盗みのチャンスは一度だけ BAD END 作:muzineki
午後4時、平山邸秘書室。
その場所に机を与えられた泪は、翻訳担当の秘書として働いていた。
「室長、こちらの資料の翻訳、終了しました」
泪は書類の束を、上司である瀬口に渡す。
瀬口はそれに目を通すと、ウンウンと満足そうに頷き判を押した。
「専門用語が多い資料なのに、仕事が早くて実に解りやすい。まったくいい人材が来てくれたものだ」
「ありがとうございます」
泪がぺこりと頭を下げた。
その瞬間、僅かに見えた胸元に瀬口の視線が集中する。
「いただいた仕事は全て片付きました、ほかに何かありますか?」
「えっ……ああ、そうだね……」
胸元を見ていた事を誤魔化すため、瀬口はコホンと咳をする。
そして目の前のPCを操作し、スケジュールを確認した。
「なら会長の部屋で、お客様の接遇をお願いしてもかまわないかね? 翻訳担当として雇った君に頼むのは、少し心苦しくはあるのだがね」
(平山の部屋!)
泪の眉がピクリと動く。
瞳を探すのが目的の泪にとって、それは願ってもない仕事であった。
「是非やらせてください、そういう仕事、私は好きなんです」
「そう言ってくれると助かる。お客様は衆議院議員の矢崎先生だ、くれぐれも粗相のないよう頼むよ」
「わかりました。」
泪は瀬口に一礼すると、部屋から出て行った。
事務室から出た泪は、平山の私室へと向かった。
平山の居住区となる建物は、泪が働く本館から離れた場所にあって、そこまでは渡り廊下で繋がっている。
真っすぐの廊下を歩きつつ、泪は屋敷の構造や防犯システムの設置個所を頭に叩き込んでいく。
超人的な記憶力を持つ彼女にとって、それは一目見るだけで充分であった。
(さすがに警戒厳重ね)
死角なく設置されたカメラと警報装置に、泪はため息をついた。
そして前方に見えるロボットを見て、はっと美貌を強張らせる。
平山邸の廊下には、常に警備用ロボットが巡回していて、すれ違う度に必ず顔や身体をサーチされるのだ。
そしてその度に泪は、背中に冷や汗を感じてしまう。
(瞳が捕まっている以上、私もキャッツとして疑われている可能性が高い。もし来生泪であることがバレたら、一巻の終わりね)
セキュリティへの対策のため、泪は特殊なシリコンを使って耳や鼻の形を変えて変装している。
これで平山邸の顔認証システムを誤魔化せることは、愛と何度も確認をしたが、それでも絶対の保証は無い。
泪は緊張しつつ給湯室へ入ると、丁寧にお茶を入れた。
そして平山の部屋へと向かった。
「失礼します」
扉の前に立った泪が、ノックを3回する。
するとセキュリティが作動し、扉に設置されたカメラが泪の職員証と顔を読み取った。
「職員コードDWF8899、秘書室所属、槙村冴子。顔認証オヨビ声紋認証ニヨリ同一人物デアルコトヲ認メマス」
合成音声とともに扉が開く。
本来の声を記録されないよう、泪の口内には変声器が入っている。
声紋認証への対策もぬかりはない。
「秘書室の槙村です、失礼します」
お辞儀をした泪が、部屋の中へと足を踏み入れる。
するとピカピカに磨かれた床に、スカートの中身が映っていることに気が付いた。
「きゃっ!」
お盆の上の茶碗がガタンと揺れる。
鏡張りになっている床には、スラリと伸びた長い脚と下着が映っていた。
「すまないね槇村くん、これもセキュリティのためだホイ。ワシは仕事を自宅ですることが多いから、機密を盗まれないよう、こうしているのだホイ」
「は、はぁ……」
返事をしながら、泪は太腿を閉じた。
奥のソファーに座る客人が、床に映る泪の下着を凝視していることに気が付いたからだ。
(まったく、法務大臣が聞いて呆れるわ)
客人である矢崎衆議院議員の視線を気にしつつ、泪は平静を装う。
そして茶碗の底を雑巾で拭き、茶碗の絵柄が矢崎の正面になるようお茶を置いた。
「どうぞ」
「ほぅ、マナーができている。最近のお嬢さんにしては珍しいな」
矢崎はポンポンとソファーの隣を叩いた。
隣に座れという事らしい。
(ちょ……ちょっと、ここをキャバクラとで思っているの?)
矢崎の行動に固まる泪だが、雇い主である平山が止める気配はない。
それどころか指示に従うよう、目配せまでしてくる。
(まずいわね……矢崎はともかく、ここで平山の機嫌を損ねるわけにはいかないわ)
泪は小さくため息をつくと、覚悟を決める。
そして潜入調査を続けるために、矢崎の隣に着席した。
「それではお言葉に甘えて、失礼します」
硬い声で言いながら、泪は矢崎の隣に座った。
ソファーはお尻の部分が深めになっていて、座る事によってスカートの裾が上がり、太腿が露出してしまう。
その上に矢崎は、断りもなく手を乗せてきた。
「きゃっ!」
露骨なセクハラに、泪は思わず声を出した。
だが矢崎は気にすることなく、さらに泪の肩に手を回してくる。
「槙村君といったね」
「は、はい……ひっ!」
矢崎は泪の肩に置いた手を、露骨に胸のふくらみに近づけてきた。
スーツに包まれたグラマーな身体が、ピクっと跳ねる。
しかし悲鳴を出すことは、ぐっとこらえた。
(我慢しないと……それに、これはチャンスだわ)
泪は隠し持っていた盗聴器を、矢崎のポケットの中に入れた。
平山がこの屋敷で、時おり政治家や大企業の社長を集めて何かの会合を開いていることは、事前に調べてある。
矢崎もその参加者の一人であるため、ひょっとしたら何かの情報を拾えるかもしれない。
そう期待しての行動であった。
「うんうん、いい体つきだ。最近の女は少し触ったくらいで騒ぎ立てるものだが、大和撫子なら男に従順であるべきだよ。いいね、気に入ったよ」
泪が抵抗しないのをいいことに、矢崎の手はさらに厚かましさを増す。
今度は太腿に置かれていた手を、膝の間へと差し込んできた。
「きゃぁっ!」
さしもの泪もこれには我慢できず、矢崎に抵抗する。
「や、やめてください」
とっさに泪は矢崎の手を掴み、脚をよじり合わせた。
だがそんな抵抗をものともせず、矢崎の手は太腿を割り裂くように奥へと進む。
「い、いやぁ」
美貌を朱に染めながら、泪は小さく呻いた。
矢崎の手は最深部まで侵入し、その指先は股間に秘められた部分へ到達する。
ショーツにより保護されている部分を、矢崎の指が下から上へネットリと撫で上げる。
「ああっ!!」
高い声で泪は喘いだ。
もしかしたら、その声は部屋の外へ漏れたかもしれない。
さすがにまずいと思ったのか、ここで平山が助け舟を出した。
「矢崎先生、そろそろ勘弁してやってくださいホイ。どうせ今晩は、例の女で楽しむのですから……」
(例の女……?)
平山の言葉に、泪がピクリと反応する。
「ああすまない、槙村君だっけ? 私は平山さんと話があるから、君はもう帰っていいよ」
そう言うと矢崎は、野良犬でも追い払うかのように手を振った。
ごく自然に、泪にした行為など全く気にも留めない様子で。
あまりに傲慢な態度に、さしもの泪も爆発寸前となるが、何とかこらえて男たちの前で一礼する。
「失礼しました」
そう言うと泪は、バタンと扉やや強めに扉を閉めて、平山の部屋から出て行った。