チビ殺し 作:時村ニレ
しょくどうで、いっかのみんなでごはんたべてたときだった。
「あのねぇ、あした、おたんじょうびなの。ぼく、さんさい。おいわいでね、どーぶつえんにパンダみにいくの」
「そう。良かったわねぇ。お誕生日おめでとう」
いちばんしたのおとうとが、とおりすがりのほじょカントクさんにとつぜんはなしかけたものだから、あたしはごはんたべながらからかってあげた。
「よっぽどうれしいのねー。すきなどうぶつみにいくの。しごとしてるおねえさんに、とつぜんはなしかけちゃダメだよ」
「チビちゃんだからな。しかたねえんだよコイツ」
うえのおとうとが、みんなにそういう。
「えー!? チビじゃないよう?」
「「チビじゃん」」
とうちゃんとかあちゃんが、いっしょにふきだした。とうちゃんが、ちゃわんをもったままいった。
「お前らみんなチビだよ……! 俺達から見たら、な」
とうちゃんのいいかたはちょっとズルいきがしたんだけど、うまくいいかえせない。たぶんただしいんだろう。とうちゃんも、かあちゃんも、おとなのひとだし。
うちのくるま、うしろはこどもたちのせき。チャイルドシートにすわって、あばれないのがおやくそく。うたうのはいいけど。
「パーンダパンダ、シロクロパンダ~」
あたしのとなりで、したのおとうとがうたってる。このこはさいきんパンダがすき。だから、たんじょうびのおいわいはどうぶつえんになった。
「いいよね。スキなどうぶつみにいけるって」
「おねえはなにがすきなんだっけ?」
うえのおとうとがきいてくる。
「トリケラトプス。おおむかしのいきものだから、ドコのどうぶつえんにもいないの」
6さいだもん。いきたきょうりゅうは、ドコをさがしてもいないってことくらい、あたしはしってる。
「ふうん。……ねえかあちゃん、ゴリラはいるよね?」
「どうかしら? 今日行く所にいるのかは知らないわ」
うえのおとうとはガーンってなった。
「えぇえー? いるといいなあ」
「動物園についたら、スタッフの人に聞いてみましょう。『ゴリラいますか』って」
うえのおとうとは、えがおにな――ズドガラガッシャグシャーン!!
――その時。
複数の鉄骨が建築途中のビルから落下して、夜蛾家のワゴン車を直撃した。車の後部をしつこくプレスするように。
子どもたちは後ろでチャイルドシートに座るように躾けられていたから、3人の小さな身体はモロにその過酷な重量の下敷きになった。
運転席の夫、助手席の妻、この2人はいずれもとっさの呪力操作で己の身を守りはした。ただ、車の前部の席は鉄骨の直撃を免れたから、一般人であっても助かる程度の圧を受けた程度で済んだのだった。
子ども達は、呪力について何の訓練も手ほどきも受けていない、ただの未就学児だった。遺体の多くの部分が、正視に堪えない惨状となった。
楽しみながら歌い語り笑っていた、その瞬間の死。
決して起こってはいけないはずの死であった。
内通者した補助監督と、呪詛師による、的確な呪殺であった。
尋問室にて、3人の子を亡くしたばかりの夫婦は語る。
「コイツ、
衣服を整えた夫は、石の床に寝かせた女を見下ろして、呆れ顔だ。
「まあ、呪詛師は術式も呪力もあるものね。それより弱いのも納得はするけども」
失神したのだ。女は。尋問の前提として処女を散らされ精を受けた、その時に。
脈はある、息もしている、意識はない。ならば『目が覚めるのを待つ』というのが、この夫婦の判断だった。
待っている間、部屋の外でちょっとした動きがあったようだった。
総監部の使いが、夜蛾夫婦に報告書を持ってきたのだ。その内容は、女の父親の陳述記録。現在進行形で総監部にて詰められて白状している内容の、記録である。
「ん、うぅん……」
女がうめき声をあげて、妻が近づく。
この女の意識がはっきりしたら、最低な父親の陳述内容を、女に洗いざらいぶちまける事を決めていた。夜蛾夫婦の間では意見が完全に一致した、決定だった。
女の両目が、眼鏡の下でゆっくりと開かれる。俺の妻は膝を付き、女の前髪を片手で鷲掴みにして引っ張りながら凄んだ。
「やーっと起きたのね。おっそいお目覚めで・す・こ・と!!」
「……ッ!」
眠気は完全に吹っ飛んだことだろう。
女は目の前の妻を見て、そばで立っている俺を見て、ついでにこの部屋と自らの姿を見て、……やっと状況を理解したように口を開いた。
「あの、わたし、どのくらい眠っていたのでしょうか……?」
「もーうすぐ5時間ってところね。寝てるんだか気を失ってるんだか、よく分からない時間だったわ。医務室連れてくのも面倒くさいし、ドクター呼ぶのも馬っ鹿馬鹿しいし。……読み物増えたから退屈はしなかったけど」
――ちなみに反転術式使いなんて贅沢な術師は、最初から視野の外だった。何せ、今の高専に反転術式使いは不在であるから。
昔はいたらしい。入学予定者にそういう女子がいるという噂話もあるものの、現時点では高専所属の反転術式使いはゼロ。……まあ、これは完全な余談だ。
「すい「謝らない!!」――、はい」
『すいません』と言いたかったらしい言葉を妻が制した。女は小さくうなづいた。
「ところで」
妻は言葉を続ける。女の髪を掴んでいない方の妻の手、女にとっては未知のはずの紙束があった。
「アナタが寝てる間、……アナタの一族の陳述記録の速報がね、次から次から、逐一、私達のところに報告書として届けられてきたの。アナタの縁談の経緯も、父親の口から綺麗に白状されてた。私達夫婦がドン引きする内容だったわ」
総監部、娘が尋問されている場所とはまた別の尋問室で、椅子に縛られた男は語った。自白系術式をふんだんに浴びながら。
――そもそもあの子を養うのが苦痛でした。良い父親を演じることも苦悩の種でした。呪力はカス、術式は無い、呪術界に貢献しないどころか普通の社会に出る気満々の娘を、どうして笑顔で育てなければいけないのかという鬱屈を、ずっと腹の中で抱えていました。
――あの子が中学に上がった頃でした。前の奥さんを折檻死させた直後の、あの術師の方が、私にお声を掛けて来られました。私の娘を、あのチビを、嫁に望まれたのです。
いいえ、望まれたのはその時すぐの婚姻ではありませんでした。
まず、『高校・大学と育てた後、無理やり進路を曲げさせて呪術界への就職を強要すること』。そして『補助監督として1年ほど働かせてから、仕事上のミスを仕込んだ末にそれを
それが、あの娘を嫁に望んだあの方のシナリオだったのです。
――心の折れたあの娘を散々汚してから折檻死させる情景を、ずっと夢見ていたのだと、その方は仰ってました。
計画は途中で変更になりました。娘が退職を望みつづけたために、父の私が渋々縁談を取りまとめたという流れを演じることになりました。
「……そんな、経緯だったんですね」
提示された実父の陳述記録を読む、女の手は震えていた。読み込んで、考え込んで、目を閉じて、長く息を吐いて。
「ありがとうございました。こんな自白を教えて頂きまして……」
陳述記録の紙束を妻に返し、女は深々と礼をする。
「これを読んで、アナタはどう思った?」
妻の質問に、女はしばらく考え込んだ。
「歪んでいたんだと思いました。家系も、私の父も、もちろん私も。……」
そこで言い淀んで、妻が視線で続きを求める。女はおずおずと続けた。
「要らないプライドをふりかざして、陰謀で嵌めて、見下していた対象を殺したり呪ったり、……私を含めて終わるべくして終わる家系だと、思いました」
「それは完全に同感。あなたは?」
――お、妻が俺に振ってきた。
「そうだな。俺もそう思う」
「……それでね、私はこうも思うの」
妻はまた女の前髪を掴み、告げる。言葉を刃のように鋭くして。
「『アナタ、何で自殺してくれなかったの?』って。『あの3人のチビちゃん達を巻き込まずに、ひとり勝手に死んでくれればよかったのに』って」
「…………」
答えられない問いをぶつけられたが故の沈黙。
妻はそんな女の目の前で、女の前髪を掴んだまま責め立てた。
「アナタにとっては望外の結果でしょうね? 恨み呪い抜いた家が勝手に自滅してくれたのですもの。でもね、あの子達を殺めた大罪の罰は私達が下す! 家の環境に同情はしても、アナタが行ったあの殺人を私達は絶対に許さない!! 魂に刻み込んでいて!!」
「……ハイ!」
「――さて」
俺は、2人に向き合った。
「殺す前にネックになっていた処女は散らした。これからはひたすらに拷問の時間だ」
俺も、妻のように腰を下ろして、女を見る。真っ直ぐに眼を見つめて静かに凄んだ。
「覚悟はできてるんだろうな?」
女は、死装束姿の女は、その場で土下座した。
「どんな扱いも文句なく受け入れます。受け入れるのが当然と考えています。どうか……」
言い淀み、それでも言葉は続く。
「どうか、わたしの身体が、貴方様方がやりたいことをやりきる程度の強さがありますように。……それだけが、情けないわたしの懸念です」
なるほど、その懸念は懸念として有りうるものだった。コイツはあまりに脆弱で、加減に慣れない俺達が力加減を誤った時、この女は即死する。
妻は腕を組み、死装束姿の土下座を見下ろしながら静かに息を吐いた。妻の方で言いたいことは、――無いらしい。
俺の方は、……相手の意識が落ちる前に言っておくべき事に思い至ったから、だから、言うことにした。伏せていた相手の顎を強制的に持ち上げて。
「なぁ、お前は、うちの子達が死んだあの現場、実際に見たか?」
「……。いえ」
「なら、知らないだろうな」
続く言葉は、俺の心の中から泉のように湧いた。
「原形の想像が付かないほど潰れた車も、あの時降って来た鉄骨の重量感も、……3人分の血とか肉とか
「……」
「見てないなりに想像はしておけ。俺達は拷問のプロじゃない、お前に与えたい苦しみの何分の一だって再現できないかもしれん。想像して、想像して、……そして、弱いなりにでもいい、俺達の仕打ちを吞み込んでみろよ。それが、……お前が納得づくでしでかしたことの報いだろうさ」
「……。はい」
――始めよう。不慣れでも俺達が俺達の手で始末するべきケジメを。
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