場が凍り付く、とはこういう状況の事を言うのだろうか。あまりにも場違いで、かつ何処か呑気な思索であったが、それが今の音羽の内心を言い表す最も的確な表現であった。或いはそれは現実逃避とでも言うべき行いであるのかも知れないが、今、彼が置かれた状況を鑑みれば致し方ない事でもあろう。
果たして音羽の視線の先、彼の部屋で座り込むようにしながら耳の先までもを紅潮させた面貌を彼に向けているのは、彼の部活仲間にして恋人でもある澁谷かのんその人であった。その両手は何かをひた隠しにするかのように胸の前で握り込まれ件の物品は全く見えなくなってしまっているが、しかし数瞬前、音羽は確かに見た。何かを取り出すためにかのんが鞄の中を
──そもそもとして東音羽と澁谷かのんの関係が友人から恋人へと変質したのはラブライブ全国大会を終えて暫く経った頃、かのんからの告白を切っ掛けとしての事であった。それからふたりは何度も逢瀬を重ね遂には今日、音羽の自宅にて所謂お泊り会をする事になったのだが、今回のアクシデントはその最中の出来事であった。
先刻までは和気藹々とした談笑が繰り広げられていたというのに、水を打ったかのように絶える会話。何を言えば良いか分からず、さながら酸欠に陥った病者の如く両者共に口を開きかけては閉口するその姿は、ふたりの性格的な一致、噛み合いを示しているとも言えよう。だがいつまでも押し黙っている訳にもいかず音羽が何事か言おうと口を開きかけ、けれど先んじたのはかのんであった。
「ち、違うのっ、おとちゃん! これは、えーっと……」
依然紅潮した顔のまま、慌てふためいた様子で両手を忙しなく動かしながらそんな事を口にするかのん。いったい何が違うのかという点は、恐らくはかのん自身にも分かっていないのだろう。自らの不注意が発端とはいえある種の覚悟が決まっていないうちに音羽にそれを目撃され、思考が飽和しているのだ。
だがそんな姿を前にしてさえ、愛おしさにも似た感慨を覚えてしまうのはまさしく惚れた弱みとでも言うべきであろう。ミスにより全く予想外の事態を迎え思考が飽和しているかのんとは対称的に音羽が冷静になるのは早くて、けれどそうして出来た思考の空白を状況の理解から来る羞恥が即座に塗り潰してしまう。即ち紅潮したのは音羽も同様であり、ふたりは互いに耳の先まで紅い顔を向け合っている。ただひとつ違うとすれば、それは現状に対する適応の早さ、相手の意思を知ってからの決断の差であった。未だ紅潮の中にあって音羽は恥ずかしそうに、けれど同時に柔和に笑みながら未だ慌てているかのんに語りかける。
「ねぇ、かのんちゃん?」
「は、はいっ!?」
あくまでも温和な音羽の呼びかけを受けて、身体をびくりと震わせながら居住まいを正すかのん。その瞳に音羽の様子を伺うような気配が見えるのは、決して音羽の気のせいなどではなかろう。さもありなん。かのんの鞄からそれが出てきたという事はつまり、音羽との逢瀬の中でそれを使用する意図があったと彼に知れてしまったと同義なのだから。けれど彼は確かに激烈な羞恥を感じていながらかのんの不安すら包み込むような、そんないくつかの感情を内包したまま微笑みを湛えている。
「かのんちゃんは……僕と、
「────」
ごくり、と生唾を呑み込む音。そんな微かな音でもこの静寂の中にあっては嫌にはっきりと響く。或いはそれはかのんにとって音羽の問いと共に自身の思考を埋め尽くしていた混沌を呑み下すも同然の行為であったのか、氾濫し脈絡を失っていた意識がようやくその統制を取り戻したのを彼女は自覚した。そうして、数拍。羞恥と躊躇の壁を超え、自らの本意を白日の下に押し遣り、左手で音羽の手を包み込むように握る。
「……うん、そうだよ。私はおとちゃんと、そういうコトがしたい。今日だって、もしかしたらって、だから……」
かのんにしては珍しい、歯切れの悪い解答である。その根源にあるものをあえて言語化するのならば、それは後ろめたさであろうか。かのんの希望は、現状だけを見るのならば何処か独り善がりと捉えられたとしても仕方のない事であろう。だが、その点を音羽が取り違える筈もない。かのんの欲求の底に在る感情は、音羽もまた持っているものであるのだから。
数週間前、かのんの許に唐突に立ち現れてきた留学という選択肢。長い懊悩の果てにその提案を呑む事を選択したかのんであったが、それは即ちふたりは決して短くない時間を遠く離れた地で過ごさなければならない、という事でもあるのだ。無論、音羽はかのんを応援しているし、その夢を叶えて欲しいという思いは彼女の幼馴染である千砂都にすら負けないと自負している。けれど、だからとて寂寞の感慨が全く無いかと言えば、それは否なのだ。
言うなればそれはお互い様といった所であろうか。自身も同様の感情を抱いているというのに、それを根源とする思いを否定できる筈もないのだ。かのんのたどたどしくも真っ直ぐな告白に、音羽の中で何かが外れる音がする。それは、共感より来たる自縛からの脱却の号砲でもあった。今生のものではないとはいえ、暫しの別れを寂しく思っているのは自分だけではなかったのだ、と。
繋がれた手を、優しく解く。瞬間、すわ拒絶かとかのんがひどく不安な表情を浮かべたが、それは音羽の方からもかのんの手を握った事で驚愕、そして安堵へと立ち変わった。音羽が微かに腕に力を込め、それに抗わずかのんが彼の胸に飛び込む。それは言語に依らない、互いの意思の確認。行動で示される交感であった。だがそれでも、あえて言葉にする。彼らの関係は常に、自らの思いを曝け出し合う事で進んできたのだから。
「ごめんね、かのんちゃん。僕、かのんちゃんの気持ちに全然気づいてなかった。
でも……うん、かのんちゃんのしたい事は、僕もしたい。だから……」
東音羽とは元来他人の気持ちに聡い人間である。それは彼自身が生来有する共感覚によるものでもあるが、それ以上に彼自身の気性に依る所が大きい。そんな彼でもかのんの秘めた思いに気付かなかったのは、それもまた彼の気性に依るものであろうか。彼はかのんを大切に想えばこそ、彼女を傷つけ得る行為に至る発想も湧かなかった。或いは、その覚悟が無かった。
だがこうして言葉として告げられてしまえば最早気づきなどは関係が無く、また、知ってしまった思いから逃避するという選択肢は彼にはない。そこにあるのは“応えなければ”という使命感でも“応えてあげたい”という献身でもなく、理解と受容、そして愛情が齎した結果であった。
否は無い。嫌悪など、在る筈もない。それ故の彼の解答を受けて、かのんが顔を綻ばせる。音羽の背中に回された腕に籠る力が増す。それに応えるように音羽もまたより強く抱き寄せて、密着した身体からより多くの熱が交感される。胸の辺りに伝わってくる拍動と相まって、それらは互いに互いの生命の主張のようだ。どれほどそうしていたのだろうか、かのんと音羽、ふたりだけで完結した世界においては時間すらも意味を為さず、いつの間にか同期していた鼓動だけが絶対だった。
それから、どちらからともなく触れるだけの口づけを交わす。確かめるように、焦らすように、何度も、何度も。繰り返す度に時間が長くなっていくその様は、次第に互いを求める気持ちが抑えられなくなっていくのを如実に表しているかのようだ。
彼らは両者共に奥手であるが故に数える程ではあるけれど、付き合っている以上は接吻をした事は無い訳ではない。行為としてはこれまでのそれと何ら違いはない筈なのに、どうしてだろうか、回数を重ねる度に総身に相手の熱が自らの身体に入り込み、奥底から堆積していくかのようにさえ感じる。自身の存在が、相手の熱に置換されていく。甘い熱が思考を、意識を蕩かし、恣意が脈絡を失っていく。かのんは音羽、音羽はかのん。明晰を失った思考の裡では想い人の事しか考えられず、今の彼らにとってはそれで充分に過ぎた。
「おとちゃん……」
さながら酩酊の内にあるかのような、熱っぽい声色であった。それと共にかのんは音羽に更に体重を預け、ふたりが座るベッドが軋みをあげる。同時に響くようになった粘性の水音は、かのんが自身の舌先で音羽のそれを絡め取った事で生じたものだ。唐突に重心を預けられた事で出来た間隙を突かれたのである。
しかし音羽が動揺に適応する暇すらも与えず、かのんの下が彼の歯列をなぞり、混じり合った唾液が喉の奥に堆積し否応なしに臓腑の底へと流れ込んでいく。たったそれだけの事なのに口内を蹂躙される感覚は電撃のように脳を痺れさせ、唾液は酒精か、さもなくば麻薬のように意識を裁断する。そこには酸欠の進行に伴う思考速度の低下も関与していよう。何もかもが正常から外れて、粉々に砕けていく思考の間隙を埋めるように熱が身体を支配してゆく。
思考が纏まらない。意識の焦点が定まらない。脳が痺れる。ぼやけた自我の中に在っては己の所在すらも曖昧で、さながら現実と夢想の間に揺蕩っているかのようだ。そのせいだろうか、音羽には自己と他者との境界、自身の輪郭が溶けてかのんと合一していくようにすら錯覚される。いや、或いは錯覚ではないのかも知れない。これから先に待ち受ける行為があればこそ、それは半ば確かな実感としてそこに在った。
それ故だろうか、初めはかのんの攻勢に流されるばかりであった音羽も次第に適応し始めて、必死に彼女の希求に応える。鈍麻した自我にあっては理性すらも擦り減っていくかのようで、そうして剥き出しとなった欲求に突き動かされるようにふたりは互いを求める。しかし生物である以上はいつか酸素が必要になるのは必定で、どちらからともなくふたりが唇を離した。その間を繋いでいた銀色の糸が落滴し、シーツに小さなシミを作る。
会話は無い。部屋に木霊するのはふたりの激しい息遣いのみであり、平素のスクールアイドルとしての練習の成果か酸欠からの復帰はかのんの方が早かった。そして、ちらと視線を音羽に遣る。
「っ────」
息を呑む。刹那、臓腑の奥底から立ち現れかのんの総身を駆け抜けたのは、抗いがたい甘い衝動であった。それによるものか、身体が疼くように震える。だが、それも致し方あるまい。忘我から僅かばかりの復帰を果たしたかのんの視界に映ったのは肩で息を繰り返し、頬を上気させ目に涙を湛えた、ひどく煽情的な音羽の姿だったのだから。よく見れば鼠径部辺りの布が盛り上がっていて、それに気づいたかのんが再び生唾を呑み込む。
欲しい。自身の裡から湧き上がる衝動を自覚したかのんの心を形容するのならば、それだけで事足りよう。同時に自分はここまで
結果、純化された感情のままにかのんが音羽に抱き着く。熱い。音羽だけではなくかのんもまたそうで、密着するふたりはまるで純粋な熱量の塊のようだ。それを心地良いと感じたのは、決して間違った感慨ではなかろう。次いで、音羽の耳元でかのんが囁く。
「そろそろ……いい?」
何が、と音羽が問い返す事はない。最早この状況にあってそれを問うのは野暮というものだろう。かのんの吐息が耳朶に触れた途端に生まれた甘美な痺れのままびくりと身体を震わせた後、無言のままゆっくりと首肯する。その仕草がひどくいじらしくて、かのんの中で何かが騒ぐ。
そうして、衣擦れの音。何を期してか背中を向け合うふたりの間にはやはり会話は無く、異質な緊張感が場を支配している。或いはそれは、ある種の期待でもあるのだろうか。喧しい程に心臓が激しく脈打っているのは、きっと決してこの先に待ち受けるものへの緊張だけから来るものではないだろう。
特に示し合わせるでもなく両者共に脱いだ衣服を丁寧に畳んで隅に安置していた事に気づき、ふたりが微笑み合う。しかしそれに次いで自分達の恰好──一糸纏わぬ生まれたままの姿を認め、ふたりの笑みに恥じらいの気配が混じる。それでも、視線は外さない。互いの姿に釘付けになっていた。
恋人関係にある音羽も初めて見るかのんの裸体は、まるで名工に造り上げられた女神の彫像が如く。幼さを残しつつも女性らしい丸みを帯びた、”少女”と”女”の中庸に在る身体には日々の練習もあってか余計な贅肉は一分として無く、均整は黄金比とすら言えよう。決して大きいとは言えない乳房の膨らみすら彼女の均整の内で完璧であった。
思わず呼吸すらも忘却の彼方に投げ捨ててしまう程の感慨であった。女性の裸体に見惚れるなど平時の音羽らしくもなかろうが、相手が愛しい恋人であれば話は違うというものだ。東音羽にとっての澁谷かのんとは唯一であり特別であった。
対して音羽の身体を見たかのんの内心をあえて明言するのならば、意外といった所だろうか。彼の凡そのイメージ通りに線が細く決して筋肉質とは言えないまでも、直線的で確かな硬質さを漂わせるその身体は、紛れもなくひとりの男性のそれで彼の穏やかで優しい気質も相俟ってかのんの認識の上で正の齟齬を起こす。所謂〝ギャップ萌え〟というものだ。
そして何より音羽の男性性を主張しているのは彼の鼠径部から立ち上がり反り返らんばかりに怒張しているソレだ。無論音羽以外のソレをかのんは知らないが、大きさは平均程度であろうか。いっそ凶悪とも言える様相を呈しているソレと、恥じらいを隠しきれない音羽の表情。その乖離が、かのんの裡で何かを昂らせる。その衝動に抗わず音羽へとにじり寄り、そのまま彼の首に腕を回して抱き寄せた。必定、ふたりは密着する形となり、彼の亀頭がかのんの臍辺りをなぞり上げる。その刺激ですら電撃であるかのようだ。
「っ……か、かのんちゃんっ……」
「んー? どうしたの、おとちゃん?」
恥ずかし気に、困惑するかのように、或いは何かを堪えるかのように潤んだ目を細める音羽とは対照的に、かのんは悪戯な笑みを浮かべている。普段のかのんからは想像すらできない程に蠱惑的なその様は音羽の状態を限外に把握しきっているかのようだが、彼女の攻勢は止まない。彼女は再び音羽を抱き寄せて頬を擦り合わせると、何の前触れもなく彼の耳朶を軽く食んだ。瞬間、彼の身体が小さく跳ねて口から短い吐息が洩れる。ふたりの身体に挟まれた怒張もまたその緊張を増したのを感じ取り、かのんが笑んだ。
「あはっ、おとちゃん、可愛い……気持ちいいの?」
「ぁ、分かん、ないよぉ……」
目を細め、紅潮した頬と潤んだ瞳、困惑を覗かせながらもだらしなく緩んだ顔のまま音羽はそう答える。けれどその表情、熱っぽい声音、そして何より無意識の挙動を見れば、彼が何を感じているかなどは火を見るよりも明らかであろう。彼はその年齢にしてはひどく稀有な程に自慰行為を行わないが故に、性的快楽に対して全くの無防備であった。そして先の囁きからかのんには分かっていた事だが──耳は、彼にとって性感帯のひとつであるらしい。僅かに腰を浮かして覗き込んでみれば、彼のソレの先端が触れていた辺りが粘性の光沢を纏っていた。
音羽の裡に僅かに残った理性にとってはその快楽は全く未知のものなのだろう。しかし半ば平静を剝ぎ取られ本能が顔を覗かせている今、身体はひどく正直で、有り体に言えば彼は興奮していた。身体の奥には粘ついた熱量が堆積しており、知らず、腰が揺れるように動いている。全く未知の快楽を前にして音羽は抗う事もできず、強い希求の情念に流されるばかりであった。
欲しい、と全身が訴えている。これから先に待ち受ける決して短くない別離を前にして音羽が抱きつつも自制し続けていた寂寥と渇望が綯い交ぜになった混沌が、理性の希薄化と欲望の濁流によりその顔を表しつつあった。宿主である音羽自身の理解を置き去りにして、獣性とでも言うべきそれは愛しい人の全てを求めている。そんな音羽の内情を知ってか知らずか、かのんが軽く接吻を落とした。
「私も同じだよ、おとちゃん。私も、おとちゃんが欲しい。
だから────しよう?」
媚びるでなく、しかし甘美で蕩けるようなかのんの声。吐息のようなそれは心地の良い痺れと共に音羽の耳朶に入り込み、残存した理性の最後の抵抗たる困惑は初めから幻影であったかのように溶けて消える。そうして、首肯。たったそれだけで、互いの意思確認は完遂される。
次いでのキスは触れるだけのそれでありながら、同時に絡みつくように。軽い音を立てながらふたりでベッドに身を横たえると、かのんは枕元の避妊具の小袋を手に取りその封を切った。その中から現れたのは光沢のある円型の物体、即ちコンドームである。使用した事はないまでもそれの使い方に迷うかのんではなく、手慣れてこそいないものの問題なく音羽の怒張にそれを装着させると、身体を起こし彼の両脚を自身のそれで挟み込むように座る。そんな態勢であるから、当然の帰結として彼女の鼠径部から下腹部にかけてを音羽の陰茎が貫くかの如くに密着する。
見せつけるかのようなそれを目の当たりにし、音羽の心臓が強く跳ねる。或いはそれはこれから起きる事を無意識に予期しての事か。まるで心臓が胸郭でなく耳元に存在しているかのように、心拍が煩い。そんな音羽の様子から何を感じ取ったのか、蠱惑的な笑みを浮かべたまま腰を浮かせた。
そうして音羽の視界に飛び込んできたのはかのんの秘裂。薄い陰毛を伝うように重力に負けた粘性の液体が怒張の先端に注ぐが、それは薄壁に阻まれその表面を滑り落ちていく。まじまじと見るべきものでもないのに彼はそこから目が離せなくて、そんな音羽の視線の先でかのんは秘裂を彼の剛直に這わせる。そのまま焦燥を誘うように数度腰を動かすや、かのんは躊躇を置き去りに一息で腰を落とした。瞬間、満身を襲った激烈な未知に音羽は思わず声を洩らしてしまった。だが、破瓜であれば半ば必然の現象、出血を目撃し、音羽が声を上げる。
「かのんちゃんっ……⁉」
「大丈夫。大丈夫だから……でも、ちょっとこのままでいい?」
そう言い、かのんは音羽の薄い胸板に両手を突いて肩で息をする。それは未だ褪せきらない破瓜の痛みを堪えているからでもあるが、同時に、そうしているだけで込み上げてくる何かによるものでもあった。それは音羽も同じで、彼は確かに痛みを感じているかのんを心配している筈なのに身体は彼の意志に反して今すぐにでも動きたいと訴えている。それを何とか我慢して、けれど動かなくとも伝わる内壁の蠢動が愚息を刺激する。刺激は快楽となり、電流めいたそれに音羽の意識がスパークする。残存する理性を搔き集め総動員して堪えているが、そうでもしなければかのんを今すぐにでも犯し果ててしまいそうだ。それほどまでに全身が彼女を求めていた。
それから、どれほどそうしていただろうか。既に細切れとなった正常の裡にあっては時間の感覚など、とうに失せている。それどころか呼吸をする度に正常すら霧散して、反比例して熱が高まっていく。最早耐え切れない。それでも。目蓋をきつく閉じ眉間に皺が寄る程に音羽は堪えていて、そんな中で突然に変化が彼を襲う。
内壁の蠕動に併せるような前後運動。それはかのんが痛みから復帰した証明であり、単純な蠢動ですら翻弄されるばかりであった音羽がそれに耐えきれる筈もなく思わず短い声が洩れた。対するかのんもまた痛覚が塗り変わらんばかりに氾濫する快に恣意が押し流され、嬌声を零す。だが最早彼女の身体の制御は欠片程も残存していない理性から欲望と本能に取って代わられつつあり、抽送の速度は速まる一方だ。
今、彼の部屋に反響するのは粘性の液体が攪拌される淫らな音と生命としての
当然の事ではあるが音羽も、かのんも、それぞれにこれが
「ぁぅ、んん、おと、ちゃん……」
「かのん、ちゃん……っ」
喜悦の間隙にただ名前だけを呼び合う。それだけで激情めいた愛おしさが胸の奥から込み上げてくる。肉欲と混じり合ったそれらは溢れ出さんばかりで、今にも彼らの身体を内側から圧壊させてしまいそうだ。高まる内圧により熱量は際限なく増幅され、統制を失った五感のせいか世界が遠い。ふたりの意識の裡に在るのは己と相手の存在のみ。であればそれは、正しく何もかもを合一させるが如き行為であった。
その最中、半ば規則的なものになりつつあったかのんの嬌声の調律が乱れる。その原因は唐突に彼女を襲った、下から突き上げるかのような動きであった。それが何であるかは言うまでもない。今まで心はどうあれ身体はかのんを受け止めるばかりであった音羽が、自分から彼女を求めている。その事実だけで、嬌声の中ににより喜悦が混じる。
最早余人の介入する場も、正否を問う余地もない、純然たる男女の睦み合い。ふたりだけで完結する総て。だが完璧に近い充足には一分の隙があって、それでも求め合う心は止まらない。次第に男根を絞り上げるかのような蠕動はその強度と勢いを増していき、無防備にそれを受け止めた音羽の中で一際強く込み上げてくる何かがあった。
「かのんちゃ、ん、待って、待、ってぇっ……」
懇願めいた言葉。だがその内容とは裏腹にその声音は色に塗れていて、表情は困惑を上塗りする恍惚のそれ。何より音羽が何を前にしていて彼女に何を望んでいるかを、かのんは自身の
「やぁだっ……ほら、おと、ちゃん、大丈夫だから、一緒に──」
それに続く筈だった言葉は、いったいどのようなものであったのか。限界を迎えつつあったのは音羽だけでなくかのんもまた同様で、遂には臨界を超えた快にかのんがか細い悲鳴にも似た嬌声を漏らす。同時に内壁がより強く収縮と蠕動を繰り返して、その裡で音羽が精を吐き出した。だがそれは彼らを隔てる薄壁に阻まれ、本来届くべき場所に到達せずに受け止められる。
永遠にすら錯覚する程に引き延ばされた一瞬。波濤のような激情はゆっくりと引いていき、かのんが倒れ込むように音羽の肩口に頽れる。そうして、どちらからともなく短い口づけを交わし、かのんが笑んだ。
「えへへ……しちゃったね」
「う、うん」
たったそれだけの会話と笑顔に、音羽の胸中で愛しさが溢れる。身体まで交わっておいて今更な事であるが、やはり精神的な繋がりも彼らの間においては極めて強力な絆として介在していた。
そうして、数拍。初めは肩で息をしているような有様であった彼らだがようやく呼吸も落ち着いてきて、そんな時である。「ねぇ」とかのんが会話の口火を切った。
「おとちゃんは……これで満足してる?」
「え……?」
問われ、思わずかのんの目を見る音羽。問いを放った彼女の表情はやはり先程のままの微笑であったが、その紫水晶を思わせる瞳の奥には紛れもない煽情の光があった。それに気づいて、否、気づいていなかったとしても彼は返答に窮する。だがその空白こそ、彼自身ですら悟っていなかった内心を何より如実に表していた。
一度絶頂を迎えある種の
無論自身の愚息の状態であるから、音羽がそれを自覚していない筈もない。だがそれに対して素直になるという事は、それは。かのんが持っていた避妊具はひとつ。もう使ってしまった。返答に窮したままの音羽の前でかのんは腰を浮かし、勢いを減じぬままの怒張が彼女の裡から姿を現した。つぅ、と愛液と血液の混じり物が、精液溜まりに落ちる。次いでかのんは最早用済みとなってしまった避妊具を脱がせて口を縛ると、それをベッドの端に安置した。その傍ら、音羽は自覚する。心拍と自身の呼吸音が、嫌に煩い。
そうしてかのんは音羽の胸板に顔を埋めると、上目遣いで彼の瞳を覗き込んだ。
「私は……もっとおとちゃんと繋がりたい。おとちゃんはどう?」
「ぼ、僕は……」
恋人にそう希うかのんの声音は決して肉欲に支配されたそれではなく、むしろ何処か誠実な気配さえあった。だというのに
一度は落ち着きを取り戻しつつあった脈拍が再びその速度を取り戻してきている。思考は靄がかかったかのように覚束ず、五感が遠のき世界から隔絶される。諸々が情事の感覚を取り戻していく中で、愚息だけが依然変わらぬ威勢を保っていた。
懊悩する音羽。そんな彼の前でかのんは彼の身体から離れ片手を壁に突くと、儚げな色を纏う瞳を彼へと向けたまま空いた手の二指を秘裂に這わせ、僅かに押し広げた。落滴する愛液。内側から覗く肉の色。表情と行動のギャップに音羽が息を呑む。
そして逡巡──している、つもりだった。少なくとも復帰しつつあった理性は行動の正否について懊悩していた筈で、しかし感情がそれを追い越してしまう。その時点でようやく、彼は自覚した。自身を突き動かすこの感情はただの愛しさ、恋しさだけではない。留学により常に隣にはいられなくなる、いてくれなくなるという未来を前にして己にとっての〝澁谷かのん〟という少女の存在の大きさを再認したが為の寂寥、寂寞までもが綯い交ぜになった、混沌たる甘美な激情が彼の心底には在った。或いはそれは、一度は他人の悪意により孤独である事を選んでしまった少年であるが故の感情であるのかも知れない。
背後からかのんの身体に両腕を回す。きつく縛り付けるのではなく、優しく抱き留めるように。その時になって漸く、かのんの乳房に触れたのはこれが初めてだと音羽は気づいた。先程はそんな余裕が無かったのだ。だが前戯について殆ど知識が無い彼はどうすれば良いかが曖昧にしか分からず、芸術品でも扱うかのような丁重さで揉む事しかできなかった。それだけでも先の行為の熱を保ったままであったからか、かのんが短い嬌声を零す。
「んっ……もう、おとちゃんのいじわる……」
「えぇっ⁉ 僕、何かしちゃったかな……⁉」
予想外の反応に狼狽を返す音羽だが、かのんは無言で小さく首を振るばかりだ。そのため謂れが分からず音羽が疑問符を浮かべるが、その疑念はさして間を置かずに晴れる事となる。直後に彼が怒張の先から感じたのは確かな熱と柔らかな肉の感触。亀頭がその先端、僅かばかりを秘裂の裡に埋めている。この有様では焦らしていると思われても仕方があるまい。
そうして我慢の糸が切れたかのようにゆっくりと、けれど確かに音羽へと重心を預けていくかのん。それを見て取り生唾や息と共に自身を縛る諸々を肺腑に底に呑み下して、音羽もまたそれに応えた。腕に込める力を増して、預けられる重心を受け止める。たったそれだけの単純な動作で、怒張が秘奥を押し広げ、押し割っていく。
その瞬間、音羽は実感した。これは先の行為とはまるで違う。先程との差異など、両者を隔てていた薄壁が無くなっただけだというのに。全身を奔る雷電のような感覚は内壁の蠢動と完全に同期しており、熱は結合部を通して直接流れ込んでくるかのようだ。先刻の影響が尾を引き性的快感に対して鋭敏になったままであるからか、下手をすれば即座に絶頂してしまいそうな気配さえある。だが焦燥めいたそんな感覚とは裏腹に身体は正直で、やがて先端が何かに行き詰った感覚があった。同時にかのんの身体が軽く強張り、内壁が愚息を絞るように蠢動する。どうやら軽く達したようであった。
動けない。永続する激烈な快の感覚は凄まじく、少しも慣れていない今、僅かでも動けば即座に達してしまいそうだった。それをさせじとする人間的本能と今すぐにでも吐き出したいと慟哭する動物的本能の鬩ぎ合い。かのんの肩口に顎を乗せたまま音羽は堪えていて、その耳朶の間近で彼女が囁いた。
「いいよ、おとちゃん……動いて?」
希うかのような、たったそれだけの言葉。けれどそれはまるで呪文のように音羽の意識に作用し、彼の中で何かが弾けた。最早自制は意味を為さず、既に脈絡を失っていた思考はその存在意義を喪失する。意識を
求め合う。貪り合う。確かめ合う。再認し合う。比類ない熱量を共有する今、自他の境界はいよいよ全くの無意味であり、ふたりは意識や魂、その存在意味までも溶け合いひとつの生命と化しているかのようですらあった。そんな有様であるから相互理解にはもう言葉は要らず、より高次の領域で直接思惟を交感し合う。これから先に待ち受ける会えない時間を前借するかのように、先に埋め合わせるかのように。感覚も何もかもが互いしか捉えておらず、存在の根底から合一していく。総てがそのために動員されている。
嬌声。水音。ベッドの軋み。淫靡な不協和音が反響する。彼らの直下に落ちた粘液はシーツの許容速度を超え、極小の水溜まりを形成している。だが、彼らはそれに気づかない。気づけない。そんな余裕や視野は、とうに消え失せている。
そんな有様であるから、そう長く
それが、合図であったのか。内壁が先の比ではない程に蠢動し、それに応じた怒張が吐精に至る。その様たるや、先に一度絶頂しているとは思えない程だ。そして今は両者を隔てるものはなく、少年が吐き出した精は何に邪魔される事もなく少女の胎で受け止められた。律動の度に吐精は繰り返され、億の胤を内包する熱が胎の虚空を満たす。虚が実に塗り替えられるその感覚さえ絶頂の中では至上の甘美であり、波涛の如き恍惚が内壁の更なる蠕動を誘発し、愚直に応えた怒張は際限なく胤を放ち少女の胎を染め上げてしまう。或いはそれは、その果てにある未来を歓待するかのように。
そのまま、どれほどそうしていたか。須臾の内で完結した出来事であるようで、はたまた永い間そのままであったようでもある。何もかもを出し尽くした彼らは立つ事はおろか中腰でいる事もできず、折り重なるようにしてベッドに倒れ込んだ。音羽が下になるようにして倒れたのは極度の疲労を抱えていながら色褪せない彼の優しさの表れであろうか。
言葉を交わす事もなく激しい呼吸を繰り返すふたり。けれど膣の許容量を超え、緩んだ結合部から零れ内腿を伝う白濁がふたりの行為の激しさを雄弁に物語っている。そうして幾許かして、先に口を開いたのはかのんであった。
「最後までしちゃったぁ。ね、おとちゃん?」
「う、うん。えぇと──もしもの事があったら、ちゃんと責任は取るからっ」
静寂。次いで、かのんの笑声。音羽は何故かのんが吹き出したかを分かっていないようだが、かのんの反応も致し方なかろう。よりにもよってこの状況で、第一声がそれか、と。だが、彼らしい。責任感の強さは、彼の美徳のひとつだ。
彼らにはこれから考えるべき事が山ほどある。汚してしまったベッドをどう洗ったものかだとか、繋がったままの彼の愚息はあれだけの精を吐き出していながら僅かに萎えただけでその気になれば続けられそうだから、続けるか否かだとか、一応は確率の最も低い日を選んでいるが、この果てに本当に
けれど今だけはそれらを隅に置き、この穏やかで甘美な幸福に至っていても良いのではないか。そんな感慨と共に、少女は不意打ちの口づけを愛しい少年に落とすのだった。