前回の続きです。
あえかな糸口は有効打へと成り得るのか。まだ見ぬ可能性への不安。
日本刀が有効だという訳じゃない。それなら、前回俺が交戦した時にもっと傷を与えられている筈だ。
何かしらの守りや呪物のせいで動きが鈍ったか。いいや、今回は目的地に辿り着くまでの道中、碌な守りを張れていない状態での襲撃だ。『守りや防衛器具を毀損する』という奴の性質はさておいても、こちら側が敷いた守りのお陰などではないだろう。
───ならば、こちら側が意図していない呪物ならば、どうだろうか。
俺は奴について思い起こした。ニシカではなく、男の方を。
親交があった訳じゃない。仕事上で関わった事が十程、実際に面と向かって接したのは数回、それぐらいの繋がりだった。
仕事中に、討伐後に、こんな会話を持ってこられたのを覚えている。
「俺はこいつと色んな修羅場を駆け抜けてきたんだ」
「ずっと一緒にいるつもりだ。それこそ、最期の時も」
そいつは、得物である日本刀に執心していた。元々はそいつの師匠の屋敷にあった年季の入った飾り刀で、頼み込んで自分の物としたらしい。飾り刀として作られた物が武器としての用を成せるのか、という疑問よりも先に頭に浮かんだのは。
『戦場で使う刀を屋敷にずっと飾ってはいけない。同じ様に、飾り刀を戦場に持って行ってはいけない』
『本来の用が成せない刀は、持ち主を強く恨む』
『戦地に行けない戦刀は力を揮わせてくれない事を恨み、寝所で休む当主を切り刻み血を途絶えさせる』
『血腥い場に出された飾り刀はこんな所に来たくなかったと嘆き、肝心な時に当主を守らず、その血は絶える』
『だから、適材を置け』
そんな俗説である。
これは刀そのものの話というよりも『適材を置かずに失敗して致命的な傷を負う事への戒め』としての例えではないかと思う。采配や配置を間違え、結果重大な損害を被る。刀で無くとも素材でも人材でも、何にでも当て嵌まる話だ。あえて飾り刀を戦地に持ち出す人間が居るとも思えず、仮に恨む云々が本当だとしても実証が出来ない、意味も無い、有り得ない話だと思っていた。
だが、この目の前にいる男は、その古くからの俗説を知りつつ、わざとそれをやっていた。
「俺には家族は居ない。子供の頃に殺された。こいつは師匠から正式に譲り受けた。こいつの所有者は俺だけだ。だから、俺以外にどうこうなる奴は居ない」
「願を掛けたんだ。『俺はどんな死に方でもいい。死んだ後、ずっと切り刻まれ続けても構わない。だからそれまでは、どんな奴でも切り伏して周りを守るのを手伝ってくれないか』って」
「だからどっちにしても、ずっと一緒なんだ」
───先にも言ったように、そいつとは親しかった訳じゃない。
何で俺にそんな話を振ってくるんだ、と言っても、あんたならちゃんと聞いてくれそうだからと、話にならなかった。
そいつの執心ぶりは今回の『生存者』他同僚達には知られていたみたいだ。しかしながら、事情の一端や執心の詳細を聞いていたのは俺だけだったらしい。
俗説を信じていた訳ではないが、成程、あの刀ならと思わないでもなかった。
話を聞いた後に気になったから、いや、それ以前の戦地でも妙に目に付いたから、一回じっくりと見せて貰った事があるのだ。
刀身は鋭く、切先には陰々とした光が宿り。地金はどう言ったらいいのだろう、波打ちと輪模様が入り組んだ様な、複雑な様相を成していた。
───成程これは、神格や怨霊の類、もしくは誘う何かとまではいかなくとも、何かしらが宿っていてもおかしくない代物だ。
俺に刀を見せた男は、妙に得意げな顔をしていた。とっくりと見せびらかし自慢する事が出来て満足したのだろう。
だからきっと今回の顛末でも、奴は満足したのだろうと、そう思う。
奴は自らの得物で喉元を斬られ、刀は自分を戦地へと引き摺り出し縛り付けた者への意趣返しを果たし、かくしてここに伝承の証明と相成った。
どんな過去が、事情があったのかは知らない。
だが、もしかしたら、その執心が思わぬ突破口になるかもしれない。
───奴は、ニシカは、執心を多分に含んだ武器に弱いのではなかろうか。
報われるのかも分からない取り組み。長きに渡る労務は、どうやら『労多くして益少なし』とはならなかったようだ。
───俺は着実に、奴へと迫っている。
しかしながら、もしこの仮説が正しいのであれば、入手の困難さという問題が出てくる。
先に言った通り、あの男は刀に実に熱烈に執心していた。
手入れも欠かさず、運用に支障など出さぬよう、元から武具として作られた物に遜色無い、いやそれ以上の働きが出来る様に尽力していた。
それでも、ニシカには殆ど通用しなかった。
あの執心を超える物とは、ニシカの金色をも貫ける武器とは、何だろうか。
その可能性を持つであろう心当たりは複数思い浮かぶ。しかしながら調達が間に合うかは分からない。そしてこの仮説が本当に正しいのかも、分からない。
正しいと断ずるには塵の様な取っ掛かりだ。加えて、執心や妄執なんてこの世に溢れている。今まで数多の守りや呪物を触れるでもなく破壊し、多くの者が振り下ろしてであろう無念の刃を軽くいなしてきた神獣に、そんな物が通じてくれるのか。
それでもやるしかない。仮に俺が失敗したとしても『奴には通用しなかった』という証明になる。それはあいつを打ち倒すであろう後進への手掛かりとなってくれる。
───勿論、俺は死ぬつもりなんてないけどな。
奴を打ち倒すのは俺であるべきだ。あんなものに対峙しなくてはいけない相手を、多くの死や過去を背負って動かなきゃならない不幸な奴を、生み出してはならない。
それにしても、ニシカの動向が掴めないというのは不安になる。
奴の恐ろしい所はその馬鹿力や残虐性だけではない。やる事の派手さに相反する隠蔽具合もだ。
足取りが掴めないのもそうだが、雰囲気をがらりと変えられるのも厄介だ。
目鼻口や姿その物を変化させられる奴は山ほど居る。だが奴は顔立ちその物は変えていない筈なのに、身に纏う雰囲気を別人と言っていい程に切り替え、変えられるのだ。俺に近付いてきた時の娘姿と、元の力を部分的に出した女の姿では───俺が以前から奴に近しい者を知っていたやら、目の前で変化したやらという前提を抜いたらの話だが───もしかしたら同一存在だとは気付けなかったかもしれない。
───それに、あいつの形態は俺が知る、予想出来る奴だけじゃないかもしれないしな。
不安は募るが前に進むしかない。今目の前に居ない者を、今の段階では対処のしようが無いものを憂いてもしょうがない。
そうは思いつつも、俺の心の中の曇りが晴れる事は無かった。
余談ですが、作中に出した刀の伝承はネット上の怪談を少し変更したものです。
作中世界にはこんな言い伝え・俗説があるのか、程度に見て頂けたら幸いです。
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