盗みのチャンスは一度だけ BAD END 作:muzineki
「あうっ! くぅっ! きゃぁっ!」
館長室へと戻された瞳には、すぐに制裁が与えられた。
手錠を嵌めたまま両手を吊るされ、つま先が床とかろうじて付く状態で、前後から鞭で打たれている。
「ひいっ! あっ! きゃああっ!!」
ボディーガードの男達が、先ほどの恨みととばかりに、容赦のない鞭を瞳に浴びせる。
ビシッ、バシッという音と共に、悲鳴が上がり、青いレオタードに包まれた身体がダンスを踊る。
「全く、手間のかかる野良猫だホイ」
平山はそう呟くと、ブランデーの入ったグラスを傾けた。
そして女怪盗への制裁を鑑賞しつつ、これからの事を考える。
予定では夜明けまでに写真撮影と指紋採取を行い、取り調べをするつもりでいた。
しかし脱走騒ぎのおかげで、時間を大幅にオーバーしている。
朝までには、マスコミや警察への応対を考えねばならないし、美術館の事後処理もある。
逸る気持ちを抑えて、平山は一部の予定を翌日へ持ちこすことに決めた。
「そろそろ止めろホイ」
平山の声で、ようやく鞭の連打が終了した。
がっくりと項垂れた瞳の身体が、吊るされままゆっくりと回転する。
「命令に逆らうから、こういう目に合うホイ、理解したら二度と逆らわない事だホイ」
平山が言うと、ボディーガードの男達が瞳を下ろした。
グラマーな身体がガクリと崩れ、ごろりと横に転がる。
荒い息には、時折苦鳴が混ざっていた。
「休んでいる暇は無いぞホイ、キャッツアイ。次は写真撮影を行う、まずはこれを持てホイ」
そう言って平山が差し出した板には『〇月〇日午前0時48分、キャッツアイ、平山美術館にて逮捕』と書かれていた。
その下には、WLA0116という番号がある。
「これはお前の囚人番号だホイ、必ず覚えるように。さあキャッツアイ、その板を持ってあの壁の前に立つんだホイ」
平山が指示した場所には、目盛りの刻まれた身長表があった。
壁の前には、三脚を使ってセットされたカメラがある。
鞭打ちで痛めつけられ、逆らう気力も失った瞳は、のろのろと身長表の前に立った。
そして手錠を嵌められた両手で、自らの敗北を証明する板を胸の前に掲げた。
パシャッ!
シャッター音が鳴り、瞳の青いレオタード姿が正面から撮影される。
「ちゃんと背筋を伸ばすんだホイ!」
平山は怒鳴りつつ、リモコンを瞳へと向けた。
首輪への電気ショックの恐怖に、瞳は慌てて背筋を伸ばす。
するとカメラのシャッター音が連続で鳴った。
パシャッ! パシャッ! パシャッ! パシャッ!
「よし、次は横を向くんだホイ」
続いて右側面から、撮影が開始された。
顔のアップと全身が、何十枚と撮影される。
左側面、そして後ろ姿も同様に撮影された。
撮影は執拗に、平山が満足する絵が撮れるまで続けられた。
「次は指紋採取だホイ」
続いて瞳は、銀行ATMのような機械の前に連れて来られた。
そこで全ての指、指の側面、手のひらの指紋を念入りにスキャナで読み取られる。
さらに口内を綿棒で突かれた。
そして舌の裏側から粘膜を採取され、DNAまで採取された。
「これで検査終了だホイ」
粘膜を採取した綿棒を、平山はニヤニヤと笑いながらジッパー付きのビニール袋へ入れた。
その姿に瞳は生理的な嫌悪を感じた。
「本格的な取り調べは明日から行う。それまでお前には、当美術館の留置場に泊まってもらうホイ」
平山が指をパチンと鳴らす。
すると館長室の扉が開き、警備用ロボットとメカドックが現れた。
「お前の監視はこのロボット達が行う、仲良くするんだホイ」
平山が命じると、ロボット達が部屋の中へと入って来た。
そして手錠をされたレオタード姿の女を囲み、カメラになっている目で何かのサーチを始めた。
「囚人番号WLA0116、本名不明、通称キャッツアイヲ認識、コレヨリ最優先監視対象二指定シマス」
「囚人番号WLA0116、抵抗シタ場合、我々ハ実力デ制圧スル事ガ許可サレテイマス、命令ニハ従ウヨウニ」
警告が終わると、ロボットがゴム弾の銃口を瞳に向けた。
メカドックも唸り声を出して、瞳を威嚇する。
彼らに敗北している瞳は、それだけでビクッと反応し、反抗心を削がれてしまった。
「さあキャッツアイ、歩くんだホイ!」
ロボットに囲まれたまま、瞳は館長室を出た。
隠し扉から地下へと降り、狭いコンクリートの通路を進む。
その先には、鉄格子で遮られた狭い空間があった。
「囚人番号WLA0116、入リナサイ」
ロボットが言うと、ガラガラと音を立てて鉄格子が開いた。
中はマットと毛布、そして洋式便器の他には何も無い。
牢屋としか言いようが無い空間であった。
「これが当美術館の留置場だホイ、いい場所だろうホイ」
嘲るような言葉に、瞳は唇を噛む。
「キャッツアイ、お前の取調べは昼から行う。それまで逮捕された現実をじっくり噛みしめつつ、身体を休めてくれホイ」
ガラガラと音を立てて、鉄格子が閉まる。
檻の中に入ったレオタード姿の女怪盗を、平山は薄ら笑いを浮かべつつ、しばらく鑑賞する。
そして勝利の余韻を味わった後、ようやく留置場を立ち去った。
(ようやく行ったわね)
太った館長の姿が消えると、瞳はすぐに立ち上がった。
そして手錠を嵌められた手で、鉄格子や壁を探り始める。
(ダメね、とても脱獄できる場所じゃ無いわ)
鉄格子を両手で掴みながら、瞳はため息をついた。
牢屋には、窓も換気口もない。
ステンレス製の鉄格子は電子ロックで、自力での開錠は不可能。
外からは警備用ロボットとメカドックが、常に瞳の動きに目を光らせている。
仮に牢から出られても、手錠と電気ショック付きの首輪を嵌められたままでは、逃げることなど不可能だ。
(チャンスがあるまで待つしか無いわ、でも平山が言う『取り調べ』に、私は耐えられるかしら……)
瞳は心の中でそう呟くと、薄いマットの上に身体を横たえた。
そして目を瞑り、少しでも体力を回復するよう努める。
それが今の瞳の出来る、唯一のことであった。
こうして怪盗キャッツアイ、来生瞳の囚人生活が始まった。