ひとなつおきつねさま 作:負けた社畜
今日は太陽さんがかおを出さなくて、雲にかくれちゃってるからあつさはちょとマシだ。理科の授業でやった
おじいちゃんと朝ごはんを食べて、手を合わせてごちそうさまでしたする。今日おじいちゃんは畑に行かずに、のうきょうに行ってくるらしい。ぼくは竹ぼうきを借りて、神社の階段のそうじのつづきをすることにした。
「昨日と同じで昼のチャイムば鳴ったら帰ってこいっちゃ」
「うん」
そう言うとおじいちゃんは身じたくをととのえて、軽トラで出かけていった。しんと静かになった家の中はかちこちと時計の音だけする。ぼくもじゅんびをして家を出よう。
畑に向かう道は晴れの日と少しだけにおいがちがって、草のにおいがちょっと強くなってムワッとしてる。とおくに見えるユラユラが今日はすこしだけおとなしい。
…………今日、なごみさまはいる…のかな?
昨日は階段をそうじしていたらなごみさまが来て、その……
昨日したことは、なごみさまにぼくたちのヒミツだって言われたから、おじいちゃんにもしゃべってない。
あれから、ちんちんがムズムズしてしょうがない。なごみさまにされたことを思い出しちゃって、体があつくなるとちんちんがカチカチになる。
そうしたらちんちんはピシッとして痛くなるから元にもどるんだけど、なんだか先っぽの赤いところが長くなってる気がする。それはなごみさまにイタズラされたからなのかどうかは分からないけど。
そう言えばイトコのお父さんとせんとうでおふろに入ったとき、ちんちんの形がぼくのとぜんぜんとちがった。でろんってかんじだった。ちょっとグロかったんだけど、ぼくのもあんなふうになっちゃうのだろうか?
ううん、やめよう。なんか思い出しているうちに、昨日のことまで思い出しちゃいそうだ。
……いろんなことを考えながらうら山の道を上っていたら、もう木のない広場にいた。
昨日と違って、くもってて少し暗いから、あかい鳥居はもっとずっと黒く見えてふんいきもぜんぜんちがう。なんて言えばいいんだ。おどろおどろしい?だっけ。すずしいのはいいけど、ちょっとこわい。
シャワシャワなくセミの声と、聞いたこともない鳥の声といろんな音がする。明るい時とはまるで世界がちがうみたいだ。
「……」
ぱしんと自分のほっぺたを叩いて気合をいれて……よし、行こう。
「おはようございます」
きをつけ、礼。
あいさつをしていちばん最後の大きい鳥居をくぐる。
上りながら気づいたんだけど、階段のとちゅうには広場みたいなところがあって、昨日そうじをやったところはちょうど1/3ぐらいまでだった。まだまだだな。さいゆうしゅうそうじ二ストの風上にもおけない。
石の道をすすんでいくと、いおりさまが神社のたて物……
くもの切れたところから太陽の光がふってきて、日に当たったいおりさまの白くて長いかみの毛がきらきらしてる。そこだけが明るくなっていて、びじゅつの教科書の絵みたいですごくきれいだと思った。
ぼーっと見ていたぼくに気がつくと、いおりさまはニコッとして手をふってくれた。なんかドキッとしてかおがあつい。
「よう来たなぁ」
いおりさまが立ち上がると、そのまま近づいてきてやっぱりぎゅっとされる。くもり空だけどおひさまのにおい。やわらかい。もちもち。ふわふわ。
「なあ、今日はお話ししていってくれへんか?」
目をスっとのぞき込まれ、ぴかぴかな金色のひとみにぼくのかおがうつった。まつ毛なっが。吸いこまれちゃいそうな目に、ぼくはうなずくしかできなかった。
「……ちょっとなら」
「………! なら、あそこ座ろか?」
うぐっ……。すぐそうじを始める気だったけど、いおりさまたってのおねがいだからことわれない!
いおりさまはとってもニコってして、横に向いていた耳がぴんっと立ち上がった。よっぽどうれしかったのか、ぼくの手をガシッと握ってひっぱっていく。手までスベスベしてやわらかい。いったいどうなってるんだろう?
「ほらここ」
大きな木、ごしんぼくっていうらしい。その前の石にすわったいおりさまがぽんぽんとひざを叩く。うん……うん?おひざの上にすわれってこと?イス取りゲームかな?
さすがにちょっと……失礼だと思うので、ぼくはとなりの石にすわったら、いおりさまのお耳がペにょってした。
「あっ……」
どうやらおひざにすわってほしかったらしい。
「葵は何人家族なん?」
「お父さんとお母さんとぼくです」
「ひとりっ子なんや。寂しくないん?」
「んー……兄弟がいても仕事で遠くに行っちゃうから育てられないと思います」
イトコは5人兄弟だけど、おばさんが家にいるしお姉ちゃんも家事をしてるから何とかなるんだと思う。
ぼくの家ならまず無理。お父さんは毎日帰ってこないし、なんなら1ヶ月ちかくいない時もある。お母さんもそうで1週間いないとかふつうだ。学校の運動会とかに来てくれたことは一回もない。
「昔は兄弟姉妹の5人や10人ぐらいようおったんやけどなぁ」
たしかに、おじいちゃんは8人兄弟だったらしいし、お父さんもお母さんも兄弟がいる。ぼくはひとりぼっちだけど。
いおりさまの話では昔はこのあたりに
そういったあぶない所ではたらく人たちは、安全をおねがいするために、よく神社へ来ていたようだ。しみじみとした声でいおりさまは言う。
「まぁ、これも時の流れか」
これから、もっともっと、このあたりの人たちは少なくなってしまうかもしれない。
「ウチは人との会話好きや。人の営みが好きや。人の創る歴史が好きや。ただ……それも見られへんくなってまうかもなぁ」
その声はとってもさみしそうだった。金色の目はどこか遠くを見てて笑っているようにも、泣いてるようにも見えた。なんだかむねがキュッとしてつらい……何かぼくにできる事は無いのかな。
「しんみりしてもうたね。かんにんぇ?」
掃除をしていても先程見た
先ほど葵と
葵はまだ自立できるほど成長していないし、たとえしていたとしてお狐様を救う方法があるかどうかも分からない。おじいちゃんに相談したって、いきなりこの街にお狐様を信仰してくれる人間を増やすなど不可能だ。開拓時代でもないこの時勢に好き好んで寂れた地方に居着く稀有な人間なぞ多くない。
ならここにいる間はいっぱいお話してあげなきゃいけない。少しでも
「くちくしてやる」
青い正義心に火がつき、先程とはうってかわって竹箒を振るう手は加速した。肌にまとわりつく鬱陶しいジメジメとした湿気を払い除け、曇り空による参道の暗さもなんのその。
体は昨日の動きを覚えていたようで、始まってしまえば滑らかに事は進んでいた。
……続けること数十分。昨日よりも早いペースで進んだ掃除は階段の2/3地点であるちょっとした広場まで到達した。ふうと一息ついた葵は麦茶で喉を潤して額の汗を拭う。いくら曇り空といえど夏空は蒸し暑く、汗で貼り付いた服や髪が少し不快だ。
こうも荒れ放題の参道に
か。神様に掃除をしろというのもおかしいような気もする。しかし、そもそも自分で掃除はしないのだろうか?
ぶわりと一陣の風が吹き、木々を揺らして
「
頭の中に直接流し込まれたような声。聞き覚えのあるそれと共に、肩からふわりと手が回され後ろへゆっくりと抱き寄せられた。
「なごみさま……」
「おはよ。今日はずいぶん気合い入っとーね?」
さらさらとした服の生地と、その奥にある女の柔らかさ。暑いはずなのにじんわりと心地よく染み込んでくる温もり。 不思議と力が抜けていくような気さえした。
それよりも彼女は掃除を
「いおりさまはそうじが苦手なんですか?」
「いんや?庵は掃除炊事洗濯ぜんぶ
神様の割にずいぶん庶民派だった。
世の中には“片付けができない人”が存在するようで、それは身体的だったり精神的なハードルを持っている場合が多い。現に葵の同級生でもそういった子が居る。
もしかしたら庵もそうなのかもしれないと浮かんだ疑問をそのまま口にしたが、しかし和の返答は
「
「……神社から出られない?」
しかしその割に、今この時も目の前の狐神と会話している。どういう事だとクエスチョンマークが3つほど浮かんだところで和は更に口を開く。
「こん身体は“式”ちゅう、簡単に言えば分身の術やけん。本物の
「この前聞いた気がします」
「なら、何でそんなんせないけんかって言えば、土地神は鳥居で区切られた神域から出られんと」
明確に“出られない”と返答された。つまり
『そりゃもちろん神としての
ふと、思い出した
聞いたその時はよく分からなかったが……たぶん、寂しさのあまり狂ってしまう事こそが
それはとても
来る人は居ないのに、外に出て自分から会いに行くこともできず、ただただ自身が廃れていくのを待つのみ。それがどれほど辛いのか、両親が不在がちで孤独に慣れている葵でも、想像さえできない。
「だからなごみさまは、いおりさまがさみしくないように式を飛ばして会いに来てるんですか?」
「それもあるけんが……」
───
ぶわりと耳を突き刺した風の音。ごうごうと鼓膜から通じた風に頭の中がかき混ぜられその言葉は聞こえなかった。しかし確かに、開かれた瞼から覗く黄金の目は、何か決まっているように輝く。
縫い付けられたように手足を動かせず、呼吸のやり方すら忘れたかのように身体は固まり意識は押さえつけられた。その目を合わせたまま、瞬きですら許して貰えない。
「葵、聞いてくれ」
威厳で、荘厳で、威風堂々。
悪戯をする時のおちゃらけた
その神が、まだ少年である葵に向かって深く頭を下げたのである。
「