先週の続き、六連視点の話です。
矢にまつわる『曰く』と、六連の見解。
鋳られた矢は、三本だった。
それはよおく覚えている。そう依頼した時、俺はあの人───前の所長の下に就いていた。俺達単独ではなく別の組織から協力を要請された、大きな討伐作戦だった。
『さるとらへび』の化物が三頭、これはなかなか厄介な相手だった。
素早い動きで気配が辿りにくいだけでなく、姿を完全に透明化出来る。猿・虎・蛇の特徴という目を惹きごちゃつく要素をも完全に背景に溶け込ませ、疾風の如く動いて人々を引き裂き、喰らう。
こちらが分かる言葉は使わず、動作も表情も何もかもが獣そのものだったが、奴らもまた神獣や霊獣の端くれだった。通常の得物はまるで通じなかった。だから、特別な手立てが必要だったんだ。
輸送されてきた『それ』を見た時、怖気が走った。
瘴気、いや悪疫や殺気と言い換えてもいい。一目見ただけで圧を感じるのに、仕事柄よく浴びる既知の殺気とはまた違う。あちらより直接的ではないが、関わると確実に侵食されると肌が知っている。例え鉱脈の話を聞いていなかろうと、あの人から「素手で触るなよ」と指示を受ける前であろうと、何の隔たりも無しにそれに触れたいとは思わなかった。
───今俺が黒革の手袋をしているのもこの為だ。加工されていようとあの鉱脈から採れた鉄の『神打ち』の験は全く薄れちゃいない。迂闊に触れたら、神々との縁が閉ざされちまう。一時的な物だろうと、これは危ない。戦場では致命的に成りかねない要素だ。みずらを結って挑んだのも厄除けの意味もある。手中にある鉄の影響が、少しでも害が及ばずに済んでくれたらと、出来る限りの事をやったつもりだ。
───奴に挑む前に手落ちで消耗しちまってた、なんて、そんな間抜けをする訳にはいかねえからな。
万全を期して挑む。それでも勝てるかは分からない。そんな相手を狙っているのだ、俺は。
───何しろあの時の『さるとらへび』三頭よりも、奴はずっと厄介なのだから。
『さるとらへび』を討つのでさえ相当に骨が折れたものだった。
まずは奴らに痕跡を付けた。姿を透明化させても関係ない、重みを与える特殊な塗料を散布し───勿論これも『特別製』だ───奴らをどうあっても視認可能にし、動く速度を落とさせた。怒った奴らには切り結ぶ役の職員を用意し、引き付けた上で、『神打ちの矢』で射貫く。
ここまでは問題なく、予想通りに事が進んだ。
予想外の事が起こったのは、二頭目に矢を打ち込んだ後だった。
引き付けられたさるとらへびの胴に矢を撃ち込むと、矢が当たった所から黒い煤の様に身体が崩れていった。驚き目を剥き、キィ、キィ、と慌てた声を上げるも、それすら空気に解け、消えていく。
後には、何も残らなかった。
自分の仲間が続けて二頭も消えたのだ、それまで静観していた三頭目も流石に慌てた。頭に血が上ったのか暴れ、目の前の相手の脳天に腕を振り下ろそうとした。
勿論そんな混乱極まった単純な動作に、対応出来ない俺達では無い。大振りに振り下ろされそうになった腕より早く、刀は獣の胴を切り裂き、ダメ押しと言わんばかりに貫いた。
それで止めが刺せるなんて、誰も思っちゃいなかった。狙撃役も弓をつがえ、射抜く準備をしていた。動きの阻害、足止めは十分になされた。ならば次は自分が撃ち込むだけだと、信じていたのだろう。
だが、その必要は無かった。
『さるとらへび』の最後の一頭は地に伏し身体を痙攣させた後、完全に動きを止めた。
何かの意図あっての停止かと疑い検分が始まる。警戒は怠らないまま、迎撃用に他の人員を周りに置き、身体などの確認をする。
幸い、そいつらは何もする必要は無かった───必要があった方がややこしくなかった、なんて思うのは、この後の結果を知っているからなのだろう。
『さるとらへび』の最後の一頭は、完全に息絶えていた。
先の二頭とそいつがどう違っていたのかなんて、今でも分からない。だがその後俺達が頭を抱える羽目になったのだけは確かだ。
───残ってしまった矢は、どうすればいいのか。
本来ならば何も問題は無かった。
『神』を討ち、役目を果たした『神打ちの鉄』は消える。討たれた神の残滓、黒い煤の中で鈍く輝き続け、残滓が空に溶けると共に消え去り、手元には何も残らない。
神を討とうと意気込む瘴気も不吉もその場から去り、俺達はただ後片付けの事だけを考えていればそれで済む。
だからこうして手元に残るというのは、前代未聞だった。
その後は大変だった。
ちょっとした人ならざるものなら、近付いただけで消えてしまったり回復不可能な損傷を追わせられる代物だ。おいそれとそこらに放置してはいけないのは当然だ。しかし鍛冶屋の家系の方にも対応策や保管場所などは無く、そちらに戻すのが良いともならなかった。
俺を含めた色んな奴が様々な事を勘案して、何とか適度な保管庫を見つけそこに収める事で話が付いた。『神打ちの鉄』と同じく、曰く有る暗所。人ならざるものの所属する組織からは遠く、また彼らはその場所を知らされてはいない、秘匿された場所。
矢はそこに厳重に保管され、二度と日の目を見る事は無い物だと思われた。
処理方法が編み出されるまで、もしくはこんな得体のしれない物の力をも必要とされる、不測の事態でも起こらぬ限りは。
しかし『不測の事態』という物は、この生業の中では何度だって来てくれるもので。
ニシカが執心を含んだものに弱いのではないかと仮定した時には既に、ダメ元で使用許可を貰いに行っていた。煩雑な書類も迅速にしたため、査定へと持ってゆけるようにした。
───これぐらい強烈なのが必要なんだよ。
ニシカに打撃を与えられるであろう手数は多ければ多い方がいい。思い当たる心当たりにはすぐさま声を掛け、知らぬ物については話を聞き、話の出所からツテを探し。それでも色々都合が付かず、即座に手元に持ってこられたのはほんの少ししかなかった。
だから、こうしてこの矢が存外に早く手に入ったのは幸運だったと言える。
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