「キャッツアイだー!」
時計の針が明日を刻もうとする深夜、静寂をかき消す内海刑事の声が辺りに響く。
「いたぞ、屋根の上だ!」
けたたましい声と同時に、闇の中から警察官が現れた。
彼らは広大な美術館の敷地をぐるりと囲むと、一斉に屋根を見上げる。
そこには満月の柔らかな光に照らし出された、若い女性のシルエットがあった。
サラリと流れる長い髪、長くしなやかな手足、スレンダーなボディライン、レオタードを内から押し上げる豊かな胸。
素顔こそボンヤリとして見えないものの、その女怪盗がとびきりの美女であることは、誰の目にも明らかだ。
「観念しろ、キャッツ。もう逃げ場は無いぞ!」
幾度となく煮え湯を飲まされている相手を前に、内海刑事がハシゴを使って屋根へと登る。
続いて十数人の警察官も、屋根へとよじ登った。
レオタード姿の女怪盗は、そんな彼らの姿をしなやかな腰に手を当て、余裕の笑みで待ち構える。
「逮捕だ、キャッツアイ!」
足場の悪さなど気にせず、内海刑事が女怪盗へ飛びかかる。
美術館の屋根は急角度で、立っているだけでも危険な場所だ。
しかしキャッツアイと呼ばれる女怪盗は、その名のとおり軽やかに動きで、内海刑事の手をヒラリと避ける。
部下の警察官たちも次々と手を伸ばすが、猫のように俊敏な動きを捕まえることができない。
(そろそろ、いいかしらね)
女怪盗は心の中で呟くと、躊躇なく屋根の上から飛んだ。
そして近くにある木の枝へと飛び移る。
「逃がすな、キャッツを追え!」
地上にいた警察官たちが女怪盗のいる木へと向かうが、時すでに遅し。
彼女はまるで猫のように木立の中を枝から枝へと飛び移り、闇の中へと消えていった。
「ふぅ、ここまで逃げればもう大丈夫ね」
人気の無い深夜の公園で、来生瞳は息をついた。
そして木の陰に隠れ、呼吸を整える。
「今回も、上手くいったようね」
額に汗を浮かべつつ、瞳は微笑んだ。
瞳が注意を引きつけている間に、警察官に変装した泪と愛が絵を盗み出す。
それが今回の作戦だ。
既に作戦成功の連絡は届いている、あとはアジトである喫茶店へと戻るだけだ。
「俊夫にはまた悪い事をしちゃったわ、次のデートでは、何か埋め合わせをしないとね」
自分を追う刑事であり、恋人でもある内海俊夫の顔を思い浮かべる瞳。
盗みに失敗したことが無い彼女とはいえ緊張はしていたのだろう、表情がホッと緩む。
すると突然、背後から鞭が襲って来た。
「……ッ!」
考えるよりも先に反応し、瞳は鞭を避けた。
バシッと音がして、木の幹に鞭が叩きつけられる。
「この不意打ちを避けるなんて、やるじゃない。さすがはキャッツアイ」
それは辺りの空気を凍り付かせるような、冷たい声だった。
驚いただけでなく、背筋がゾッとするのを瞳は感じた。
「あなたは、誰?」
振り向いた瞳の目に入ったのは、銀髪を腰まで伸ばした女だった。
冷徹で鋭い視線をしているが目鼻立ちは整っていて、瞳とは違うタイプの美人だ。
身長は瞳より高く、モデルのようなボディに、挑発的な赤いボンテージを身に付けている。
「フフフ……そうね、私のことはキャッツハンターとでも呼んでもらおうかしら。あなた達キャッツアイを捕まえるために雇われた女よ」
「私たちを捕まえる……ですって」
その言葉に瞳は身を引き締めた。
先ほどまで軽くあしらって来た警察官とは、明らかに異なる雰囲気を女は発している。
簡単に逃げられる相手ではなさそうだ。
「目的は何、誰の命令で私たちを狙っているの?」
「それは捕まればわかることよ。素直にしてくれれば、痛い思いをせずに済むわ」
コツコツとヒールの足音を鳴らし、キャッツハンターが間合いを詰める。
いつの間にか二人の間合いは、互いの僅かな表情さえ読み取れる位置となっていた。
突然、何かが瞳の頭上をかすめる。
「……ッ!」
とっさに瞳は身を屈めた。
攻撃の正体が、蹴りだと気づくのに数秒かかる。
それほど早く、鋭い一撃だった。
瞳が体勢を立て直す前に、キャッツハンターは次々と攻撃を繰り出す。
常人離れしたその動きに、瞳は避けるだけで精一杯だ。
「ホラホラどうしたの、キャッツアイ。反撃してみなさい」
立ちの状態から、キャッツハンターが鋭いパンチを放つ。
攻撃を捌ききれなくなった瞳は、バク転で距離を取った。
するとキャッツハンターは、瞳に向けて鞭を振り下ろした。
寸前で避けた瞳のレオタードを、鞭が僅かにかすめる。
「くうっ!」
バチッという音が鳴り、瞳に衝撃を与える。
僅かだが電気ショックが体を貫いたのだ。
身体を硬直させた瞳がヨロヨロと後ろへ下がる。
そして地面に膝を付いた。
「スタンガン付きの鞭の味はいかがか? これはかすっただけでもご覧の威力。まともに当たれば、どうなるのかしらね」
呼吸を荒くする瞳に、更に鞭が襲い掛かる。
瞳は後ろに飛ぶと、大きく距離をとった。
そしてバックステップをしながら、襲い掛かる鞭を避けていく。
「チョコマカとしぶとい子猫ちゃんね。いい加減、諦めなさい!」
止めを刺そうと、キャッツハンターが鞭を大きく振り上げる。
その隙を瞳は見逃さなかった。
力任せに地面へ叩きつけられる鞭を瞳はジャンプして避けると、空中からキャッツカードを投擲した。
「ぐうっ!」
右手にカードを受けたキャッツハンターが、鞭を地面に落とす。
その隙に瞳は一気に距離を詰め、回し蹴りを叩きこんだ。
「がはっ!」
吹き飛ばされたキャッツハンターが、ゴロゴロと地面を転がる。
仰向けに倒れた彼女は、何が起こったのか分からない様子で、視線を宙に彷徨わせていた。
「生憎だけど、今日はあなたに付き合っている暇は無いの。これに懲りたら二度と私の前に現れないことね」
それだけ言い残すと、瞳はキャッツハンターに背を向けた。
そして泪と愛が待つ自宅へ向けて、駆け出していった。