正真正銘、現地の魔物です。(なお現代知識インストール済み) 作:⬛︎黒幕⬛︎
その世界には、大別して二種の生命が存在する。
一種は「人」。
我々の知る人間種と特徴をほとんど同じくする生命だ。
肉で構成される身体は魔力との親和性が低く脆弱だが、それなりに高い知能と他の追随を許さない悪辣さという強みも持っている。
もう一種は「魔物」。
魔力の結晶を核とし、魔力を用いて顕現させた種々の物質を纏って活動する生命。
その性質は千差万別であり、獣のように殆ど本能のみで生きる種から、高い知能を持ち魔力を自在に操る種までもが存在する。
全ての「魔物」に共通する特徴といえば、
さて。
そんな世界において、未だ「人」の手の及ばぬ領域の一角。
他の魔物を、「人」を須く侵食する菌類型の魔物たちで構成された広大な樹海。その地下に張り巡らされた、蟻の巣のような穴蔵があった。
蛇と人の特徴を有する魔物、
蛇人は魔物としては珍しいことに、血族の範囲を超えて大規模な群れを形成する生態を持つ。
中でもこの巣に住まう群れの個体数は千を超えていた。これは、基本的に家族単位以上で群れることのない魔物には非常に珍しいことだ。
そして彼らの住まう穴蔵は今や、「巣」と呼ぶことが憚られるほど複雑化し、他に類を見ないほど巨大に発展している。
狭いところでも直径五メートルを超える、適度な凹凸もありながら滑らかで丸みを帯びた通路。通路に沿って作られる、個体ごとの棲家となる玄室。巣の中心近くに作られた、幾つかの大きな空洞。そしてそれら全てを取り巻く、農業用の広大な空間。
それらは蛇人の魔法により補強されており、構造からは考えられないほどの強度を備えている。
また、豊富に設置された柔らかな魔法の明かりや焼き物、金属細工、カラフルな織物などで作られた家具の数々。そこには、確かな文明の息吹があった。
巣、というよりもはや地下都市のような様相を呈すそこの片隅を、一体の蛇人が這い進んでいる。
「人」と類似した形状の上半身を鎌首のようにもたげ、鱗に覆われた蛇のような下半身をくねらせて移動する姿は蛇人としては珍しいものではない。
……下半身に、脱皮しきれていない抜け殻がくっついていなければ。あと半泣きでなければ。
蛇人をはじめとした魔物の中には、排泄行為を行わないものも多い。
これは、魔物は構造的に魔力との親和性が高いことに関係している。彼らは無意識下の魔法により、取り込んだ物質をロスなく分解できるのである。そのため、体内に蓄積される老廃物が極めて少なくなり……必然的に排泄の必要性は薄くなるのである。
しかし完全に老廃物が生成されないわけでもない。なので方式は種によって異なるものの多少の代謝は行われており、それが「人」における排泄に相当する。
そして蛇人の場合、それは月に一度の脱皮。
といっても全身の皮を脱ぐわけではなく、鱗に覆われた下半身のみが脱皮するのだが。
そしてこの脱皮。生まれた時から本能に刻み込まれており、生後まもなくであったとしても完璧に行えるはずの動作である。
つまり、明らかに成体であるにも関わらず脱皮に失敗しているこの蛇人は………彼の名誉のため、これ以上の言及は控えよう。
さて、人目を避けながら巣の中を進んできた彼だったが、やっとのことで目的地に辿り着く。
そこは巣の外れ、彼にとっての恩人にあたる蛇人の棲家だった。
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「ふえええ〜、兄貴ぃ〜!助けてぇ〜!」
扉代わりに入り口に掛けてある玉すだれを掻き分ける音と共に自宅中に響いた舎弟の声に、
時期的に考えると、これはおそらく……あの弟分はまたもや脱皮に失敗したらしい。
情報魔結晶から展開していた発明品の設計用ホログラムデータを
廊下を経由して間仕切りの玉すだれをくぐると、玄関先でとぐろを巻いてべそをかいている弟分が視界に飛び込んできた。
その下半身には脱ぎかけの抜け殻がこびりついており、無理に皮を脱ごうとして新しい鱗まで剥がれてしまったのか血が滲んでいる箇所もあった。
────前回より酷くなっている。
「はー、しゃあねぇなあ。……手伝ってやるよ。こっち来い、ルメト」
ずんと重くなる気持ちを慎重に押し隠して、ララムは舎弟──ルメトを手招いた。
するすると寄ってきたルメトと共に、絨毯代わりのふわふわした菌類の上を這って風呂場に向かう。
…………こうして無邪気なルメトと言葉を交わすことが、だんだん辛くなる。それが嫌だった。
彼の身体の状態に気付いていながらろくな手も打てず、事実を本人に知らせもしない。そんな自分の無力さと傲慢が、彼の明るさに照らされて浮かび上がるようで。
蛇人の上半身は「人」に似ているが、差異も大きい。
そもそも下半身は蛇のそれであるし、雌雄同体でもある。
乳房と乳首は存在せず、蛇のような下半身の上部……「人」でいう鼠蹊部周辺にある性器は、スリットの中に収まっている。
他にも、体毛が髪とまつ毛以外に存在しない肌、「人」のそれとは異なり外耳のない耳、エラ下辺りに並ぶピット器官、額に表出した小さな魔石……上げていけばきりがない。
そしてその中でも一際目を引くのが、三対六本の多腕だ。
────だがルメトには、本来三本あるべき右側の腕が一本しかない。
その一本の腕も、「人」と同じく五本であるはずの指が六本になっている。
左側の腕はきちんと三本あるものの、一番上の腕には指が三本しかないし一番下の腕は孵化した頃の大きさからほとんど成長しなかった。
明らかな、奇形。
ルメトがうまく脱皮できないのも当たり前だ。本来六本の腕で行うはずの脱皮を、四本の不完全な腕で行うなど至難を極めて当然である。
その上、彼の脱皮を何度も手伝ううちに気がついたことだが……彼の身体はそもそも、脱皮のための代謝が正常に行われていないらしい。
脱皮前、古い皮の下に形成される新たな皮膚が古い皮に癒着してしまったり。そもそも新しい皮膚自体、うまく形成されなかったり。
また、左目もかなり視力が悪いように見受けられる。眼球自体殆ど動かないことから、もしかすると見えてすらいないのかもしれない。
おそらく……否。間違いなく、ルメトには先天性の疾患がある。
十中八九、彼が生まれた時のトラブルが原因だろうとは思っている。だが、断定することもまだできない。その程度のことしかわからない。
群れでは一番の博識と言われるララムも、蛇人の肉体の構造について、外見から分かる以上のことはほとんど何もわかっていないに等しいからだ。
理由としては、解剖などの手荒な研究を行えないことが挙げられる。当たり前だが、急に「同族をバラしたいです!体の中身が見たいんです!」などと言ってみたところで到底受け入れられるはずがない。それは周囲が、という意味でもあるし、蛇人らしく同族意識が強く共感能力の高いララム自身が、ということでもある。
そもそも魔法が得意な種族である蛇人にとって、大抵の不調や傷はなんとなく念じれば魔法で治せるものでしかない。そのせいで医術の類は全くと言っていいほど発展していなかった。
ルメトの脱皮周りの不調は年々、というか脱皮をするたびに悪化している。これは明らかによろしくないことなのでどうにかしてやりたいのだが、彼の疾患は蛇人が本能的に使える治癒の魔法では治らない。
一応、ララムが開発したある技術を使えば直せる可能性もあるが、その処置を安全に行うためには蛇人の体の構造を熟知しなければならない。故に、今の段階で行うにはあまりに危険すぎた。
誇張でなく、下手をして失敗すれば命に関わるからだ。
そうも言っていられない事態になったら、たとえ準備が万全でなくとも試すしかないが。
ここ最近、ルメトの不調の悪化が加速している。
猶予はそう遠からず尽きるだろう。そんな予感があった。
………ルメトはララムの心中など知らぬげに、能天気に笑う。
「ありがと、兄貴!いや〜、今回は行けると思ったんだけどなあ」
「いや今までの実績考えろ、どうしていけると思ったんだよ……」
そこは本当に謎だ。毎回散々な結果になることは分かりきっているというのに、どうしてそう毎回無謀な挑戦をするのか。
「ゔっ……いやまあそうだけど!挑戦なくして成長はないんだよ兄貴!」
だが頑固に諦めないでいるルメトを見る限り、思い止まらせるのは無理そうだ。
「じゃあせめて流血する前に諦めて俺んとこに来い」
「ひ、火の玉ストレート反対!」
ダメ元で小言を言ってみるものの……これは改善は期待できそうにないないな。
……などと、ルメトが脱皮に失敗する度に繰り広げられるお決まりの会話をしながら、風呂場にしている棲家の一室に行き着いた。
早速、風呂場に設置された大きなタライ状の湯船に張ったぬるま湯にルメトの下半身を漬け込む。
こうしてぬるま湯でふやかすことで脱皮がしやすくなるのだ。最近はそれでもうまくいかないことが多いが、少なくとも力任せに剥がすよりはマシになる。
「ふにゃ〜」
謎の鳴き声が上がった。ぬるま湯が気持ちよかったらしい。
「……気分悪くなってきたら言えよ、身体が熱くなりすぎるのもまずい」
なにしろ蛇人は変温動物なので。
「はぁい」
にこにこと嬉しそうにしながら湯船の中で身をくねらせるルメトにそう釘を刺したララムに、気の抜けた返事が返された。
沈黙が降りる。
「……大丈夫か?……あー、その、最近の調子とかそういうアレ」
皮がふやけるのを待つ間に出来上がってしまった気まずい雰囲気に、先に根を上げたのはララムだった。
ぎこちなく近況を尋ねる言葉と共に、背を向けて湯船の縁に寄りかかるルメトを窺う。
こてりと首が傾げられ、肩口で切り揃えられた亜麻色の髪がさらりと揺れた。
「ちょー絶好調。レナルカの姐さんは優しいし、兄貴が教えてくれた『ウタ』ってやつは好評だし」
普段通りの声音だった。少しだけ安心する。
背を向けたルメトの顔は見えない。
「……そういえばさ。兄貴はどうやって思いついたの?
話題が逸らされる。これ以上踏み込むな、と一線を引かれる感覚。
ここで誤魔化されずに追求してしまえば、今度こそルメトとの関係性が修復不可能なまでに壊れてしまうかもしれない。
それが恐ろしくて、ララムはいつも追求を諦める。
「……星と目が合った時に知ったんだよ。つーか、俺の妙なとこは全部そこから来てるって前に言ったろ」
何度も教えてきた、ぼやかした真実を口に出す。
「ああ、幼体の頃巣の外に出ちゃったって時のやつ?で、
いかにも半信半疑です、という雰囲気で言って、ルメトが振り返る。
もう誤魔化さないでくれ、と言いたげな右目の視線が刺さった。
「兄貴」
ああ、これだからルメトには敵わない。
こういう真剣な眼差しを向けられる度、……いくら普段は昔と同じように能天気にしていても……彼はもう瞳の柔らかい幼体ではないのだと思い知らされる。
一つ、深く息を吸った。
このまま真実の一端を隠れ蓑にはぐらかし続けるのも良くないだろう。
真実を話さないままでいれば、それを発端にルメトとの信頼関係──まだ残っているならだが──が崩壊しかねない。
問題はその「真実」があまりにも電波なせいで、ララムの正気が疑われるかもしれないことだ。
…………ルメトに気狂いだと思われて縁を切られたら生きていけないかもしれないので、ずっと打ち明けるのを渋ってきたのだが。
────流石に潮時だ、腹を括れ。
「笑うなよ……あの時多分、俺は────『何か』と
それを聞いてルメトの深緑の瞳孔がきゅうっと細まった。これは苛立っている時の仕草だ、案の定信じていないらしい。
こうなるだろうから話したくなかったのに。
「…………もう嘘で誤魔化してほしくないんスけど」
「嘘じゃねえ。てか今まで言ってたことも嘘ではねえんだよ。ぼやかしまくってはいたけどな」
大真面目に返すと、ルメトの表情が疑念100%から半信半疑程度に戻る。
なんだかんだで俺の言うことを信じてしまいがちな、こういうところは昔と変わらない。
幼体の頃は、俺に早く寝ないと
「親の目を掻い潜って、初めて巣の外に出て。初めて見るモノばっかなもんだから周りの全部が気になるわけ。そんで横をぐるっと見渡して、最後に上を見上げたら、天井がやばいぐらい高い……ように見えるじゃねえの」
これは巣の外に出、空というものを初めて見た蛇人にはありがちな感想だ。
今まで頭上にあるのは天井であるのが当たり前だった者にとって、初めて見る空は恐ろしく高い天井のように感じられることが多い。
「……で、それに驚いて仰向けに倒れて、そこで」
「星と目が合った」
それは本当に、そうとしか表現しようがなかった。
仰向けになったその時、ちょうど視界のど真ん中にあった一際明るい青白色の星。
その時はそれが巨大な何かの目のように見えて、それとがっちり目が合ってしまったような心地がしたのだ。
「んで。そう思った次の瞬間には知らないはずの情報が、記憶の中に大量にぶち込まれてた。…………あまりに俺自身のそれと違いすぎて断言できねえけど、多分……これは誰かの記憶だと思う。ただ、そいつが蛇人じゃないことは確かだ。魔物でさえないかもしれねえ。住んでるとこもここじゃなく、他大陸……どころか異次元かもしれねえな。────まあなんにせよ、俺の他の蛇人と違うところは、全部その『記憶』に起因してるって理解でいい」
言い終えて、恐る恐る直視する。
そこに拒絶が浮かぶのが恐ろしくて目を逸らしていたルメトの顔を。
そこに拒絶はなかったが、打ち明けられた全てを額面通り飲み込むこともしていないようだった。
「……それを信じろって言うの?」
ルメトが静かに、問いかけるように言う。
「…………少なくとも、俺にとっての真実ではあるよ」
ララムに返せるのはそれだけだった。
ルメトの下半身にこびりついていた抜け殻は、二人が会話している間にふやけて取れかかっていた。
オリジナル用語・設定の説明とか
蛇人のルビ(ミアーガ)→ラミアとナーガを混ぜていい感じにそれっぽく整えて作った造語
登場人物の名前→フィーリングでつけていく方針。よって特別な意味はない( ᐛ )
蛇人とかいう謎種族→俺の性癖特盛種族。額に宝石みたいな魔石がついてる蛇人間。え?雌雄同体で地下暮らしとか実質ミミズだろって?だ ま ら っ し ゃ い