チビ殺し 作:時村ニレ
「何、その箱?」
尋問部屋に戻って来た俺を見るなり、妻はこう問うてきた。
情報の裏取りのために部屋を出ていった俺が、部屋に戻って来た時にはなぜか一抱えほどの木箱をかかえてきたのだ。気になるはずだ。
「総監部からの支給品だ。呪具ではないが凶器やら小物一式、……使い捨て前提で『使えそうな物があれば使え』だとさ」
「へぇ」
言いながら、俺は木箱を床に置いた。
自首してきたその女を、俺達が思う存分痛めつけるだろう、と、……むしろそうあるべきだ、と、誰もがごく当然視して、色々な物事が動いていた。木箱の中をざっと見る限り、刃物やら消毒機器やら、素人が思い浮かびそうな『拷問に使いそうなもの』が一通り揃えてある。
「――それでだ、お前が供述した家系の女の呪いについてだが」
椅子に拘束されたままじっと目を閉じていたらしい女は、そこでようやく俺を見た。
「はい」
「裏は取れた。その呪いは確かに存在すると、……だが。お前の家系ひどいな。裏取りの時にあんまりな状況になったぞ」
女の自首を受けて、女の家系の関係者は、即座に総監部の面々に呼び出されていた。
この場合に呼び出される『関係者』は、(女の実家は分家だったから)本家の主や、女の父親を指す。呼びつけられた彼らは、総監部の重役達が集まる例の障子の部屋で、自白系の術式を念入りに浴びながら、女の犯行に誰も何一つ関与していないことを証明させられたのだという。
彼らは、『家そのものが高専に叛意を持っているのではないか』という不名誉な嫌疑を、絶対に晴らさねばならなかった。
俺が裏取りのために障子の部屋に入ってきた時、嫌疑が晴れ、重役たちの嫌味と説教が終わりかけた頃合いだったらしい。
「――このような呪いが存在するのだと、本人は尋問中に言っていました。事実でしょうか」
俺は本家の主に言った。重役たちが集まる前で。
「はい、その通りです。うちの血筋の女にはそのような呪いが存在します。あのチビを夜蛾術師が殺されるのであれば、指で膜を破るだけではなく、実際に姦淫を交わし更に精を出すのが、念のための呪い除けの観点から『だけ』言えば好ましいかと存じます。夜蛾術師には奥様がおられますから、その観点からは難しいことでしょうが」
「分かりました。ではまた別に一点お尋ねします。……その呪いの存在を、死刑執行人の私達に、そちらの家から真っ先に自主的に申告されなかったのは何故でしょうか?」
そこで、総監部のどなたかの声が、障子の向こうから割って入った。
「つまり、呪いの存在を知らんまま当人を殴り殺すなり蹴り殺すなりしていたとしたら、手を下した夜蛾達が呪われたかもしれん、ということじゃろう? そういう厄介な呪いのある女が、処女のまま死刑に処されるかもしれん状況になったのじゃ。執行人の安全のために真っ先に申告するべきじゃ、と」
「ええ、仰る通りです。……ですが、この家系の方々は何も明かされなかったようですね。私は、殺されるはずの当人の申告があって、初めて呪いの存在を知りました。本人がわざわざ話してしまえば、生前に処女を破られるだけなのに」
そこで本家の主人が口走った。自白系の術式の効力がまだ生きている状況下で。
「え、えっとですね。仰る通り、秘匿されていた処女の呪いのこと、総監部に明かすべきだという意見は家内にあったのですよ。……ただまあ、『真面目な一般家系出身の術師が呪われようと、何の不利益があるのか』とか、『そもそも術師の家系の女を殺しにかかる、一般家系出身の術師など呪われてしまえ』だの言い出す者がありまして」
俺は、夜蛾正道は、一般家系出身の術師である。
「あぁ゛? ……アンタら、大概クズだな」
障子の向こうのお歴々がクスクスと笑う。女の父親が本家の主人に掴みかかる。その争いを誰かが止める……。
馬鹿馬鹿しすぎていっそ哀れだった。女の父親は三級術師で、本家の主人は準二級術師。実力の伴わない陰謀だのプライドだの、滑稽な代物でしかないだろう。
――という総監部での出来事を、俺は全て語ってみせた。
「それは、ええ、確かにあんまりね」
「……。そんな風にやらかしたんですか、父も、本家の主様も」
聞かされた妻と女は、どちらも遠い目でうんざりした顔をする。そして女の方は少しだけ考えを巡らせたようで、俺達におずおずと言葉を向けてきた。
「あの、虫のよすぎることだと思うのですが、縛りのご提案をよろしいでしょうか……」
「言ってみなさい」
妻の促しに女は続けた。
「『私は死ぬまでこの部屋から逃げません、貴方方には抵抗しません』、その代わり『今日明日の内に、この部屋で、貴方方夫婦のどちらかが私を殺す』。――虫の良すぎる縛りなのは自覚しています、でも、御一考頂きたいのです……」
さっき、俺は、一つの零細術師家系が破滅する瞬間を目撃したのだと思う。
『一級術師の家の、子ども3人を殺した個人』。『一級術師本人に、血筋からくる呪いを掛けようとした家系』。
この二つの罪を比較した時、総監部の重鎮の方々の思考回路としては、前者の方を軽く、後者の方を重く判断する。きっとそうする。
前者の場合、まだ呪力があるのかどうかすら分からない子どもばかりが落命している。後者の場合、貴重な一級術師を下らない見栄で陥れようとしたことになるので、血筋として本気で呪術界の邪魔だ、――という風に。
発動するまでの条件がピンポイントでややこしく難しい呪詛は、ひとたび発動してしまえば、その解呪も酷くややこしく難しいものとなる。
あの障子の部屋でのどなたかの指摘は、確かに正しい。仮に俺達が何も知らされていなければ、既婚者の俺達は、この女の貞操に一切触れることなく普通に殴り死なせていただろう。そうすれば厄介な血筋の呪いをモロに受けて、俺達の方が更に悲惨な目に遭っていたはずだ。
あの家系の術師には、隅から隅まで総監部の手入れが入ることだろう。……少なくとも、俺を陥れようとした連中は咎を受ける。家系全体が秘匿死刑というのは流石に大げさに過ぎるが、どう考えたって、今後一族丸ごと呪術界の中では身の置き所が無くなるはずだ。もう家の体面が汚れたどころではない。どう見ても自業自得な経緯による、家系全体の破滅だった。
そして、俺達が厄介な家系の呪いを浴びるという事態は、ほんの紙一重で防がれたのだ。この女の正直な自白によって。
「『素直な自白に免じて温情を掛けてくれ』……とでも言うつもりか? 確かに虫が良いな。今日と明日、たった2日間の拷問で勘弁してくれと」
この女への対処には、もう少し日数を見込んでいた。秘匿死刑が決まった時、俺達の呪術師としてのスケジュールは、完全にそういう前提で組み直されている。
「あなた、虫が良いのはそれだけじゃないわね」
妻は続けた。
「私達って、跋除や呪詛師捕縛のプロではあるけれど、拷問のプロじゃないでしょう? 縛りを結んだら、その手のプロに対処を任せるって手が塞がれる」
「あー、……そうだな」
高専には、プロの拷問系術式を持った術師が居る。
ただその術師は、この部屋ではない、専用の拷問部屋限定という場所の縛りで術の効力を上げているらしかった。そっちの術師に女を任せるのなら、術師をここに呼ぶのではなく、女の方を動かすしかないのだ。
今、この尋問室は俺達夫婦とこの女以外は出入り禁止となっている。さっき提案された縛りを受けた場合、本人を殺すまでこの部屋から動かせなくなる、……と考えた方がいいだろう。
「……どう思う?」
と、俺に向けた妻の質問。
考える。
総監部の思考回路はそれとして、俺達の思考のかたちはそれぞれ別個に存在する。俺達は、ああいう風に圧し潰されて死んでいった子らの親として、俺達の望むように決めて良いのだ。
ここは一般社会の法廷ではない。どのようなかたちでこの女に報いるのか、俺達が決めること。もちろん、最終的にこの女を殺すのは絶対だ。ただ、どのように殺すかは俺達だけが決めていいことで、俺達だけで決めるべきことでもある。
俺は妻に告げた。
「お前に任せる。……お前が、腹を痛めてあの子らを産んだんだからな」
これが、俺の思考のかたち。
「……。そう」
妻は、座らされている女に無言で近付いた。女の右足を乱暴に持ち上げて白足袋を脱がし、その素足を石の床に放る。
――ゴン!!
呪力を込めたブーツのかかと落としが、裸足になった右足の指に、正確に振り落とされた。
当然のように親指の爪が割れる。流れる血に構わず、硬いブーツの底がグリグリと出来立ての生傷を抉る。
「ッあ……」
女は、悲鳴を上げるのをギリギリで堪えたようだった。息を飲み、あえいだ口元の、その顎を妻は片手で強く掴み上げた。
「縛りは結ばない。ただの約束であれば、……破ってもいい約束という形であれば飲みましょう。『アナタは抵抗しない』、そして『私達は今日か明日の内にアナタを殺す。ただしアナタの状況を見て日数を伸ばすかもしれない』、……私が掛けられる恩情はそれだけ。これからどうあっても、これ以上の恩情を掛けはしない。アナタはただ、やったことの報いを受けて耐えるだけの器になりなさい」
「っ、ハイ」
もう片手で首を掴み、続ける。
「追加で約束して! 『泣くな』・『慈悲を請うな』・『謝るな』、この3つ。……私は拷問のプロじゃないからね、そんなことされると余計にムカつく自分の姿が想像つくの!!」
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