邇獅噛視点の話です。
『ウツツギ』由来の幻惑に包まれ、感覚を狂わせ、六連は何を狙うのか。
作中に出てきた現象・物品の詳細はまた次のお話で。
───やっぱりまともに見えねえな。
何度眼を凝らしても、見上げる空は千代紙の様な模様が踊り、また同時に薄紙で包まれた様に白くぼやけてもあり、紙の繊維の様なちらつきは眼の奥から消えやしない。
風の通りが掴めない。木々のざわつきも土の臭いも満たされる梅の香りで掻き消え、弾力と粘り気のある地肌にとらまえられた足元と踊り揺らめき渦巻く景色じゃ、距離すらまともに掴めない。
全ては遠くに。遠くて近くに。
見えねえ上に何の術か分からねえ。だったら、とりあえずしばらくうろついてみるか。
白くぼやける天を眇めて見つめながら、そう思う。
どうせやれる事なんぞ限られている。ならば、術が解けたり状況が動いたりを待った方がいい。
───それに。
千代紙の模様の隙間、白く濁った紙の繊維を濾して、速度を持った『何か』が叩き込まれる。
あたしがどうであれ、あちらさんは待ちきれねえだろうよ。
空を切る礫共の音は妙に細かい。音だけじゃねえ、礫自身も細かすぎる。ここ最近いつも武芸者共が使ってくる『豆粒』よりは少し大きいが、それでも小さい。
そんな物がそれなりの速さを伴ってぶつかって来る。普通なら躱せるだろうが、こう視界がごちゃごちゃ、風の通りも読めねえとなっちゃ、そうもいかねえ。
しょぼい豆粒の雨あられ。チュンチュンひゅんひゅん音を立てながら、絶え間無く顔やら手足にぶつかって来る。弾力を帯びた地面にも当たって土を削りながら跳ね返る。別に痛かあないが、ちょろちょろひょろひょろ鬱陶しい。
───うぜえ。
「チュンチュンチュンチュンうるせえなあ、スズメかよ」
そう声を張り上げながら、脚を大きく振る。声が届いているかどうかなんて、どうでもよかった。
蹴りやった残骸は粘性の音を立てながら爪先から離れ、礫によって寸刻みになって周囲に散る。
骨や臓腑やら全てが辺りに飛び散り、模様と白一辺倒だった視界に赤い霧が舞う。今までさんざん貪って来た馴染みある色と臭いのお陰で、さっきよりはいささかマシだと思えた。
けれどそれもあくまで『さっきよりは』というだけだ。愉快な気持ちにはなるにはなるが、別にうねる景色がまっすぐになったとか千代紙めいた模様が消えたとか、明瞭に良くなったわけじゃない。
───効果なしか。
雨あられの礫に髪が少し乱れる。掌で受けてやると、円錐形の礫がいくつか採れた。いつもはこんなもんなら全て受け止めきれるし、何処から飛んできているかもすぐ分かる。
でも、今は。感覚が乱されきった今じゃ、こんなうざったいだけのモンでもこうして受けきるのがせいぜいだ。
この術だか何だか分からないものには、『穢れ』とされるブツをばら撒いてやったところで突破は出来ないらしい。
ならやっぱり、事態が動くのを、手を出し尽くしてやるより他は無い。
新たな手を使おうとする時。
もしくは向こうの手が尽きるか、集中力が切れるかして、補給前の小休止を挟む時。
そん時が狙い目だ。特に後者の場合は隙が出来る。場合によっちゃ時間も十分に貰えるかもな。
何しろあたしにとっちゃ、こんなのはちょっと鬱陶しいだけだからな。囲いが当分消えなかろうと、中で眠ってりゃいつかは無くなるだろうよ。
所構わずこの『インチキ』が使えるなら街中で遊んでやった時に使っているだろうし、あたしをずっと縛り付けておけるかもしれない所謂封印の類なら、わざわざ礫を差し込んで台無しになりそうな事をしてやる必要も無い。
───なあ、違うか?
先の見えない虚空に向かって笑顔を向けてやる。
どうせどっかからこちらを見ているだろう、インチキ小僧に向けて。
それにしてもこの礫は鬱陶しい。肉を抉れもしないくせにパラパラと、こっちにぶつかってきやがる。幻惑のお陰でぐにゃぐにゃして方向も分からねえから、投げつけてくる元を直接潰してやれやしない。それでも投げ返してやるぐらいはどうだろうなあ。さあて───
試してやるか、と手の中の礫に意識が向きすぎていたのだろう。
一瞬、飛来する礫の中に重い音が混ざっていたのに気付かなかった。
手で弾くよりも早く、その重みはまっすぐ向かってくる。
あたしの元に。あたしの、首筋に。
肉の抉れる音がした。
久しく感じた事の無い痛みを感じた。
引き抜こうと動かした手から力が抜ける。もう片方の腕が弛緩し、手の平から礫が零れる。
傷口から、突き刺さった部位から、力がどんどん抜け出していっている。
幻惑の模様の中でも、白い意識の中でも、ある筈の無い光を鈍く反射し向かってきたそれは、まっすぐにあたしの首筋に突き立っていた。
───銀色の矢だ。
只の矢じゃねえ事だけは明白だ。
あたしの肌を刺し、肉に喰い込むのだもの。そしてその上でこっちの力を奪おうとするなんざ、そんじょそこらの矢の出来る芸当じゃない。
黒いじわじわとした染みが紙の上を走るのを見た気がした。紙の繊維に湿度を含み黒く染め上げ、染まる以外の役に立たなくしちまう姿が、眼に浮かんだ。
この際痛みはどうでもいい、触りたくねえ。
このままにしたら黒く染み入ってどうにもならなくなっちまう。
───やってくれたなあ。
けらけらとした笑いが腹の底から出た。
おかしくておかしくてしょうがない。腹を抱えて笑い、ひとしきりの滑稽さを出し切ってしまうまで待つ事にした。
───まったくどんな手を使ってくれたんだ、あのガキは!
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