※この作品はR-18です。

盗みのチャンスは一度だけ BAD END   作:muzineki

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9:独房での一夜

瞳への訓示が終わると、今度は刑務所の規則についての説明が行われた。

ビデオやテキストを使って、囚人の言葉遣いや作法が徹底的に叩き込まれる。

長い授業が終わると、今度は入牢が命じられた。

平山の号令に従い、瞳は軍隊のような行進をして廊下を歩かされた。

 

「いっちにぃ! いっちにぃ!」

 

コンクリートの廊下に、瞳の掛け声が響く。

腕を肩の高さまで上げ、歩く度に声を出す。

 

「脚の上げ方が足りないホイ!」

 

「あうっ!」

 

鞭で背中を撃たれた瞳は、指摘された通り足を腰の高さまで上げた。

囚人の動作は、『気を付け』『礼』『直れ』といったものから、歩き方まで細かく定められている。

少しでも間違えれば懲罰対象となり、抗弁は絶対に許されない。

 

「顔は常に正面、指先は真っすぐだホイ!」

 

今度は尻へと鞭が振り下ろされる。

 

「くぅっ! わ、わかりましたご主人様! いっちにぃ! いっちにぃ!」

 

鞭の痛みを堪えつつ、行進を続ける瞳。

最初は簡単にしか教えず、細かい失敗を指摘しては、折檻を与えて修正させる。

そうして囚人をいたぶって楽しむのが、平山のやり方であった。

 

(くっ……まったく陰険ね……)

 

鞭打たれるごとに、唇を噛んで屈辱に耐える瞳。

それでも運動神経の良さが幸いし、教えられた動作はすぐに覚えた。

だが理不尽に怒鳴られ、鞭打たれる現実に、自尊心は確実に砕かれていく。

 

「フフフ……悔しいのなら逆らっても良いのだぞホイ」

 

「んっ……!」

 

尻の柔肉を掴まれた瞳が小さく呻く。

手足の拘束は無く、振り払う事は可能であった。

だが引き締まったウエストに巻かれた黄色い長布が、真横を歩くロボットに繋がれているのを見ると、とても反抗する気にはなれなかった。

 

「うんうん、やはり腰布のアクセントがあるとレオタード姿が映えるホイ。これを腰縄に改造したのは大正解だったホイ」

 

ヒップを執拗に揉みこみながら自画自賛する平山に、瞳は侮蔑の視線を送る。

それが囚人に堕ちた彼女にできる、精いっぱいの反抗であった。

行進のため再び前を向くと、先導するメカドックの姿と、そして死角なく監視カメラが設置された通路が見えた。

 

(警備はやはり厳重ね……)

 

通路には警備用ロボットが巡回していて、常に瞳に目を光らせている。

少しでも逆らえば即座にチョーカーへの懲罰が行われ、ロボット達に叩きのめされるのは見ていた。

今の瞳には、屈辱に耐えて命令に従う事しか許されない。

 

「いっちにい! いっちにい! いっちにい!」

 

瞳の掛け声が通路に響く。

そんな行進に慣れてくると、目の前に分厚い金属の扉が現れた。

平山が生体認証で扉を開くと、中はさらに鉄格子で遮られていて、その先には扇形の空間が広がっていた。

 

(なるほど、ここが平山の泥棒コレクションの隠し場所、というわけね)

 

それは一目で監獄とわかる造りであった。

中央には監視台があり、奥には独房と思われる鉄扉が規則正しく並んでいる。

中にはきっと、平山に捕らえられた『泥棒コレクション』たちがいるに違いない。

 

(今日からは私も、そのコレクションの一人。でも脱獄のチャンスは必ずあるはず。希望を失わないよう、気をしっかり持たなければ……)

 

弱気になる自分を奮い立たせながら、瞳は独房へと歩みを進める。

独房の扉には、それぞれ囚人番号が書かれたプレートが貼られていて、扉の前には警備ロボットが1台ずつ配置されていた。

 

「この平山私設刑務所の看守業務は、全てロボットが行っている。監視もカメラとAIを活用しているため、その気になれば無人でも管理できるホイ」

 

その言葉を、平山は心の底から誇らしげに言った。

 

「ワシはいずれ、この刑務所のシステムを政府に売り込むつもりだホイ。そうすれば24時間体制で完璧な囚人の管理が可能となるし、看守の負担も最小限で済む。どうだ、素晴らしい思わんかねホイ」

 

平山の言葉に、瞳は侮蔑の視線で返答した。

どんな優れた設備であっても、結局のところ運用するのは人間だ。

自分の尻を撫でながらご高説を垂れるような男が運用しても、それはきっとろくな結果にならない、そう皮肉を込めた視線であった。

 

「行進、止め!」

 

獄舎の最も奥にある部屋の前で、瞳は立ち止まった。

分厚い扉には、瞳の囚人番号が書かれたプレートが貼られている。

 

「来生瞳、ここがお前の独房だホイ」

 

電子ロックが解除され、横開きの扉が開く。

背中を押され独房に入った瞳は、ごくりと唾を飲んだ。

 

(覚悟はしていたけど、これは酷いわね)

 

その独房は奥へ細長く圧迫感のある造りで、広さは3畳も無い。

手前は畳が敷かれていて、奥はリノリウムの床に流しと便器が設置されている。

壁際には畳まれた布団と毛布、その上にはちり紙数枚と歯ブラシが乗っていて、これが生活用品の全てのようだ。

天井には埋め込み式の照明、そして四隅にはそれぞれ吊り下げ型の監視カメラ。

囚人を徹底して監視するつもりなのだろう、センサーやマイクらしき物もあちこちに設置されている。

おまけに壁は柔らかいマットだ、自殺さえ許す気が無いらしい。

 

「来生瞳、就寝時間まで正座して待機だホイ!」

 

ため息を抑えつつ、瞳は命令どおり入り口の方を向いて正座する。

すると4台の監視カメラが金属のアームを駆動させ、顔の高さまで降りて来た。

カメラは瞳を四方から囲むようにして、ゆっくりと動きながら冷たいレンズを向ける。

 

「囚人番号WLA0116、キスギヒトミ、通称キャッツアイノ生体データヲ登録。只今カラ生活行動ノ撮影ト記録ヲ開始シマス」

 

「房内ノ全センサーヲ作動。身体データ、動作ノ常時スキャン、オヨビAIニヨル分析ヲヲ開始シマス」

 

「囚人番号WLA0116ハ許可ガアルマデ正座ノ姿勢ヲ維持。命令違反ハ即座ニ懲罰デス。ナオ囚人ニ抗弁ハ一切認メラレマセン」

 

合成音声による警告が発される。

カメラは金属のアームを駆動させ、瞳の周りをゆっくりと回りながら、全身を探るように動きはじめた。

 

「これはワシの開発した自動追尾式の監視カメラだホイ、お前の動きは指一本すら見逃さん。少しでも命令に逆らえば、AIが判断して自動的に電気ショックの懲罰を与える。大人しくしているのが身のためだぞホイ」

 

勝ち誇ったように、平山は瞳の顎を持ち上げた。

それが脅しでないことを理解している瞳は、諦めた表情になる。

拘束はされてなくても、自分の意志で指一本さえ動かすことが許されない。

文字通りに平山のコレクションとなった事実に、絶望的な気分になる。

 

ガラガラガラ……ガシャン!

 

独房の扉が閉められる。

一人残された瞳に、監視カメラからさっそく警告が行われた。

 

「囚人番号WLA0116! 手ハ太モモノ上へ置キナサイ!」

 

チカチカと威嚇灯を発しながらの警告に、瞳は反射的に手を太ももの上に置いた。

 

「囚人番号WLA0116! 背筋ヲモット伸バシナサイ!」

 

続いての警告。

瞳はぴんと背を伸ばし、姿勢を正す。

 

「囚人番号WLA0116! 視線ヲ下ヘ向ケナサイ」

 

瞳は背筋を伸ばしたまま身体を倒し、視線を畳へと落とした。

あらゆる自由を奪われ、監視される惨めな立場を思い知る。

逃げ場の無い独房において、カメラの命令は絶対であった。

指一本、そして視線さえも自分の意志で動かせないまま、独房の中で時がゆっくりと流れる。

 

(これは……きついわね)

 

頭の中で瞳は呟いた。

身体が柔らかい彼女にとって、長時間の正座は苦痛では無い。

辛いのは、独房の異常な環境であった。

 

(このままでは……気が狂ってしまう……)

 

静寂の中、瞳の精神は早くも摩耗していた。

防音が完璧なのだろう、外からの物音は一切聞こえない。

そんな中、動くことも、独り言を呟くことさえも許されず、常に四方から監視カメラに見張られ緊張に晒される。

時間が経つごとに、それは拷問のような苦痛になった。

 

(一体、いつまでこうしていればいいの)

 

最初の頃は脱出方法を考えたり、好きな音楽を思い出したりして、瞳は苦痛を紛らわせていた。

だがそれも少しずつ頭がぼうっとして、出来なくなる。

房内の小さな物音が異常に気になり、耳障りになる。

頭の中がネガティブな思考に支配され、動悸が始まり、吐き気すら始まった。

 

(もう耐えられない……)

 

限界が訪れ、瞳の中で何かが壊れた。

頭の中で必死に静止しても、身体が言う事をきかない。

そして遂に、瞳は顎と視線を上げてしまった。

 

「囚人番号WLA0116ノ命令違反ヲ確認、懲罰ヲ開始シマス」

 

無慈悲な合成音声が独房に響く。

瞳が青ざめると同時に、首輪に電気ショックが流された。

 

「キャァァァァァッ!!」

 

狭い独房の中に、瞳の悲鳴が響く。

5秒間の電気ショックが2度流され、瞳は畳の上でビクビクと身体を反り返らせ悶絶した。

 

「かはっ! はぁ……はぁ……はぁ……」

 

畳の上に倒れた瞳は、身体を弛緩させていた。

全身に汗が浮かび、半開きになった口からよだれが垂れる。

平山美術館で捕まってから、何度受けたかわからない電気ショックの懲罰。

慣れる事は未だにできず、恐怖だけが体の芯に残り続ける。

 

「囚人番号WLA0116、1分以内ニ正座ノ姿勢二戻リナサイ」

 

「はい……わかりました」

 

瞳は監視カメラに敬語で返事をすると、正座を再開した。

体を震わせつつ、背筋を伸ばし、手を太腿の上に置いて、視線を下へ向ける。

 

「囚人番号WLA0116」

 

「は、はい!」

 

監視カメラの呼びかけに、瞳はビクッと身体を震わせた。

 

「言葉使イニ気ヲ付ケナサイ、返事ノ後ニハ必ズ『先生』ヲ付ケルヨウニ」

 

「わ、わかりました、先生」

 

瞳は大きめの声で返事をした。

美貌はすっかり強張り、恐怖に支配されている。

いったん懲罰を受けたことで、瞳の中で監視カメラの存在は更に強くなった。

緊張はさらに増し、カメラが動くたびに恐怖する。

狭い独房の中、瞳が監視カメラの奴隷になるまで時間はかからなかった。

 

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