奴隷ですよ、異世界の 作:名無しの奴隷
「ここ、どこ……?」
視界の明滅。
眼を開くとそこは異世界だった。
「えっ、あっ、ええぇぇ……」
聞き慣れない言語。
にもかかわらずその内容は理解できる。
空に浮かんだ二つ月や、道行く人々に明らかに自分の知る人間とは異なる人間――角が生えた人間や獣の特徴を有した人間がいることで自分が異常な光景を目にしているとわかった。
いや――正確には自分にとっての異常が、今目の前にある光景の中では正常だということが。
「い、せか、い?」
学校の図書館で読んだラノベ。
自分も買ったラノベ。
現状を端的に表現するならば――異世界。
それしかなかった。
「ぶぇっくし!」
初夏だったはずの気温は酷く寒い。
幸いなことに移行の遅いタイプだったため半袖ではなくワイシャツを着ていたがブレザーはなく、冷え澄んだ寒空は容赦なく風を吹き運ぶ。
「んぁ~……」
口端から漏れた僅かな唾液を袖で拭い、気づく。
周囲の視線が少しではあるが集まっている、と。
気づき、考えれば、理由を悟った。
周囲の人間はフィクションであるような色とりどりな髪をしていて、真っ黒というのはほとんどいない。
正確には黒髪は見かけるが、それはメッシュであったりツートンカラー。
そして、同じく髪でいえば髪型も特徴的で、これまたフィクションであるような奇抜な形を周囲の者たちはしていて、彼はあくまでも彼の中での常識的範疇。
つまりは撫で下りたストレートヘアー。
「観ないでくれよぉ……」
足早に移動し、雑踏の中でわしわしと髪を掻き乱す。
そうして最低限、真っすぐな髪を荒らして違和感を落とした。
「うわぁ」
流されるように辿り着いた大広場。
そこには大きな石像が建っていた。
剣と防具を纏った全長五メートルほどの大きな白の石像。
凛々しい表情をした偉丈夫の鎮座する土台にはこの国の文字と思しきもので『初代国王 ルートヴィヒ』と刻まれている。
「なあ、これって――」
国王が武具を身に纏う。
それが儀式的なデザインならば深くは気にしなかっただろうが、そこにあったのは実用性を突き詰めたであろう国王を称えるには無骨が過ぎる装備。
気になり、石像を護る任務を受けているであろう衛兵の男に石像を指さしながら尋ねた。
「ああ、これは――」
振り向いた衛兵が目を向ける。
瞬間、僅かな硬直ののち衛兵は笛を吹いた。
「不敬罪で逮捕する!」
「えっ、あぐッ!? っつー……な、なんでぇ?」
笛の音に動揺し、逮捕の言葉に思考が停止。
周囲の視線が一気に集まる。
と同時に衛兵によって組み伏せられ、成人男性に鎧の重さを加えた重量が落下の衝撃とともに身体を打った。
強烈な痛みと持続する圧迫感。
打った額の痛みなど気にならないほどに動揺し、反射的に不可能にもかかわらず抵抗する。
「うぐぁああああッ!!」
「動くんじゃない!」
停止した思考のまま抵抗をしたからか呻き声しか出ない。
衛兵はその口に篭手を纏った左手を噛ませ、右手を首裏に当てる。
篭手に一瞬だけ光の筋が奔り、直後抵抗どころかその意識が失われた。
「ふぅ、なんなんだコイツは」
その背から身を退かし、縄で拘束。
少しして笛の音に反応した他の衛兵たちが集まってくる。
事が済んだことを理解し、衛兵たちは僅かな意思疎通ののち一人の衛兵が石像周りの衛兵に変わった。
そして元々その仕事を行っていた衛兵は他の衛兵の力を借り、拘束した不敬な者を牢屋へと移動させる。
―――――
「おらッ、そこが今日からお前の住処だ!」
ゆとりの乏しい手枷と、多少マシだが窮屈な足枷をつけられたまま汚い牢屋へと投げ込まれる。
「ぅ……」
着ていた制服は奪われ、ないも等しいボロ布が一枚、腰に。
履いていた靴もなく、裸足は血と土に塗れていた。
「かっ……」
咳き込もうとするがかすれてそれすらも出ない。
初めに居た街で二日。その間食事は硬いパン二つと酷い臭いのする水が三杯。
牢は硬く、寝具はなく、睡眠も不充分。
そこから三日三晩寝ずの移動。
早朝に出発し、昼に一度経由地に寄り、そこまで運んで来た者たちと別れて経由地の衛兵たちと次の経由地へ休みなく移動。
飛脚のリレーのごとく、衛兵は経由地を、そして奴隷たちは荷物として休みなく。
荒れた大地と吹く寒風は過酷そのものだった。
「よぉ、ヒデェ面してんなぁ」
「……」
語り掛けてきたのは瘦せこけた灰髪の女。
男女が同じ牢屋に。その疑問すら出せないほど彼はボロボロだった。
「わっちはゼェリカミュ。お前は?」
「……鉄。
「テツか。これ、飲むか?」
「ぅぁ……」
汚れたコップ。
入った液体も僅かに白く濁ったもの。
だが水分。
それを得ようとテツは目を向け、一度疲労で倒れた身体はそう簡単には起き上がらなかった。
「ったく……」
そういうとゼェリカミュはテツに近づき、その身体を起こしてゆっくり口にコップを近づける。
「うッ……」
「まだ飲み込むなよ。口に含んで、ゆっくり染みこませるんだ」
三日ぶりに得た水分。
雨が降ればそれを飲んだだろうが不幸にもそうはならなかった。
干乾びた喉に水は劇物。
それを理解して指示をする。
「あ、りがとう……」
「手間がかかるよ、まったく……。今日は出来る限り寝とけ、明日働くんだから」
「あ、あ……」
―――――
「手を止めるな新入り!」
「ッ! ぐッ……!」
ツルハシを振るう。
ツルハシを振るう。
ツルハシを振るう。
振るう。振るう。振るう。振るう。
起きてから、何時間も、休みなく。
過酷を知らない日本高校生男児の手など容易く剝け、それでも振るわされ、血が飛ぶ。
「はッ、はッ、ッはッ!」
何度も眠りと目覚めを繰り返し。
そして悪夢から醒めない、この現実は現実だと。
寒さも、苦しみも、痛みも、飢えも、渇きも。
全てが非情を突きつける。
「っぁ! ぁあッ! あ゙ぁッ゙!」
平凡な高校生程度の貧弱な肉体では過酷な労働は耐えられない。
疾うに限界を迎えた両腕は微かしか動かない。
それでも全身を、ツルハシを揺らし、どうにかツルハシを振るう。
足腰も力を振り絞るのが難しく、震え、それすらもツルハシの糧とする。
「ぁ゙ぁ゙ぁ゙」
気を抜くワケにはいかない。
力も常に全力を出すしかない。
一度抜けば、どうにか頭上に上げたツルハシは勢いを余らせて後ろへ、そして背を刺す。
幾度となく刺し、その背は血塗れ。
岩から生えた得体の知れない黒い石の樹を、ひたすら砕く。
そうしなければ、ノルマを達成しなければ食事もできない。
「よし! 奴隷ども、休憩だ!」
安堵の空気が広まる。
ツルハシを投げ置いてしまいたい。
そうテツは考えるが今朝の忠告を、道具を雑に扱えば罰というゼェリカミュの言葉を頭に全身で地に伏す。
「なんとか無事そうだな」
「……ュ」
「無理に喋ろうとしなくて良い。長いのも面倒だろうからカミュで良い」
「……とぅ」
呼吸交じりに感謝の言葉を発しようとするが、呼吸に邪魔され発せない。
酸素の足りない身体は全力で酸素を求め、呼吸を課す。
「そいつが新入りか?」
「そうだ。テツ、コイツはゼルバッロ、ギャンブル狂いのクソ野郎だ」
「うるせー、パーティー壊しのクソ女」
「で、コイツがテツだ」
「テツ……ぁ」
「ノルマは俺ら連帯。お前は足手纏い、ツケな。利子付きで返せよ」
「借金返せず奴隷堕ちした奴がンなコトやってんじゃねえ」
近づいてきたくすんだ金髪の男――ゼルバッロ。
頬は他の奴隷同様に痩せこけ、肋骨も浮き、だがそんな体格からは歪に発達した筋肉。
先輩奴隷二人は笑いながら軽口を叩き、周囲もにやりとしながら見守る。
「テツ、お前はなんで奴隷になったんだ? 雰囲気からして異世界人だろ」
「気が、ついたら、いて。……石像が、気になって、聞いたら……」
「……もしかして偉い人の像を指さしたか?」
「そう」
「馬鹿だな~」
「言うなゼル、異世界人がこっちの文化知るワケないんだから」
どうやらこちらの世界――この国ルートヴィヒでは偉い人間を模したモノを指さすなどの行為は不敬であり、不敬罪は重罪らしい。
民主主義となり、生まれついての地位など馴染みのない国で育ったテツにとって王制国家、権力主義というのは相性が悪かった。
「だいぶ、楽に、なった……」
「そうか」
「いくつか聞いても良いか?」
「なんだ」
「俺らって何してんの? 何掘ってんの?」
「知らん」
「……刑期は?」
「一生」
「……」
耐えれば。
そう考えていた自分の認識が甘いと知り、力なく倒れ込み、全身の悲鳴に呻く。
「は、はは……」
手足のアクセサリーは非常に頑丈で。
自由とは正反対だった。
なんとなーく設定を組んで、色々構築してる世界観にぶち込んだ
元々書いてた作品の時空から考えると結構過去の内に分岐した世界線
え? 他作品は、って?
自分で探して、どうぞ。現状の手掛かりは国名くらいかなぁ