六連視点の話です。
どんな物品を用意して、どんな思惑で挑むのか。
───奴の笑いは迫と来て、大きな波動となりこちらに伝わった。
迫る笑いは初動を過ぎてもなお力強く、細かい衝撃波となってビリビリと響く。
弓を持つ手も、奴の方に向けた顔からも痺れが取れない。ひとつところに縛り付け、丘一つ挟んでいるというのに、なんて威力だ。
六連さん、篝先輩、と俺を心配する二人の声に気付く。二人の方に振り向くとする動作に合わせ、はらりと、髪が揺れて下りる。
その時になって俺はようやく、髪を結っていた水引が千切れていた事に気付いた。昔の弓の名手に倣って、また験を担ぐ意味合いも込めて、子供時代の様にみずらを結っていたのだ。
顔に手をやる。やはり、前と同じく擦り傷を負っていた。拭った手の平に薄っすら血が滲む。
十分に距離はあり、前とは違い窓ガラスの破片も何も飛び交ってはいないのに、である。
黒革の手袋の上にこうもしっかり付くとは、それなりに深いな、これは。
大丈夫ですか。あいつ、しこたま撃ち込んでやったのに。弾だって特別製だぞ、それでも削られてないなんて───そんな声達を制して、俺は再度双眼鏡を覗いた。
───効いている。
表情そのものはここからでは明確には分からない。けれども動くスピードが格段に落ちている。
元から攪乱されてはいて動きの精度も速度も落ちてはいたが、それでも、俺達にとってはまだまだ強すぎた。そこから更に力をこそげ落とさないと、話にならない。
それが、今ようやく、話が俎上に載ってくれた。
動きの鈍り具合も、首筋への意識の向き方も演技とは思えない。ようやく見えた勝ち筋、そこに賭けたかった。
───ここまでしてやった感があったというものだ。
まさか、ここまで上手くいくなんて、なんて呟きは内に飲み込み、前に進む事だけを考えた。
ここまで順調に来ているのに、今更弱気になってどうする。
黒い銃身は───今しがたひと働きしてくれた機銃は相変わらず、昼下がりの陽光の下で鈍く輝いている。
俺達の心情などどうでもいいといった具合に、そこに在る。
今しがた雨霰と撃ち込んでやったのは、特殊な弾丸だ。
特殊な結晶を軸に精製した弾丸に、儀式によって『祝福』を付与した代物。手間がかかるし手続きもややこしい。その分威力はお墨付き。通常ならば、拳銃で撃ちこんでやるだけで大抵の奴は大きなダメージを受ける。入手さえ容易ならば、常に俺達の手元に置いておきたいぐらいだ。
それをガトリングガンで連射し、浴びせてやった。
弾を特殊な形状にするのは今回が初めてだったらしく、結構色々面倒だった。メノウ達もそれを知っているからこそ、わやわやと色々言ってくるのだ。
───あれほどの手間を掛けて手に入れた貴重な弾丸が、ニシカの元では何の脅威にも成り得ず、消費されただけだったのだから。
しかしこれも想定内だ。
奴の魔除けや守りの類を毀損させる力については、とっくに承知の上だ。
少しでも効いてくれたら、削れてくれたらいい、御の字だ。そう思って撃たせたし、勿論これはメノウも犬養も知っている話だ。
何故なら本命の第一撃までの時間稼ぎと攪乱、それが主な目的だったのだから。
俺が撃ち込んだ矢は───ここまでやって来てくれたあの矢は、曰く付きの代物だ。
曰くなんて物はこんな仕事をしてたら嫌というほど見ているが、それでもあれは、ちょっと毛色が違った。
この矢の原料は、とある山の鉱脈から採れた鉄だ。
この鉱脈は曲者で、山を管理する鍛冶の家系以外の人間は勿論、神や妖怪など人ならざるものは───いや、人ならざるもの『なればこそ』、絶対に入ってはいけない。
入ったら二度と出られない事が多いからだ。仮に出てこられても、消耗激しく消えゆく寸前といった感じになり、二度と元には戻らない。
───この鉄は『神打ちの鉄』、もしくは『神殺しの鉄』と呼ばれている。
この何百年もの間、この鉱脈を潰そうと色んな奴らが動いてきた。しかしどれもうまくいかなかった。
下手に動き、鉱脈の瘴気に当てられ、消えていった。
人間でも入るのを薦められないのも同じくだ。存在を消されはしないが、体調が著しく崩れて、酷い時には寝付いてしまう事もある。
どんな人間でも微弱ながら神との縁がある。健康の神、日々の安全の神、食物の神。姿は見えなくとも、皆、こういった存在に支えられている。細いが確かな絆がある。それを一時的にでも消されてしまうから体調が崩れるんだ。
そしてそれは鍛冶屋の家も変わらない。だから、その家系の人間でも鉱山には足を踏み入れたがらない。
鍛冶の家系の人間が鉱山に入らざるを得なくなるのは『必要』に迫られた時だけだ。
『必要』に駆られて───正確には、必要になるだろうという強い予感に導かれ、鍛冶屋の家系の連中は鉱山に入り、鉄を掘り起こす。それに加工出来るぐらいに手を付け、作業が終わった辺りで武器を作ってくれと連絡が入る。その時手元にあるのは丁度、必要な分だけ。事前に連絡でも入っていたのかとでも思える程に、入り用な分と加工済の原料量が一致しているのだ。
きっと急いてくる『必要』が教えてくれているのだろう。
それは、ずっとそうだった。
───あの一件以外は。
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