔だけ覗かせた硝子が此方に身を寄せる。
「五条は、さ」
彼女にしては珍しく躊躇うような口調で僅かに言い淀んでいたが、緩々と息を吐くと改めるように口を開いた。
「──まだ気にしてんの? 夏油のこと」
「………………」
「殉職なんて、この世界じゃ珍しくないって……先生も言ってたじゃん」
滔々と此方を諭すように、硝子は優しい声色で話を続ける。
「お前も一緒だったんでしょ? それで死んじゃったんだから、もう誰も助けられなかったって……皆そう思ってるよ」
「だから、あんま気にすんな」それだけ言って硝子はゆっくりと瞳を閉じた。
無音になった室内に、カチカチと秒針が刻む音だけが鳴っている。
俺は──俺は何も言えなかった。
──夏油傑の死亡。
将来、もしかしたら親友になるかもしれなかった男の喪失から、もう一月以上が経過していた。
五条 悟(憑依)
呪力センス 3
座学 6
運動神経 10
世界の均衡を変えられないレベルの最強。
最近同級生を任務中に失った。
呪霊は五条の手によって祓われ、戦闘の余波によって夏油傑の死体は完全に消滅している。
問題は先送りにするタイプ
はーつまらん
家入硝子
今にも死にそうな顔をしている五条に絆された。
こいつ私が支えなきゃ死ぬんじゃないかなと思ってる。
入学当初は寮暮らしではなかったが、五条の為に入寮した。
「夏油が死んだのはお前の所為じゃないよ」
??
笑っちゃうよね(たはー)