チビ殺し 作:時村ニレ
高専の食堂にて。
昼食を食べ終わって退出しようとテーブルの間を歩いているとき、たまたま真横のテーブルに居た子が、わたしに前触れなく話しかけてきた。
「あのねぇ、あした、おたんじょうびなの。ぼく、さんさい。おいわいでね、どーぶつえんにパンダみにいくの」
夜蛾家の末の子だ。一家全員でご飯を食べているところらしい。
親御さん2人はちょっと恐縮するように軽く会釈してくる。わたしは親御さんたちには目礼して、その子には笑顔で言ってあげた。
「そう。良かったわねぇ。お誕生日おめでとう」
その場を離れながらわたしは思う。
呪術高専という場ではちょっと不用心な気がするけれど、でも、仕方がないことだろう。ようやく3歳になるくらいの子どもに、『個人情報を話していい相手』と『話すべきでない相手』の分別を求めるのは無理がある。危ない呪詛師に外出の情報が漏れたりしたら、――例えば、動物園に向かう車に攻撃が向けられたりして……!!
そして、わたしは閃いた。
――ちょっと待って?
わたし、呪詛師のようにあの子ども達を呪殺できたりするのではないか?
――そうだ、今、マーキングを使って非術師を殺したらしい呪詛師の情報が高専に届いているのではなかったか!? まだ未対処の呪詛師だけどアジトの情報は掴めている、誰かに対処されるまえにわたしが接触したら、ひょっとしたら、たぶん、きっと。
――わたしは当然に破滅するけれど、でも。
気付かなければよかったかもしれない。いや、気付いてよかったかもしれない。自分の性格の悪さに自嘲しながら、わたしは何気ない風に食堂を去った。
弱い人間はずうっと弱いままで、やりたいことなんて思うように選べない。
『自分がどう破滅するか』、このたった一点だけでも選びうる機会が飛び込んできたのだから、それだけでもわたしは幸運だったのだ。おそらく――
女の腕を抑え、右肩に噛みつく。血がにじんだ頃合いで口を離して、左肩も同様に。
女の脚は動きを止めないものだから、靴下の先端部分、血の
秘所の位置は分かっているから、指で触れる必要はない。そこを濡らすようなことはしたくない。何もせずにただ強引に突っ込ませるべきだろう。最大限の痛みを与えたい。それは処女を散らした時と同じでいい。
――やはりこの具合だと、
対処法は分かっている。妻が付きつけるように予告していた手法だ。首を絞めさえすればいい。
女が失神していた頃の話には、続きがある。
「
「……ああ、慣れてないものね」
「そうだな。呪詛師か拷問のプロぐらいだろう? そんな事に慣れてる人間なんて。逆に、早々にコイツが死んでしまってもいいなら、俺がそうやって犯ってみる意味はあるだろうな。……お前はどう思う?」
「……。そうねぇ、最低限、……コイツの爪を剥がすくらいはやっておきたい」
だから、妻の意見を踏まえて、俺達の不慣れな拷問の手順はこうなったのだった。
俺のモノを奥まで突っ込んだまま、また女の顔をビンタした。
顎を上げさせて、その細い首に俺の手を向けた。
――妻の見立ては正しいな、おそらく。首に手を添えた瞬間、一瞬だが顔が歪んだ。
極力弱くだが手に呪力をまとわせて、女の首を絞める。……万一死なれたとしても、こんなので呪霊になられたら、たまらないから。
掛けた力に応じてナカはみるみると締まり、俺の逸物はまたしても精をぶちまけた。
血流が圧迫された女の、汗まみれの紅潮した顔。その猿ぐつわの下から潰れたような声が漏れて、同時にその背が反り返る。
――イったのか? 俺が射したのと同じ瞬間に?
酷くムカついたから、女の首から手を離し、横顔を殴りつけてやった。猿ぐつわがあるから分かりにくいが、相手の奥歯の根元をグラつかせるくらいはできた気がする。
結果から言えば。拷問に慣れてないなりに何とかなった、らしい。
……女は度々気を失ったが、それはそれとして。
それから、俺達は女の指を全て切断できたし、その都度ごとに傷を焼き潰したりもできた。
最終的には、その四肢を全て切断したりすることもできたのだった。
――バチーン!!
「……!!」
「おい、起きろ。意識落とすの何度目だお前は」
頬を引っぱたかれて、わたしは意識を取り戻した。
露骨に見下した眼差しの夜蛾御夫妻が、わたしを見下ろしている。
「……そろそろ頃合いかしら」
「そうだな」
その会話の意味はじわじわとわたしの脳に染みてきて、……
猿ぐつわが外される。わたしは白装束に包まれて、赤子のように持ち上げられた。持ち上げられたわたしの身体に、もう手足は無い。かつて四肢が生えていた辺りには、ただ止血のために焼き潰された傷跡だけがある。
床に下ろされ、呪符だらけの壁に背中を押し付けられる。旦那さんの方が膝を付き、わたしを見下して告げる。
「これで終わりだ。何か言い残すことはあるか」
補助監督になったばかりの頃の、鮮明な記憶。
無理強いられた就職でも、一応給料をもらっている以上は真面目に働こう、なんて考える程度には、わたしも初々しかった、と、思う。
先輩に連れられて案内された高専の食堂に、その一家はいた。テーブルの中の一角、ごく自然にご飯を食べている大人2人と子ども3人の一団。
「……。ご家族連れなのですか? あの方々」
「うん、そうだね。夜蛾一級術師のご家族。この高専に一家で住み込んでるよ」
「幸せそうに所帯持たれてる術師の方々、この業界におられたんですね。『独り身か家族関係拗らせてる方々ばっかりだ』って聞いてましたから」
先輩は吹き出した。わたしの言ってることがあながち間違いじゃないという実感、その先輩にはあったはずだ。
その御家族とは、食堂ですれ違った時に会釈するくらいの関係になって。
そして、御家族を見れば見るほどに、その人達はわたしの中で仄かな憧れになっていった。
わたしには届かない幸せな家族の情景。対等な夫婦。なんてことのない日々の積み重ね。
――羨ましく、輝かしく、呪わしく、どれだけ手を伸ばしても届かない、家族のかたち。
だから、あのチビちゃんとの会話で悪行を閃いたその時に。
あの御家族にこそ、絶対に消せない傷跡を遺したいと感じた。
夫婦のどちらにも、忘れたくとも忘れられないトラウマを遺したいと感じた。
このまま父の意思に従えば、わたしはなんてことのない弱くチビな女で終わってしまう。
憧れの人達を汚しながらの破綻を、家と子どもを巻き込みながらのどうしようもなく醜い終焉を、わたしは願った。
この思考は、この憧れは、この敬意は、だれにも明かせないわたしの秘密だ。
秘密は秘密のままでわたしは逝く。――それで、良いのだ。
「――。いえ、恩情に、かんしゃ、いたします。このていどで、すませて、いただいたんですから……」
この御二人の眼を見て遺す言葉は、これで良い。きっと、これで良い。
口を閉じて目を逸らすようにうつむくわたしの、首元と頭。呪力を帯びた、一級術師らしいたくましい手が伸びてくる。無理に首をねじ切ろうとする力に、わたしが抵抗なんてするはずなくて――
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あにまんで連載中に知った
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