遅い……(投稿が)遅すぎる……
そしてやはりもう一時はR18はない模様。
「っ、はぁっ、はぁっ、はぁ……!」
絶え絶えの呼吸に遂に限界が訪れ、足を止めて、膝に手をつき、息を整える。視界から消えたスピアーらはその羽音すらも聞こえなくなり、その手がかりもまた見失ってしまった。
頬を流れる汗が、草むらに落ちる。
鬱蒼とした森のじんわりとした湿気が気持ち悪くて、粘つくような空気が漂う。それでも必死に酸素を肺に送り込み、呼吸を整えて、顔をあげる。
「っ……クソ、最悪だ……」
自分の無力さに吐き気がする。
せめて揃って捕まるべきだった。そうすればどうにか策を練って、逃げ出せたはずだったのに。
………いや、今は後悔している場合ではない。
こういう時こそ落ち着いて、集中しろ。
頬を叩き、自分を鼓舞する。
そうでもしなければ、どうにかなってしまいそうだ。
「……──────」
集中。深く息を吸って、吐いて。
目を閉じて、意識を少しずつ、鎮めていく。
まずは、奴らの行き先を突き止める。
獲物を持ち帰る辺り、やはりスピアーたちの棲み家がどこかにあるハズだ。また周囲に他のポケモンたちがいないことを考えれば、俺がいるここは既に縄張りの中だろう。場所はそう離れてはいない。
次に、どうやってクロを救出するか。
一度ボールに戻す……のは、悪手だ。
スピアーたちが一斉にこちらを攻撃してくる。なにか手段があるハズ、それはその時でいい。それよりも、問題なのは、スピアーは当然一匹ではないことだ。
見ただけでも五匹、恐らくはまだいるだろう。
一匹は手負いとはいえ、他のスピアーは無傷だった。どうにか奴らを一網打尽に出来ればいいが……
「………難しいな」
ここは奴らの縄張りだ。
策を事前に準備しておくのは勘づかれる。即興で策を講じるしかない。どうにか奴らの狙いを逸らした上で逃げ切れるような策を。……都合良すぎるか。
他のポケモンを捕まえて戦う、という選択肢もあるが連携も取れなければ意味がない。町まで戻るのも何があるか分からない、クロが殺されるのだけは駄目だ。猶予はない。急がなければ。
とはいえ、無策で行くのは無謀すぎる。
相手の得意な地形、かつ圧倒的な数的不利。ましてやこちらは戦力も心許ない。地獄か?
「……考えてばかりいても日が暮れるな」
まずは、進まないと。
そうして足を進めようとした、その時。
「………!」
微かな羽音、それが幾つも重なっている音。
いつの間にか辿り着いていた?
それはそれで、幸運、ではあるが………
それだけじゃない。
しゅるしゅる、という、何かが這いずるような音。
微かな、だが確かなそれには、聞き覚えがある。
怖気が背筋を駆け上がり、総毛立つような感覚。
顔を上げ、その音の方向へ視線を向ける。
それはスピアーたちよりもずっと記憶に鮮明な、体に染み付いて取れない、恐怖そのもの。
「────────!!!」
そこに、それはいた。
見上げるような巨躯を覆い尽くす、毒々しい紫の鱗。見るものを竦み上がらせる鋭い眼光に、そして般若の貌を彷彿とさせる腹部の恐ろしい模様。
──────アーボック。
森の暴君が、そこにいた。
それは、茂みの枝葉にその長い身体を隠して、静かに地面を這いずって─────
そして、動きを止める。
「!!」
慌てて近くの倒れている大木の裏に身を隠す。
少なくとも身体の大部分は覆えるほど、流石に全身を隠しきれるほどの大きさではないが、茂みや木々など遮蔽物の十分なこの森ならば、問題ないはず。
下手に動けば見つかる。
ポケモンの、それも野生のポケモンの感知器はとても敏感だ。草を踏む音、呼吸音ですら危うい。
だから近くのものにした。
あいつは危険すぎる。やり過ごすしかない。
「………」
息を潜め、身を少しずつ屈めていく。
抑え込むそれとは裏腹に、煩いほどの心臓の音。
這いずる音は、止まったまま……………いや。
「…………」
なにかを、振り回すような………音。
ごうっ、ごうっ、そういった風を切るような音だ。
何をしている? 何がある?
困惑と焦燥に駆られ、思考が軟化した、瞬間。
「シルルルルルル…………」
「…………!!!」
背筋が凍り付く。全身から冷や汗が噴き出した。
蛇の警戒音。もしくは、警告音。
標的にそれらを示すそれが、放たれている。
この森は気配がない。
ポケモンも、当然ながら、人間も。
それを放つ理由があるとすれば、それは…………
「(気付かれた……!!?)」
あり得ない。少なくとも10mは離れている。
それに森の中で視界は悪く、遮蔽も多いはずだ。
ズバットなんかのコウモリポケモンじゃあるまいし、こんな距離で呼吸音が聞かれるハズもない。
超音波? いや違う、奴はそんな技は使えない。
だが。
「!!」
這いずる音。さっきよりも早い。
だがゆっくりという形容は出来るほどの絶妙な速度。
それが──────
「(なんでだ!?
なんで……これだけの距離だぞ!?
いや、ここはどうすればいい!?)」
思考を焦りが埋め尽くす。
何かしらの突破口を探そうとするも、憐れむように、思考と膝は嗤い出す。
恐怖、焦燥。
2つのそれが身体をぐるぐると回る。
そうして動けないでいるうちに。
音は、消え失せる。
瞬間。
身体が、吹き飛んだ。
───────何が、起きた?
真っ白になった思考。
視界では景色が回転し、土くれと苔むした木片が宙を舞っている。緑と茶が眩むほどにぐるぐるまわって、そうして、胴体の横から地面に叩きつけられる。
「っ、ぁ」
痛みが思考を支配する。
そうして無理やり鮮明になった頭に、一つの、過去の記憶が再生された。
それは、テレビの液晶に映る解説番組。
曰く──────蛇が持つ、第三の眼。
蛇は耳が退化し、また人間や同じ爬虫類よりも視力は劣っている。耳が退化している、とはいったが、鼻、また嗅覚がないワケではなく、その感覚器は口の中。
蛇が舌を出し入れするのは、その舌に付着した臭いの粒子を、嗅覚器へと送るためなのだと。
その他に、地面の振動を感知したりもするという。
そして、一部の蛇が持つ『第三の眼』。
それこそが『ピット器官』と呼ばれるものだ。
蛇の唇の鱗、また目と鼻の間にあるという、それは、『熱』を感知するという。その感知出来る温度の差はなんと1℃未満。
それを視覚と組み合わせ、立体的に獲物を捉える。
どんな暗闇であろうと、どう視界を眩ませようと。
──────蛇は、獲物を逃がさない。
何故、今まで忘れていたのか。
いや思い出したとて、意味はなかった。
初めから、こいつは。
逃げて、やり過ごせる相手ではなかったのだから。
「シルルルル……!」
身体を起こし、顔を上げる。
痛みで鈍っていた頭が回り始める。
「……っ、久し振りだな。
かくれんぼは俺の負けだが、気分はどうだ?」
膝をついて立ち上がった俺を、それは見下ろす。
アーボックの平均体長、3.5m。
だがその暴君は、その平均という記録を無慈悲にも、その巨体を以て塗り替える。
暴君は、その身体を地面に這わせ、そして、恐ろしい腹部の模様を見せつけるように、頭を起こしている。
それだけで当に、全長の半分を越えている。
目測でも、約5mといったところか。
「シャアァァァアァァァ!!!」
暴君の咆哮に、俺は踵を返す。
「来いよ!!
そんなに獲物が欲しいなら、連れてってやる!!」
走り出す。目指すは羽音の方へ。
不幸中の幸い、これもまた廻り合いだ。
スピアーたちに、この暴君をぶつけてやろう。
先程聞こえた羽音、スピアーたちの向かう方向へ足を進める。砕け散った大木の破片を踏みしめ、背後へと気を配る。その時。
「───────ッう!!!?」
咄嗟に、ほぼ反射的に、地を蹴って高く跳躍する。
瞬間、その足下の地面に毒々しい濃紫の液体が飛び、じゅうじゅうと恐ろしい音が耳を突く。
「〝ヘドロばくだん〟……!!」
足を狙ってきやがったか!!
その毒液を飛び越えて着地、後ろを横目で振り返り、瞬間、アーボックがその胴体を大きく逸らし、尻尾をぶん、と揺らすように体勢を変える。また何か来る。
「っ!!」
今度はその場に這いつくばるように前に跳ぶ。
またもや間一髪、滑り込んだ瞬間、轟音が響く。
そして、周囲の木々がべきりと致命的な声をあげた。
尻尾の薙ぎ払い、それも広範囲を纏めて一掃する。
〝ワイドブレイカー〟
「……!!!」
そのまま勢いを利用して、スライディングを前転へと切り替えて回避、受身の応用で前転から立ち上がり、そのまま走り出す。まともに食らえば命はない。
周囲で、木々が一気に倒れる。
その隙間を走り抜けると、開けた場所に出た。
「っ……!」
数えきれないほどのスピアーたち、そしてその他にもコクーンやミツハニーたちが、地面に空いた大穴へと群がっている。そこから推測するに、ここは恐らく、ミツハニーたちの女王たるビークインを中心とした、蜂ポケモンたちのコロニーか。
地面の大穴は螺旋のように道が続いている。
形状は穴、というより蟻地獄に近いだろうか。
そして、その穴の付近に。
「……いた!」
穴の近くの木々にぶら下がっているコクーンたち。
その地面に落ちていた一匹から黒い尻尾が出ている。不完全な〝イリュージョン〟、だが、今は。
「っ、ぶねぇ!」
背後から聞こえたごぼり、という音。
咄嗟にその場から飛び退き、再度飛来した毒液の塊を回避する。そしてそれらに気付いたのか、巣穴からは数えきれないほどのスピアーたちが現れる。
「「「─────!!」」」
「シュアァァアッ!!」
スピアーたちは俺を確かに視界に入れていたが、だがやはり現状の問題はあの暴君だと判断したのだろう、すぐに咆哮する暴君へと飛びかかっていく。
更に。
「っ!?」
巣穴の奥から、巨大な影が現れる。
沢山のミツハニーたち、そして辛うじて視認できる、小さな兵隊がそれに追随し、巣穴から飛び立つ。
やはり……予想通り。
「───────!!!」
女王、ビークインの甲高い攻撃指令が、響き渡る。
その隙間をかい潜り、尻尾の生えたコクーンへ向かい走り出す。瞬間、イリュージョンが解かれ、元の姿に戻ったクロを拾い上げる。
「クロ、無事か!?」
「きゅ!」
クロは頷き、そして、視線を動かす。
それにあわせて、俺もそちらへ顔を向ける。
暴君が、次々とスピアーたちを薙ぎ払っていく。
スピアーの毒針が発射されるも、アーボックはそれを避けることもせず、その身体に傷一つ付けることなく標的としたスピアーたちを、その強靭な尻尾と毒塊で打ち落としていく。
圧倒的すぎる。
スピアーの数はとうに20を越えている。
それらが一斉攻撃を仕掛けているというのに、暴君は一切の致命傷を負わず、少しずつ数を削っていく。
「幾らなんでも強すぎる……クソ、ここも危ないな」
「きゅん! きゅうっ!」
「? どうかしたのか?」
抱き上げたクロが胸を叩いてくる。そしてその前足で指し示された場所へ目を向ければ、そこにある巣穴、その螺旋道の洞窟が見えた。そこは蜘蛛の巣のように糸の塊で塞がれているが………
「あそこになにか……うぉ!?」
「いぶーっ!!」
その時、突然現れた白い何かが足元に迫り、体を駆け上がってくる。そして空いていた腕にしがみついて、やっとその何かが目に入った。
雪のように白い、色違いのイーブイだった。
だが、今はそれに気を取られている場合では─────
いやだが、イーブイ、といえば………
「まさか、お前の仲間が捕まってるのか!?」
「ぶいっ!!」「きゅうんっ!!」
イーブイとクロが同時に鳴く。
嫌な予感が的中したらしい。イリュージョンでクロは自力で逃げ出せたが、あの時クロと共に拐われてきたイーブイたちがまだあそこにいるのか。
顔を上げた、その時。
凄まじい強風に、身体が吹き飛ばされそうになる。
「シュアァァア!!」
「────────!!」
二人の王の咆哮が森に木霊する。
女王自らが腕を振るい放った毒の一撃と、暴君の尾の一撃が交錯。重く鈍い衝突音と共に、衝撃波が周囲の木々を薙ぎ倒す。遂に女王が戦線に出てきたか。
「うかうかしてたら巻き込まれるな……
さっさとイーブイたちを解放しないと……!」
クロと白いイーブイを小脇に抱え、巣穴に走り出す。道中も巣穴からスピアーたちが飛び出していったが、奴らはこちらを一瞥するだけで、すぐに二体の王らの戦いに向かっていく。あれだけ統率されていた動きが今になって助かる状況だ。
そして巣穴の奥から出てくるミツハニー、巣穴に戻るスピアーもいる。恐らくビークインの〝回復指令〟が継続しているのだろう、戻ってきたスピアーたちに、ミツハニーが黄金色の蜜を与えていっている。
そうして出入りを繰り返すスピアーたち、そして上で繰り広げられる王の戦いの余波から逃れながら何とか糸で塞がれた洞窟に辿り着く。
「よし、ク────」
「ぶいぃっ!」
「あっ、おい!?」
クロのみだれひっかきで糸を破ろうとした瞬間、白いイーブイが飛び出し、そして空中でその身を震わせた瞬間、その周囲に星型の光が浮かび上がる。
「ぶいっ!!」
それはイーブイの声に合わせ、糸の壁に発射される。複数の衝撃と共に、糸の塊がほどけ、崩れ落ちた。
〝スピードスター〟か。
そしてその先には、糸で拘束されたイーブイたちが。すぐに駆け寄り、クロたちと共に糸を破っていく。
手にも張り付く糸は粘度が強く、すぐには取れない。
「っ……ベタベタして剥がし難いな、
早く逃げなきゃだが……クロ、いけるか」
「きゅん!」
「よし、お前ら動くなよ! みだれひっかき!」
「「「………!」」」
イーブイたちが混乱するより先に命令し、クロが爪を振りかざす。一度、二度、三度、そして、四度目で、糸が完全に切り裂かれ、イーブイたちが解放された。
「よくやった、クロ。
それじゃあお前たち、固まって逃げろよ!
絶対に仲間をおいてくなよ!」
「「「ぶいっ!」」」
イーブイたちが一斉に走り出す。
───────白いイーブイには、一切目をくれずに。
さて、洞窟にはもう何もない。
取り残された白いイーブイは悲しそうに、逃げ出した
イーブイたちを視線だけで追っている。
………なにやら、ワケありのようだ。
腰を下ろし、そのイーブイに声をかける。
「お前、一緒に逃げるぞ」
「……ぶい?」
「
とにかくまずは、この森から脱出しないと」
首を傾げるイーブイを抱き上げて、もう片手でクロを身体に上らせて頭にしがみつかせる。白いイーブイは暴れることなく、それを受け入れたように前足で腕にしがみついた。
………アーボックのことは気がかりだが……
恐らくビークインたちのゾンビ戦法なら負けることはないだろう。流石にあのスピアーの物量なら、いつか必ず押しきれるはずだ。
洞窟から出て、螺旋坂を駆け抜ける。
そして巣穴から抜け出した、その時だった。
「────────!!」
すぐ傍の大木に、ビークインが叩きつけられた。
「っ、なっ!?」
思わず声を上げる。
全身はボロボロ、また顔色も酷く悪い。ビークインは虫、飛行タイプ……耐性のない毒を食らったのか。
それにミツハニーやビークインの〝子供たち〟がすぐ集まってくるが、手酷い傷を負ったビークインはもう動くことすらままならないようだ。
「…………!」
ポケットからモモンの実、オボンの実を取り出して、咄嗟にビークインへと投げ渡す。クロを連れ去ったといえども、流石にあの暴君を巣に連れてきてしまったことに罪悪感は感じていた。それに、流石にここまでボロボロの様子を見て、そうするしかないと思った。
ビークインは動かず、近くにいたミツハニーがそれを口に咥え、こちらをじっと見つめる。それに頷けば、ミツハニーはまず、オボンをビークインの口へ運ぶ。
ビークインの目が、微かに開いた。
「………っ、ごめん」
「……………」
言葉が通じるとは思っていない。それでも、謝る。
必死だったとはいえ、巣を滅茶苦茶にしたのは事実。だから、それだけ言って、走り出す。
「───────シャアァァア……!!」
そして向けられる、怒りのような何か。
同時に、足首に激痛が走る。
「ッ、ぐ……ぁっ……!!?」
「きゅ!?」
足を踏み込んだ瞬間に走る痛み。ズボンが裂かれて、
そこから血が流れ出す。
……足元に何かが突き刺さっている。
これは、スピアーの……!?
「どく、ばり……!?
投げつけて、きやがったのか!?」
後ろを振り返れば、スピアーを尾で叩き伏せた暴君が睨み付け、だが僅かに、その息を上がらせていた。
ビークイン、スピアーたちの奮戦でも、ここまでか。一撃でスピアーを叩き伏す攻撃力も、あのいざこざでそう大きなダメージを負った様子のない耐久力も……
そして、こうして獲物を逃がさない頭脳も。
あまりにも、常軌を逸している。
「………!」
不味い。この期に及んでなお、アーボックはまだ俺を狙っている。手を煩わせた相手故にだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。この毒が回りきる前に、どうにか逃げきらなければ………!
「シュルルルルル……!!」
地獄の鬼ごっこの再開が、その音と共に告げられる。
ヤるより殺られそうになってんじゃねぇか!