※さらっと書いていますがR18G状態の遺骸・押し入った現場の様子が書かれています。
前回の続きです。
ニシカの思い出と気付きと。(+現在の状態)
本人としては和やかないい思い出なんだろうけれども、巻き込まれた人間達にとっては災難でしかない。
───そしてそんな形で他者を巻き込み潰す輩を、六連は許しはしない。
───なあ姉者よ、これは要るか。
千鳥に矢絣、鹿の子模様。色とりどりの柔い紙。
いつかの家探しの最中、その時あたしは丁度見つけた飴玉を口に幾つか放り込んでいた所で───飴玉に金平糖に干菓子に、これも妙に量があったなあ───使わねえ、要らねえ、使うんならお前が使えよ、どこぞで女童にでも混ざって遊んで来ればいいんじゃねえの、と言うと、好まぬ、儂ぁ黄表紙を探しとるんじゃあ、と返って来た。飴を口に含んだこちらに負けず劣らずの、もごもごとした返事だった。
どちらにしても儂は要らぬよ、と口元から千代紙の束を寄こす虔彌の横顔に持っていた金平糖を投げつけた。なんじゃ、とこちらを向き直った顔。その少し上の先端、ちっこい角にまたぶつける。こすん、と糖が砕ける軽い音とぶつかり落ちようとする金平糖を喰らう動作。また何か言おうとする虔彌に隙を与えず、今度は前足の爪に飴玉をぶつける。
ぶつけたどれもが地に落ちる前に、するりと曲芸の様に身をひねる虔彌の口の中に。
どうしてそういつも甘味を喰わしてくるのじゃ、儂は別に好きではないというに、とばりばりと糖を砕く音に、砂糖漬けにでもしてやったらお前の不味い肉も少しはましになるかと思ってな、と返すと、ふぅっと鼻息だかため息だか分からん音を出された。
「儂の目玉や前足は姉者の糧食ではないぞ」
とにかくまた別を探してみる、とすいと空に浮き、虔彌は屋敷の奥にまた戻ろうとした。その背に、こっちにはなかったぞ、と声を掛けると、尻尾を二、三ゆっくりと振り、こちらを見もせずに奥へ。礼のつもりらしい。
とにかく、妙な屋敷だった。
まずは広い。廊下がやたらだだっ広いのもそうだが、部屋が多い。
それに干菓子だの千代紙だの、そんな小児が喜びそうな物も妙に多かった。
紙問屋という訳じゃないのは分かっているし、息子娘はおろか、丁稚や小女の類も見当たらなかったのに───手足をつまんで月代頭同士を叩きつけてやった中に、ガキなんぞは居なかった───もしかしたら沢山居たけどそれぞれ何処ぞに使いにやっている最中で、あたしらが帰った後にぞろぞろと訪ねた先から戻って来たのかもしれねえが、これも分からない。
屋敷の何処かに大勢匿って、もしくは捕まえてあるのかとも思わんでもなかったけど、それならあたしらが気付かない訳がない。虔彌といえども、敷地内で針が落ちた音や人の呼気、肌に衣が触れる音を聞き逃すなんて事は無い。あたしよりはずっと弱ぇし鈍いけど、それでもそれくらいは出来る───
ふと、さっき見たこちらに向けた背を何となく思い出していた。
大きくなった。いや、ずっと
それでも小さいは小さい。それは元のままでも悠々とここの通路を飛んでいけるのですぐ分かる。幾らこの屋敷がだだっ広いといっても、あたしならつっかえちまう。だからわざわざ人の形なんぞ取ってるんだ。
ふぁあと気の抜けた欠伸が口から洩れる。
さあてこれからどうしようか。
屋敷中から引っ張り出して来た衣を順繰りに試すにしても、まず湯浴みが先だ。
人の衣というのはどんな上等な物でも、血や臓物が付くとすぐに破れたり腐ったり駄目になっちまう。花模様やら輪模様やら大ぶりの縞やら、見たものを毛皮に映せたらそんな面倒は無いんだろうが、生憎そんな術は持っちゃいない。
湯浴みをするなら湯が沸かされてないといけない。
屋敷内にある大きな風呂釜は今しがた焚き始めたばかりだ。水だけで済ませてもいいが、今は気分じゃねえ。
なら人間の飯でも喰って待つかといっても、こっちも炊き始め、ゆがき始めだ。
米やら野菜やら荒巻やら、そのまま喰ってもよかったけれど、折角見た事もないぐらい大きな
鯉は……半分ぐらい獲っちまったしなあ。
庭園に添えられた小さな池。人間共に手を付けた後そこに虔彌と一緒に入って、中の鯉を掬った。喰い裂いたり潰して撒き散らしたり、妙な模様の奴を競って捕まえて、皮を剥いでそこらに投げやったりもした。
まあまあ面白かった。けれどもそれもいい加減飽いた。またやるにしても、もう少ししてからだ。
───ああ、面倒くせえなあ。
虔彌は屋敷の奥の方でごそごそやっている。こっちにはしばらく戻ってこなさそうだ。
畳の上に座り込み、さっき押し付けられた千代紙の束に指を掛ける。血肉や脂で埋まった爪の間で表面を撫で、どれがいいかを探る。そして手頃なのを引き寄せ引き千切る。べりべりと繊維の千切れる細かい音が響く。屋敷の奥からはごそごそと家探しの音。おっと、音が止んだな。いいのを見つけたか。
少しの間治まっていた音は、また少ししてから再開する。千代紙を破る音も併せて響いている。なんとも心地いい音だ。
ああ、ねむてえなあ。
今しがた千切った紙っぺらは小山になっている。これを撒き散らして、今すぐ眠っちまおうか。何をやるかはその後決めてもいいじゃねえか。
でも、この音の響きは心地いい。このまま眠っちまうのも勿体ない気がする。
屋敷の奥からはまだごそごそとした音が響いている。
ああ、まだ探してんのかあいつは。
うつらうつらとそんな事を思いながらも、手は止まらない。紙の小山は嵩を増している。少しづつ増えていっている。
なんて事ない昼下がり。
障子の隙間からは日の光が差し込んで。
屋根の元に居るのは差し込む光と、あたし達ぐらいだった。
───あの時の様なまどろむ感覚が、今こうして意識を沈めようとしている。
あの時とは違う。まるで心地は良くないのに、意識が沈む。粘り気のある泥の様な底に捕まえられそうになる。手足を振ろうが粘り気が取れず、それどころかまともに振るえない。足の裏は弾力のある地面に貼り付けられ、同じく沈められようとしている。
いや、いかれたのは眼や身体の動きだけじゃねえな。
───ふわりと、芳香が鼻先を掠めた。
鼻も利かねえ。今の今まで嗅ぎ取る事の出来ていた武芸者共の痕跡は何処へやら。今のあたしの鼻に臭うのは梅の花の匂いだけだ。
甘みも酸味も異なる様々な香り。突然臭覚に入り込み前とも後ろともなく香り、武芸者共の所在どころか、山中の土や木々の臭いまで掻き消して、今自分が何処に居るかの感覚すらぼやけさせようとしてくる、そんなわざとらしい香り。
視覚は相変わらず狂っている。遠近は崩れ、木々の輪郭は揺らぎ、渦を巻かんとしている。
そこに貼り付けられているのは、これまたわざとらしい千代紙の絵柄。改めて空を見やっても、天の先までも模様で覆われている。晴天は見えない。それは変わらない。
それに加えて、視界が白くぼやけている。
千代紙の模様が動き揺らぐ視界。それと同時に、まるで透かし紙でも貼り付けたかの様に、紙の裏の白地や繊維が見える。模様のごった返しと白く霞んだ靄。相反する二つが重なり、両立して視界を占領している。攪乱を誘うその様に眼は眩み、吐き気を覚えた。
白くぼやける視界。紙の裏の白地。繊維質は柔く、簡単に引き千切れそうに見えた。もし紙として目の前にあるとしたら、それが出来た。
───ふと、あのガキの顔が頭に浮かんだ。
ずっと昔に漁ったあの屋敷に居たかもしれない子供らよりは強いかもしれない。けれど虔彌よりはずっと弱く脆い───そんな奴の顔を。
虔彌は───あいつは馬鹿で弱ぇけど、それでも易々と討たれたりはしない。毛も肉もちゃちな刃や豆粒なんて、通しはしねえ。
それでも、殺された。
先だって遊んでやった時の顔が脳裏に浮かぶ。
引っ張ったならすぐに引き千切れるだろう、柔い身体。ちょっと撫でてやっただけで追い詰められ、苦痛に満ち、こちらを睨め上げ、それでも戦意は失わず、何かを仕掛けよう、仕掛けたいと、狙ってくる。
撫でる度に長い髪が黒く暗く飛び散って、まるでこちらの腕を絡め取ろうとするみたいに触って来たっけな。
はは、と笑いが込み上げた。
───あのガキ、どうやってもあたしに勝てねえから、インチキを仕掛けやがった。
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