ひとなつおきつねさま 作:負けた社畜
また会いましたね?初めましての方はこんにちは。
カップ麺食べてたらお狐様=のじゃロリという風潮に一石を投じたくなったので初投稿です。
「ちょっといい?」
ん、ノック。夏休みにこれでもかとお出かけしてやろう計画をしていたぼくの部屋にお母さんが入ってきた。たぶん、これから仕事へ行くんだろう。
お父さんも朝早く出ていったけど、お母さんもあいかわらず仕事らしい。計画はぜんぶなしになった。パシッとしたスーツのすがたはカッコいいけど、たまには、ぼくとも遊んでほしい。言わないけど。言ってもきっと、お仕事だろうから。
「葵、ごめんね?お母さん達ね、仕事で出張しなきゃいけないの」
「どのくらい?」
「そうね……2週間ってところかな。その間家に葵しか居なくなっちゃうからおじいちゃん家に行って欲しいんだ」
「にしゅうかん」
いつもそうだ。だいじな学会?とか発表会?とかって言って、お父さんもお母さんも、夏休みや冬休みとか関係なくどこかへ行っちゃう。一年でそんなに何度もやらなくていいじゃんか。
それがあると、お父さんとお母さんは何日も帰ってこない。たぶん日本にいない。この前はぼるちもあ?に行ってその前はりすぼん?に行ったとか言ってた。たぶん外国だと思う。
ぼくはおばさんの家に行ったり、しんせきの人の家にあずけられる。おばさんの家は兄弟が多くて5人いて、とってもにぎやか。ボケとツッコミのがいねんはよく分からないし、たいがーすが勝つとたいへんな事になる。だからちょっとつかれるんだ。
おじいちゃん家はすごく遠い。新幹線でおばさん家に行くよりもっと遠い。飛行キでびゅーんと行って、そこからみじかい電車に乗る。 ビルがなくて、家も二階が無くて、まわりに田んぼと畑ばっかり。だからちょっとつまらないんだ。
「うん。おじいちゃんによろしくね?」
「わかった」
お母さんと空港でわかれて、ぼくはひとりで飛行キに乗った。お母さんは国さい線っていうもっと遠くへ行く飛行キに乗るんだって。
きゃびんあてんだんとさんの向かいの席でちょっとはずかしい。目が合うとにっこりして手をぎゅってしてくれた。ちょっとひんやりしてたけど、たぶん心があったかい人なんだと思う。
ぼくと同じくらいの子もけっこういた。みんな夏休みなのかな?けど、きゃびんあてんだんとさんは「1人で乗れてえらいね」って言ってた。1人で乗るの、ふつうじゃないのかな。新幹線も飛行キも、ぼくはほとんど1人で乗ったことしかないよ。
海のほうのイスだったからなんにも見えなかったや。たまに雲へ入ったりしたけどずっと青いものしかない。飛行キの前が下に向くと、ちょっとしたらぽーんと音がして、ベルトのサインがついたら地めんが見えてきた。もうすぐで着りくするみたい。
すべるみたいに地めんについてぶわーとエンジンが開いた。体が前におしつけられてぎゅっとする。無事についたみたい。気温はウチの方よりもあついらしい。うぇ。
空港から電車に乗って町の中心へ来た。ここからもっと短い電車に乗りかえる。こっちの電車はよくゆれてうるさい。すわっててもボヨンッてはねたりする。本当に駅?みたいなところをいくつか通りすぎておじいちゃん家の近くの駅まできた。
きっぷを運転士さんの横に入れて、ホームにおりたらとってもあつい。けどぼくの家がある方とあつさのしつ?みたいなのがちがうような気がする、じわりとしたあつさ。
何にもないし駅員さんもいない改札口を通って外に出ると、軽トラが1台止まってた。
「よぉ来た、葵」
「おじいちゃん!こんにちは」
「おう、こんにちは。暑ぅて敵わんから早よ行こぅや」
「うん」
あいさつ大事。おじいちゃんはぼくのリュックをポイと後ろにのせて軽トラのエンジンをかけた。
「お母さんはまぁた仕事しとーね?」
「うん、とろんと?に行くって」
「カナダかゃ…
「わかった」
ぶーんと海から離れて山へ向かっていく。おじいちゃんは1人で畑をやってくらしてる。おばあちゃんはぼくが生まれてから、すぐになくなってしまったらしい。けど、写真だけ見せてもらったことがある。とっても笑顔のやさしそうなおばあちゃんだった。
おじいちゃん家はとにかく古い。タタミのゆかはギシギシいうし、トイレもお風呂も家の中になくて物おきみたいなところにある。お風呂はうら山のわき水をくんできて、まきを燃やしてわかすんだ。せんたっきはにそうしき?ってやつで2つに分かれてる。クーラーはないから窓全開。セミとかがウチのほうと比べものにならないくらいうるさい。
「葵、宿題ば持ってきとぅね?」
「あるよ」
「んだら1日2ページは進めんしゃいよ」
「うん」
もともと、ヒマでほとんど終わらせちゃったからあと絵日記ぐらいだ。お父さんが遊びにつれていってくれるって言ってたけど、けっきょくどこにも行ってないから宿題ぐらいしかやることなかったし。
おばあちゃんの前にお線こうを立てたらおじいちゃんは畑へ行くらしい。ぼくもお線こうを立てる。お昼ごはんを食べたらやることもなくて、どうしようかなって思ってたからいっしょに行こう。
「おじいちゃん、なんか畑で手つだうことある?」
「なーんも」
目てきがなくなっちゃった。
「そうなぁ……ならお狐様に御挨拶に行きんしゃい」
「おきつねさま?」
「ほうや。これ、お狐様の好物やけ渡しとーとね」
きなこのわらびもちをもらった。おじいちゃんが言うには、うら山の畑へ行く道をそのままずっと山へのぼっていくと神社があって、そこにはおきつねさまがいる、らしい。このへんを守ってくれているそうで、お野菜がよくできるのもおきつねさまのおかげなんだとか。
「神社で白い狐に
「うん、しない」
わらびもちは神社にいる白いきつねがよく食べるんだそう。本当にそれきつねなんだろうか?ぼくはいぶかしんだ。でも、さいきんはみんな山道と神社の階段がつらくて、おそなえものに行くのはおじいちゃんぐらいしかいないって。
さっそく行ってみよう。
おじいちゃんに行ってくるって言って、家の前の道をそのまま上っていくといっぱい畑があった。お風呂に使うわき水が出てるのがこの先の岩のところで、水のながれる音もする。
そういえばわき水岩のところにもきつねの形をした石像があった気がした。おきつねさまはお水も出せるのだろうか。すごい。
わき水岩をすぎたら坂はどんどん急になって、森の中へ入ってく。お空が近くなってきた。日かげはすずしいけど……ごめん、やっぱりあついや。
少し道をすすむと木のない広場とベンチがあった。ここから石の道がおくの森に向かっていく。
石の階段は森の中をのぼっていって、赤い鳥居が何本も石の階段の上をとおってる。たぶん、この階段をのぼっていけば、おきつねさまのいる神社に行けるっぽい。前にテレビでみた
よし、のぼろう。
えっと、たしか礼するんだっけ。鳥居の前で礼。よし、葵いきます!
「おぅっ」
階段がきつい。ふつうのよりも一歩が大っきくて、これはたしかにつらい。それに、おそうじされてなくて葉っぱとか枝がすごい。もうちょっとキレイにしたらのぼりやすいハズだ。
そんなことを考えながら上がってたら、目の前になんかいた。
────白いきつね
ぼくが気づいてなかったのかもしれないけど。足もと見てたから。階段のまん中に手足をそろえてすわった白いきつねがじっとぼくを見てる。
右にうごいても、左にうごいても目が合うからしっかりぼくを見てるみたい。えっと、おじいちゃんが言ってた。白いきつねは神さまのつかいだって。
「こんにちは、おきつねさま」
あいさつ大事。あたまも下げておこう。きをつけ、礼。
立ち上がったきつねが階段を下りてきて、ぼくのまわりを一周した。手と足にもふもふの毛がさわってくすぐったい。それとけっこう大きい。せいくらべしたら同じぐらいになりそう。てか負けそう。ぐぬぬ。
きつねはぼくの前を歩きだした。三つ先を上って、ぼくにチラッとふりかえる。たぶん、ついて来いって言ってる?のかな。どうせ神社まで行くんだから、白いきつねについて行く。きつねはたまにふりかえって、ちゃんとついて来てるか見てくれる。やさしい。ウメダでまよったぼくをおいてったイトコとは大ちがいだ。もしイトコがウチに来たらシンジュクへほうり出してやる。
けっこう森の中を上って、さすがのぼくもつかれてきた。おじいちゃんは毎朝これをのぼってるのか。スーパーおじいだ。
「ん」
いつのまにか、ずうっと前にいたはずのきつねがいなくなっちゃった。ぼくは前を見てたはずなのに……風がふいたと思って目を閉じたらいっしゅんできえた。もしかしたら、おきつねさまはニンジャの末えいなのかも?すげえ、世きの大発見。
でも、石階段はあとちょっとで終わり。すごく大きな鳥居があって、森がなくなってる。たぶんあそこがゴールなんだ。ゴールしたら、ぼくのきざんだきせきを見てやろう。
大きな鳥居のおくは、つなひきのなわみたいな大きいのがまかれた木と、木でできた古いたて物があった。公えんよりも広そうだ。
鳥居の前で礼。 よし、上ってきたぼくの足あとを見てやろうじゃないか。
「おー……すげー……」
森よりもせが高くなった。田んぼと畑が小さく見えて、家も小さくて、海がどわーっと広がってた。空と海のきょうかい線も見える。水平線っていうんだっけ?
「よう来たなぁ。人の子の」
しばらく見とれていたら後ろから声がした。ちょっとひくいけど女の人の声だ。ふり返ると白くて長いかみの女の人が立ってた。白いひらひらした服と青いふぁるふぁるしてるズボン。たしか、はかまって服だ。
頭の上にぴんっとしたお耳がある。かみの毛と同じ色で、先っぽだけ赤い。あれどうなってるんだろう。
「こんにちは、おきつねさま?」
「はい、こんにちは。挨拶できて偉いなぁ。あと疑問符は要らんよ」
きをつけ、礼。ぎもんふってなんだろう。女の人はぼくの前まで歩いてきて、頭をなでた。どうだ、ぼくのかみサラサラだろう。
「お名前はなんていうの?」
「ぼく、葵っていいます」
「ええ名前やね。お姉さんはなぁ、
「いおりさま?」
すごい。目が金色だ。まつ毛なっがい。はだもまっ白。なんかいいにおいする。
「葵、おとんとおかんは?来てへんの?」
「お父さんとお母さんは遠いところへ行きました」
「逝ってもうた!?」
「お母さんとは『おじいちゃんによろしく』って言ってわかれました」
「そんな……」
びっくりしたおきつねさまの耳がペタッとふせた。まゆ毛もへにょってしてる。そんなに元気をなくすことだろうか?
「大変やんな……あかん事を聞いてもうたね。堪忍ぇ」
「ぼくも、ここにはちょっとしかいれません」
「あかんえ!そない若いのに!」
うわわわわ。おきつねさまにぎゅってされた!ふわふわしてあったかくてやわらかくてやわらかい!あとすごい大っきい!大っきいしっぽがはえてる!
「ここにおったらええ!」
「いや、ぼくもかえらないと………」
「??? 帰るとこ無いとちゃうんか?」
「お父さんとお母さんはお仕事で遠くにいってます。今はおじいちゃん家にいそうろうです」
「なんやそういう事かいな……良かったわぁ」
へにょりとしっぽがたれ下がった。たぶん、いおりさまは何かかんちがいをしておられる?
向こうで白いきつねがきゃらきゃらと笑いころげてた。あれ、あのきつねは、さっき階段で会った白いきつねだ。まえあしを地めんにタシタシしてわらってる。うごきが人間みたい。
「
少しおこったように、いおりさまは白いきつねに言った。すると、ぶわっとつよい風がふいて、ぼくはふっ飛びそうになる。いおりさまがぼくをぎゅってして、守ってくれた。やわらかいあったかいいいにおいがする。
「相変わらず庵ん早とちりは治っとらんね!はー
白いきつねはどこにもいなくて、代わりにお姉さんがいた。いおりさまとちがって短いかみで目が細くて、お耳の先っちょまでまっ白で、しっぽがいっぱいある。かみは短いけど耳はいおりさまより大きい。白い服と青いはかまはいっしょだけど、ところどころに金色の糸がぬってあった。
「おきつねさまが二人……」
風がふいたらおねえさんがいた。やっぱりニンジャなんだ。やさしそうないおりさまとちがって、ちょっとえらそう。あとぼくのイトコといっしょでイタズラ好きそう。
「葵言いよーとね?
なごみさまは近づいてくると、ぼくの頭のにおいをすんすんした。犬みたい。
「……?」
すんすんすん。
「何してん、和」
「いやぁ?こん匂い知っとーなぁ……。はて」
前も後ろもおきつねさまだ。いおりさまはぼくをぎゅってしたままだし、なごみさまはにおいをたしかめるようにすんすんとみっ着する。サンドイッチされてちょっとはずかしくなってきた。せなかがムズムズする。
「あのあの、ぼくおじいちゃんからおそなえ物をあずかってるんですが!」
そう言って、もってきたわらびもちをさし出す。なごみさまは知ってるのかチン!と来た顔をしている。反対にいおりさまは首をかしげた。
「いつもお供え持ってきとう
「いつも?……和?うち、わらびもちなんて知らへんが?」
「あ、や、腐らせとう悪いけん
なごみさま。目がうろうろしてる。
「うちに、言わんと、ずっと、独り占め、してたん?」
イトコがお皿フリスビーして割った時のおばさんみたいだ。あの時ぼくも怒られたんだったな。ただお飛んできたお皿よけただけなのに。
いおりさまのしっぽの毛が、さか立っておこったネコみたいになってる。
「ふっ!」
「がぁぁ!痛っイィ!お…折れるゥゥ~~~!」
「それ以上いけない」
なんてす早いアームロックなんだ。ぼくじゃなきゃ見のがしちゃうね。しかし、なごみさまは、どうやったのかヌルリとぬけ出しコキコキと手をならす。
「式になんしょーと無駄やっちゅーに」
「ええで。痛みをやる事が目的とちゃうねん」
ぽかん。なごみさまは軟体動物?いったい何がどうなってんだ。痛みを感じない体なんだろうか。
「いたくないんですか?」
「あぁ、この和は分身やさかい気にしいひんでええわぁ。本人はもっと遠くにおんでな」
分身のじゅつ!やっぱりなごみさまはニンジャなんだ!シキというじゅつも使えるらしい!すげー!
ぼくが持っていたわらびもちをいおりさまにわたすと、にこにこしながらぎゅってしてくれた。あったかいやわらかいふわふわ。お母さんとだって、こんなぎゅってした事ない。
「せやったらあそこに座って食べよか」
いおりさまが指さしたのは木。ぼくが首をかしげると、またぎゅってされた。今どはつよめにぎゅっっっってされて、ぼくの顔はいおりさまのおむねに包まれる。服ごしなのに伝わってくる感しょくは、やわらかいとか、そう言う次元じゃない!
「掴まってな」
どこにつかまればいいんだ!ぼくがあわあわしてる内にいおりさまはポンッと
さっき階段の前からふり返った時よりも高いところにいる。いおりさまとぼくは、つなひきなわのまかれたでっかい木の、太い枝に座ってた。
「ここに座って食べると眺めがええんよ」
たしかにすごい。すごい景色だ。ぼく一人じゃのぼれないってところに目をつぶればよぉ!
「お、庵のイチオシ教えてもらっちゃけんね。気に入られとーね、葵」
「久々のお客はんやさかい」
「普通のお客じゃこんなんやらんちゃ、庵」
「この地に住む人間の子孫や。大事にせなあかんえ」
いつの間にか、なごみさまも飛んで来て、木の上でわらびもちを食べた。もちもちした食感ときなこをいおりさまは気に入って「また食べたいなぁ」って言う。おじいちゃんに伝えておきます。あと、いっぱい食べようとしたなごみさまはほっぺたをむぎゅってされてた。
食べおわったら、いおりさまはぼくの後ろにすわって来て、またぎゅってされた。も、も、もうどうようしないぞ。いいにおいやわらかいあったかい。せなかにおむねがむにゅってしてる。こここここれは言ったほうがいいんだろうか?
「なあ庵、葵にくっつき過ぎと違うか?」
「ええやん、減るもんちゃうし。久々の人の子ぉやさかい温もりたいんよ」
「ほんに寂しがりっちゃね。程々にしな叱られとーと」
「あちらもそない暇ちゃうやろ。誰かさんは
いおりさまがジトッとした目を向けると、なごみさまは「うぐっ」とのどを鳴らしそれ以上のついきゅうを止めた。ぼくはいおりさまにぎゅってされたまま。そうだ、何かお話して気をまぎらわそう。そうしないとドキがムネムネしてしかたない。
「あの、お二人はどういうかんけいなんですか?」
「ややこしいなあ…なんやろ……?」
「んー……あぁ、葵に分かり易ぅ言ったら学校の同級生っちゃ」
どうきゅうせい。
「それぞれの地方に大きな
「今は人が減って信仰も薄れてなぁ……。来る人がおらへんさかい暇で顔見に来てるんや」
しょうしこうれいかの波がこんなところにまで。
……しょうじき、せなかにいおりさまのおむねがむにゅむにゅ当たるせいで話が入ってこない。なんでだ。お母さんのおむねが当たってもこんな事はならないのに。
「く、来る人がいなくなっちゃったら、どうなるんですか?」
「そりゃもちろん神としての
ぜんぜん集中できないのに、すごく大事な話がすすんでいく。
「
とりあえず、ガクガクとうなずいておく。ひでんわざ、先生がおこった時のやり過ごしのじゅつ。
「葵、聞いとーね?」
ぎくっ
「なんね顔赤なして……ははぁ、さては庵の乳を味わっとうな?大っきいし柔こいよなぁ?このスケベめ」
「めっそうもございません」
「和、抱きしめな落ちてまうやろ?」
「己は純粋すぎっちゃ」
なごみさまの細っこい目は、ぼくの集中力さんまんなんてお見通しらしい。
お仕おきなのか、なごみさまの手が太ももをなでてきて、くすぐったい。だけど、太ももの内がわをなでられるとゾクリとした。今までかんじた事のないようなものは『くすぐったい』ともちがう。せなかのおくから、おなかの中からゾワゾワとしたものが持ち上がってくる。
「ぼく、そろそろ帰らないと!」
「えっ、もうちょいおってくれへんの?」
「おそなえものだけわたしてくるって言ってきたから……おじいちゃん心配しちゃう!そのかわり、明日も来ます!」
「そかそか!ほな、おりよか」
またいおりさまにつよくぎゅってされて、フワリとなると、ぼくは鳥居の前に下ろされる。まだドキドキするむねがバレてなきゃいいけども。
ふしぎだ。こわいドキドキじゃない。けれども落ち着かない。なんだろう、これ。
「明日も来てな。待ってんで」
「はい!」
気をつけ、礼。なんだか聞いちゃいけない事を知ってしまった気がして……。いや、それだけじゃないけども、ぼくはすぐに帰ることにした。あぶないから転ばないように、けれども急いで階段を下りる。
明日また、待ってると言われてしまった。なら何かを理由にして会いに来たい。そうだ。明日はおそうじに来よう。おじいちゃんにほうきを借りて階段のそうじをしようじゃないか。
「和」
「分かっとうよ。家まで見てればいいっちゃけんね……白鴉」
どこからともなく舞い降りた白い烏は和の肩に留まり、一声鳴くと首を捻る。和が労わるように首筋をするりと撫でれば、気持ちよさそうに目を細めた。
「お前も、葵は見たっちゃんな?」
一鳴き。それを肯定と
「あの子ば、見守っといてくれ」
鴉を飛ばし、二人してその行き先を仰ぎ見る。あの分ならば葵が山を降りる前には追いつけるだろう。
大切な友人の客人であるし、自分とも縁の結ばれた子。そんな子が怪我でもすれば寝覚めが悪い。
この地の守護は管轄外だが、個人を見守るぐらい良いだろう。自分も庵も大層暇している事だしな。それにしても……。
「庵、自分で式も飛ばせんよぅになっとーとか?」
「隠すつもりはあらへんのやけどなぁ……。もう相当、あかんかもしれへんね」
───日本には八百万の神が居る。生まれる神があれば、廃る神もまた然り。
富国強兵を元に産めや増やせやの時代には、まだまだ神に対する信仰も篤かった。至る所に祠が建てられ、道行けば道祖神がおり万物万象には神が宿り、また共存へと相成っていた。
しかし豊かになって、人間達の営みは便利な都市圏へと集中し、若人の出ていく地方には古老達が残るのみ。人の数が減っていけば、我らを覚えている者も少なくなる。それだけ神の力も無くなっていく。忘れられた神の行く末は……あまり、良い話は聞かない。
和は同じような境遇である庵に普通以上の感情を抱いていた。恋慕などではないが、ある種の親愛、友情、仲間意識といったそういう物を。
その庵が廃れて打ち捨てられるなど、和は望んでいなかった。当の本人からは既に諦めも見え隠れするが、今日の様子を見るに、寂しがりで人好きな彼女の本質は変わってなんかない。変わらずこの地と人々を愛している。
このままじゃ───そんなの、そんなのってないだろう。
和は臍を噛む思いでいたが、これ以上ない協力者足り得る存在が現れた。この地に住まう信仰者、唯一我らと関わりのある
和は土地神であると共に、
葵はまだ少し、
(いや、もう迷っとー暇は無いっちゃね)
おじいちゃんの作ったごはんを食べて、お風呂に入って、おふとんへ入ったあと神社の事を思い出した。いつもねる時間には早くて、まだ目がさめてる。おじいちゃん、めっちゃねるの早い。
「おきつねさまって、いたんだね……」
ふと、いおりさまにぎゅってされた事を思い出した。お母さんとはちがうあったかくて、やわらかくて、いいにおい。どうしたんだろう、なんでぼくはこんなにおきつねさまのことばっかり思い出すんだろうか。
「……」
むずっ
なんか、ねむれないや。たぶん、まくらがちがうせいだ。