前回の続きです。
六連の準備のターン。
過去のあいつが出てきます。
───きみのせいじゃないよという声に、そうだなと返した声は重苦しくはなかったかと、ほんの少しだけ気になった。
「彼女は暴虐の限りを尽くしている。巻き込まれるものが居るのもおかしくはない。きみも知っている通りにね。それがたまたま今この場所で、というだけだよ」
「それに、きみだってまったくあきらめたわけじゃあないんだろう?」
救助を視野に入れるにしても、奴をどうにかしないと不可能だ。
───それでも、そうだ、と返す声はやはり頼りない。
がんばっておいで、ぼくはここで待ってるから、と地べたに座るカズトの傍らにあるのは清水で満たされた平皿だ。『中秋の名月』の元でしか取れぬ名水。今年のその日にカズトが採って来た物だ。
カズトと───『今まで生きた中で誰も傷付けあやめたことがなく、あやめる術を今後とも持てぬもの』であり、同時に境界を守る塞ノ神であるヒツキとは、とても相性の良い水だ。
───すでにちゃんとした塞ノ神ではなくなったぼくでも、『境界を守る』という区分では役に立つだろうから。
清水で満ちた平皿達。これを、山の入口と出口に設置してある。
今俺達が居るのは入口だ。出入口の形をしている場所ならば、それでよかった。
中秋の名月の下で採れた清水には『境界を定める』効果がある。何者かに勝手に線引きされた境界を元の状態に戻したり、乱れ切った境界を仕切り直したり、また、境界の効果を強め、中に居るものを、もしくは中に仕掛けられたものを、他に出さない様にも、出来る。
そして境界に在り境界を守る塞ノ神は、その力を大きく増幅する。
本来塞ノ神という存在は自分の守る境界の外には出られない。だから、今のこの作戦はカズトにしか出来ない方法だった。
「『守る力』を増幅するのは元から出来るけれどもね。まさか、さまよっていることが役に立ってくれるとは思わなかったよ」
計画、そして実施し、確信を得た時に、そう感心した様に呟きながらこちらを見やった瞳を思い出していた。
そして今も、全く同じまなざしでそこに居る。
───くれぐれも無理はしないでおくれ。
分かっているさ。
そう返す返事すら、声には出さずに噛み締める。
妙な感傷に心を任せる暇は無い。これから色々な支度もあるのだから。
手にした鞠の上部をずらし、中に火を付ける。燻る火は中に置かれた固形物に当たり、見る間に焦がし芬々たる香りを周囲に振り撒こうとする。抑えて蓋をする。
蓋には精緻な細工が施されていた。金属製の材質と溝と、中の香りを何時出すか調節する、そんな仕掛けと。これは球状の香炉だった。
───さあ、始めようか。
準備が出来た金属の鞠を境界の内側に放り投げた。着地したそれはしばし沈黙していたが、やがて柔らかい煙を吐き出し始めた。
俺達の眼には白煙が微かに生じ霧散した様にしか見えない。だが、障壁の中に居る者には───そして万一この煙を吸い込んでしまった他の者には、色とりどりの模様が蔓延したかの様に見えるのだろう。
千代紙の絵の様な和柄が湧き出し、空を、視界内の全ての物を見る間に染め上げ、視覚を乱す。
千差万別な梅の香りが発生し、四方八方から粘膜を攻め立て、逃げ道を嗅ぎ当てる事を阻む。
足元は弾力を持ち足を沈ませ、歩む事も走る事も、簡単には許しはしない。
その香りは視覚、嗅覚、平衡感覚その他を侵犯する。
あらゆる尺度を、自身の存在という括りを無くそうとして来る。
本来侵害してはいけない『境』をも『存在しない』と見做し、踏み入っている。
全てを『関わり』と一括りにし、善悪やら動機、忌諱の境が無い───
───これはあいつの、『ウツツギ』の香だ。
この小説にどのような描写を求めていますか。
-
アクション・動きのある描写
-
独白に近い心理描写
-
登場人物同士の交流描写
-
ぼかしている部分の明示
-
R18描写(性的な描写)
-
R18G描写(グロテスクな描写)