※この作品はR-18です。

プレイアデスの瞳   作:甕下 星辰

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※別サイト(pixiv・ミッドナイトノベルズ)にも同作品を投稿しております。

ニシカ(邇獅噛)のお話です。
あれからどう動き暴れたのか被害状況とニシカと(弟である虔彌)の正体、それらに直面した六連の心境。


屠龍の技研ぎ上げ、金鱗を刮ぐ①

髪が全て蛇になれ、と思いながら仕事をしている時がある。

それなりに難しそうな案件に、普段の感覚とは違う物も見えてくれ、という願いを込めて、またある時は全容が見えぬ、もしくは恐ろし気な相手が関わっている、目の当たりにしているという時に『お前なんかこわかあないぞ』と威嚇の意で行う。他愛無い、願掛けやら暗示みたいなもんだ。

 

───ならば、今この場では。

 

俺のこの身体を、大蛇へと変え絡み付きたい。全身の動きを封じた上で急所へと尾や胴体を回しきつく締め上げ、背骨や肋を砕いて絞め殺せたなら。

それが叶わぬというならこの髪の一本でもいい、靡く髪、奴に向く先端の一本一本が毒持つ小蛇に変わり、噛み付いてはくれないだろうか。手足の一本でも、それでも叶わぬならば小指の一本、神経の一本でも構わない、痺れ腐らせ動きを鈍らせてくれないだろうか。

 

毒が回りほんの少し隙が生まれてくれたらいい。

後は全て、俺がやるから。

 

今この場で靡く髪、刀やナイフを打ち付け、弾を撃とうと動く度にばらける黒い束。

それが視界に入る度に、そう思わずにはいられない。

 

腐れ。

全て黒ずんで、腐り落ちてしまえ。

 

───逃がさない、絶対に逃がさない。

 

俺は頭を抱えていた。新たな事務所、部下達が慌ただしく動き、もしくは俺の指示を仰いで囲む、そんな錯綜の中で。

ニシカだ。あいつが大暴れしてくれているせいで、今やここいらの安全は崩され、それどころか治安や勢力図といった物にすら大いなる打撃を与えられている。

神出鬼没のあの獣。獣が振るう、鋭い爪や剥き出しの牙から繰り出すほぼ無作為の気まぐれ。この都市に住まう者の命は、今やそんな物の上に並べられ、何時繰り出されるかもしれない斬撃・打撃を待つ状態となっている。

───許し難い状況だった。

 

奴は、見境無く蹂躙して来た。

 

ある捜査官達が居た。そいつらは長年追い掛けていた人ならざるものの手がかりをようやく掴み、追い込みを掛けている所だった。準備は万全、逃がす事など有り得ない。不測の事態など起こり得ない───その筈だった。

結果としてそいつらは、一人を残して誰も戻れはしなかった。

突然現れた闖入者。そいつは見る間に捜査官達を粉砕していき、行きがけの駄賃とばかりに手配犯までも砕き、その撒き散らした血肉で周囲を満たした。

 

───周囲に張っていた守りが一斉に砕けたと思ったら、もうそこからダメでした。

 

───と、唯一の生き残りは語った。

 

対立している二つの集団が在った。人ならざるもので構成されたその集団達は金や女を欲し、更なる利を求めてお互いにぶつかり合った。単純な目的且つはた迷惑でそれなりの規模を持ったその構造はしかし、乱入して来た獣によって全滅という形で幕を終えた。

人ならざるもの同士の抗争が起こっていると聞き付けた捜査官達が現場に到着し、一構成員を捕縛しようと近付いたその時だった。

 

悪言を吐いていた構成員の頭が、掻き消えていた。

 

するりと伸びた爪先には蹴り潰した頭部の残滓。脚を伸ばした見事なフォーム。韋駄天さながらに場に現れた金色は、首をぐりぐりと動かしながら楽し気に辺りを見渡している。

 

今しがた対峙していた相手の頭は、あいつに吹き飛ばされたのだと、捜査官達が気付くのに何秒掛っただろうか。

 

あいつだぁ、と声を漏らしたのは構成員達だった。対立構造、勢力争いの図などまるで関係の無い、それはこの後に続く蹂躙を恐れる純粋な気持ちでしか無かった。

 

そして、その後は想像の通りだった。

 

期待に応え、奴は蹂躙した。

どんな派閥も人も人ならざるものも、逃げようとした者、立ち向かう者、何の区別も無く綯い交ぜにされた。構成員達が屯っていた路地裏も表通りの一部にさえ、飛距離に任せて投げ付けられた臓腑は飛び散り、道は濁った血で溢れ穢された。

そしてここでもまた、生存者が一人。

 

『金色の女妖怪』

 

『角と鬣持つ輝く女鬼』

 

『血と臓物に塗れた女神』

 

生存者の口から漏れる、こんな言葉が耳に障った。

大仰な形容だとは思わない。何の苦も無く周囲を踏み散らし、容赦無く仲間や自らの身体を抉り喰らう存在を、瀕死の眼差しの中で見つめ続けていたのだ。だからこそ奴の涼しげな顔や異形の部位が心に刻み付けられ、こんな事を言わせたのだ。

 

それが、何より苦しかった。

 

だってこんな目に遭わせておきながら奴は、前に俺と刃を交えた時と同じく、まだたったの二、三割ぐらいしか力を出していないと、知っていたから。

 

奴は強い。それを奴自身も知っている。知った上でわざとらしく見せびらかしているのだ。徐々に圧を強めるも、ひと思いに終わらせられるのも全て、奴の意思一つで。

こんなで酸鼻極まる不遜なやり口を好む奴、あいつは───

 

あいつは───あの姉弟は『睥睨獣(ヘイゲイジュウ)』という種族なのだという。

 

「ぼくも詳しいわけじゃない。それに、とっくの昔に滅んだと思っていたよ。だから、彼に出会ったときは本当にびっくりしたんだ」

 

『睥睨獣』とは龍と何かが交わって生まれた存在の子孫達、云わば『神獣』の一種らしい。

らしいやら『何か』やらと起源その他が色々と不明瞭なのは資料が残っていないからだ。形を成せはしたものの月日と共に散逸した物もあれば、観察、もしくは目撃した者が資料として纏められなかった───生きて返してもらえなかった場合も含んでいる。

 

「ずっと前に読んだ文献やかすかに見ることが出来た姿がたよりだ。姿を見て、こうして生きながらえているなんて、ぼくは運がいいよ」

 

睥睨獣は殺戮を好む。自分以外の他者を弱い者と見做し、屠ってゆく。それは同種であっても家族であっても例外ではなく。親は卵の殻を割ったばかりの我が子を喰らい、子は弱った親や若い弟妹を裂き、そうして奴らの傲慢な生態は保たれていた。

 

そしてそれは、強大な力と優れた回復力を持つという利点をも上回る、致命的な点でもあった。

 

「襲うから策を弄され討たれたということもあるだろうけれどもね。それよりも、子殺しや同種での喰らい合いが常だから、若い個体が育たなかったというのもあるんじゃないかな」

 

───だから、彼女を見かけた時に『ああ、あの時の彼の姉か母だろう』と感じたのは、本来ならあり得ないんだ。

彼らには絆やつながりというものはない。血縁などがあろうとも、それはただ同じ腹から生まれただけ、その腹から生まれただけというだけで、何にもつながらないんだ。喰らい合うこと以外には。

 

───けれども、彼女にはそれがあった。

 

「彼女は奇跡の存在だよ」

 

『奇跡』。カズトが軽々しく口にしない類の単語だった。

 

───奇跡なんて、偶然なんて、そうそう起こらない。

 

そうそう起こらないんだ。的確な利を与えてくれる、都合のいい奇跡など。

けれども今回に限っては、奇跡は向こうに味方し続けている。

 

『神獣』と呼ばれる存在が本来持つであろう厳かさや神性を、容易く他者を嬲り屠る身体能力に全て割り振った様な種族。全てを愉しみの為に活かし、何も後悔などしない。

その中でも、ニシカは殺戮に特化しているようだ。

ニシカには魔除けなどを毀損させる力がある。

俺達の事務所の守りを自壊させただけではない。先の捜査官が周囲に設置した防衛機具は、ニシカが近づくだけで一気に破壊され、人ならざるものの能力で作った守護の花飾りが、ニシカの接近寸前にたちまち黒ずんで腐り、崩れ落ちたという話も聞いている。

これは睥睨獣の特徴としては数少ない文献にも載っていない。生き延びて睥睨獣についてを書き記せたのなら厄介な特徴を書かないままにしておくとは考えにくく、そもそもそんな能力があるならばもっと多くの個体が生き残っているだろうし、睥睨獣以外の存在───今の俺達の数そのものももっと少なくなっていた筈だ。だからこれは、ニシカ固有の特徴と見ていいだろう。

 

そして奴は、自らの力を存分に生かしている。

 

頭が煮える思いだった。

奴は遥か高みに腰掛け、こちらが苦しむ様を見下ろしている。甚振られ、半死半生の状態となったこちらに対し、どう反応するかをいじくり眺め回しているのだ。

 

先程『生存者が居る』と言ったが、これは何も奴の手落ちや慈悲の為に命永らえたのではない。

『生存者』───殺されずに放置された被害者は、どれも身体の損壊が激しかった。手足の骨を有り得ない方向に折られた上で腱を引き抜かれていたり、眼球ごと顔の皮を剥がされていたりと、過程で命を落とさない程度に手加減された上で、それでも十分に弄んだのが分かる有様だった。

そしてそれほど引き裂いても尚、声帯だけは潰さず。

奴はわざと一人だけ生かしておいた。伝令、いや、『催促』の為に。

自分はやって来てこうした、だからもっと人員を寄こせ、喰らい弄ぶ対象をもっと投入しろと主張しているのだ。

前菜を意地汚くつまみ食いし、食い散らした上で、もっと寄こせ、いや『主菜』はまだかと強請る、その在り方。

 

───『生存者』は国営の機関に属する捜査官や戦闘員、俺達の様な民間からの奴ら、立場は微細に違ってはいるが、荒事含む人ならざるものへのやり取りを扱う連中に限られていた。全身の組織を壊され、もう二度と復帰は出来ない、いやそれどころか一命をとりとめるかもあやしい。未だに手術や治療は続いている。前述の証言は発見当時、瀕死からの辛うじての声であり、完全に回復してからの物ではないのだ。

その『辛うじて』を支えたのは義務感だった。どんな者が何をしたか伝えなければ、伝えて対策を考えなくては。止めなくては。そうでなければこいつは、更にこんな事を繰り返す。

 

───『生存者』は全員何処かしらで俺と繋がりがある組織所属の連中だ。お互い顔も名も碌に知らなくとも状況次第では協力体制に入るし、やり方こそ違えど存在をありがたく思っている、そんな者達だった。

 

───繋がりなんて何処にでもあるんだから。だから、それらしい物を辿っていったらいつかは着くだろ?

 

あの時、ニシカはこう笑っていた。

 

めぼしい『生存させるべき者』が居ない時、または端からそんな存在が居ない場所を襲撃する時には、奴は防犯カメラなどの機具を探し、わざと姿を残していた。

アイスクリーム屋に押し入り、客も店員も全て屠った際には、何もかもを食い散らした後にこんなメッセージを残している。

 

荒された店内。

血と訳の分からない物が飛び散った上に落ち、血の色に染まったカップとコーン。

床に飛び散ったものを砕きながら歩くニシカがカメラを見つめ、顔を近づける。

ズームになる画面。顔の周りが赤やクリーム色やら空色やらでべたべたに汚れているのが分かる。

そして口をわざとらしくパクパクと動かし、声を出さず、唇だけで語る。

 

『こ・い・よ』

 

『い・く・ぞ』

 

───「俺宛だ」と言い切るのは思い上がりが過ぎるだろう。

 

奴は目を付けた『武芸者』達を遊びながら喰らっている。自分でそう宣言していた。随分とふざけた話だが、対象が俺だけだとは言っていない。選別している風にも聞こえるが適当に喰い散らしもする、身体的能力に優れた相手を好んでいるらしいがそうでない存在も容赦無く屠る。こちらには分からぬ規則性があるのか、単なる気まぐれか、どちらにしても基準は奴の中にしかない。

 

───さっさと来いよ。来ねえならこっちから行くぞ。

 

憎たらしげに嗤う顔が眼に浮かぶ。

 

構わねえよ、誰宛だろうが。

 

誰に向けての言葉だろうが、ばら撒いた殺意を周囲の人間に好き勝手にぶつけているのには変わりない。恣意に中てられ屠られる者達に奴の意図など関係無い。そこに在るのは只の不条理、理不尽な死だけだ。

 

だから何にしろ、構やしないんだ。

 

「俺宛だ」なんて思うのは思い上がりが過ぎる。

 

けれどもこの場合は、俺に対してだけであって欲しかった。

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