正真正銘、現地の魔物です。(なお現代知識インストール済み) 作:⬛︎黒幕⬛︎
蛇人たちの生活は、基本的に巣の内側のみで完結する。
しかし、全く巣の外と関わらないわけでもない。
魔法を用いた農耕によって十分な資源を確保しているとはいえ、それとて一定量の元手は必要不可欠だからだ。それに、それだけではどうしても賄えないものが出てくる。
その確保のために定期的に巣の外に派遣されるのが、「遠征隊」と呼ばれる一団。
戦闘力と生存能力に優れる者達で構成された遠征隊は、巣の外から希少な素材や有用な資源を調達することを主目的として巣の外部を探索する任を負っている。
蛇人たちの巣の上に広がるのは、極彩色の広大な樹海。有機物であれば見境なく侵食し苗床にしようとする菌類型の魔物たちで構成されたそこは、耐性を持たない存在が立ち入れば一刻と持たず養分と成り果てる魔界だ。
しかし同時に、彼らの侵食に対する対抗策と高い知性を持つ蛇人のような魔物にとっては有用な資源の宝庫でもある。
遠征隊は、巣に籠っているだけでは手に入らない様々な資源を求めて樹海に分け入るというわけだ。
彼等の主要な確保対象は、樹海の菌類型魔物のうち浸食作用や攻撃性が比較的弱く、脅威度が低い種の胞子。
持ち帰られた胞子は巣の栽培部門によって栽培され、素材として使用可能な菌糸や子実体を殖やされる。それらを特性に応じて様々な用途に用いることで、彼ら蛇人は生活を成り立たせているというわけだ。
例えば、栄養価が高いものは食品に加工する、繊維を産出するものからは織物が作られる、感触が柔らかなものは床材として巣の内部に敷き詰めたり活着させたりする……といった具合に、菌類型魔物やそれを由来とする素材は蛇人達の生活の大部分を支えている。
大気中に様々な菌類型魔物の胞子が舞い散る樹海の中で特定の種の胞子のみを選別し持ち帰るのは至難の業だが、持ち帰った有用な種の栽培が成功し、素材の安定した供給が可能になれば巣全体の文明水準が上昇することさえあるため手は抜けない。
重要な役目を担う遠征隊だが、巣の外での活動には当然のように危険がつきまとう。
いかな蛇人とて、菌類型魔物の胞子が大気中を霧の如き密度で漂う樹海で魔法による防護と治癒が追いつかなくなれば、樹海の養分と成り果てることは避けられない。つまり、ただ活動するだけでも常に繊細な魔法を発動し続ける集中力と気力が必要となるのだ。
その上、樹海の侵食に耐えうる魔物は蛇人だけではない。
樹海には、その侵食をものともせず生息する強大な魔物たちが潜んでいる。
それは例えば、活動手段を得た菌類型魔物であったり。毒を纏っているために菌類型魔物を寄せ付けない魔物であったり。単純に生命力が強すぎるために侵食を跳ね除けることが可能な魔物であったりする。
共通するのは、どの魔物も蛇人が容易く倒せるような相手ではないということ。そして、高確率で蛇人を「餌」や「縄張りの侵犯者」として認識し襲いかかってくることだ。
せめて相手方に知性があれば交渉が可能かもしれない。だが生憎と今までの数千年間、蛇人たちが近隣で知性を持つ魔物を発見したことはない。樹海で出くわす魔物が話が通じる相手である可能性は無きに等しい。
よって遠征隊は、道中で遭遇する魔物との戦闘もこなさなければならない。
意識の集中や体力の管理における少しのミスが命取りとなる環境で、襲い来る魔物たちを相手にしながら探索を行い、有用な素材を取捨選択して持ち帰る。
遠征隊には、そんな過酷な任務の達成が求められるのだ。
死と隣り合わせの遠征に挑み、巣の発展に大きく寄与する彼らは巣の中で憧れと畏怖を以て讃えられる。
つまるところ、遠征隊に所属する者とはあらゆる点において強力かつ聡明な個体でなければならない。
そのため現在、新たに遠征隊に加わるためには現遠征隊員の過半数の推薦が必要となっている。勿論、巣の外の過酷さを知る隊員たちがそう簡単に推薦を行うはずもなく。遠征隊への加入は、巣の中にいくつか存在する組織の中でも最難関の狭き門であった。
故に、記録されている限り最年少で遠征隊へ参加し、五度もの遠征を生還したその個体は不世出の才媛として知られていた。
彼の名はルルム、ララムの産みの親である。
そんな彼が、遠征隊がもたらした素材を用いた幾つもの新技術を開発し、天才と称されたある長命個体────メトラと出会ったのは必然だったのだろう。
メトラは「研究室」に所属していた。
遠征隊が持ち帰った種々の素材を精査し、本当に危険性がないのか最終確認を行ったり、その利用法を考案したりする役割を担う部門である。
彼はその中でも一番の古株で、この巣が成立して間もない頃から生きる個体でもあった。
経験はもとより、知識量も頭脳の明晰さも右に出る者はいないと言っていいほどではあったが、彼が研究室の長である「室長」の任を受け持ったことは一度もない。
しかしそれを疑問に思う者は多くなかった。
何故なら、少しでも関わればメトラという蛇人がそうした役割には向いていないであろうことはすぐに理解できるからだ。
彼はあまりにむらっ気が強すぎた。
興味を惹くものには偏執的に執着し、その性質から利用法まで
逆に、興味のない事柄については視界から外れた瞬間にその脳髄から忘却される。
特に他者と関わることや自身の寝食に関してはかなり無頓着で、他個体の名前などは長く関わっているはずの研究室の同僚たちのそれさえ怪しい。また、放っておくと睡眠不足と栄養不足のために精魂尽き果てて倒れるまで興味の湧いた素材の研究だけを進め続けるのが常であった。
そんな有様であるにも関わらず彼が今までまがりなりにも生きてこられた理由は、仲間意識が強く心優しい蛇人たちの種族的性質にある。彼の周囲にいる者たちが、基本的な生命活動に対してあまりに無頓着な彼をよく気にかけ、何かと世話を焼いたのだ。
たとえそれが、名前も顔も覚えてくれない薄情な
メトラはそうした善良極まる同族たちの恩恵に預かって長くを生きる中で、いつしかその生来の偏執狂的性質から数々の素材の有用な用途を発見する。
特に大きな功績とされるのは、ある菌類型魔物の粘液から繊維を産出する方法の発見と、生育過程で刺激を与えると高熱を発する粘菌の発見だ。前者の発見は織物の安定した生産を可能にし、後者の発見は閉鎖空間ゆえ安易に火を焚けない巣内部での熱を利用した物品の加工を可能とした。また、それら以外にも弦楽器や管楽器、遊戯札や遊戯板などの娯楽品の開発に大きく関わってもいる。
若い個体であるルルムが彼と出会う頃には、メトラは巣の文明発展の立役者と名乗っても許されるほどの功労者として周知されていた。
彼らの初対面は、遠征から帰還したルルムが採取物の納品のため研究室に訪れた時のこと。
鋼色の髪と新緑色の瞳を持つその
そして、ちょうどその時分に遠征隊員の扱う武術に興味を傾けていたメトラは、ルルムに演武を見せろとせがんだ。
それが全ての始まりだった。
六振りの
架空の巨獣との戦闘を想定して行われたルルムのその演武に、メトラは魅了され──その興味は演武の舞手たるルルムにまで向いた。
他者に対し無頓着であったために誰とも親密となることがなかった彼が、初めて同族の一個体に興味を示したのである。
少し話が逸れるが、蛇人たちは雌雄同体であるが故に「友愛」と「性愛」の別を持たない。
また基本的に、仲が良い個体と番うという以外に婚姻に関する制限も存在しない。蛇人たちの善性故にそもそも婚姻形態を限定する必要が生まれなかったためだ。
まあつまり、メトラが初めて興味の対象となった同族たるルルムに恋情を抱いたのは蛇人的には特に不自然なことではなかったし…………ルルムの方もメトラを少なからず気に入っていたこともあり、二人の間に第一子が誕生するのはあっという間だった。
その仔はルルムとメトラから名の一部を取ってララムと名付けられることとなる。
彼らを悲劇が襲ったのは、メトラが第二子を身籠って暫く経った、その頃であった。