翌日の朝。
樹齢40年のケヤキ並木が東西500メートルに続く、犬鳴商店街。
ブティックやレストラン、ケーキ店、輸入雑貨などの洒落た店が並び、若い女性に人気のある華やかな通りだ。
その一角に、来生三姉妹の営む喫茶店『キャッツアイ』はあった。
「今日もいい天気ね」
日課である朝のジョギングを終えた瞳は、店の掃除をしていた。
そして看板を店先に出す。
その後はバスルームで熱いシャワーを浴び、泪や愛と他愛もない会話をしながら朝食を取る。
怪盗として神経を尖らせる日々を送る来生姉妹にとって、貴重な安らぎの時間だ。
「行ってきます、泪姐、瞳姐」
「行ってらっしゃい、車には気をつけるのよ」
高校へ行く愛を見送った後は、泪は店の仕込み、瞳は洗濯と掃除。
そしてカウンターで泪が煎れたコーヒーを飲みながら、二人で好きな音楽を聴いたり、雑誌を読んだりして開店時間の10時を待つ。
「今日の最初のお客さんは、誰かしらね」
「決まっているでしょう、そりゃ俊夫よ」
瞳が時計を見る。
時間は午前9時20分の少し前だ。
キャッツアイによる犯行があった翌日は、必ず開店前に内海刑事が来て、瞳に仕事の愚痴をこぼすのだ。
「今頃は課長さんに怒鳴られている頃かしらね」
「毎度のこととはいえ、心が痛むわ。いい加減、他の部署に異動になってくれないかなあ」
二人が噂をしていると、入り口のベルが鳴った。
「はーい、いらっしゃい」
にこやかな表情で瞳が振り向く。
だが現れたのは、俊夫ではなく若い女だった。
長い銀髪に薄茶のサングラス、そして赤いジャケットとタイトスカートでビシッと決めている。
発される空気から、それが昨晩の女だとすぐに瞳は悟った。
「キャッツアイブレンドを、ホットでお願いするわ」
強張った表情の瞳をよそに、キャッツハンターはカウンター席へと座る。
そして煙草に火を点け、フウッと大量の煙を吐いた。
「お客様、申し訳ありません。当店は禁煙となっています。それに開店時間はまだですので、どうかお引き取り願えませんか」
仕込みの手を止めた泪が、キャッツハンターに注意をする。
その口調は穏やかだが、目には厳しさが宿っていた。
瞳の目配せで、既に女が敵であることは悟っている。
「あらごめんなさい、日本にはまだ来たばかりだから、注意書きが読めなかったのよ」
流暢な日本語でそう答えつつ、キャッツハンターは床に落とした煙草を足で踏みつけた
そして敵意を込めた視線を瞳へ向ける。
「昨日のことで私に勝ったとは思わないことね。あなた達キャッツアイとの勝負は、これからが本番よ」
「お客様、何を言っているかよく解りませんが……」
とぼけた瞳の前に、キャッツハンターが写真を置いた。
それはレオタード姿で美術館の屋根に立つ瞳の姿だった。
写真の中には警察官に変装し、絵を盗んでいる泪と愛の姿もある。
「なるほど、昨日の盗みは全て、あなたの罠だったというわけね」
銀髪の女を睨みながら、泪が言った。
この喫茶店をすぐ見つけたのも、おそらく絵に発信器を仕込んでいたからだろう。
ここまで用意周到に絡め取られては、正体を隠すことは無駄であった。
「察しが良くて助かるわ、それでは本題に入るわよ」
そう言うとキャッツハンターは、一枚の地図を泪と瞳の前に差し出した。
岬に建てられた大きな洋館に、蛍光ペンで丸がついている。
「キャッツアイ、私とゲームをしましょう。ここにハインツコレクションの一つ、『古城の冬』があるの。もし盗み出せたら、絵とこの写真のデータはあなた達に差し上げるわ」
横柄に反りかえりながら、キャッツハンターが言った。
泪と瞳に緊張が走る。
彼女の目的は、キャッツアイを捕まえることだ。
この場所が罠であることは考えるまでもない。
「ゲームの開始は、明後日の深夜0時。もし時間通りに来なければ、あの写真は内海刑事の所へ行くことになるわ。ここでの生活を捨てるか、それとも私と勝負をするか、3人でよく話し合って決めなさい」
そう言うとキャッツハンターは、立ち上がって瞳と泪に背を向けた。
そして肩越しにヒラヒラと手を振りながら、店から出て行った。