前回の続きです。
ニシカ、先手を打たれる。
───さあて、今度は何をしようかな。
ここで少し考える。休憩は十分取った。いや、元から疲れてなんかはねえんだけど。やっぱり『切り替え』ってのは大事なんだろう。特に、一気に片を付けずに嬲る、こういう場合には。
師走の風が脚に絡む。引き裂いた布地が肌の上ではためく。『登山者の娘』を装う為の下袴は、ぞろりと面倒だから短く切り刻んでおいた。いくら脆弱な奴共相手だとはいえ、手足は自由な方が心地いい。
水平に並ぶ枝から枯葉が落ちる。爪先を突き刺した幹が微かに砕ける。
それより何より、楽しいのは。
木の幹に立つあたしと、木肌を穿つ爪先。その間には丁度、喉元を突き刺された男がある。
何日か前にこの山まで運ばせた『足』だ。数刻前まではやかましかったけど、今では、ほら、静かなもんだ。
跳ねる身体は重みで下へと垂れ下がり。気管からはひゅうひゅうと呼気の名残が漏れる。かすかなかすかな、そんな音と動きが、蹴爪を通ってあたしに伝わる。やっぱり何時聞いても、いい気分だ。
でも、こんなちゃちな遊びだけで満足したりはしねえよ。
樹の下には投げ出された履物がある。網目の細かく入ったブーツ。その横にはテンガロンハット───だったかな。山に入るにはおしゃれすぎやしないか、なんてほざかれたっけな。どっちも本腰入れて遊ぶなら邪魔臭えだけだ。ちょっと爪を出せば底なんてすぐに突き破れるし、頭回りも角を抑えられやしねえ。『控えめ』に遊ぶ時にしか出来やしねえんだ、そんな格好は。
はは、と風の中に笑いが混じる。足下の奴の喉も、風が通ってひゅうひゅうと鳴る。
山に入るには、なんて『お説教』をしてきた口も喉も、もうすっかり風通しが良くなった。
着飾るのは好きだ。でもそれよりも楽しい事は沢山ある。
これからどうしようか、どんな姿で山から下りて何をしようか───そこら辺に散らばっている奴らを、駆けつけて来るだろう者共を、どう嬲り屠り喰らおうかと、ずっと考えている。
そんな『これから』を思うだけで頭がいっぱいになる。思うだけで血肉の旨さが口の中に溢れ、か弱い悲鳴やぐずぐずとした命乞い、後悔の声やらが耳を震わせる。
最高の気分だった。
喰いたいものを喰い、愉しみたいものを愉しみ、行きたい所に行く。
血肉も脳髄も苦鳴の声も、あたしが感じ愉しむ為にある。あたしもそういうのを愉しむ様に出来ている。何もむつかしくはねえ話。それだけの話。
───いっそのこと、小手先なんて使わねえでありのままの姿で飛び駆け回って踏み潰し引き千切ってやるのもいいかもな。
新たな快楽を思うと全身が震える。
ああ、どんな奴を、どう嬲ってやろうか。
───と、ここで空気が揺れた。
感覚の先に何かが触れる。嗅覚の先に静かなにおいが触れる。
細い糸の先には静かな夜。静かな夜の下で醸された雫のしたたりが、先端をくすぐる様に薫る。
中秋の名月の下の清水 か。
とある山中、そこで十五夜の月光の下で湧く清水は霊力を持つ。
そこが何処なのか、あたしは知らない。今のところ興味は無いし、由縁も知らない。とにかくその頃合いのその地で齎された水は只の水とならない。
その水は場を区切ったり、区切りを無くしたり───境界を設ける効力があるのだという事は知っていた。
人間共が作る様なそんなちゃちな区切りの話じゃねえぞ、神通力や呪いで成された障壁だ。あの水は境界を破り、また新たに張り直したりする。何も無い所に一から張るのも勿論出来る。そういう代物だ。
そして、こんなもんがあるという事は。
この山の入口出口が設けられた辺り。それと山の中腹と。
仕掛けられた水の匂いと、遠くからでも分かる人間共の痕跡と味。思わず反応してぴくりと顔を上げてしまった。弾む気持ちは正直だなと、笑みがますます深くなる。
どうして今の今まで気付かなかったのだろうと思うぐらいに、それなりに大勢集まって来ていた。しかもこの様子じゃどいつもそれなりの力はありそうだ。これなら喰うまでにも退屈はしない。遊んでも多少は持ってくれそうだ。
ざっと様子を感じただけでも気持ちはますます弾力を持ち、胸の中で跳ね回っている。
───こんなに来てくれるなんて。嬉しいじゃねえの!
あたしを追ってわらわらと集まってきた武芸者共。これだけ居るんだったら、きっとあいつも来ているに違いない。
さあて、何処に居るんだ?
この先を、先達ての続きを期待し、待ち望む思いに促され、身を乗り出したその時だった。
───足元が、沈んだ。
急いで足を乗っけていた枝から離れる。飛びながら色々と確認する。今しがた居た枝先は特に妙な感じはしない。爪先に絡む男の身体にも、何らおかしな所は無い。勿論あたし自身にもだ。何だったんだと思いながら着地する。また沈む。ぬかるみに足を突っ込んだやらの『まっとうな』感覚じゃない。爪先を沈めてくるくせに妙に弾力がある。無理くりに例えると、羊羹や寒天の上にでも立っている様な───
さっき脱ぎ捨てた被り物やらが眼に入った。
履物も帽子もそこにある。邪魔くさい引きと千切った下袴の端切れのクズも、そこにある。
でも、形がおかしかった。大きくなったり小さくなったり、溶けたり膨れたりして、定まりゃしない。
瞬きをする。眼がおかしい。白く霞む感覚と、ちらつく何かを同時に感じる。白く何も見えない視界と、ごちゃつく何かに眼を奪われそうな感覚を、同時に味わっている。
さっきあたしは、自分ににおかしい所は無いと判断した。
───でもそれは、本当にそうか?
はっと、空に眼をやった。
仰いだ空、先程までの晴天一面には。
べたりと糊で貼り付けたかの様に、散りばめられた梅文様で覆われていた。
そして今、あたしが足を置く妙に弾力のある地も。先程まで止まっていた樹の皮すらも。
全てがわざとらしく、妙に平坦に。
全ては千代紙やちりめんの様な色や柄に染まり、こちらの感覚を狂わせようとしていた。
この小説にどのような描写を求めていますか。
-
アクション・動きのある描写
-
独白に近い心理描写
-
登場人物同士の交流描写
-
ぼかしている部分の明示
-
R18描写(性的な描写)
-
R18G描写(グロテスクな描写)