導入回です
この世界では、書物に対する技術が大いに発展している。
魔法の要を封じ込めた魔法書がその原点となっているのだろう。とても役に立ちそうなものから取るに足らないものまで様々な種類の魔法があるわけだが、当然土台となる書が無ければ話にならない。そんなこんなで先人達が色々な魔法を残すために頑張った結果、情報を書き記す紙が開発されたという。最初はただ魔法書のためだけに。しばらくしてなんてことは無い下々の民へと渡って。
そうして広く普及した今――魔導書ではなく、魔力を含まない
ただ日々の出来事を書きなぐっただけの日記みたいなものから、史実の騒動や天変地異をまとめた歴史書まで。その本の内容は多岐に渡っている。自分自身の意思や思いを残しておけるというのはやはり大きいらしいのか、本を取り扱っている街の施設では、その厚みは天井に達しそうなまでに増していた。そこに居れば誰しも決して興味の尽きる事は無いだろう、そう思ってしまえるぐらいに退屈の無い場所だった。
して、その本の中でも異彩を放つ類の本が存在する。
その本はというと、人間が持つ欲求を体現したような内容が書かれていて。
それはもう、心踊る官能的な表現がたくさん散りばめられていて……
まあ端的に言えば、エロ本というヤツだ。
確かそう、リビドーと言うんだったか。人間の――特にオスが持つ性欲は凄まじいらしく、そのエロ本では様々なモノがおかずの題材として扱われるようになってしまっていた。
無機物は流石にちょっとレベルが高いが、生命体ならばもうなんでもござれという状況である。人間という枠組みには入るが別種族として扱われているエルフやドワーフは当然のこと、家畜とされている牛や馬を擬人化したものだって有るし、なんならその辺で恐れられている魔物のやつだって有る。酷いときは、伝説上の生物とされているドラゴンさんもその慰み者の対象となってしまうほどだ。
人間は一度すべて滅んだほうが良いのではないかと、そう言われても思われても仕方のない種族なのである。
さて。そんな魔導書を凌ぐくらいに様々な種類があるエロ本さんではあるが、我々を捕食対象として見ている人類の最大の敵――魔族の方々を題材としたモノは果たして存在するのかどうか。
答えは――
勿論存在する。
というか、無いほうがおかしい。
実際に俺は女性型としか出会った事は無いが、人間的な価値観からして性別問わず、誰しもが見目麗しい姿をしていると聞く。それは人間を惹き付け、欺く為に理想の姿へと進化したからとか何とか。詳しくは、知らないけれども。
とにかく、ヒトの性欲をぶつけるには持って来いの容貌をしてしまっているのだ。
何食ってればそんなぼんきゅっぼんなカラダになるんだよ。
すげえ開放的な格好だよ、絶対誘ってるだろ。
間違いなくセックスの化身でしょコレ。
そんな感じで思われてしまうのは自明の理なのである。
そりゃ当然、魔族を題材にしたえっちな本は生まれますわな。たとえそれがかの宿敵だとしても、憧れは止められねぇのである。まあ実際は、そんな事言おうものならすぐに殺されてしまうわけなのだけど。
というわけで、人の世に
しかし、それも長くは続かない。
事態を重く見たナントカ魔法協会?が、そういう類の本を発禁にしてしまったのである。作者達はささやかな抵抗を行ったが、しかし相手は優秀な魔法使い達を擁する最大の機関。彼らの書く本は、なすすべなく闇へと葬られた。残存していたものは、ほぼ焚書されてしまったという。
そりゃそうだ。本を読んだ結果、魔族を性的対象と見て姦淫するようなバカがうまれちゃ大変なのだから。今ではもはや、それはタブー扱いされてしまっている。懲りずに出せば、正真正銘牢獄行きだ。
そんな世にも珍しい、希少な魔族のエロ本。
「なんかあったわ……」
グラナト領が擁するどでかい図書館の、隅のそのまた片隅に。
なんかあった。
【夢魔――夢の魔物。夢に現れ、夢で人と交わる。その姿はつねに美しく、決して夢魔の誘惑から逃れることはできない。夢魔に魅入られその快楽の虜となったならば、彼もまた、永遠に夢に棲まう。】
ひどくつまらない表紙と、重苦しい形をした文字。なんて事の無い本を、なんとなく気まぐれで開けてみれば、全くも予想していない書き出しがお出迎えをしてくれた。あとついでに、ちょっと風が吹けばすぐにでも脱げてしまいそうなとても破廉恥な格好した女の子の絵も一緒に。なんかツノが生えてるからとっても魔族チック。
本の内容は、こうである。
とある青年の夢の中に、魔が現れた。若い女の姿をしていて、しかし人では無かった。
青年は騎士団の在籍している若い新兵の一人。騎士の信条を志にし、国に命を捧げる傑士の一人。
対して魔は人間の憎むべき怨敵である。たとえ夢の中であろうとそれは変わらない。青年はただ何の淀みも無く、魔を斬り伏せた。
しかし、魔を傷付けること叶わず。ただ魔族の身体を通り過ぎ、空を虚しく斬った。
ならば魔法と、手に燃え盛る炎を灯し浴びせようとも、女は涼しい顔をしていた。何度繰り返せども、それは同じ。
いかなる刃、いかなる炎。いずれをもってしても、傷付ける事は叶わない。
笑みを浮かべながら近付いてくる魔に、青年はただただ恐れを抱いた。
しかし魔もまた、青年を傷付ける事は無く。
ただ、愛を求めた。
――これが、本のおおまかな一章のストーリーである。この後は、それが
魔族の姿をした美しい女と、しかし殺されることは無く夢の中でただイチャイチャ愛し合う。なんともまあ、著者の欲望が滲み出た作品である。あまりにも都合が良すぎるだろ。
好きだ、これ。
こういうので良いんだよ、こういうので。
でもこれは間違いなく有害図書扱いだろう。
そりゃ発禁になるわな、と。
……しかしこんな本が少し前までに魔族の侵攻を受けていたグラナト領に有るとは、中々に闇が深いですね……。人間側も一枚岩では無いのかもしれない。なんもかんも魔族悪いよ魔族が。
「……はぁ」
そんな愚痴を適当に心の中で吐き捨てながら、俺は一人溜め息をついた。そして誰にも目の付かないような暗い本達の隙間に本を差し込んで後にした。
何の事を――いや、誰の事を考えているかはとても簡単だ。
あれから。
夢のような夜を過ごして、朝がやってきて。
気が付けば、股の間から何か白いものを垂れ流しながらこちらをじっと睨む女の子がなんか居た。
どうすんのこれと思っていたら、彼女はそそくさと身に付けていた服を抱え……相当早く、目にも止まらないくらいの素早さで、何も言わずに彼方へと駆けて行ってしまった。ちなみに服はそのまんま、何も身に着けず裸で。
俺はぽかんとして、しばらくはそこでボーッとしていたような気がする。
大抵気持ちよくなった後は、途轍もない全能感とでも言おうか、まるで自分が賢者のような何かになった気分になるのだがその時は違った。
果たしてそれが本当に現実の事だったのか。
もしかして夢だったのかもしれない。
だけどそれは、現にそこに在って――
思わず頬をつねってみたくなるような、なんとも言えない不可思議な感覚に襲われていた。
もう一度あの夢のような思いができるのならば、彼女と交わしたできるかも分からない嘘の約束を……しかしその通りに、多くの人々が暮らすこの街の平穏へと影を落とすような――そんな非道な行為を真実にしても良いんじゃないかと、そう僅かに思ってしまうくらいに囚われていたのだ。
本にある物語に出てきた青年のように、俺は魔族の彼女が棲まう夢のひとときへと溺れてしまっているのかもしれない。
俺がグラナト領に来たのはあくまで情報の収集のためである。
この辺りで幅をきかせていた魔族について調べるという目的があったし、自分の身の特異性について何か分かる事が無いか探るというのもあった。
その延長線上でリーニエちゃんとまた出会えたのは、とても幸運だったと言えるだろう。本来は数日かそこらで自宅へと戻るつもりだったので、だいぶ伸ばしてしまった今、通行証の期限も迫っている。そろそろ帰らないといけない頃だ。
もしここから更に伸ばすとなると、この街へ貢献するような何かをしなければいけない。
例えば……冒険者ギルドのような所へ行って自分の身分をそこで登録する、みたいな事だろうか。
しかし冒険者と言っても、誰かが落とした失せ物探しとか、誰もやりたくないドブ浚いだとか、そんなチャチな事は求められないだろう。
ここはかつて魔族の侵攻を受けていた場所。
求められるのは、いざという時に荒事を解決するための力だけだ。
リーニエちゃんに発揮していた謎の防御力は、もしかしたらこういった事に役立つかもしれない。あの力の原理は依然としてよく分からないけれども、武器としての攻撃を全て防いでいたことからその辺の魔物くらいなら圧倒できる可能性は有る。もし力が全ての生物に対して有効ならば、前線に出れば攻撃を防ぐための盾として大いに活躍できること間違いないだろう。
でもダメだ。
こういうのは、求めすぎてはいけないモノな気がする。
そして何よりも、悪い方向に行く未来しか見えない。
害意を持ったあらゆる攻撃を意識内外問わず常時防ぐなんて、現代の防御魔法を逸脱し過ぎている。その手の魔法バカにこの力を知られたら、まず実験台として捕えられ家に返して貰えなくなるだろう。そしてそのままモルモットとして終生研究され尽くされるに違いない。平穏な生活なんて、もうニ度と戻ってこなくなる。
研究されなくとも一度魔族と大規模な戦争が起これば、絶対一番に駆り出される。大いなる力を持つのならば、それを必ず人の世のために振るわなければならないとか、そんな感じの聴こえのいい文句を付けて無理やりこき使われるのだ。
それは嫌だ。
絶対にイヤだ。
ここからとても遠い北の地。
そこには天地創造より女神様が授けた剣が眠っていたとされる。
その剣には世界を滅ぼす大いなる災いを振り払う力が在って――時の勇者はそれを使って、魔を束ねる王を討ったそうだ。
強大な魔王を打倒する程の剣なんだ、それはもう想像できないほどの力を秘めているに違いない。
天より授かりし魔を滅ぼす力。
自分が持つ力が、それと対になるようなモノだとしたら。
俺は、この力を人々のために――――――
使うわけが無い。
いや普通に、魔族の女の子とエロい事をするためだけに使うでしょ。
食物連鎖で上位の存在から苦しめられつつも、圧倒的な数で差を付けてきた人間族の性欲だ。舐められては困る。
なぜ魔族の女の子は皆が皆可憐な見た目をしているのに、しかし人間から性欲をそれほど直球に向けられずにいたか。それは何より、性欲よりも恐れのほうが勝っていたからだろう。手がその身体に触れようものなら――いやそれ以前に、この身が消し炭にされてしまうと。そう、恐れていたのだ。
ならばその懸念が解消されれば、欲望を止めるものが無くなるのは道理。
己の欲望のままに、好き放題させて貰います。
なんか人として最低なことを言っている気がするな……。
もし女神様が本当に居たら、真っ先にコイツに天罰落としてそうだ。
◇
そんなこんなで名残惜しいものの、俺はグラナト領から帰還した。
これからは、日々の生活のことも考えなければなるまい。
ということで今居るのは、いつもお世話になっている酒場である。
おさけ、呑みたいんだ。
まだ陽が落ちきっておらず、とても空いている時間帯。俺は何も考えず、マスターが近い席を陣取ることにした。
席に座って溜め息一つ。これはなんというか、安堵の溜め息である。いつも通りの日常が戻ってきたことへの安心感から出たものだ。
「お、帰ってきたか。どうだったかい、グラナトの方は? ヘヘッ」
「……?」
そうすれば、通しが来る前にマスターからいつもの煽りを頂いた。その言葉の意味が分からず少し混乱したが、自分の置かれている状況を鑑みたらすぐに分かった。
……どうやらこのオッサンは、俺が娼館巡りにグラナトへ行ったと思っているらしい。とてもニヤついているので、多分感想を聞かれているのだろう。
娼館は微妙だったけど、魔族の女の子とイチャイチャできたので大満足です――なんて言えるワケもないので、とりあえず適当に流すことにした。
「その、まあまあでした」
「ガハハ! 好みのコが居なかったか! そりゃ残念だったな!」
「あはは……ぼったくられました」
「そりゃそうだ。あっちの方は色々高いからな! ほれ!」
ツイてなかったな、と笑いながらドリンクを注いでくれるマスター。
心なしか、少しだけいつもよりも量が多い気がする。
これは多分、ちょっとサービスしてくれているのだろう。
ああ、あったかい……。
人の優しさを感じますね、これは……。
まあ、本当は騙しているんですけどね。
「じゃあまた、こっちの方にお世話になりそうだな」
「そりゃあもう」
グラスを少し傾けてみれば、キンとロックアイスがぶつかる音がした。とても小気味良くて、すうっと脳内に響き渡る感じがする。平坦で静かな音へと身を委ねれば、思考が段々クリアになっていった。
俺、一体何してるんだろう。
「そういえば最近、娼館に変なヤツが湧いているらしいぞ」
「変なやつ?」
「ああ。正確には、ヤツかどうかも分からんみたいだが」
「どういうことですかね」
「客が嬢とヤッてる最中なのに、たまにどこからか謎の視線を感じる時が有るらしい。それが何件か。出入りは禁じてるのに、おかしいだろ?」
「ふーん」
頂いたものを一気に呑みほす。そして、一言。
気のせいじゃないですかね、と。
そんなどうでもいい言葉を返したのち、俺は酒場を去った。そして家へと帰る準備を手早く済ませる。
忘れていたわけではないが、本業は農家だ。
そろそろ畑の様子を見に行く必要が有るだろう。
タグ付けてなかったけど、クズ主人公です