※R18G状態になっている死体描写があります。(あっさりめですが一応)
前回の続きです。
一応の帰結&六連の決心。
サビ猫のオスは幸運を招くとされている。
じゃあこの刺繍やらに在るサビ猫も───『ケンヤ』も、果たして幸運を招く存在と言えるのか?
言えない。
少なくとも、六連にとっては。
俺は事務所の中に居た。正確には『元事務所』、ニシカと戦ったあの場所だ。
寒い。寒冷な気温が部屋に溜まっている。暖房が取り外されているのもあるが、あの時の壁の穴が塞がれていないのが大きい。散らばった硝子こそ片付けられてはいるが、あの時抉られた窓辺の穴は、少し日が経った今でもブルーシートで覆われただけになっている。普通の建物とは違い少し処理がややこしいのだ、こういうのは。
あの時、俺はニシカに対し何も成せなかった。
俺がやれたのは、命を拾う事だけだった。いや、ケンヤについての話を二三投げつけたのもそうか。とにかく、俺にはニシカの持つ何を削る事も能わなかった。その事実を今、突きつけられている。
ニシカに関わっていた大学生達が殺された。
居なくなったのは男子学生二人、俺達が見落としていた相手だった。双方独居住まいの遊び盛りとはいえ、友達や遊び仲間の誰も数日間姿を見ていないのはおかしいと、捜索願が出されていた。
遺体が見つかったのは、廃倉庫の中だった。
企業所有の倉庫や貸倉庫が立ち並ぶ一角。借り手の一人が建物の前を通りかかった時に異臭に気付いた。鍵は壊されており、状況を把握する為に建物内に侵入した事によって発見された。
二人の遺体は、『遺体』の形すら留めない程に引き潰され、倉庫の奥に撒かれていた。
あの二人なのか、いや人なのかどうか分からない程に潰され掻き回され、半固体状になった遺体。あまりに見慣れた形からはかけ離れたそれの形状と異臭から、発見者も最初はそれが人体だとは気付かず、汚物を撒き散らされたのだと思っていたぐらいだ。
これだけならニシカの仕業かどうかなんて分からないだろう。人体を易々と破壊出来る人ならざるものなんて少なくはないし、多少頑張れば可能だという者も含めるならもっと増える。異常な手段を好む者、人間の変質者やらも含めると言わずもがな、キリがない。
だがこれはあいつの仕業だと、俺達にはそう言い切れた。
遺骸が撒き散らされたすぐ後ろの壁に、写真が貼ってあった。機械の中に入って撮る、選んだフレームやらデコレーションと共に印刷されてくれる、所謂『写真シール』という奴だ。若者の間で人気のそれには、行方不明の二人と、娘姿のニシカがポーズを決めて映っていた。倉庫の壁に一枚、倉庫の隅に捨てられていた、被害者達の荷物の上にもまた一枚と、貼られていた。
そしてそうやって置かれていたのは、倉庫内だけではなくて。
若者が好む店。カラオケ店やゲームセンターにアパレル店、若い娘が好みそうな人形やぬいぐるみの店にアイス屋。被害者の二人が歩んだであろう順路に、そのシールは貼られていた。回収出来ただけでもこれだ、もしかしたらゴミとして処分した店も含めたらもっと多いかもしれない。
写真の中のニシカは、実に楽しげにはしゃいでいた。
仲良さげにおどけたポーズを取り、如何にも「自分は無害な女子高生ですよ」、「単純にショッピングや仲間との遊びを楽しんでいるだけですよ」と言わんばかりの姿をしていた。
頭が煮え立つ思いだった。
腹が減っていたのなら、手刀や蹴りで一発で仕留めて喰らえば事足りる。思わぬ事実を知ってしまったが故の腹立ち紛れ、突発的な行動なら、こんな主張を加える余裕など無い筈だ。
けれども、奴は。
奴はこちらを嘲笑い、且つ、被害者達を存分に苦しませる方法で殺害し、喰らった。
被害者達は長時間均一な力で圧されてああなったらしい。均一な力、ニシカからしたらそれ程強い力ではなく、且つ長々と押し付けられる何か。
───恐らく素足でやったのだろうなと、そう思った。
倉庫内にあった、被害者達の体組織によって付けられた足跡。ある所で急に途切れ消えたそれは、人間の足の形をしている。猛獣の爪でも、猛禽の蹴爪でもなく人の足で、ニシカはあれをやったのだ。
倉庫内には数日に渡り監禁されていた物証が残っていた。しかしながら組織が破壊され過ぎているのと、時が経ち過ぎている為に損壊の生活反応の有無は判別出来なかった。
出来れば死んだ後にやっていてくれと思った。それなら、まだ苦痛は少なかっただろうから。
しかしそんな慈悲を相手に期待するのは間違っているとも、知っていた。
俺の耳の奥に、耳障りな音が響いた。
ベッチャベッチャと粘着性のある、嫌な音だ。
あの獣は俺の事務所に訪れたとき、よくビーサンを履いてやって来ていた。べっちゃべっちゃべっちゃべっちゃ、耳障りな足音を立てて。
腹が減って人を食らいたいなら、軽く首やらをその凄まじい膂力で一閃してやればいいだけだ。それをこんな、時間を掛けて、めちゃくちゃに踏み潰した。
俺の眼には、あの時のあいつの眼が映っていた。一瞬で殺せるであろう存在を、時間を掛けてゆっくりと追い詰め嬲る、あの輝きが。
あの時よりも更に数倍凶悪な事を、あいつの姉は、ニシカは、やってのけた。
俺があの時、ニシカを仕留められていれば。いいや、少しでも削る事が出来ていたなら。
そう思うと更に、脳が煮える感覚が深まった。
煮沸される脳髄、白く滲んだ内に、遠い昔が浮かんだ。
ああ、あいつはまだ穏やかな方だったのか。
少なくともあいつはその日の内に俺を喰らっていただろう。数日掛けて甚振るなどはせず遅くとも夕刻には、単純に困憊させてこちらが絶望したその時に、ひと思いに喰らって終わらせてくれていただろう。
その慈悲深さに感謝するべきなのか。弟の潔さによってあれ以上恐ろしい思いはしなかったであろう事を、姉の創意工夫によって見逃され生き永らえた事を、涙を流して感謝しろとでも言うのだろうか。
───ふざけるな。
ブルーシートの青が眼に入った。崩れた壁は完全に塞がれ、少なくともこちらからは見えない。しかし冬の冷気と高層部のビル風は感じる。下から吹き上げてくる感覚に、ビルの高層に爪先を置き、そこから下を覗き込む様な感覚に、汗が噴き出した。
下は見ない。見えやしない。それでも髪が吹き上げられ、掻き乱される感覚がする。
唇が笑みの形に歪んだ。
俺は今まで、形の無い過去を思っていた。
もう居ないあいつは本当に存在しないのか。
もしかしたら似たような奴がまだ何処かに居るのではないか。
何処かに居て、何か害を成しているのではないか。
あの時、もっと何かを成せたのではないかと、そんな取り留めも無い事を、ずっと考えていた。
それがこうして、俺の前に形を成して現れてくれた。
───逃がさない。
今度こそどんな手を使ってでも追い込み、討ち取ってやる。
これ以上の被害など出させない。下らない演出を更に盛り立てたりしない。
この俺が討つんだ。
今の俺なら、それが出来る。
遠い日に聞いた蝉の声が耳の奥で響く。
『イッショー』?と気遣わしげに見てくるカズトに対し、大丈夫だ心配ない、と答えた声は、蝉噪に紛れ混ざって耳障りな物になっちゃいなかっただろうか。
夏の日に照らされ、更に汗が溢れ流れた。
───今度こそは、きっと。
喉の奥でそんな言葉を飲み込む。
腹の中で、遠い昔に味わった水っぽいアイスキャンデーが混ざる感覚がした。
バトル(謀り?)回&今なお六連を焦がすものへの説明・導入です。
今の六連の根幹を成している『遠い夏の日』は心の中に在るばかりではなくまだ外にも居た&形を持って六連達の元へとやって来ました。
六連は『遠い夏の日』に遭ったものの全てを知っているわけではありませんが、それが獰猛・残忍である事、そして今回訪れたものがそれ以上の存在である事は直感で理解しております。
一見妄想的では?とすら思える直感を信じて動かなければ、何も対策が取れないまま殺されていた事も、向こうが遊びでなければ自分達以外の全ても潰されていたであろう事も。
普段の六連の、苛烈&執拗とも言える『一瞬の隙・判断ミスで頭を食い千切られるかもしれないから、甘い判断はせずにさっさと動く』、『自分が覚えられる事は全て覚える』&『相手を引っ掛ける物言いを自然に吐くようにする(嘘も吐くし方便も使う)』(どちらも『人間の自分が出来る範疇の事は全てやる』という方針)という方向性は、こういう相手を想定してのものです。
(人間を盾にして連れ回す・妨害などを軽々突破し、小回りも利く・遊びや気まぐれで人体を粉々にする・単純に強い)
ちょっとした感覚で首を食い千切る・言葉尻を捉えて取り返しのつかない陥れ方をしてくる相手なぞ(程度の差異はあれど)沢山居るし、そこから運良く逃れられたもの&そこから人々を『守るもの』としては、自らがやれる事は全てやって尚やり過ぎという事はありません。
例えその苛烈さが自らをも焦がそうとも、他の誰かを『(各々の)遠い夏の日』に置き去りにされたままにはしたくないのです。
今回登場した『ニシカ』は強力な存在です。
それを自覚してもおり、絶対に負ける事など無い・これからもずっとこうして遊んでおられると思い続けておりますが(六連の事務所を探った&壊したのも怨恨やらその他の根深い動機などは無く、その後の行動も全部遊び感覚で動いている)、ここでちょっと振り返ってみましょう。
ニシカは六連とヒツキを見ても弟をどうこうした奴とは分からなかったけれども、六連(とヒツキ)は一目で『あの獣の縁者だ』と見抜きました。
(もしかしたらニシカは『虔彌がやられたのは人間視点でもつい最近(数年前など)だ』と思っているかもしれません)
ニシカは六連を『バカガキ』と嗤ったけれども、その『バカガキ』は馬鹿だからこそ、過去を糧と足掛かりにして今の地位まで上り詰めました。
あと例え六連を殺せたとしてもそこで終わりではありません。
あいつは死んでも絶対に何かしらは残します。(只ではやられない)
だからこそ、ご用心、ご用心。
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