東京佐川お兄さん事件 引きこもりお嬢様の誰にも言えない秘密 作:馬門戒明/輪島ライ
ここ順天堂大学医学部附属江東病院で精神科准教授の
複数ある附属病院の中でも江東病院は高齢者医療に特化しているが私の専門は気分障害や統合失調症で、一般的にイメージされるところの普通の精神科の外来を担当している。
そんな患者たちの中に、私の大学時代の先輩の娘がいる。
「前回お薬を変えてから体調はいかがですか。突然人前で取り乱したりすることはなくなりましたか」
「ええ、以前と比べると少し落ち着きました。そばで支えてくれる大切な人もできたので……」
診察室で私の目の前にいる25歳の美しい女性は
金丸先輩が娘の診療をあえて私に頼んできたのは彼女がかつて精神疾患に起因するとある重大な事件を起こしたからで、私の初診時に彼女はまだ21歳の女子大生でありながら精神科病院を退院してきたばかりだった。
都内の女子大を1年遅れで卒業した彼女はそれからは金丸家が財産運用目的で所有していた江東区内の高級マンションの一室で一人暮らしをしており、経過観察のためご両親も週に1回は会いに行っているとは聞いていた。
「ではお聞きしますが……その人とお付き合いしていて、何か欲望を抑えられなくなることはありませんか。危害を加えたりはしていませんね?」
「絶対にしないように気をつけています。その、セックスの時にどうしても身体を甘噛みしてしまうぐらいで……」
「そうですか、まあそれぐらいなら大丈夫でしょう。あなたも以前の未治療の時とは違うはずですから、どうか相手を傷つけたり、ご自身の人生を台無しにしたり、ご両親を悲しませるようなことはしないように」
「はい……」
志信さんは今のところ落ち着いた様子だがこれからあの症状が再発しないとも限らず、私はお世話になった先輩の娘の主治医としてどうか彼女に無事な生活を送らせてあげたいと思っていた。
しかし、精神科医が外来の患者に介入できるのは診察時のみであり、患者たちがどのような私生活を送っていても精神科医はそれに直接介入することはできない。
笑顔で診察室を去っていった志信さんを見送りながら、私は精神科医であると同時に個人として彼女の幸せを祈った。