ちょい世界観の説明ととある出会いの話。
コンビだよ!という紹介と運命的な出会いと。
妖怪、あやかし、神格、人ならざるもの、そんな存在を討ったり交渉したりする職なんて、俺が小さい頃には無かったぞ───
そんな考えが如何に傲慢であるかなんて、よく知っている。
だって奴らは俺が生まれる前からずっと居るんだから。
ずっと人の傍に居る存在だと、俺はよく知っているから───
名や感じ方はどうあれ『昔から居る奴ら』、そいつらに対処・対応する職というのは遥か昔から存在した。姿や痕跡を隠す奴らを感じ取ることが出来たり対抗出来る技能を持っていたりする人間は年々少なくなっていたけれども、それでもそれは消える事無くあり、立場としてあり続けた。
俺はそんな少なくなり続けていた側の人間だった。
個人的なちょっとした事がきっかけで俺はその『守るもの』になりたいと思った。
秘かに志し「大人になったらなりたいな」と研鑽する上で、世界的なちょっとした事───いや、俺達人間にとっては全く『ちょっとして』はいないのだけれども、人間以外の広い眼で見たらこうなるだろうよ───で奴らを感じ取れる人間がぐっと増えた。きっかけがきっかけで『ちょっとした事』なりに大々的だった事もあって、表の世界でも人ならざるものやそれに関わる人間達の存在を認めざるを得なくなった。
───それが今の俺達だ。
今の俺達は政府からのお墨付きを貰い、大っぴらに動ける立場だ。正直、俺がこちら側に来る前に立場が固まったのはありがたい話だった。隠蔽など考えずに最初から堂々と動けるというのは、心の成長に大いに役に立つ。そうしてのびのびと動き、大いに成長して───こうして今や俺は人を動かしもする立場になった、という訳だ。
別にデスクに居座っている訳じゃないし俺自身も動く事が多い。それでも役職持ちの様な立場には変わりがない。一般企業でいう所の『部長』、警察に当て嵌めると『警部』だ。こう言えば、重さが分かるだろう。
この地域に散らばる別の事務所の奴らに指示を出し、それなりに自由に動かせる立場というのは、やはり慣れるまで時間が掛かった。そもそも俺が選ばれたのだって、信頼され保証されたベテラン達が相次いで引退したから俺にお鉢が回って来ただけだろうと思わんでもない。
でも、ぼやいた所で指示を出し、もしかしたら人命を左右するかもしれない選択を取る事の多い立場なのは変わらず。
だからこそ俺は堂々と、統率者面して事務所にふんぞり返っているという訳だ。
俺達の事務所はそう広くはない。五、六人入れるとすぐにいっぱいになる。それを指して「お気に入りの精鋭ばかりを集めている」なんて買いかぶってくれる奴らも居ないでもないが、そうじゃない。
俺の傍に居るのは俺と縁があり、それを早々に離さないで結びつけたままにしてくれている奴らだ。戦闘やら捜査やらで何か大きな痛手を負った訳でも無く、動きたいと思う奴らだからここに居る。訳あってこの道を離れた奴らは、ここには居ないが繋がりは持ったままだ。必要な援助はするし、情報を提供し合ったりもする。切り捨てるだけなんて事はしない。
とにかく、俺の周りに居るのは俺とそれなりに親しい奴らだ。
───そして、その中で一番仲の良い奴が、今回の知らせを持って来たという訳だ。
───ちょっと来てくれないかい。ぼくだけでは対処できそうにない。
そう電話を寄越したのはカズト───『
その親友が俺にヘルプを求めた。他の奴らが全員調査やらで出払っていて、適任が俺しか居ないというのもあるのだろう。ただそれだけでは無い、いつも平坦な筈のその声は、何故か逼迫した物を感じさせた。
───急を要するんだ、『イッショー』。下手したら色々そこなわれてしまう。
出向く動機なんて、これだけで十分だった。
途切れそうになる通信より、位置とどういう状況なのかを大体掴んだ。途中で繋がらなくなってしまったけれども、とりあえずはこれで十分だ。
数が今すぐ必要になるかは分からんが何かあればすぐ向かえるようにした方がいいだろうと、調査に向かっていた連中にも今の状況を伝える。指示があればすぐに来いと付け加えて。
やれやれ、こういう急な事件があるから、俺達は気を抜けない。休暇中でもこういう事はあるから。だから腰を落ち着けてどうのは休みの間でも少し難しい話になってくる。
───そういやカズトは、あいつは今日休暇を取ってたんじゃなかったか。
それなのにいち早く事件に出くわしてしまうだなんて。あいつもつくづく難儀な奴だな、そんな事を思いながら、俺は現場へと足を進めた。
現場に足を踏み入れた時、最初に眼に入ったのはカズトだった。
カズトは、子供らを抱いていた。皆小さい。特に一番幼いだろう子供は、まだ乳児と言わんばかりの姿をしていた。皆妙に大人しく、何だか顔色が悪い。
それをカズトは臆する色も出さずに抱き、大丈夫だ、何も怖がる必要なんてない、絶対に助ける、と表情で伝えていた。
顔色も変えず、守ると伝える。決して揺らぐ事は無いし、その決定は変わらない。
自らの選択を不安に思う事なんて、そもそも起こり得ない。
これが子供の守り手でもある『塞ノ神』、人を守る神の顔だった。
昔俺を守ってくれた時も、こいつはそんな顔をしていた。
どんな事があっても守ろうとしたものは守るし逃がす。表情に乏しい顔には恐れは湧かず、光を抱き辛い瞳には涙は湧かない。
危害を加えてくるものが相手といえども他者を害する術を持たぬから、うまく立ち回って逃がすしかない。そしてその為なら、自分がどれほど削られても構わない。
今回、その必要が無く、また通信機器にも過度な損傷が無く、比較的容易に援護を求められる環境だったのは幸いだったかもしれない。
子供らが居るという事ですぐに医療機関に連れて行ける手筈は整えていた。しかしそれは俺が全てを片付けてからだ。まだ中に取り残されている子供らには辛抱を強いる事になるが、今のこの部屋に救護人員を入れる訳にはいかない。
昏い。
その地下室は、闇に包まれていた。
入り口付近に居たカズトはその原因から子供らを連れ、何とか退避したのだろう。残った子らも救い出さなきゃいけないよ、と伝える顔は真剣で、変わりはしない筈のその顔色も何だか色を失ったかのように見えた。もうすぐ来る救急隊員らに子供らを預けろ、ここは俺だけが行くから任せておけ、と返した。中に入りはしないものの来てくれはする。子供らを放置する訳にもいかず、また、状況を説明する者は絶対に必要だ。
無理はしないでおくれ、『イッショー』───そんな声が背中に響いた。
俺なら大丈夫だ。
お前がこうして背中を押してくれるなら。
俺が渡し、お前が授けてくれた
ちゃんと皆を連れて、戻ってくるから。
だから心配するなよ、『カズト』。
一応ライトを取り出し、翳してみた。やはり使い物にならない。闇に光が飲まれ、消えてしまう。これも事前に聞いていた通りだ。
仕方が無いので手探りで行く事にした。想定出来る事象に対抗出来る備品など、知らせを受けた時から持ち合わせちゃいなかった。
何度も蹴躓きそうになったがそれぐらいで済み。思ったよりも狭い部屋の中、俺はようやく目的地に辿り着けたらしい。
傍から見てもそれは、異様だと分かった。
長い黒髪を垂らし、裸の胸を露わにした女が子を抱いている。いや、抱いているだけではない。全身に多数縋り付けさせている。胸に抱かれた子は赤ん坊で顔色が土気色といっていいほどに悪くなっている。立った女の足元にまで縋り付いている子供らも同様だ。
『賢母』と呼んでもおかしくない程に慈愛に満ちた顔立ちと開いた胸元、身に纏う簡素な死装束にも似た布と、地獄の餓鬼のような有様で縋り付く顔色の悪い子供ら。その光景はあまりに釣り合いが取れておらず、一種の迫力さえ感じる程だった。
───ここをこんなにも昏くさせているのは、こいつだな。
子供らは縋り付く度に顔色が悪くなっているようだった。早く何とかしたい。しかし、下手に動く訳にもいかない。
見なくては、見つめて糸口を探さなくては。
しかしここは本当に昏い。眼が眩み、痛みすら感じる。
女は闖入者である俺に眼もくれず、慈愛に満ちた伏目のままでそこに立ち尽くしていた。しかし伏した眼は胸元の乳児に向けられているという訳でもない。もっと別の方向、対角線上の何かに向けられている。
露わになった胸元、乳首からは乳汁が滴っていた。その様子を目にした赤子が乳を自ら口にする。子を抱き、子に満たされていても乳を飲む様子を見ようとはしない。介助もしない。介助が必要な赤子よりなにより、それよりもっと見つめたい相手とは。
睨め上げている、という穏やかな様子に相応しくない言葉が浮かび、それと共に微かな視線を辿った。対角線上、相対する少し離れた位置に、それは居た。
それもまた、女だった。
対角線上に居る、死装束の様な白い布を纏った女とは対照的に、その女は華美なドレスを着ていた。赤が基調の大ぶりの柄が目立つ布地は、華美であり毒々しい。胸元は露わにしていると言えなくもないが、胸部を服からはみ出させている訳では無い。ドレスの形に添った自然な様子というべきか。
その女も子を抱いているが、対角線上の女の元に居る子供よりは顔色が悪くはない。周りにも数人子供が居るが、別に縋り付かせるわけでもなく、そこに居させているというだけだ。皆ぼんやりした様子で元気が無い。死装束の女の元に居る子らの縋り付き方と比較すると、むしろこちらの方がまだしも自然なのだと感じた。
赤い女に気を取られていると、闇の中から何かがゆっくりと現れた。一瞬身構えた身体を、すぐに戻す。それは死装束の女の元に居た子供の一人だった。何か仕掛けられているのかとも考えたが、赤い女は意に介さず、まるで「やっと来てくれた」、「来てくれてよかった」と言わんばかりの様子で子供に近付き、頭を撫でた。
ひょっとしたらここに居るのは全て、あの死装束の女の元から来た子らなのかもしれない。
───とすると、この赤い女は、あの死装束の女の力に対抗しているのか。
ならば向こうの力がどういう物なのか知っているという事にもなるぞ、と、ここに来てようやく考えが纏まってくれた。
なにをしているんだ、というこちらの月並みな質問に、女は答えなかった。
女は俺を見はしない。女の眼は対角線上の死装束を見ようと闇の先を見つめもするが、主に上を、天を見つめていた。
女は天を見やりながら耳に手をやった。
金のイヤリング。
その揺れる金色が、有る筈の無い『明かり』を『弾いた』。
眼を刺す筈のきらめきが、眩む程に滲み痛み続ける視界を和らげ、周囲を一瞬だけほの明るく照らした。
それは、ほんの一瞬の事だった。
女は相変わらず天を見つめていた。天を見つめ、目の眩む闇の根本を探ろうとしていた。
そこに何かあるのか。
何処に在るとも知れない『何か』を探し当てたいとでも言うのか。
───あんたもこの闇を、この異常な状態をどうにかしたいと思っているのか。
正直、確証がある訳では無かった。
同じ場所に居てお互い攻撃もせず、睨み合って見つめ合っているだけのふたりだ。もしかしたら単なる『方向性の違い』、仲間割れをしただけという可能性もある。
それに、今俺がやろうとしている事への読みが、必ずしも正しいとも限らない。
それでも、状況を打破出来るのなら。
そんな『神頼み』にも似た気持ちで、俺は天に、女の視線の先に銃を向けた。
───銃声と共に、からりと何かが落ちる音がした。
落ちたそれの表面は、俺の『一升
それは、鏡だった。古式ゆかしい呪術にでも用いそうな鏡、それが宙に浮き、あの『闇』を成していたようだ。鏡が砕けた今、室内は明るさを、いや、『適度な暗さ』を取り戻した。
あの闇は、眼を突き視力を奪い、視界を奪う昏い色は、強い光によって眩んだ眼がそうさせたものだったらしい。眼の仕組み故か、それとも死装束の女の技が成した業だったのか。
───こんな技を使うだなんて、一体どういう存在なのだろう。
ここに来て俺は、死装束の女の方に意識を向けた。適切な明るさに戻った地下室は真っ当な広さで、赤い女からは長い距離があるように思えた死装束も、ほんのすぐ傍に居た。
死装束の女の周りに居る子供らは、もう縋り付く事を止めていた。
顔色が悪いのはそのままだけれども、よそに行こうとしたり泣いたり───ぐったりと寝た様になっているのもいたけれど、それは一刻も早くどうにかしなくてはいけないな───とにかくもう皆、女には捕らわれてはおらず、自分の意志を取り戻しているようだった。
女はそこに立ち尽くしたままで居た。その眼はもう伏してはおらず、まっすぐ前を向いていた。女の眼の先にはあの、赤いドレスの女が居る。二人は見つめ合ったまま動かず、やがて赤い女が口を開いた。
「だめだって、ちゃんと自分でも分かっていたんでしょう」
その声に咎めるような色は無い。赤い女は死装束に包まれた女を気遣うような眼で見つめたまま近寄り、両手を差し出した。
死装束の女は何も言わなかった。何も言わず、胸に抱いていた赤子を渡した。
これが俺が間近で見た事件の顛末だった。
この後救急隊員を中に入れたり、改めてカズトに前後の事情を聞いたり、他所に持ってゆくための報告書を纏めたりと大変だった。幸い子供らに重篤な被害は無く、ちょっと治療を施せば簡単に回復するとの事だった。また、子供らに掛けられた催眠も解ける類の物で、それに関しても安心して良いとの事だった。
あれだけの子供らを操れるのだから、もしも害したいと思う気持ちがあれば簡単に目的を果たせたけれどもその気は無かった。ただ子供ら恋しさでの行いだからと、女の方の罪も軽く、治療を行う方向で話が付いたようだ。
鏡を見せた幼児に催眠を掛け水面に自らを求めさせ、水底に沈め、同時に乳を与え子を養う存在。
───『乳の親
あの死装束の女はそれだった。
その中でも催眠の力が強いという個性を持った存在だった、らしい。
「害を成すだけ、もしくは、乳を与えるだけの乳の親も居るけれども、うちの地域の子らは性質が半々。あの子もそうだった」
「でも積極的にやるのはお乳をあげる事だけ。『私が少しでも術を掛けると、絶対に子供が死んでしまうから』『それは嫌だ』と水に引き込む事はやろうとしなかったのよね」
「あの子ほど子供思いの子も珍しいわ」
「でも、長い間生きてきて、色々思う所があったのかしら」
それを分かってあげられずにこんな事をさせてしまって悲しい、と、と、赤い女───榮美里
あの女とは同郷で、自分もまた乳の親なのだと、そう榮美里は言った。
「わたしは色々出来ない事が多くて、やれる事も何だか変わっていて。まあ、あまり『らしくない』から。だからいつも浮いていた」
───今みたいに人が多くない時代の話、わたし達も集う事なんてそうなかったけれども、そう付け加え、話は続いた。
「あの子はわたしに、とても優しくしてくれた。変わっている子だから人間の様なものとして接しようと考えたのか、『変わった目立つ部分がある』っていうのに同情したのか、きっかけは分からない。でもね」
───わたしはあの子を、ずっと友達だと思っているの。
「心が癒えるのに時間は掛かるかもしれない。抑えていた性質が何百年置いて芽を吹いたのなら、前のあの子とはもう違うのかもしれない」
それでも治療が終わった時は、ちゃんと友達として出迎えたい。
それからどうするかなんて、その後で決めるわ。
───話は、そこで終わった。
元は、重要な人物であろう赤い女にも事件のあらましを聞いておかにゃなるまい、という調書を取る為という単純に業務的な用事だった筈だ。それが、やれあの子との関係性はどうだの、『塞ノ神のヒツキ』とは友達だからあの時急な助けを求めただの、気になる話題を続々と出してきた。
だから休暇の際に気になる話を全部聞き出す事にしたのだ。
「あなたが『六連
あの時はお話し出来ずにごめんなさい、でも一目で分かったわと笑う顔も、
「ヒツキはあなたを気に入っていてね。色んな話をたくさんしてくれたの」
どんなお話をしたか聞かせてあげるわ、と場所を転々と変える手腕も、
「あの子を止めてくれてありがとう。わたしだけじゃ出来なかった」
と友達を止めてくれた事への礼を言う態度も。
全てが業務中に持ち込むべきでは無い、濃厚な媚びが練り込まれている様な気がした。
だから、もっとゆっくり話が出来る所に行きましょう、なんて名目で白昼堂々と宿に引き込むのも、何でこうなった、どうしようかと少し眼を離した隙に裸になり、お礼がしたいの、なんて床に誘われるのも、全く予期していなかった、と言ったら嘘になる。
しかし、『お礼』ねえ。
「そんな物、『礼として』なんて貰えねえな」
長年の友人がおかしくなった。
おかしくなったが故に罪を犯し、それ以上罪を重ねさせないように尽力した。
その助けへの『礼』が、これか。
───俺は弱っている女に付け込むなんてしねえよ。
その俺の言葉に女は一瞬目を丸くした。しかしその後すぐに落ち着き、笑みを浮かべた。
「やあね、そういうんじゃないわよ」
「お礼というのもあるけどしたくなったから誘っただけ。いつもの事よ」
別にそんな重く考えなくていいのよ、と続ける女の言葉に面食らう。
「あの子もまたあ、って笑ってくれるわ」
───もしかしたら呆れるかもしれないけどね、と女は更に続ける。
俺は何も言えない。固まってしまっている。
罪を犯し、治療中の友人。何故気付けなかったという後悔も、もしかしたら別の道を取っていた方がという迷いも、これから先どう接しようか不安もあるだろうと思った。だから、それを忘れる為に誘うなんて、そしてそれに乗るなんてあってはならないと、そう思っていた。
しかし、そうではないのか。
日常を歩く準備を始めようとしているのか。
───早々に歩き出すという、より厳しい道を選んだのか。
───考え込んでいた俺は、よっぽど難しい顔をしていたらしい。また女に笑われてしまった。
「ねえ、それなら試してみない?」
どうしても乗り気になれないならわたしは諦める。わたしの方もなんか違うなと思ったら取りやめる。
「その時はお礼として、おいしいランチをごちそうするわ。ヒツキの話もそこでたくさんしましょうね」
女の妙に明るい口調に、俺の毒気も抜けそうになった。
───そこまでして俺とやりたいのか。
カズトの───ヒツキの事が口実じゃなかったのはよかった。あいつがぞんざいに扱われるのは俺としても嫌だ。どんな関係であるにせよ、もっと丁寧に扱って欲しい。
あいつはいい奴なんだ。酷い目になんてあって欲しくないからな。
丁寧に、ていねいに、かあ。先ほどの自分の言葉を噛み締めた。
こんな安い誘いに乗るのは、自分を丁寧に扱っていないって事になるのかな。
カズトが知ったらそう言うかもしれない。他の奴の体験談とかなら俺もそう思うだろうな。
まあ嫌ならやめればいいし、なんて思いながらシャツを脱ぐ。
もしかしたら約束なんてあってないようなものかもしれないのに。
『あいつに助けを求める事の出来る程度に繋がりある存在』というのは思ったよりも俺の中で強いんだな、とそんな事を自覚した。
気が乗らなかったら速攻でやめさせてもらうからな、と向き直った俺の身体に女は視線を向けた。下は脱いでいない。服を脱いだ上半身につ、と向けられた視線が絡み、女が笑った。
「あら、思っていたよりずっと逞しいのね」
赤い唇が弧を描いた。深い笑みに血が泡立ち、集まってゆくのを感じた。
───あ、まずい。俺、乗り気だ。
艶やかな笑みを浮かべたまま女はそこに在る。オニゲシの花の様な、艶やかな女。その毒々しい赤い花が、軸となる黒い花柱が咲いたのを見た。野の一面を覆ったのを目の当たりにした、そんな気がした。
圧倒されまいと女の肩に手を通し、背を抱いた。
「後悔するなよ」
吐いた声は尖り渇いていて。長く伸ばした俺の髪は垂れ下がり、顔を隠す遮蔽物となる。
「しないわ」
女は自信に満ちた笑みを浮かべ、俺の髪を掻き分けながら、背中に腕を巻き付けてきた。
───そこから先は、溺れるだけだった。
俺は長らく女の身体に顔をうずめ、口付けを繰り返していた。女はくすくすと笑い、「そんなに好きなら、もっと味わいなさいな」と俺の頭を抱いて胸に沈めてきた。
そこから少し理性が飛ぶ。
女の胸やらその下辺りを唾液まみれにしながら、このままだと『暴発』しちまう、何て焦りながら、ズボンの前を開いた。
そこでまた飛ぶ。
女の中をぐちゃぐちゃに捏ねながら、用意してねえ、忘れてた、と何とかやめて離れようとするのを、逃さないわと脚を腰に巻き付け引き寄せられ、脊柱から尻にかけてじぃんと痺れながら沢山吐き出させられた上でも、また飛んだ。
一連の流れの中で、女はくすくすと笑いながら子供を見るような眼でこちらを見つめていた。甘い痺れが抜けて落ち着いた時に、俺は自分が何を言ったのか覚えていない。ただ風呂に入ると言ってその場を離れた。それを覚えているだけでも上出来だと、褒めてやろう。
少なくとも、今のこの状況じゃこれが一番まともな成果だ。
熱いシャワーを浴びても、失態を犯したという気持ちは晴れなかった。
各方面での失態だ。
女の扱いも、誘いを断るのも、言いようにされたのも、中に出したのだって───
どの局面でも振り解けない訳は無かった。それをやらずに誤魔化して、ずるずると気持ちの良い方に流されてしまった。
どうしたもんかなあ───そう自分に問うた時に、奴は訪れた。
───今この場に居るもう一人、榮美里である。
「そんなに暗い顔しないで。何も問題無いじゃない」
つらいの?とシャワーで濡れるのも構わず榮美里は俺の傍にやって来て、頬に軽く口付けを落とした。拭わずにここまで来たというのだろうか。内腿を伝って、今しがた俺が吐き出した精が雫となって垂れている。気持ちの良い痕跡と失態の跡。その両方を見せつけてくる。
ひょっとして、中で出させた事が嫌だったのかしら、と少し考え込んだ後の様に榮美里が言う。別に大した事無いのにそんなに落ち込むなんて、といった風情が口調から分かる。
「わたしは孕まない。孕まない上にあやかしよ。だから色々楽しめるの」
「他の『何か』を心配しているのかもしれないけど、そんな面倒な事、持ち込んだりしないわ」
わたしは遊びのプロだもの、と得意気に語るその口調に、「その『プロ』はプロ意識とかある奴なのかい」とでも言ってみたくなった。言った所で詮無い、きっと俺とは相容れない世界の話だ。それでも、聞いてみたくなった。
「ね、だから、何も問題なんかないんだから」
「ね、だから、存分に楽しみましょうよ」
───だから謝らないで。ねえ、おねがいよ。
榮美里の身体に俺の身体が吸い付く。今度は遮る衣装の無い裸の状態だ。少し視線を下に向けると、今の俺がどんな事になっているのか隠し立てが出来ずに分かってしまう。
分かっているのだ、榮美里は。そしてこの女の前では隠し立てをする必要なんてないのだ。
全てはただ、楽しみの為に。
榮美里を追い込み、浴室の壁に押し付ける。まあこんな所で、気が早すぎよ、なんて言葉はくすくす笑いで覆われ、咎める気なんてまるでない。
───そっちがその気なら、何処ででも、何でも、存分に楽しもうじゃないか。
そんな俺の絞り出した呟きは、はあい、という甘い声の中に消えた。
結局その後一日中そんな事を繰り返し、ランチはお流れになった。
寝物語にヒツキの話をされたはいいものの、やはりメインがぼやける程のやり取りの後じゃ話もさして盛り上がらず、ほどほどを見て解散と相成った。
じゃあね、また連絡するわ、と交換し合った連絡先はどうするつもりなのか。
友達の友達と関係を持ったなんて、話の種ぐらいにしかしないんじゃないか、と思いながらお互いに別れた。
色々、思う所が無い訳では無かった。
あんな女とヒツキ───カズトはどうやって友達になったんだとか、情報漏洩にならない程度に、それでも沢山俺の話をするなんて、俺の事をそれほどあいつは思っていてくれているのかと嬉しくなったとか、滅多に自分の身近なものの話をしない奴が話をする程なんだから、やっぱりそれなりに関係は深いのか、それなら意外だ、とか。
死装束の乳の親と榮美里は、あるものないものの違いこそあれど、お互いに『異端』だからこそ仲良くなったのかもしれない。きっかけはどうであれ、お互いを補おうとするのは昔からやっていた。だから今回も、なんて言うのは安直だけれども。それでもこれからもお互い支え合って欲しいと、そう思った。
そんな綺麗な話はさておいて。
俺の思考が今向かっているのは、あの女の性質そのものについてだった。
あの女、榮美里は遊び好きだ。本人も言っていたし、態度としても無理をしている様子はまるで無かったからそうなんだろう。
俺から離れてそう日は経っていないけれども、またすぐに他の男を咥え込むだろう。ひょっとしたらもう誰かしら誘っているかもしれない。
───だとしたら、せいぜい恥を晒せばいいさ。
俺はヤッてる時に結構な痕を付けてやった。乳房に乳輪の脇に乳首に鎖骨の近く、背中に尻肉に内腿、太腿の付け根、ふくらはぎ。それにもっと細かい所まで唇を付け、噛みついてやった。何の変哲もない服を着ているなら別に見えてしまうなんて事は無い。だけど、肌を極端に見せるような服を身に着けたり、誰かの前で裸を晒すなら。何をしたか、されたかを如実に晒す事になる。それは恥ずかしいだろうと、そう思う。
───ここまで一息に考えてしまって、俺は自分の考えの間違いに気付いた。
あの女は恥など感じない。感じるなら「遊びのプロよ」だなんてあっけらかんと自慢気になんて語らない。
だから肌の痕を晒そうが、何も感じない。
俺が何をしようとも、心には何の痕も残らないのだ。
しかしそれでも『遊び』は、相手が居ないと成り立たない。
心に何も残らなくても、俺が肌に歯形を付けまくって残っているのは事実だ。
男ってのは意外に独占欲が強い。身勝手な潔癖感ってのかな?そういうのがある。
身体にべたべたに他の男の痕を付けまくっている女を、好きこのんで抱きたいと思う男がどれほど居るのだろうか。
気付いた瞬間に『遊び』を取りやめるかもしれない。やめる事はしなくても、早々に切り上げるなんて事もあるかもしれない。
『遊び』が出来ないならあの女は、きっと干上がってしまうだろう。誰からも相手にされずに欲求不満で干上がって、痕が消えるか消えないかのその時に───
───その時には、今度は俺の方から誘ってやろうかな。
呼び付ける手順は知っている。だから後は待つだけだ。
その時を思うとチリチリと感覚が焼かれるような感覚がする。だけど焦るな。ちゃんと準備はしてあるんだから。
すっかり乗り気となった意識を押し留めて仕事に戻った。
感覚のくすぶりはずっと内側に残り、消えないままだった。
多分この後、蕎麦屋とかで六連が昼食べていたら引き戸がスパーン!と開いて再会する。
(解散してから日にちあんまり経ってない)
「俺が格好付けたり悪巧みしようとしたりすると、どうも間抜けな結果になるな」というオチ。
そもそも相手もプロ意識が高かったり(痕が沢山?かまわないね!プロだから!)、榮美里がお茶を引くのにも慣れていたり(めぼしい相手が寄り付かない?こういう事もあるわ!プロだもの!)したら、あの昏い『悪巧み』はいっぺんに瓦解するという……(「さすがプロだ、ちがうなあ」と感嘆するしか無くなる)
やっぱり本当に悪い事は出来ない奴なんじゃなかろうか。
この小説にどのような描写を求めていますか。
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アクション・動きのある描写
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独白に近い心理描写
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登場人物同士の交流描写
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ぼかしている部分の明示
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R18描写(性的な描写)
-
R18G描写(グロテスクな描写)