チビ殺し 作:時村ニレ
・作者独自の設定がモリモリ登場します。苦手な方は御注意下さい。
・連載終盤部分で、作者のリアルの都合により描写をだいぶ端折った箇所があります。物語としては完結しております。御了承下さい。
鏡台に映る、わたしの姿を見る。
白い死に装束姿のバカな女が、無表情に自分を見ていた。
やらかしたことの割に、気取り過ぎているだろうか。わざわざこんな格好で。……いや、でも補助監督のスーツ姿はきっと、白装束よりもずっと相応しくない。わたしは裏切り者だから。
室内の様子を目に焼き付けてから、未練を振り切るように自室を出た。
住み込みの補助監督用の寮の部屋、張りぼての神社仏閣、の、上の青空。もう絶対に見ることのない光景。
わたしは今から自首しに行く。
きのう、夜蛾夫妻の3人の子どもたちが、いっぺんに呪詛師に殺された。
わたしのせいだった。
子どもたちの死を狙って呪詛師に情報を流したのだ。間違いなく、わたしがやったことだった。
弱い人間はずうっと弱いままで、やりたいことなんて思うように選べない。そんな業界で、わたしは最初っから弱いほうの側だった。
叶うだろうか。わたしの思いは。
隠し通せるだろうか。わたしの秘密は。
秘密を秘密のままに、願った通りに死んでいけるだろうか。
わたしのような、不器用な、脆弱な、心の歪んだチビが。
……我ながら、何ともいびつな視野狭窄だ。弱者を気取ろうにも、もっと弱い子たちに害意を向けた愚か者でしかないというのに。
自己憐憫を振り切り、わたしは簡素な葬儀場の扉を開けた。
死が身近にあって、死者への未練は新たな呪いに繋がるという考えの業界だ。葬儀場の造りはあまり手が込んでおらず、死者を悼みたい者が最低限追悼できればいいという思想が徹底されている。
よくありがちな殉職術師の葬儀よりも、参列者は多い。夜蛾夫妻は家族でこの高専の敷地に住み込んでいる。まだ就学前の3姉弟はみんな素直で明るくて、独身者の多いこの高専では、ある程度可愛がられてた存在だったから。
人のざわめきと注目を無視して喪主席へ。憔悴しきった奥さんと、その背を撫でている夜蛾正道一級術師。ぎょっとしてこちらを見ていて――
「自首しに来ました」
わたしは夜蛾夫妻にハッキリと言った。
「おととい、呪詛師に情報を流しました。そちらのおでかけの日時とナンバーを……」
いや、遠回しな言い方は止めよう。
「お子さん方が亡くなられたのは、わたしのせいです」
おととい、高専の食堂にて。
それは何てことはない会話だった。3姉弟の末の子と、若く親しい女性の補助監督。
「あのねぇ、あした、おたんじょうびなの。ぼく、さんさい。おいわいでね、どーぶつえんにパンダみにいくの」
「そう。良かったわねぇ。お誕生日おめでとう」
きのう、夜蛾一家は私用のワゴン車で出かけた。予定通りのなんてことはないお出かけだ。
その車の真上に、工事中のビルの真上から、鉄骨が束になって降って来たのだった。車は後部座席『のみ』がプレスされ、子ども達が即死。運転席と助手席にいた夜蛾夫婦は助かった。
表向きは不幸な建築事故として扱われた。ニュースには呪いの『の』の字も出ることはなかった。
ワゴン車後部座席の底面と、降って来た鉄骨から、呪符が燃えた痕跡が見つかっていた。
磁石を張り付けた物がお互い引き寄せられるように、巧妙に隠匿された呪符の、そのマーキングめがけて物体を引き寄せる術式。
明らかに、外出ルートと時間帯を事前に把握した上での呪殺だった。
「――はぁ?」
俺の腕の中で、妻がそんな声を出す。
椅子の上で術師らしくなく呆然とした俺達を尻目に、周囲の動きは早かった。――何しろ、高専関係者『しか』いないような場だ。小柄な死に装束の身体を複数人が押さえつけ、後ろ手に呪符で縛りあげる。その女は抵抗するそぶりを見せず、されるがままだ。
「おい、ちょっと待て!!」
思考が追い付いた俺は、やっと立ち上がって詰め寄れた。俺よりもずっと背の低く、体重も俺の半分以下であろう細身の女の、白い着物の襟首を掴んで、
「俺達、そもそも任務でお前と関わったことすら無いだろうが!? 呪われる余地がどこにあったというんだ!?」
確か零細の術師家系の生まれ、珍しく大卒新卒で今年の春に高専の補助監督になり、まだ半年も過ぎていないはずの新人のお嬢ちゃん。
――その程度のはずの女だった。どう考えても、一級術師の俺の任務にはまだ関わる立場では決してない。俺達一家との関わりを無理矢理ひねり出せるとすれば、子ども達と食堂で何度か話したくらいだろうか。『あまり付き合いが深くない顔見知り』、その程度の関係性だった。
若い女は俺を見上げて言う。
「尋問室でお話します。……すべて」
そうして座ったままの俺の妻にも視線を向ける。
「わたしの尋問役も執行人も貴方がたになるのでしょうから。たぶん」
高専の慣習を踏まえれば、なるほどその見立ては正しい。俺達が他人に委ねたりしない限りは、そうなるはずだった。
呪符だらけの尋問部屋で、後ろ手に縛られた女は語る。
――夜蛾御夫妻に落ち度は一切ありません。子どもたちにも、もちろんありませんでした。
――そもそも、わたし、補助監督になんかなりたくなかったんです。普通に義務教育を受けて高校に行って大学を出て、……就職しようという段階になって、父に一般就職を徹底的に妨害されました。
無理強いされて、高専に就職するしかなくなったんです。父が言うには『家同士の付き合いで、急遽今年うちの家からひとり高専に人員を出さなきゃいけなくなった。お前が出るしかない。術師の家系の務めを果たせ』と。
就職した時から、父には、退職したいという思いを伝えていました。ずっと。
そうしたら、父は、退職と引き換えの結婚を勝手に取りまとめてきました。お相手は、私から見て20歳以上年上のバツ3で、前の奥さん方は全員旦那さんの手で折檻死されていて、……それをご本人が自慢げに言い触らしているという有名な方でした。
父は、『術師の家系の務めを果たせないのならお前はゴミだ。逃げるのなら地の果てまでも追いかけてやる』って言ってきたんです。
――だから私は決めたんです。例え私が破滅したとしても、まず第一に家の体面に大迷惑が掛かるような方法で、無理矢理にでも補助監督という立場から逃げてやろう、って。
うちの家とは無関係の家を、無関係の方々を、とにかく巻き込もうと思いました。絶対に内々に済ますという決着だけは避けたくて、だから。
わたしの破滅のために、夜蛾家の皆さんを、お子さん方の生命を、わたしは自分の意思で巻き込みました。
――いえ、最初から夜蛾家を狙っていたわけじゃないんです。とにかく実家関係者に大恥かかせるのが第一で、呪詛師を使ってどこか他の家を攻撃しようと思っていて。
そんな時に、夜蛾家の一番下の坊やの言葉が、食堂で飛び込んできたんです。『あした、おたんじょうびなの。ぼく、さんさい。おいわいでね、どーぶつえんにパンダみにいくの』って。
それを聞いて、その日のうちに呪詛師に話を持ちかけました。マーキング系の術式を使って人を殺した嫌疑のある、呪詛師にです。『高専の術師一家を攻撃したくないか? 術師の家の車が、ある特定の場所を通る時間帯と、ナンバーの情報を提供できる』って。
呪詛師は話に乗りました。マーキングの術式に必要な呪符の提供を受けて、わたしは夜蛾家の車に呪符を貼りました。
――だから、わたしは裏切り者です。
死ぬのを承知で、子ども達を殺しました。呪詛師の共犯に違いありません。
尋問の終わりに際して、わたしは言った。
「あの。わたしを手にかける前に、実家に問い合わせて頂けませんか。うちの血筋は呪われています。むかし術師の家同士で争ったときの厄介な名残が残っているんです」
御夫婦に向けて、できる限り平板な声で。わたしの心の内に抱える秘密が露呈しないように願いながら。
「どの家だって、術師は呪力で殺さなければ呪いに成りますが、……うちの血筋に限って更に言えば、家の女が処女のまま殺された時、殺した側が呪われる」
既に、『家の体面を潰したい』というわたしの願いは、ある程度は達成されている。御夫婦のどちらがわたしの命を奪うのであれ、そのために執行者になった方が呪われるというのはわたしの意図から多少ズレる。
奥さんの方が質問する。
「……その話をするってことは、あなたは処女なのね? どんな意図でその呪いは生まれたの? 呪いの動機が見えないけれど」
わたしは術師家系の闇を語る。わたしの身体の内にも流れる呪いの、その源流の意味。
「はい。やむなく家の女が罰され折檻され殺されなければならない時に、その女が必ず処女を散らす苦悩を味合うように、です」
「……?」
ああ、御夫婦のどちらもいまいちよく分かられてない。わたしは苦笑して続けた。
「古い術師の家はどこだって、内々で家内を粛清する歴史と機会を負っていますから。そんな時、この呪いの存在を知っていたなら、必ず粛清対象の女を、……最低限でも指なりなんなりで処女膜散らした上で粛清するという一手間が増えますし」
「……その呪いの存在を知らないのなら、それはそれで家の中に余計な火種が生まれる、というわけね?」
「ええ」
秘匿死刑という判決は笑えるほど速やかに決まった。処分を受ける女の側が、明らかに死を覚悟していたというのもあるだろう。肝心の呪詛師はとうにアジトから逃げていた。その逃亡先の情報を女は知らず、これ以上尋問しても情報を得ようがなかった。
だから、今から記すのは、とある秘匿死刑のかたち。
子をすべて殺すという行為の報いのために、ある若い女が処女を散らし更に拷問じみた苦しみの末に死んでいった、そんな話だ。
この作品をどのタイミングで知りましたか?
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あにまんで連載中に知った
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あにまんで完結後に知った
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ハーメルン掲載中に知った
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