東京佐川お兄さん事件 引きこもりお嬢様の誰にも言えない秘密 作:馬門戒明/輪島ライ
俺に最後に彼女がいたのは高校2年生の頃だが、それから約10年ぶりのデートとなると何もいいアイディアを思いつかなかった。
金丸さんとはあれから喫茶店や小料理屋で何回か食事をして、お互い気の合う関係になれそうだったので俺の仕事がない平日に昼からデートに出かけることになっていた。
高校生の頃のままの発想で映画でも見に行きませんかと聞くと金丸さんは喜んでくれて、最近人気のゴジラの映画を2人で見た。
「映画すっごく面白かったですね。私特撮ってほとんど見たことなかったんですけど全然楽しめました」
「俺もゴジラは初めてだったんですけど最高でした。また今度配信でシンウルトラマンの映画でも見ますか?」
予約していた洋食店で金丸さんは笑顔で映画の感想を語り、彼女はやはり25歳の無職女性だったと付き合い始めてから知ったが他人とのコミュニケーションに難がある訳ではないと分かって俺は安心していた。
まだ親御さんのお仕事などは聞いていないが金丸さんはチキンソテーをナイフとフォークで食べていく手つきもとても上品で、高級マンションで一人暮らしできるだけあって育ちの良いお嬢様であることは間違いないようだった。
「この後どこか行きます? この辺の地理あんまり詳しくないんですけど」
「私も普段はあまり出かけないのでどこ行けばいいか分からないです。でも今日はお兄さんともっと遊んでいたいです……」
「ありがとうございます。じゃあ高校生みたいで恐縮なんですけどカラオケ行きませんか? 俺結構好きなんですよ」
「いいですね。私カラオケもほとんど行ったことないんですけど音楽は割と好きなんですよ。ぜひ連れてってください」
金丸さんはやはり打ち解けやすい雰囲気でカラオケに一緒に来てくれることになって、俺はここに来る途中で見かけた行きつけのカラオケボックスのチェーン店に彼女を案内することにした。
食事代は俺が払いますと言ったが金丸さんは一応社会人なので割り勘でと言い張り、では付き合ってくれるお礼にカラオケ代は俺が持ちますよと伝えて俺は金丸さんと一緒に洋食店を出た。
金丸さんは初めて来たカラオケボックスを予想以上に楽しんでくれて、これまで来たことがないとは思えないほど楽しそうに少し前のJ-POPを歌っていた。
俺も下手の横好きでできるだけかっこいい感じの曲をいくつか歌い、金丸さんは俺が歌い終えるのを待ってドリンクバーにウーロン茶を注ぎに行った。
彼女が戻ってくるまでこのまま待っていようと俺はスマホをいじっていたが、数分ほど経っても帰ってこないことに気づいてそういえば彼女はドリンクバーの場所を覚えていないのではないかと思った。
部屋を出てドリンクバーのある所まで行くと金丸さんは案の定道に迷っていたらしく、ちょうどドリンクバーを見つけてコップを注ぎ口の下に置いていた。
「えっと……あれ?」
お年寄りのお客さんではたまに見かけるが金丸さんもドリンクバーというものにあまり慣れていないらしく、コップを置いてからボタンを押しても少ししかウーロン茶が流れてこないことに戸惑っていた。
本当は欲しいだけ注がれるまでボタンを押しっぱなしにする必要があるが、金丸さんは何度もボタンを押しては首を傾げている。
その時。
「……っ、早くしろよ」
「えっ!?」
「後がつかえてんですよ。こちとら30分で来てるもんでね」
「あっ……ごめんなさい。先にどうぞ」
「ああどうも、じゃあ失礼しますよ」
金丸さんの後ろに並んでいた大柄な中年男性は苛ついた様子で金丸さんに文句を言い、金丸さんは怯えた表情をしてささっと順番を譲った。
「すみません金丸さん、ドリンクバーの使い方ちゃんと教えてませんでした! 一緒にやりましょう」
「は……はいっ……は、は……」
中年男性がため息をついて立ち去った瞬間に俺は金丸さんに明るく声をかけたが、金丸さんは怯えた表情のまま身震いをし始めた。
口を大きく開けて息を吸い、目の端からは涙を流している。
素人知識だが、これは過呼吸というやつだろう。
「金丸さん。大丈夫です。もう俺が来たから大丈夫です」
「お兄、さん……は、はあっ……」
「ゆっくり息を吸って吐きましょう。大丈夫ですから一緒に部屋に帰りましょう」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
金丸さんは両目からぶわっと涙を流して俺にすがりつき、俺は今はとにかく彼女を無事に部屋まで連れ帰ろうと思った。
俺に肩を抱かれて部屋に戻った金丸さんはソファに腰掛けてひとしきり泣き、俺は彼女の真横に座ってじっと様子を見守っていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……私が悪かったんです、他の人に迷惑をかけてしまって……」
「金丸さんは全然悪くないですしあのお客さんも悪くないです。ドリンクバーに慣れていない人ではよくあることですから。でも怖かったですよね、俺がそばに付いていなくて申し訳ないです」
「お兄さん……ごめんなさい……ううっ……」
金丸さんはそう言うと涙で濡れた顔のまま俺に抱きつき、俺は彼女を両腕で抱きしめてずっと背中をさすっていた。
この繊細な女性と付き合っていくには心から優しく寄り添う姿勢が何よりも大切なのだと理解して、俺は彼女にどうしようもない愛おしさを感じた。