正真正銘、現地の魔物です。(なお現代知識インストール済み) 作:⬛︎黒幕⬛︎
特に食料として広く普及しているのは米粉パンのような食感とわずかな苦味、強い旨味が特徴の加工食品、
この菌類パンを主食として、生食用のキノコや菌糸を添えたものが一般的な蛇人の食事だ。
尚、栄養豊富な種を選び食欲にしているといっても所詮は菌類。肉や植物に比べると量の割に栄養価が低いため、蛇人の食餌は肉体の維持に必要な栄養の割には一度に食べる量が多い。ちょうど人間の食事一食分と同じぐらいだろうか。
食事の配給は、巣の中でも個別の棲家が集まる居住区画の中心部にある施設が担う。
巣の蛇人達の間では食堂、飯所などと呼ばれるそこは単に食料の配給場所かつ食餌の場であるというだけではない。
魔力以外の固形物を摂取できるまでに成長した全ての蛇人が──基本的に両親の棲家から出ることはない幼体さえ──訪れるそこは、蛇人達の社交の場としての役割も持っているのだ。
故に、惨劇が起こったその日。
ララムが、両親であるルルムとメトラと共に食堂にいたのは、そう────何の変哲もない日常のひと幕だったはずなのだ。
蛇人のルルムは、番と子と共に食事をするため食堂に訪れていた。
なお、食堂に来る前に家族で行った遊戯札での勝負はルルムが圧倒的な差をつけられて惨敗。
その結果を鑑みて行われた厳正なる家事当番割り振りの結果、食堂での注文係はルルムの担当となっている。
……明晰な頭脳を誇り「研究室の天才」とまで謳われているメトラはともかく、我が子たるララムまでもに惨敗したのは正直なところ衝撃だった。遊戯札は戦略だけで勝敗が決まる訳ではなく、動体視力や観察眼も大きく関わってくるものなだけにそれなりに勝算はあったのだが。
最近は瞳が硬化を始めた愛しい我が子はどうやら、ルルムが思っていたよりずっと優秀らしい。
武器の扱いを教えて欲しいと請われて始めた武術の稽古もなかなか筋がいいし、一時期伸び悩んでいた魔法の扱いも上手くなってきた。
ララムの成長の速さにはいつも驚かされる。
これだけ多岐に渡る才があれば、遠からず成体となる我が子は研究室でも遠征隊でも、その他でも……とにかく望む部門に就くことができるだろう。
過去遠征隊に所属し、巣の外の過酷さを知る者としては巣の中での活動を主とする安全な部門に就いて欲しい気持ちもある。
だが最後に決めるのはララムだし、もしも我が子が遠征隊への所属を望むなら元遠征隊員として、持てるすべての技術と知識を叩き込む。ルルムにできることはそれくらいだ。
ララムの人生は彼自身のものであり、ルルムのものではないのだから。
これから番のメトラと共にある発表をする予定だからか、そんなことを考えながら食堂の隅に席を確保する。
「んじゃ俺が頼んでくるが……何食べる?」
席についた番と子に尋ねる。
「僕はいつもの。七番でよろしく」
片目を瞑ってこちらを見る、彼がよくする動作と共に告げられた要望はいつもと同じもの。
それでも、何度も見てきたその馴染みの動作がたまらなく愛しい。
今日もメトラさんが可愛い……と噛み締めるのはもう何度目だろうか。
そんな中、我が子が伝えてきた意向は予想外のものだった。
「……今日はいつもルルムが頼むのと同じのが……三番がいい」
この食堂の定番メニューの一つ、三番定食は辛味の強い食材が多く使われたメニュー。同胞達の中でも好き嫌いが分かれるそれはルルムの好物だが、大抵の幼体には刺激が強すぎるらしく不評だ。
その辛さはララムにとっても少々刺激が強いらしく、以前初めて食べた際には辛さのあまり一口目から涙目になっていた。
その時は結局三割ほど食べたところで限界が訪れ、我が子が辛いものを食べられない可能性を見越していつもとは別のメニューを頼んでいたルルムと食事を交換したのだったか。
今日はそれ以来避けていた三番定食に再び挑もうということらしい。
ララムの意外な意向に、メトラも軽く驚いている。
「……辛いけど大丈夫か?」
「大丈夫。……俺だっていつまでも幼体じゃあないんだから、ちょっと辛いくらい…………転送の魔法も短距離なら完璧に使えるようになったから、耐えられなかった時は魔法で直接胃に転送するし」
聞き返すルルムに、ララムは多少目を泳がせながらもきっぱりと返した。どうやら本気のようだ。
ちょっと弱気な思考も漏れていたが。……ここ最近しきりに転送の魔法を練習していたのはこのためか。
「おやおや、いつまでも瞳が柔らかいままじゃあいられないってわけかい?相変わらず背伸びしたがりだね」
ころころと笑いながら揶揄うメトラに頭を撫でられ、むず痒そうに唇をむにむにさせるララム。
可愛らしい二体の姿に、気付けばルルムも微笑っていた。
それを見咎めたのは興味の対象の観察は欠かさないメトラだ。
「ルルムはやはり、笑うと雰囲気が柔らかくなるね。何度も言っているけど、僕はやはり君の笑顔が好きだ……こちらまでやわらかな気分になる」
ルルムやララム以外に対しては、同胞であっても大して興味がないメトラ。
彼はそのせいか、思ったことがあれば時と場合によらず即座に、何の気負いもなく伝えてくる。
純粋な好意の言葉はルルムも嬉しくはあるのだが、今のように他の個体がたくさんいる場所で臆面もなく惚気てくるのは流石に気恥ずかしい。
勝手に頰が緩んでしまうのを、顔に力を入れて耐える。
先ほどの
「……んじゃ、ご注文通り七番と三番、頼んでくる」
幸せないたたまれなさに耐えきれなくなったのか、ルルムが食糧配給の受付へと尾を返そうとした、その時。
「…………ルルム、……メトラも」
唐突に、ララムが逡巡混じりに呟いた。
「……どうした?」
振り返ったルルムの目に映るのは、何やら意を決したような我が子の姿。
「食べ終わって、帰ったらさ────伝えたい、ことがある」
思い詰めたような彼の頭を、
「いいとも、約束しよう愛しい
「メトラの言う通りだ。そんなに思い詰めなくとも、俺たちはお前が伝えたいならちゃんと聴くさ、約束する」
その感触と告げられた意思に安心したのか、ララムの強張った表情が緩んだ。
「…………うん」
頷く彼をもうひと撫でして、ルルムは受付へと尾を進めた。
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「あー、三番定食2つと七番定食1つ頼む。」
受付で馴染みの配給員、レナルカに
たっぷりとした波打つ真紅の髪の彼は、メトラといくらも歳の変わらない巣の古株だ。
「あいよ!三番ふたつに七番ひとつね。……ララムは背伸びしたい年頃かい?」
注文を復唱しながら琥珀色の瞳で弧を描いてにやりと笑ったレナルカは、熟練の食堂係だけあってかララムの見栄などお見通しらしい。
「そーそー、俺がいつも頼むのと同じもんがいいんだってよ。大人びてるようでそーゆーとこ可愛いんだよな、俺の子は。」
「そりゃあれだよ、あたしじゃなくララムに言ってやんな。」
「それもそうだ」
などと交わして、受付を離れようとしたその時。
ズン
パリン
巣を激しい衝撃と、
そして、揺れが治ったその瞬間。
遠征隊所属らしく、異常事態に際して即座に身構えていたルルムの最悪の想像が現実となった。
遠くの誰かの、断末魔じみた叫びが絶望を伴って届く。
「
その筆頭が
それは竜の一種であり、ある意味では蛇人たちとも近縁ながら決して相容れぬ天敵。
襲来した回数そのものは六腕の指で数えられるほどであるにも関わらず、強い恐怖と共に語られる存在。
その外見は醜悪極まりない。
翼はもちろん、腕に脚までも。およそ全ての突起物を退化させた、蚯蚓のような形状。
鱗が退化して久しい、粘液に塗れた皺だらけの醜悪な肌。
卑しい食欲を満たすためか、不釣り合いに大きな口。
しかしただ単に醜悪なだけの魔物が、精強な蛇人たちの天敵となりうるわけもなく。
巨大に似合わぬ俊敏な身のこなし。
自在に地中を這い回り、堅牢に固められた巣の外壁を突破しさえする掘削力。
蛇人の堅牢な肉体をも貫通する溶解液の
隠蔽魔法の効果をものともせず魔力を察知する鋭い嗅覚。
そして何より脅威なのは、高い魔力を持つ存在を率先して捕食する生態。
地中を掘削しながら這い進む
多量の魔力を保有する蛇人たちを上質な餌とみなし、討伐されない限り延々と、貪欲に食い散らかすのだ。
そのうえ討伐の難易度もかなり高い。
高火力の溶解液や刃物を弾く表皮を突破したとして、魔物である
しかし
当然ながら、破壊は困難だ。
情報の記録を専門とする部門、結晶庫の有する魔結晶には、討伐されるまでに当時の蛇人たちの過半数を喰らい尽くしたという記録も残されている。