※この作品はR-18です。

プレイアデスの瞳   作:甕下 星辰

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※別サイト(pixiv・ミッドナイトノベルズ)にも同作品を投稿しております。

邇獅噛と六連の視点の混在話。
幻覚の中での斬り合い。
状態・条件だけ見たら六連が有利。けれどもそんな事も無い。


屠龍の技研ぎ上げ、金鱗を刮ぐ⑯

 

───抜けねえ。

 

首に突き刺さった矢からは、黒く染み渡る嫌な気配が止まらない。あたしに突き刺さるほどの『立派で大層な』武器に出くわしたのこそ初めてじゃないが、それでもそれはポロリと取れてしまう様なモンだったし、抜けないどころか触りたくない、嫌だと思わせて来るのは今までに覚えが無い。

 

いつかは抜けるだろう。丈夫なこの身体だもの、たまに突き刺さって来る御大層な先端も、肉が盛り上がってその内押し出された。傷なんぞ塞がって万々歳、何の問題も無く絶好調のまま、愉しめるまま、いつもの通りだ。

 

すぐ傍に在るだろうそんな光景が、やたら遠くに思えた。

 

『消耗』なんて、あたしとは無縁だったのに。

 

とにかくやれる事はやろうかと、手の蹴爪を矢羽にどうにか引っ掛けようとした。

『羽』とは言ってもこれも鉄製だ。ご丁寧に、ここからも嫌な気配は漂っている。たっぷり含まれた瘴気にうんざりしながら指を掛けようとした、その時だった。

 

───何か来る。

 

飛んで来た『何か』は蹴爪で弾いて飛んで行っちまった。掴もうとしたのに、こんなしくじりをするなんて。あんな遅いのを───少なくともさっきの『豆粒』よりはずっとのろいし、威力もたかが知れてるってのに。

 

あれも『豆粒』だ。それも簡単な道具で射る、さっきのよりずっとしょぼい奴だ。それはよく知っている。馬鹿な武芸者共が、一人の力であたしをどうにかしようと苦し紛れに放つ、そんなのだ。

 

───そんな物を今ここでわざわざ放ってくる奴は、一人しか居ねえ。

 

さっきとは別方向から───方向感覚もおかしいから、本当に『別方向』かは知らねえけど───一瞬何かが眼を突いた。それが表面に反射した光だと気付く頃には、そいつはもう、目の前に迫って来ていた。

 

───こんな大仕掛け用意して『タイマン』張りてえってか、馬鹿じゃねえの?

 

太刀筋を蹴爪で止められた奴の眼は、不服そうだった。

袈裟斬りに行きたかったであろう刃は今や、あたしの手の中にある。その手の平をそのまま押し切ろうとにじり寄る力は前の通りに弱い。そう、前のままだ。何も変わっちゃいない。

 

こちらを睨め上げる瞳の中には、強い光が宿っていた。

きらきらギラギラこちらを突き刺す光の角度は、全てがこちらを向いている。焦点が合っている。

 

こいつは、周りを囲う幻覚の外に居る。

 

───やっぱり自分だけ優位に動ける様に仕向けやがったんだな、インチキ小僧が。

 

腕を払っても、思った様に吹っ飛ばす事が出来ない。それどころか、肉を抉るつもりで振るった腕には、まるで手応えが無い。自分でも分かるぐらいに碌に力が入らず遅いんだ、それは奴も承知の上だろう。

 

鼻の上に皺を寄せ、奴が顔を顰めた。

周りに散らばった肉の残骸に今更気付きでもしたのか。眼も鼻も利くのだ奴は、この状況で。

 

クソガキが。

 

幻に惑わされ、緩んでいた口が笑みの形となり、横に裂ける。

 

裂けた口にビビりでもしたのか、奴が横に退く。

『横』といってもこうも模様が纏わりもやつき渦を巻き、となれば正確には何処を目指したのか分からない。すぐ近くに居るはずの奴の姿はもやつきの中に消えた。気配も、臭いも何もかも辿れない。全部ぐにゃぐにゃとする模様とわざとらしい梅の花の香りで掻き消えている。

 

───また、何かが来る。

 

白くもやつき、もしくは、わざとらしい模様が絡む霞み掛かった大気を切り裂き、またしても奴はいきなり現れた。梅の花と模様と白い靄で滲んだ空気が、こちらに斬り掛からんとする奴の動きによって、多少は崩れてマシになる。大きな動きじゃねえ、けれども、幻覚でとっ散らかった場を『乱す』には、いい感じのやり方だ。

 

あんがとよ、クソガキ。

 

動きが止まる。そしてまた、奴は退く。馬鹿なガキ如きが、何かを察しでもしたのか。

 

まあどっちにしろ、あたしの有利は何も変わらねえ。

むしろさっきまでの鬱陶しい状況が、バカが来たお陰で少しマシになったぐらいだ。

後は適当にこいつを引き裂いて、幻覚が晴れるまで、矢が抜け落ちてくれるのを待てばいい。

業を煮やした武芸者共がやって来るか、もしくは待ち時間が長すぎて向こうの装備や陣地取りの手が緩んだ時、その時にまた愉しみゃいいんだ。

 

別に焦る必要も無い。

なにせあたしには、時間なんてのは沢山あるんだから。

 

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脚に絡む草を振り解きながら、俺は走った。

 

最短距離を取った訳じゃない。行き着くまでに怪我をしちゃ意味が無い。

何しろ俺が目指すのは、なるべく万全・十全の力で挑まなくては傷さえも付けられぬような相手なのだから。

工夫はした。手間は掛けた。遊び好きな性格に賭け、上手く乗っかってくれる事を期待した。

 

口振りやこれまでの被害状況やらで、嬲る為にあえて時間を掛ける、攻撃を受けてみる性質らしい事は容易に読み取れた。

それに奴の弟───『ケンヤ』との遭遇からでも、それはよく分かっていた。奴らは似ている。いたぶる事に時間を掛け、わざと隙を与えた上で嬲る、自分達の力強さを知り尽くしている、傲慢な奴らだ。

 

だから、その傲慢さに賭けた。

 

俺達如きが休憩所を突き止めてざわざわやっても、奴はまずい事になったなんて思わない。むしろ喜び勇んで、どう蹂躙してやろうかと涎を垂らし、相応に観察してから動く。

 

逃げ隠れもせず、即座にこちらに向かう事もせず。読みが当たってくれたのは本当に幸運だ。

 

カズトが守るのとは反対側の入口から山に入った。何も抵抗を感じず、容易に中に入る事が出来た。それでも、中秋の名月からの清水での守りは効いているのだろう。効果が揺らいだならば駆けつけるであろうニシカが迫る様子は無く、俺はひとまず安心し、また走る事にした。

 

十二月の大気は冷たい。特にこの時期の山間にて、動く中で当たる風は冷え切り、肌や神経をかじかませ痺れさせる。

 

しかしながら俺の身体は熱く、心臓は早鐘の様に脈を打ってうるさい程だった。

 

早く、はやく、辿り着かなくては。

 

疾く走れ、急く動け、そう焦る心は遊歩道を渡り山肌を登り、やがて、目的地に辿り着いて。

 

俺は奴の姿を、すぐそこに見た。

 

───ははあ、本当に効いてくれてるんだな。

 

息を潜めても普通ならすぐに気付かれる。気付かぬ振りをして甚振る下準備をしているにしては、焦った素振りが板に付き過ぎている様な気がする。気配や動きが雑だ。

 

十二月の大気は冷たく、空は青い。冷たく澄んだ空気の中で、奴の渦巻く髪、金色が揺れながら光る。

しかしそれも前よりもぼやけて見える。間違いなく、以前よりもずっと精彩を欠いている。

 

あれは演技じゃない、奴は本当に消耗している。そう思えた。

 

視線は定まらず宙を泳ぎ、耳はピクリとも動かない。ぼやけているであろう認識の中で唯一気にしているのは、首筋に突き刺さる矢に対してだ。奴の視線が注がれているのは、そこにだけだ。

 

───だったら、押し込んでやったらもっと活路が見出せるかな。

 

消音装置は付けている。奴は幻惑で乱されている。けれどもこの状況でも、完全にこちらを認識出来ないと言い切れるのか?音を立てて姿を見せたら、即座に交戦となる可能性が高い。

それでも、やってみる価値がある。

 

藪に隠れながら、俺は奴に向けて銃弾を撃ち込んだ。まっすぐ跳んでいった弾はしかし、奴の蹴爪によって弾かれた。

 

───遅い。

 

前までの奴の動き。それとは比べ物にならないぐらいに遅い。そして腕の振り方そのものも雑になっている。以前に交戦した時の奴はもっと、腕を振るうだけでも技巧と圧を感じた。

やはりあの矢は打撃になってくれているのだ。

『さるとらへび』の化物の様に黒い塵となって消えたりはしないが、それでも。

 

弾丸を射った位置からこちらの場所は把握されている。その筈だ。しかし、視線がこちらにはっきりと向く事は無い。はっきりとは認識出来ている訳ではない。それは大きかった。

鏃を押し込んでやるのは銃弾だけでは難しい。ならば、今のこの状況を生かして。

 

俺は移動する事にした。最初はそろそろと、動きに対してニシカの反応が無いと知るや、速度を上げて。速度を上げ、飛び付き、奴に斬り掛かる事にした。

 

全てが上手くいったなら、ばっさりと斬られてくれる筈だった。

でも、そんな事は元より有り得なくて。

俺が振るった刀の切っ先は、奴の手の平にあった。切っ先を握り潰され圧し折られる前に、刃を押し付ける。肉が切れる気配は無く、奴の力だけを感じる。それでもにじり寄るつもりで全力を押し付ける。

今ここで、俺がこいつを、やるんだ。

 

俺を見る奴の眼の金色は、精彩を欠いていた。

嘲りこちらを見つめる眼はしかし、瞳孔がぼやけている。縦に伸びた獣の瞳孔は今や、相手の微細な動きを判別出来るのか疑わしくなるほどに、周囲の金色と滲み、侵食し合っている。両者とも前に見た時よりも鮮烈さを欠き、焦点が定まらずふらついている。

 

奴は間違いなく、『ウツツギ』の幻惑の中に居る。

 

そこに安心してしまったのだろうか。刃を振り解かれてしまった。それでも、予想していた力よりはずっと弱い。何だったら俺の腕を捥ぐ事も出来た筈だ。へらへらしてはいるが、前よりはずっと真面目にこちらを見ているもの、遊び半分なんて言わず遊び三割ぐらいの心持ちで、この状況を打破したいと手を打とうとしているだろうに。

 

周囲には撒き散らされた血と臓物。

連れ回されていた男だ。間違いない。飛び散った残骸の中に服やら靴やらの一部がある。

立ち上る血やその他の臭気に意識が向き、今更ながらに気分が悪くなる。

 

───胸糞悪ぃ。

 

自然と鼻の上に皺が寄り、顔を顰めた。

 

それを覗き込み、奴が笑う。

横に裂けた口で満足気に、ぼやけた意識と視界を貫く程に明瞭に、鋭利な牙と笑いを浮かべる。

 

嘲っているのだ。

 

うだるような熱気を感じた。

遠い夏がそこに在る。汗ばむ熱が、砕けた心が、焦るしか出来ず動けやしない意識だけが、そこに在った。

熱を押し付けられひび割れる『何か』の音さえ間近に聞こえるようだ。

 

嫌だ、嫌だ、そんなのは───

 

───気持ちに呑まれそうになり、慌てて奴の前から飛び退いた。

 

妙な事を思っている暇は無い。奴の力をここまで削げたこの時を大事にしたい。奴がずっと酩酊したままでいてくれるとは、あのままの状態で居てくれるなんて、そんな保証は無い。

 

───軽く見積もっても二、三割程か。全力でも前のふざけ具合と同じぐらいしか力が出せないようだな。

 

勿論これは、楽観的で大雑把な見積もりだけれども。

 

十二月の冷たい空気と青空の下、攪乱され弱らされたとはいえ、奴の金色は未だ輝いている。

強烈な鮮やかさこそ失せたものの、くすみも淀みも無く輝きと精気を保ったままの奴を打ち倒す事なぞ出来るのか。

 

───やるしかないだろうよ。

 

斬りかかる俺に視点が合うのは数秒遅れだ。いきなり現れた、とでも言いたげな顔。それでも奴はガツリと音を立ててぶつかった刃を難無く防ぎ、大振りとなった俺の動きを見て、また微かな嘲笑を漏らした。

 

うるせえな、クソが。

 

また退いた。一進一退、進めているのかすら分からない攻防。

一応はこちらにかなり有利だ。しかしそれでも、俺の体力と時間だけは確実に削られていく。

 

色々と考えすぎて気ばかりが焦る。

汗ばむ背に過去やら仮定やらが押し付けられ、熱せられた鉄の様に肌と脊柱を焦がした。

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