※この作品はR-18です。

プレイアデスの瞳   作:甕下 星辰

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※別サイト(pixiv・ミッドナイトノベルズ)にも同作品を投稿しております。

『九十九 メノウ』についてちょっと深掘り&六連の後輩・部下である『犬養 毅』(ストッパー)についてちょっとだけ説明する回です。


いろどり七宝、玉手箱の中

「兄ちゃんが生まれた時に名前を『翡翠(ヒスイ)』か『メノウ』で迷ったらしいんですよ」

 

「実際に生まれて来ての印象やらで、最後には『翡翠』に決まったんですけどね」

 

───その、惜しくも選ばれなかったもうひとつが今のオレの名前になったんですよ。

 

そう言って、メノウは笑った。

 

『九十九 メノウ』は、何というか『例外的』な奴だ。「奇跡なんて、例外なんて、そうそう起こらない」を信条としている俺が思うのもなんだけど、他にいい言葉が見つからない。

生まれてからたったの十九年、今現在の飼育環境としては長生き過ぎるとは言えない年数で───それ以前には全く『只の犬ではない兆候』なんて見せないまま大きくなり、今の、俺の元に勤める後輩の『メノウ』となった。

 

「兄ちゃんも姉ちゃんも宝石系の名前です。オレはもらわれてきた時から兄ちゃんに似てるっていうので、兄ちゃんの名前候補から付けてこの名前になりました」

 

「かあちゃん達からは『メノくん』やら『めんちゃん』とも呼ばれてますねえ」

 

『メノウ』という名の不思議な響きを面白く思ったらしい奴らから、メノウくんはどうして『メノウ』くんなの、などと聞かれた時に、奴はそう答えていた。

俺も加わり、おもしれえな、『めんちゃん』の「ん」は何処から来たんだよ、なんて言う前に、更に声が加わった。

 

『さんご』に『メノウ』、『七宝』由来かな。

 

カズトだった。

 

そうです、かあちゃんが好きみたいで。メノウは唐突に差し込まれる専門用語にも話を止める事無く、そう返した。

 

「焼き物の方が好きなのと、元々の話、だったかな、に何か思い出があるみたいで」

 

でもあんまりそこにこだわらないで、その子らしいと思うものにしたとは言ってましたけどね。

 

うんうんと頷きながら話すメノウに、俺は、意外に大層な名前を付けてもらっていたんだなあ、とこれもまた妙な所で感心してしまっていた。

 

カズトの言う『七宝』とは仏典からの用語である。仏教において貴重とされる七種の宝、『金、銀、瑠璃、玻璃、硨磲(シャコ)、珊瑚、瑪瑙』、もしくは『金、銀、瑪瑙、瑠璃、硨磲、真珠、玫瑰(マイカイ)』を指す。最終的にこいつの兄の名前となった『翡翠』はここに加わらないから、多分それが「その子らしいと思うものにした」とかいう理屈なのだろう。正直、そこはよく分からない。

 

あ、そうだ、と満足げに語っていたメノウは話をいったん中断し、俺に尋ねてきた。

 

「犬養さんって、今日どちらにおられます?オレ、ちゃんとお礼言えてないので、気になっちゃって」

 

犬養───『犬養 毅(イヌカイ タケシ)』というのは、俺の後輩であり部下、そして、こいつの先輩であり相棒、もしくは事実上のお目付け役となってくれている奴の事だ。

メノウは興奮しやすい。悪意を嗅ぎ取り追跡力が高いのはいいのだが、嗅ぎ取った悪意の種類にとっては、もしくは、眼の前に居る犯行に関わった奴の動機や言動如何ではそれがちょっと良くない方向に行きそうになる。

そこで冷静に止めてくれるのがこの犬養だ。メノウも奴の言葉には即座に頭が冷えてくれるらしく、落ち着いた後は非常に申し訳なく、そしてありがたく感じている。

俺が命じた訳でも無く、自発的に犬養はメノウの『ストッパー』となってくれた。

本格的に頼んだ後も別に接し方が変わる訳でも無く、前と変わらず、苦とも思わない様子で相手をしている。

メノウは犬養に懐いているし、犬養はそんなメノウを特別に甘やかすでもなく、それでも、後輩として、共に戦う仲間として信頼している。これはいい関係だと思う。

熱くなる気質が明らかになる前から、犬養は世話係を買って出てくれた。感謝が積み重なる前から、不思議とメノウは犬養に懐くというか親しみを覚えているようだったし、正直ありがたくはあった。

それでも、負担になってはいないかと聞いてみた事がある。

 

全くありませんと、犬養は返した。

 

「昔、実家で犬飼ってたんです。だから、その延長みたいなもんですよ」

 

色々勝手は違うけれども、意志疎通は出来るしこっちや周りを嫌がってもいない。むしろ好感を持って居てくれる。だから、やりやすいと言ってもいいぐらいでしょうね。

 

犬養はあまり冗談を言う男ではない。少し小柄な、まるでカブト虫の様に頑健な身体はどんな攻撃でも受け止めそうなぐらいに堅牢で、それが性格にも表れている。そんな奴だ。

けれどもこうしてこんな軽口を言うという事は。メノウとのやり取りは犬養にとっても楽しい物であるという証左ではないかな、などと思ってしまう。

犬養はまた、メノウの月一の『元に戻る時』も支えてくれていた。

大体月に一回、メノウは大人しくなる。動けなくなる訳ではなく、事務仕事などには支障ない。けれども、妙に気が静かになり、知覚出来る色が極端に少なくなる───視界が黄色と青が辛うじて分かる程度のほぼ白・黒・灰色になる。

 

メノウはこの現象を『元に戻る』と呼んでいた。

 

「こうして、人間みたいな形になる前は、物がそう見えていたんで。歳も歳でしたし、動きとしてもずっとあんな感じでした」

 

要するに、老犬時代の感覚になるという事らしい。機能的には問題は無く、また、この『元に戻る』現象は頻度がどんどん少なくはなっていっている。もう少し前は月に二回だった。このまま生きていけばいずれ消える、そういうものなんでしょうと、メノウは語った。

しかし今の所、月に一回、捜査や討伐などに向かない状態になるのは継続している。その為、その近辺になると穴を埋めるように俺を含めて皆が予定を組む。勿論予定通りに事件が動いてくれるなんて事は無いから突発的な何かもいつも起こる。それ含めてフォローをする。

犬養は予定や戦闘面は勿論、メノウにあまり気にしない様にと言っていた。勿論俺からも伝えてはいるのだけれども。どうやら犬養の安定感はこんな時に抜群に効いてくれているらしい。俺の間とはまた違う距離感で、いい感じの空気がそこにはある。

 

「ぱっと何だかよく分からない刺激が目に入って来て。後で考えたらそれが『色』だったんだなって」

 

この姿になった時、ちょっと大変だったんですよー、なんて前にちょっとだけ話していたのを思い出す。

 

───『ちょっと』じゃない、十分に大きな事だぞ。

 

そんな言葉は飲み込んだ。

 

メノウとて分かっているのだ。自分に大きな事が起こったと、自分は変わったのだと。そしてそれが周囲に何かしらの影響を与えている、だなんて事は。

 

鮮やかさに眼が眩み、ずっとちかちかして立ってはいられない程の見知らぬ感覚。二本の足、使い勝手を感ずる前に動かし方すら分からないかもしれない、変化した身体。変化によって周囲に齎された驚きと騒動と、もしかしたらそれ以上の何か。そして。

 

───自覚してはいないかもしれない、内面の変化。

 

俺は、前のメノウをよく知らない。前はこんなんでした、子供時代は、と写真を持って来られる事もあるが、そこに写っているのはほんの一瞬を切り抜いた、姿形だけだ。内面にあるかも知れない、持っていたかもしれない何かを正確に写してくれるわけじゃない。

だから俺のこの疑問が、正しいのかどうなか分からない。

俺が初めて見たメノウは、飼い主を超常的な脅威から守ろうと吠え続けていたこいつは、まるで義を重んじる侍か何かの様な静かな雰囲気があった。飼い主を守ったんだな、と俺が頭を撫でた時も、静かな眼で見つめ返してきていた。

懐いているんですとばかりにこちらに駆け寄る、今のこいつとはまるで違う。

時々、思う事がある。

化猫や付喪神など、時と共に、もしくは何かしらの切っ掛けがあって変化するものは多数在る。それらの、何かしらの変化を遂げたものは、前と同じ記憶を持っていても、言い換えれば、今と変化する前で連続した精神を持ち続けていても、果たしてそれの内面は、前と全く同じ存在と言い切れるのだろうか。

『外見や種族は変わってしまっても心根は全く変わらない』。そんな風に言い切っていいものなのだろうか。

外見や超常的な力などの大きな変化。それに気を取られている内に、本人ですら気付かぬ微かな変化というものが起こってしまっているのではないだろうか。

そしてそれは、起こってしまっていいものなのだろうか。

 

───なんて、そんなのは全部思い込みかもしれない。老犬のメノウを見たのもあの時だけだったし、もしかしたら年老いて行動や表情には出さないだけで、心根はずっとはしゃぎ遊んでいたのかもしれない。もし子犬時代でも行動や表情が堅かったとしても、それは『そう感じてはいない』と同義では無い。

 

こいつは『九十九 メノウ』だ。九十九家の『次男』であり俺達の仲間。俺の活躍を見て憧れてくれてこの職に就いてくれた、可愛い後輩だ。

只の犬として生まれ、老犬から人の形を成し、今に至る。自分はずっと自分だと、そうこいつ自身が思っているのだから、そこに何かの茶々を入れて不安にさせる必要はない。

もし何かがあって、『厳密にはそうではない』なんて事実が分かるなんて事があっても、こいつが抱いた感情や家族や俺達と築いたものは変わらない。

 

『只の犬ではない兆候』とやらがもしかしたら、気付かぬだけでずっと前から出ていたのだとしても。

 

お陰でみんなと一緒に居れる時間が長くなりましたよ、と無邪気に笑う事実の、その先にまだ気付いていないとしても。

 

こいつはこいつだ。少なくとも、俺はそう見做す。

 

「犬養さんにはずっとお世話になりっぱなしだから。一度、ちゃんとした形でお礼がしたいんですよね」

 

何か大掛かりな事をやりたいなら手伝うぞ、と言った俺に、必要ならおねがいします、とメノウはやはり明るく返した。

やっぱりこいつは俺の大事な後輩だ。話していて楽しいし、成長も楽しみだ。こうして馴染んでくれている事が、すごく嬉しい。

 

この楽しい時間がずっと続けばいいなんて思いながら、俺は、昼休みもそろそろ終わりだと、皆に伝えた。




メノウは六連も慕っているし、犬養も慕っております。しかし懐き方や見せたい部分が違う。(六連へは尻尾ぶんぶん振っている感じ・犬養へは隣に座ってじっくり話を聞いている&聞いてもらう感じ、といえばいいでしょうか)
何かしらの変化をした物は例え記憶&精神が連続していても、果たして変化する前と全く同じ存在と言い切れるだろうか、という問いを含んだ話でもあります。
正解は当事者同士では分からないし、仮に『俯瞰的な視点での正解』なるものがあったとしても、六連はこの解釈で生きるし、そう扱い続けるのだろうと思います。

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