東京佐川お兄さん事件 引きこもりお嬢様の誰にも言えない秘密 作:馬門戒明/輪島ライ
平日の夜22時を過ぎた真夜中に、私はデスクトップパソコンを起動してお仕事を続けています。
朝起きた後に取引先から送られてきた大量の書類のデータを見ると息が苦しくなることも多いですが、大好きな恋人が必ず帰ってきてくれると思えば孤独な在宅のお仕事も頑張れます。
「ただいまー。志信さん、こんな時間までお疲れ様です」
「お帰りなさいお兄さん。もう一段落ついたのでご飯温めますね」
「ありがとうございます。いつも遅くなってしまってすみません」
私と佐川お兄さんは半年ほど前に入籍して、それからは私が暮らしていたマンションで同棲するようになりました。
早起きが苦手な私は宅配ドライバーのお仕事で毎朝早くに家を出るお兄さんにいつも前日から朝ご飯を作っていて、その代わりに夕食はお兄さんの帰りがどんなに遅くても一緒に食べるようにしています。
お兄さんは私が作る料理をいつも美味しいと言って食べてくれて、私はそんなお兄さんを見ていていつも幸せな気持ちになります。
「志信さん、おかずを温めている間に今日のノート見てもいいですか?」
「全然いいですよ。これです」
結婚してからお兄さんと私は家庭内で交換日記をやり取りするようになっていて、私は今日も日記に自分の思いを書いていました。
>気持ちの落ち着き:3
>気持ちの辛さ:2
>食べたい度:4
>一言:お給料が先月から1万円も増えて嬉しかったです。
「最近は辛い気持ちは収まってるみたいでよかったです。食べたい度がちょっと高めですね」
「ごめんなさい。一人で健診に行っていると寂しくなっちゃって。今もちょっと食べたいです」
「やっぱり不安ですよね。我慢してるとお腹の子にもよくないと思うので、今かじってくれてもいいですよ」
「ありがとうございます。では少しだけ……」
テーブルの真向かいに座っているお兄さんはそう言うと私にたくましい左腕を差し出し、日焼けした肌を見た私はたまらずお兄さんの左の前腕にかじりつきました。
ごわごわとした肌に歯を立てるとお兄さんは少し苦しそうな表情をしましたが、私は傷口を保護するようにして歯型がついた前腕の肌を舌でぺろぺろと舐めました。
そうしているうちに気持ちは落ち着いてきて、電子レンジの音が聞こえた私はお兄さんに頭を下げて晩ご飯のハンバーグを取りに行きました。
しかし、お兄さんは席を立った私に駆け寄ると背中から抱きつきます。
「志信さんはやっぱり綺麗です。お腹がこんなに大きくなっても、女神様のような優しさで俺を包みこんでくれる……」
「お兄さん……」
「一緒に素敵な家庭を築きましょう。いつか、志信さんが俺を食べたくなくなる日まで」
「ええ……」
私を背中から抱きしめたまま新たな生命が宿ったお腹を右手で撫でるお兄さんに、私は身体と心を委ねます。
いつも気持ちが不安定で、大好きな人を食べたい感情を抑えられない私ですが、私の隣にはいつも優しいお兄さんがいます。
大好きなお兄さんといつまでも一緒に暮らしていけば、いつかは私の病気が治る日も来るかも知れません。
一人暮らしだった私の目の前にとても美味しそうなお兄さんが現れたことは、私の運命を変える一大事件だったのです。
私とお兄さんとこれから生まれてくる新たな生命に、どうか幸せな結末が待っていますように。
(完)