エロなしでもうしわけない
俺が住んでいる家は高い山地を切り開いた盆地にぽつんと位置している。
少し辺鄙な場所に建っているからか魔物の襲撃といったものもほとんど無く、あったとしてもせいぜい数匹程度なので備え付けの魔導具でどうにかなっていた。
家から南へと進めばそこには街があり、俺はいつもそこ辺りに有る店へとリンゴ含む農産物を納入していた。ここも相変わらず平和な所であり、特に大規模な災害や魔物による襲撃も無かった覚えがある。住民は比較的裕福でこじんまりとしていながらも街には様々な施設が有り、暇つぶしにはもってこいの場所だったりする。
で、その街の隣にはとある領が存在するのだが……。
今は休戦中だが、十年ちょっと前くらいまでは戦争中だったらしい。
魔族と。
マジか。
その領の名前はグラナト領と言い、とある伯爵が治めている場所なのではあるが、勇者に殲滅された魔族の残党である一味が過去にここへと侵攻を始めたらしい。どれくらいの規模なのかは分からないが、血で血を洗う闘いを繰り広げていたとも聞く。
巷の噂によると戦いの余波で領主の息子が命を落とした、なんて話も有るらしい。
……もしグラナト領がもう一度攻められ、結果魔族の手に落ちたら、隣接するこの街もただでは済まないだろう。衛兵の数もそれほど多くないし、攻められたら一日も経たずに壊滅してしまうかもしれない。そうなったらどうってしまうかは……あまり考えたくはないだろう。
幸いグラナト領は大規模な領土で有るので、そう容易くは陥落しないとは思うが……。
「実際に現地に行ってみないとわかんねえな」
「そうなんすかねえ」
そうやって酒場のマスターから耳にしたモノをある程度まとめてみたが、正直分からない事ばかりだった。戦争が始まったのがつい最近だとは言え、現状がよく分からないのは領土内で情報の統制が行われているからなのだろうか。
「魔族がそこまで恐ろしい存在だなんて知らなかったぞ」
「いやそれはお前が世間知らずなだけだ」
ここからとても遠い場所の話なのだが、残虐な魔族による殺戮が行われ一夜にして壊滅してしまった村も有るらしい。しかもその魔族はたった一人で、にも関わらず村人はろくな抵抗もできなかったとか。
俺は魔族の事を今までずっと、人を騙す事が生き甲斐の角が生えたちょっと怖いだけの異種族だとぽわぽわ考えていたが……現実は全く違っていた。
「とにかく今は情報が欲しい」
「図書館行けばいいだろう。魔族の生態とか、色々書いてあるぜ」
「いや、その。ちょっと色々あって、出禁にされてまして」
「ガッハッハ! それは残念だったな!」
「……」
「どうせあの可愛いって噂の司書さんに付きまとったんだろ? おめえには無理だグハハ!」
「うぜえ……」
まったく。
結局は現地に行って実際に確かめてみたいとダメだと言うことなのだろう。
度数控えめの爽やかエールを呑みほした後、踏ん切りを付ける為に酒場のカウンターへとグラスを置いた。なかなか小気味良い音がする。
「ま、何が目的かは知らんが、通行証くらいはどうにか融通してやるよ」
「助かります」
まあそんなこんなで、街の人の助けを得た俺は単身グラナト領へと赴くのであった。
きっかけはもちろんあの日の出来事である。
◇
行きずり……と言うのは少々おかしいが、あの日唐突に家へと侵入してきた魔族女ことリーニエちゃんの身体を存分に楽しんだ後――
俺はいつの間にか、朝を迎えていた。
どこかで煩く鳴く小鳥達に耳をくすぐられ、ぐわんぐわんと揺れる頭を何とか抑えながら起きてみれば、夢からお出迎えしてくれるいつもの天井の木目が、どうしてかとても遠くに感じられた。
家で深酒という名のやけ酒をしてから、気付かない内に床に転がって寝てしまっていたらしい。
家の中には俺以外、誰も居なかった。
あれだけ俺の事を殺すだのなんだの言っていたはずの娘が、何もせずに消えていた。本当に何もしておらず、ご執着だったリンゴを盗んでいく事さえもしてなかった。ただ忽然と、夢の様な心地を残して消えていった。
もしかしたら、酒が見せた都合の良い幻覚だったのかもしれない。
――なんて。
いつからが夢でどこまでが夢なのか、確かめる術は無いけれども、これだけは覚えている。
しどけなく乱れた熱い吐息と、可愛く歪んだその面持ちを。
少し素っ気ないままに言葉にならない嬌声と、包み込んで溶かしてくれるその温もりを。
それは、現に在ったのだ。
あれから、しばらくの時が経つ。
「さて、どうしたものか……」
俺はしばらく舗装された道を歩いた後に、目的地であるグラナト領へと着いた。
忘れられないあの夜を過ごした後一番に襲ってきた感情は、途轍もない喪失感――
――では無く、滅茶苦茶ヤバいという焦燥感であった。
あの時のリーニエちゃんの攻撃は明らかに致死性を持っていたモノだったのに、それをなぜ自分が無効化していたのか分からない。たまたま調子が悪かったという可能性も有る以上、もし彼女が後に復讐に来たら為す術無く殺されてしまうかもしれない。
というかそれ以前に、魔族と色々致してしまった事の方がヤバい。
人間と魔族はある程度種として似通った所が有るものの、やはりそういった事に対しての前例は無く、もし俺の行為がバレてしまえば……どうなってしまうかはすぐに分かる。
良くて疎まれる程度で、悪ければ衛兵にすっ捕えられて何かの罪を適用されてしまうかもしれない。例えば、姦通罪とか。下手すりゃ処刑されるかもしれない。
魔族に強い忌避感を持つ者が結構居ると知った以上、なんらこうなってもおかしくは無いだろう。
酒に酔って性欲に流されてしまったが、シラフとなった今では相当まずい過ちをしてしまったと思っています……。
でもしかしそうは言っても……未練がましい事に、俺は未だその影を追ってしまっている。
家から出張して、魔族との関わりが強いこの街に来たのもそのせいだ。
「まあとにかく、街に入って情報を集めてみるか」
それはなんとも悲しい男の性である。
グラナト領が囲う街は、とても広大なものだった。
俺がいつもお世話になっていた所とは比べものにならない程に規模が大きく、また街も活気付いていた。一度街を歩けば商いをする店主や客引きの騒がしい声が聞こえてきて、往来を楽しそうに駆け回る子供達が散見されるほどだ。少し前――とは言っても十年も前だが――に魔族の侵攻を受けていた地とは思えない程の活気の良さである。
魔族の度重なる攻勢で住民は不安になりそうだが、こうも安心して溌剌とした生活を送れるとは、何か秘訣みたいなモノがあるんだろうか。
そんな感じで住民に聞いてみれば、あった。
とある大魔導士が昔にかけた結界がどうもこの街全てを覆っているらしく、出入りできるのは人間とその他生物だけらしい。ちなみにこの生物には、魔族と魔物は含まれていないとか。
結界が作られた正確な年代はよく分からないが、聞き出した住民の年齢を考えても百年以上は効力を保ってると考えても良いだろう。流石『大』が付くだけの事はある。
この結界が有れば魔族からの襲撃はまったく無く、安全だと言うことだ。これならば住民も安心して生活できるだろう。
……。
うん。
いや、別にちょっとがっかりとかしてるわけでは無い。本当に。
さて、ここでこのグラナト領に来た目的を忘れてはいけない。
俺の目的はただ一つ、この伯爵領を過去に襲っていた魔族がどんなヤツだったのか、どんな外見をしていたのかという事を知る事である。
もしかしたら、リーニエちゃんかもしれないし……。
となれば強者達が揃うような……それこそ冒険者が集うギルドの、そんな近くにある酒場辺りに行って情報を収集するのがいいだろう。
というわけで、俺は情報収集へと参る事にした。
「俺達が昔戦っていた魔族がどんなヤツだったかって? あ~まったく、思い出したくねえな。考えただけでも反吐が出る」
「私達人間が死して最終的に辿り着く場所は御神を祀る天だと言われています。ですが、あの魔族に操られた者達は今なおもずっと……」
「グラナト領が有していた兵の中にはかの大魔族に操られてしまい、死してなおも戦いを強いられているのです。なんて嘆かわしい……」
「操るだけならまだしも、あいつらは……ッ」
酒場を回ってすぐにこの街を攻めていた魔族の情報は集まった。
……一応集まったのだが。
間違いなく、やばい奴じゃん。
話から聞くに、どうやら人を操って好き放題にできる魔法を持つ者らしい。射程はかなり広いらしく、それでいて操れる人数も相当に多いかもしれないとの事。拘束時間もほぼ無限だとか。
こっわ、強すぎるでしょ。近付かんとこ……。
理由は分からんが、操っている人間達の首を落としているのも恐ろしい所だ。昨日一緒に戦っていたはずの同胞が、翌日首が無くなった状態で襲いかかってきたら……色々な感情が邪魔してマトモに立ち向かえなくなりそう。
そんな恐ろしい魔族の外見だが、変な風貌をしているらしい。それぞれ髪を二つに分けた後、横にもわっと増量して、更におさげを付けた奇抜なヘアスタイルの女だとか。
ちなみに服装は露出度が高く、スケベらしい。魔族の美的センスはよく分からないわと酒場のウェイトレスちゃんは言っていた。俺も分からないです。
ううむ。しかしどうやら、その者はどうやらリーニエちゃんでは無い別の魔族らしい。彼女の外見とは、かすってすらもいなかった。能力的にもリーニエちゃんよりも遥かに強そうである。もしかしたら彼女かもしれないと思ってた自分が甘かった。
「お前その魔族について詳しく聞きたがってるみたいだけど、何が目的なんだ?」
「え゛っ……そ、それは」
「もしかして仇討ちしてくれるとかか?」
「い、いや~そういうわけでは……」
「ガハハ、だよな! すまんすまん、冗談だった。伯爵お抱えの軍でも無理なんだ、ニイちゃん一人じゃ無理だって」
「ですよねぇははは……」
酒場に入り浸ってる情報通と思われるおっさん。ソイツが何やら探る様な問いかけをしてきたが、適当に相槌を打って躱す。ん~……少々聞き方が不自然だったかもしれないな、注意しなければ……。
魔族の身体に溺れてしまって、その娘を今探していますなんて言ってしまったらぶっ飛ばされても文句は言えないぞ。
……しかしまあその魔族が別のヤツだと分かってしまった事で、手掛かりは無くなってしまった。
お手上げですね、これは。
家の周りで適当にのうさくしてた方がまだ良かったんじゃないかと思っています。
あ~だめだ。
あれから溜まったフラストレーション、どうにかして発散させたいよまったく。
「ところでもう一つ伺いたい事があるんですが……」
「おうなんだ?」
「自分、田舎の村から出てきた身なんですが、この辺に女の子と存分にお話して楽しめる……そんな場所はありませんかね?」
「……! ガハハ、ニイちゃんも好きモンだな? いいぜ、とっておきの所紹介してやるぞ!」
「ホントですか、助かります!」
「一見もOKで、値の張らないの見繕ってやるぜ!」
こういう時はあれだ。
娼館へ行って女の子とにゃんにゃんしよう!
性欲は、開放するに限る!
グラナト領は俺がいつもお世話になっている所よりも大きな街。規模も質も、きっと遥かに良いに違いない。
俺はるんるん気分で、おっさんに導かれるままに風俗街へとその身を繰り出すのであった。
◇
「クッソ騙された……何が値の張らないだよ……」
おっさんに紹介された娼館。そこに行ってみたものの、滅茶苦茶金が掛かった。費用にして、ほぼ我が農園の売上一ヶ月分くらい。いつも通ってる所と比べると、何倍以上もある。金銭感覚が都市部と郊外で違うのもあるかもしれないが、それにしても高すぎる。
なんだよお通しって。居酒屋かよまったく。
だがまあ、それに相応しい程のもてなしは存在した。
内装は少々綺羅びやかすぎるが嬢達のレベルは中々高く、指名した通りの風貌の子もちゃんとやってきた。アフターのケアも万全だったのも評価は高い。出入りする客達の笑顔が尽きないのも、サービスの良さが伺えるだろう。普段の俺だったら、間違いなく『いいね!』と☆5評価をしていたに違いない。
でも、今の俺は違った。
なんというか、物足りないのだ。
とにかく、物足りなくて仕方ない。
どんなにサービスが効いてて笑顔が美しい娘が相手でも、どんなに惹かれてしまう様な魅惑の肢体を持つ娘が相手でも……あの時の事が、脳裏にじっとりと貼り付いて離れようとしないのだ。
人を欺く為に進化してきたかの生物は、その声は――その目的を為していない時でさえも甘美なおとを成していて――どうにも、狂おしいほどに囚われてしまったらしい。
いつもよりも眩しく、まんまるとした月明かりに照らされながら俺は宿への道を辿る事にした。どうしてか、後ろを伸びる影も長い気がする。
そうか、どうやら今は月が十分に満ちる満月の日らしい。吉兆を予測する占い師や占星術を楽しんでる学者でも無いので、そういった日になって初めて気が付くものだが――
そうだ。あの日も確か、満月の夜だったような――
「……!」
そう考えながら月を見上げていれば、一瞬小さな影――否、人影に近いナニカが月を遮った。
遮ったというか、通り過ぎていた。
何となく見ていたから気が付いた、謎の現象。
見間違いでは無い。確かに、この目でしっかりと見た。
それが本当に人影だったのならば、その身を映せる存在は限られている。
いくら人の世に魔法という概念が浸透したとはいえ、空高く跳躍できるほどの技を持つ者はほとんどいないのだから。
この街はかつて襲撃があったことも有り、結界があれど特に夜間の警備は厳しい。
しかし商人が通るような裏口は、特に問題無く開通されていた気がする。
とにかく、その影を追わなければ。
そんな焦燥にも近い感情を覚えた俺は、気付いたら駆け出していた。