討伐回・第二弾、前話の続きとなります。
夕焼けが街を赤く照らしていた。
公園とそこに続くまでの歩道、そこに、その群れは蟠っていた。
たむろする人狼達。今この場に居ない奴らは───別方面に散り散りになった残りの一族達は、全て俺達や協力してくれた別組織の連中が狩った。討ち取った後、抜けが無いかと身元は全て確認した。それは確かだ。だから、この一族の残りは今ここに居るこいつらだけだ。
があっ、と先頭の一人が唸り声を上げた。
それが始まりの合図だった。
その声を起点として、場に居る全てが動いた。斬撃が、怒号が、火花が飛ぶ。唸り声と、言い分ともいえない身勝手な物言いがそこに混ざる。
うるさい。もう十分聞いた。
「この姿を磨き続ける為に」。
「素晴らしい『今』を生き続ける為に」。
そう語る首がどれだけすげ変わろうと、貴様らはいつも同じ事しか言わねえな。
本当に、虫唾が走る。
爪と牙を避けながら斬撃を放つ。斬られ崩れ倒れる一体の影から、こちらに伸びる指と爪が迫る。即時に顔を背けて避ける。また飛んできた。刃を眼前に構えて防ぐ。突き立てられた爪から火花が散る。怯む事の無い唸り声。牙を剥き出しにした顔。その顔に見覚えがあった。
獣面に変貌してこそいるが面影はある。それは、一番最初に俺が受けた相談の対象───一番最初に気付かれ通報された、あの男子学生だった。
唸りを上げ、爪を揮うそいつに声を掛けたくなった。
なあ、お前。お前は一体、
『アオジャシン』は天寿を全うすると、その死骸は常に傍に居る獣───『未来の自分』が跡形も無く喰らってしまう。死骸は肉片から血の一滴まで全て喰われ舐め取られ、それを以て『未来の自分』へと人間時代の記憶から何まで全ての引き継ぎとされる。文字通り『一体化』するのだ。
『天寿』とは言うものの、一体化前の『アオジャシン』が人間と同じ年齢まで生きる事は少ない。何故なら、常に目の前に夢が、なりたい自分が在るのだから。だから、手を伸ばさない訳が無い。夢を叶える術を知っているのなら猶更だ───そういう心の向きらしい。
だから一体化前の『アオジャシン』達はいち早く夢を現実のものにする為に、自らの命を捨てる傾向がある。わざと致命的な損傷を負うであろう事故に巻き込まれる様に、わざと誰かが自分を殺す様に出向く。後者の場合では一体化した後すぐに栄養を得られるので───自分を殺した奴を喰らって糧にするのだ───可能ならこちらを狙うものが多い。
但し百パーセント能動的な自殺は好まれない。その様な手段を用いて一体化した奴は言動に何処と無く恥じ入った様子が見られる。『アオジャシン』ではない他の奴らからしたら人を狙う存在である事は変わらず、奴ら同士でも明確な不利益を被るという訳でも無いのにだ。
鋭い爪を添えた手刀をナイフで受け止める。刀を捨て、ナイフに持ち替えた驚きに飲み込まれ離せないままになっている手指に刃を喰い込ませ、切断する。指を落とされた抗議の咆哮が響く。そんな物に怯む事は無い。
───分からない。
奴らにとって『適度な頃合い』があり、何時でも死に向かう訳では無いらしい事も、『未来の自分』と一体となった後に『素晴らしい自分を保つ為に』人を喰らう事も。何もかもが分からない。
喰わないと生きていけないという訳でも無い。ただ、夢を叶え続ける為に喰らうのだ。
時として喰う相手を陥れる事も辞さず、それに対して何も思わない。いや、元から喰う為に繋がりを持つのだから、余計な物なんて持たないに決まっている。
瞬時にナイフを手放し刀を拾う。指を何本か落とされた拳を、今度は二の腕から切り離した。もう片方の手を揮われる前に首筋に斬り付ける。まだだ。
傷が浅く退却の姿勢を見せたそいつの胸に、すかさず刃を突き刺した。今度は紙一重で躱されるという事も無く、刃は肉の中に深々と飲み込まれていく。
よし。手こずったが、これでもう大丈夫だ。
倒れ掛かった身体から刀を引き抜く。遮蔽された死角に弾を放ち、また引き抜く動作に戻る。抜き終わってから改めて弾を放った方を見る。思った通り、死角を活かして襲いかかろうとしたであろう数体がそこには倒れていた。まったく、油断も隙も無いな。
辺りには『アオジャシン』達の死骸が転がっていた。時間こそ掛かったがそろそろ終いらしい。他の奴らはどうしたかな、と別方向に足を向けようとしたその時だった。
咆哮が、聞こえた。
慌てて声のした方角へと急いだ。あの唸りは駄目だ、相当に来ている。
苦痛からではない、怒りからの声。その声の主が誰か、どういう状態になっているのか、俺には十分に分かっていた。
声がした先、こちらの『アオジャシン』達も大概片付いていた。そんな大方が片付いた中、倒れ伏した死骸の多く広がっている中で、奴は吼えていた。
───犬なのに、ずっと人に寄り添う存在なのにぃ、裏切ってんじゃねえ!
犬から化生に変じた俺の後輩───メノウが、そこで吼えていた。
メノウは、もう七割方犬に戻りかけていた。普段はにこやかな顔には獣毛に覆われ、怒りの皺を刻んだ長い鼻面と牙が目立つ。シャツは重量のある筋肉といきなり現れ嵩を増してくる獣毛ではちきれんばかりになっている。爪も戦闘時とはいえ、いつもよりもずっと鋭い。
元々の、化生となる前の穏やか且つ冷静な顔とは違う。それでもそれは『犬』だった。
気忙しく空を切る爪も、怒気を吐き続ける口も、血で染まっていた。今この場の夕暮れが黒ずみ、更に闇を吹き付けた様な、嫌な赤色だ。踏み鳴らす足は苛立ちを示し、足下のコンクリートを踏み割らんばかりに勢いを増している。
まずいな。このままだと完全に獣に戻って四つ足で暴れ回られちまう。さっさと落ち着いて貰わないと。
それにしても───あんな台詞を吐くって事は、よっぽど頭に血が上っているんだな。
『アオジャシン』は別に、犬狼型の奴らばかりじゃないって事は知っているのに。
狼だったり、羊だったり、鹿だったり───『アオジャシン』の獣の姿、奴らが言う『未来の自分』、『素晴らしい夢』の形は様々だ。それは、一体化した時の姿に関しても同じく。今こうして対応している事案の様に人狼の様な形態である事もあれば、人間時の姿に動物の耳が付いているだけの、まるで漫画かアニメの仮装をしている様な形態である場合もあるし、獣の頭がそのまま人の頭にすげ変わった様な形態になる事もある。もっと変わった所では、獣の口から人間時の頭がそのまま出ている場合もあったな。
前に倒した『アオジャシン』はそれだった。一瞬、頭がすげ変わった状態なのかと思ったがそうじゃなかった。眼は別にあり、これまた別に存在する口から頭が生えていた。そいつは───蛙の姿と一体化し、その口から頭を出して、今の姿は素晴らしいだの、ずっとこうなりたかっただの語るそいつの姿は、まるで大きな蛙に丸呑みにされ、辛うじて顔だけが飲まれないで済んだが、他全ては腹の中に収められてしまっている憐れな被害者にしか見えなかった。その状態で今の姿の素晴らしさを語るものだから、多大な被害への怒りや職務への使命感よりも先に、困惑が来てしまった。
尤もこれは色々な意味で珍しい事案だったから、何の参考にもならんのだろうけど。
メノウの元へと近づいた。
メノウと共に戦っていた犬養が試みているが叶わないようだ。脅かしの為に電圧を強くしたであろう、犬養の持つ警棒からの電撃にもまるで怯まない。九十九!と呼びかける声だけが空しく響く。
その空しい響きに合わせてメノウが遠吠えを始めた。死骸が広がった戦場での、勝鬨の声。
興奮状態の窮まった今のこいつには宥めようが諫めようが、自分の働きへのねぎらいと応援の歓声にしか感じられないのだろう。怒りに満ちた顔はしかし、何処と無く喜びの色をも浮かべているように見えた。
───あんまりこういう事はやりたくねえんだけどな。
しかしこのまま興奮させたままにしておいたら、こいつは喜びのままに周りをも巻き込んでしまうかもしれない。それは避けたい。
───だから。
「はいはい、かっこいいかっこいい」
「で?お前はここに居る奴らを全員、悩殺でもするつもりか?」
出来るだけ感情を込めず、冷たく聞こえるように心掛けた。その狙いは効いてくれたらしく、メノウはビクリと立ち留まり、耳を伏せ、徐々にではあるが人の形に戻っていっている。
ごめんな、と声には出さず言った。収める為とはいえ、冷や水をぶっ掛ける様な事を口にするのは、やはり気が引ける。
蛮勇は熱くなる。自分は皆の為に貢献しているのだという思いは、神経を痺れされる程に気持ち良い。だけれども、それに飲まれて我を忘れちゃいけねえだろうよ。周りが見えなくなったままだと、壊しちゃいけないものまで壊しちまうぞ。
とここで、篝所長、と呼び止められた。前に鑑識に回したあれこれの結果が来てくれたのだ。
───よし、これでようやく確証が持てた。
一通り聞いた俺は、その場に居る連中に言った。
「今からちょっと行く所が出来た。色々片付けたら、お前達も来てくれ」
一足先に行く、と、行き先と目的を伝え、俺は目的の場所へと足を進めた。
日はすっかり落ち、もうすぐ夜が迫って来る。その気配を感じた。
さて。これから、どう出ようか。
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