討伐回・第二弾です。
文が冗長となってしまったので複数話に分けます。
「こうなりたい」と夢見る事は誰にでもあるだろう。
「その為だったら何でもする」という意気込み。それは漠然としている場合もあるし、具体的にどうしたいかと決めている場合もある。それ自体はいい。
しかしその為に誰かを犠牲にするならば。そしてその犠牲にする相手を選ぶのに、文字通り『何でもする』ならば。
それは何としてでも阻止されなければならない事態となる。
だから俺達は時に、誰かの夢の展望を蹂躙する為に動く事になる。
「うーん、分かりやすい痕跡はないねえ」
教室を見渡しながらカズトが言う。
そしてそのまま、視点はとある机へと向かう。
そこは、とある男子生徒の席。正確に言うと「生徒だった」者の席だ。この席に座っていた───無害な存在を装っていた者は、今や一族ごと所在不明、逃亡中だ。
遠くからざわめきが聞こえる。遠巻きに俺達の捜査している姿を高校生らが見てやいのやいのと不安や憶測交じりの言を飛ばしている。
その中に、ひと際眼を引く怯えようの顔があった。愛らしいが若干控えめな女子高生。その隣には勝ち気な、そして時にそれが高慢にまで行きつきそうな娘が寄り添っていた。
───俺の友達の姪っ子でありこの学校の生徒でもある通報者と、その友達である。
「同じクラスの男子生徒の側にいつも大きな犬が居る。窓の外に居る事もあれば教室の中に入って来る事もある。だけど誰も気付いてない」
そんな相談を受けたのは十日ほど前だった。非番時に友達と偶然に街で会い呑みに行く。少し酒が進んだところで「姪っ子から聞いたんだ、うまく説明出来ないらしいんだけど」と先述の話をされた。通報するように、他の機関だと説明がしづらいなら俺の所でもいいと言葉を添え、後日正式に通報を受け捜査に回った。
その頃には、『あいつの傍には大きな犬が、いや狼が居る』という認識は奴の姪っ子だけの物ではなくなっていた。クラスの数人もそれが分かる様になり。お互いに口裏を合わせるまでもなく、「これは下手に口外してはいけない」と口を噤んでいた。
認識の阻害が無くなってきている───それに、その男子生徒も気付いたのだろう。
だから、一族共々逃げに徹する事にした。
『アオジャシン』とは人に似た一族達、もしくは何の変哲も無い人間から突然生まれる、そんな存在だ。
奴らはほぼ人間と変わりなく見える。分かりやすく特徴的な所を上げるとするなら、生まれると同時に『もう一人の自分』も誕生するというぐらいか。
それは狼だったり、羊だったり、鹿だったり───とにかく人では無い種として生まれる。『アオジャシン』ともう片方の獣───奴ら曰く『未来の自分』は常にお互いの傍に居る。これを人は知覚する事が出来ない。認識に作用する何らかの効果を齎している物らしいが、それは『アオジャシン』自身が習得した術やら永続的に効いてくれる体質といった物では無いらしい。
ある時に唐突に、奴らの平穏は崩される。傍らの獣が突然誰かに認識されるようになり、そしてその『正しい認識』は波及され、ついには元居た集団、集落内での認識が完全に正しい物へと置き換わる。
ここまでだと、特異性を隠して生きて来たのにいきなり住み辛くなった可哀想な奴らと思えなくもない。
だがしかし、その生態を知ればそんな意見は言えなくなるはずだ。
「まだ見つからないんですか?」
「早く見つかんないと、みんな不安でしょうがないんですよ」
あいつの姪の友達がそう聞いてくる。姪っ子を庇う為か妙に切り口上で、挑戦的な態度を取ってきている。
「ま、こうして普段と違う感じなのは結構わくわくしますけどぉ」
身を乗り出す度に、肩に下げたスポーツバッグが揺れ、中からちゃぽんちゃぽんと水の音がする。大きな水筒でも持って来ているのか、部活ご苦労さん、と心の中で呟いた。
───こんな事でもない限り、大事なんてそう起こりそうにない場所だもんなあ、ここは。
とある大学付属の高校。落ち着いた雰囲気、とまでは言い切れないけれども、生徒保護者その他共に外部から調査が入る様なトラブルとは無縁で、長年平和に過ごし続けていた。そうした中では確かにこれは、皆の心を掻き乱す騒動にしかならないだろう。しかも人間同士の問題行動や不祥事やらではなく、超常現象絡みである。
「そんなに大ごとなんですか?家族がみんな居なくなったって……」
ちょっとやめなよ、と友人を宥めながら、あいつの姪は状況を聞いて来た。心配する事は無い、俺達が全力で捜査しているとしか答えられなかった。機密だという以前に、余計な不安を煽りたくはなかったからだ。
安心してよ、あたしが居るじゃんという言葉を背に、あいつの姪はこう続けた。
「篝さん、この怖い状況をどうにかして下さい。みんなの不安をなくして下さい」
「でも、みなさんも無理はしないで下さい」
おねがいします、と言葉結びに、あいつの姪は頭を下げた。
結局校内では碌な証拠が出てこず、学内の生徒に妙な接触を図るかもと、防犯カメラやらの確認を怠らない様にという事でその時の大まかな捜査は終わった。理性で考えを別に向けるかもしれないし、もしかしたら狙いが元から違うかもしれないけれども、校内の親しい人間に接触を図る可能性は十分考えられる。そしてそれは、させてはいけない事だ。
学外の交友関係も洗え、もしかしたらもぬけの殻となっている自宅にまだ証拠が残っているかもしれない。
そんな慌ただしい状況の中、一報が入った。
それは、全くと言っていい程嬉しい物ではなかった。
通報があったのは繁華街の片隅、いや、『繁華』という言葉が相応しくない街の澱が集積した区画、そこの路地裏だった。路地裏の反対側、『表』の店すら閉まっているのが殆どのこんな場所が、繁華街を少し外れた所には存在している。
倒れている男達は首筋を一閃され、全身が所々喰い千切られていた。
俺はこの男達の顔に見覚えがあった。俺達の職務とは直接は関係無い、しかし『要注意人物』として。
この二人は、盛り場を中心に問題事を引き起こす奴らだった。それは『揉め事』なんて可愛らしい物では無く、窃盗に始まり恐喝、リンチやあらゆる意味での暴行など、荒事に関わっているという実態がある。実態はあるが決定打はなく、いつも証拠不十分で捕まえられないという、そういう『何か』がある奴らだった。もしかしたら俺達の管轄かも───何かしらが手助けしているのかも、という疑いすら湧いたがそれすら確証は無い。
それが今、目の前で息絶えた状態で転がっている。
車はここから少し離れた所の路上に放置してあった。こんな場所に来たのも何かしらの『悪さ』の為だろう。死体の手には刃物が握られ、上着の中からは結束バンドや違法薬物の類が見つかった。
───逃がされた。
そんな風に思うべきではない思考すら浮かんでくる。
こいつらは本来、こうして被害者として検分されるべきでは無い筈だ。本来なら犯した罪を立件して、刑罰に処さねばならぬ相手だった。
それが、もう出来なくなってしまった。
いいや。それでもこいつらを襲った『何者か』にはその責任は問えない。
どんな悪党であれこいつらを襲撃し喰い殺した奴には、こいつらの罪も関係者らの憤りも何の関係も無いからだ。襲撃したのもまた関係者だ、怨恨が故というなら話は別だが、今回は恐らくそれは関係無いだろう。
こいつらを襲撃した『何者か』は、喰う目的でこいつらを襲った。
ぐるりと辺りを見渡した。死体から少し離れた路地裏の込み入った先、丁度行き止まりの所にペットボトルが落ちていた。どんな力を入れたのか、見事に破裂している。死体は刃物を握っていた。力で脅す様な馬鹿共だ、遊びのつもりで刃先で抉ったのかもしれない。
潰れたペットボトルの中には水が少し残っていた。清涼飲料水ではなく真水だ。その傍らには───これは、何だろう。
地面に落ちたペットボトル。その横、ちょうど本体が影になって見えづらい位置にフレーク状の何かが落ちていた。
彩度の低い、それでも色とりどりのフレーク。スプレーで吹き付けるタイプのジョークグッズでこういう紙吹雪が出てくる物があったな。でもそれはこれとは違う様な気がした。
落ちていた位置が位置だから、風やらで飛んで行ったりはしなかったのだろう。
俺はしゃがみこんで、そのフレークの一片を指で押してみた。それはほろほろと簡単に、俺の指の下で崩れてしまった。
指先を見つめ、臭いを嗅いでみる。何だか独特な臭いがした。
俺の頭の中で何かが結びついた気がした。
「なあ、これ、鑑定に回してくれ」
そう言って俺は、ペットボトルとフレークを指差した。
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