「時間操る系のチート能力」を手に入れた 作:あああああ
名前→
年齢→17歳
誕生日→7月6日
家族構成→母
友達→いない。
恋人→いない。
嫌いな奴→剛川(とその周り)
おおよそ俺の存在を証明するのに、これ以上の情報は要らない。──俺の「時を操る能力」は身体器官の一部であり、自己紹介欄に「心臓」と書く奴は居ないだろう。
自己紹介。存在の証明。そんな事を改めて認識しようと思ったのは、黒羽めるこの影響が多分に関わっていた。
あの、自我が希薄──というよりは、自我が変幻自在で自己保身的で粘土のようで泥のような。
悍ましい、あの陰キャの王女様と関わって随分と気分が悪くなった。
あいつと関わった影響で、俺まで自分が無くなり、永遠に元の形を喪失してしまうような錯覚に陥ってしまったのだ。
そもそも黒羽めるこに関わった理由は、
「復讐の正当性」を確かめる為であり、そもそも自己を見詰め直す行動だったのだが。
奴に限り、復讐だの黒い衝動だのは無意味だ。
泥を殴っても自分が汚れるだけである。
だから本来。あの行動に意味は無く、行動自体を無かったことにしたかったが、俺は泥を殴って汚れてしまったのだ。
だから復讐を復讐によって考えるのではなく、自分自身の頭で考えるべきなのだと悟った。
短慮で付いた泥を濯ぐように遠慮で浮いた自己を禊たかった。
──剛川。俺の人生には剛川がついてまわる。
俺自身を見詰め直すという事は、剛川を見詰め直すということでもあった。
業腹ではあるが、しかし良い機会でもあった。
◾︎
奴とのファーストインプレッションは17年前の7月6日。つまり、俺の誕生日で、産まれたその当日である。
剛川家と宇山家。二人の母親が赤ん坊を抱きながら顔を突合せ──そして。腕に抱かれた赤ん坊同士も、その時に出会った。
無論その当時の記憶は無いが。
子供の時から、母親と、剛川の母親から鉄板のエピソードトークの様に聞かされて育ったのだ。
だから、知っている。
剛川は7月5日に産まれ、俺は7月6日に産まれた。
だから剛川さんのところが1日お兄さんなのよ。と。
────それを宇山家と剛川家は家族ぐるみの付き合いをしていた。という表現にするのは、真実から外れる。
そもそも家族ぐるみの付き合いだろうが、
1日前に産まれた赤ん坊を抱き上げて俺と会わせるのはかなり不自然だろう。
家族ぐるみ。というか──家族だった。
剛川は。俺と剛川は──異母兄弟であった。
そう。俺は剛川と血が繋がっているのだ。
半分だけだが。
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剛川家と宇山家が隣同士、ということは無かった。
──しかし当時の物心付いたばかりのガキの行動圏内に大体被る程度の距離感ではあった。
剛川は頻繁に俺の家に訪ねてきたし、俺も剛川の家に頻繁に訪ねた。
そしてそれは、父親の計らいであるらしかった。
余り顔を合わせた事は無かったし、記憶も朧気ではあるが、会う時はいつも5人であった。
俺と剛川と俺の母親と剛川の母親と父親の、5人。
実を言うと、俺も父と母と剛川母の関係をよく知らない。何故その3人で仲良くやっていけてたのか、上手く回っていたのか、全く分からないのだ。
何かドロドロとした愛憎劇があったのか。川よりも海よりも深い事情があったのか。
そんな事情を俺は知る由はあったが、特に知る必要は無いと思っている。何故なら──あの5人で集まっていた時、いつもみんな笑顔だったからだ。
父親が家族を想っていた事を覚えていて、知っているだけで十分なのだ。
そんな父親の計らいで、家族がバラバラにならないように──生活圏内を近付けていた。
だから、そう。今思えば考えられない事だが。俺と剛川は仲が良かったのだ。
家族と、そう呼べるくらいには。
◾︎
剛川は昔から腕っ節が強く、ガキ大将の様な奴だった。
ドラえもんで言うジャイアンで。キテレツ大百科で言うブタゴリラで。ど根性ガエルで言うゴリライモであった。──あいつは、ゴリラというよりかは獅子だったが。
まぁ。近所のいつものメンツを引き連れて、よく探検に出かけていて。あいつは兄貴分であり、俺は弟分であった。
──しかし、その当時。剛川はガキ大将扱いされるのを好み、兄貴分扱いされることを嫌っていた。
母親に1日早く産まれたからお兄さんなのよ。
と、そうよく言われていたから嫌だったのかなと思ったが違うらしかった。
みんな妙なこだわりを持つ年頃だったし、特に気にも止めないでいた。
「あら、珍しい。アルバム見てるの?」
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────母親だった。
アルバムを眺めて昔を思い出していたんだよ。
と、率直に言うと母親もまた天井を見つめて、何某かの思い出に浸っているようだった。
俺は、アルバムを閉じた。
あら。もういいの? と母親に聞かれたので、
うん。もういいよ。と答えた。
実際の所は。自己を見詰めるのは1人の方が良いからだったが、それは正直に言う程の事でもなかった。
俺は今から浸りたいのであろう母親の機微に応えてアルバムを渡し、自室に入る。
部屋から漏れない程度の笑いが口から漏れた。
それは、失笑であった。
「あれは、下らない勘違いだったなぁ」
そう独りごちてから目を瞑り、また昔の情景を想起するのだった。
次回:宇山九郎②