前回に引き続き邇獅噛と六連の視点の混在話。
邇獅噛、本性を現わす。
弾丸の雨霰の合間を縫って、矢は見事に奴の首に刺さってくれた。
鏃も矢羽根も派手な装飾など無く、何の変哲も無い物に見える。だが瘴気纏ったそれには特殊な効果があり、しかも確実に効いてくれている。
ニシカは───奴は回復力が高いと聞いた。只の矢傷だと見做しているならば、自動的に肉が盛り上がり内容物を押し出しでもする筈だ。しかしそうはなっていない。俺の油断を誘う為、わざとである可能性もあるが、ここは良い方に賭けたい。
それに単純に、奴は矢に触れたくなさそうに見える。
刀を払おうと腕を振るう時、俺の頭を潰そうと脚を振り上げる時、矢羽根が奴の手足に触れる。もしくは、動く事で奴の身体付近の空気も揺れる。そんな時に、奴のにやついた嘲り顔が一瞬、苦い物でも飲まされたかの様に歪む。引っ込んだ笑みは俺の動きやら空振りやらを見ると、すぐにまた表面に戻ってくるが、見間違いではない。
本来なら、射られただけで身体が───恐らく魂とやらも───霧散する代物だ、弱い訳が無い。
効いてはいるんだ。あまり削れているように見えないだけで。
そして悪い事に、こちらの視線にも───矢を気にしているのに気付いている事も、首筋の矢をどうにかして深く押し込んでやろうと画策している事も───奴は気付いている。
今の所大がかりな何かを仕掛けて来ちゃいない。が、油断なぞ出来る訳も無い。
万全な状態よりは弱っているといえども、鳥獣の蹴爪も、獣の手足も、珠の枝の如き燐光を纏う角も、いいや単純な膂力でさえも───その気になれば今でも、俺を簡単に潰せる。
それをしないのは、やはり『遊び好き』な性格と自身は強大な存在であるという傲慢さからだろう。
俺の攻めに付き合い、偽りの活路を見せてぬか喜びさせておいて、消耗し切った俺を喰らうなり引き裂くなりして、『ウツツギ』の香の効き目が切れるのをゆっくり待つつもりだ。
指示こそしたものの、中で俺がやられたとなると衝動的に動く奴が居るかもしれない。指示を忠実に守ってくれたにしても、奴をそのままにする訳にはいかない。
どちらにしろ、状況は何かしら動く。
その時に生まれるかもしれない隙を、待っているのだ。
───ふざけるな。
よそ見すんなよお、と、奴が腕を振るい、俺の顔を潰そうとした。
間一髪で、避ける。右頬の薄皮が少し切れ、血が滴った。
つれねえなあ、と笑いながら、奴が指に付いた血を舐める。舐めながら何て事も無いのだ、という風に更に蹴りを繰り出してくる。避けながら姿勢を屈め、奴の腹に一太刀を浴びせる。
───痛い。痺れる。
打ち付けた反動が刀伝いにこちらに戻り、身体が痺れ、震えた。
一方の奴はというと、腹を少しだけ気にはしているが別に大して削られた様子も無く、今度は俺の腹を蹴り上げようとした。
奴は削れて来てはいる。しかし、眼に見えて分かる形では無い、成果としては微々たる物だ。
このまま行ってどうなるのか。
成果は出るのか。いや『成果』なんて立派な形でなくともいい。奴を打ち倒せるならば、どうだっていい。
美しい形じゃなくていい。それが成せないかも、なんて恐れが俺の中にあるのが問題なんだ。
冬の大気は冷たい。しかしそれは俺の熱を奪う事も、奴の輝きを大幅に削ぐ事も無く。
俺達は熱気と差し込む陽光の中で温度を持ち、在り続けた。
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インチキ小僧は焦っている───それは明らかだった。
奴の眼は光を失っていない。けど、そんだけだ。
別に攻めが激しいとかこっちを上回る速度で動き回る訳でもない。たわむ地面やら捻じれうねる和柄やら、インチキでこっちを攪乱しようが、結局はこの程度って事だ。
思ったよりもあたしがすり減ってないからというのもあるんだろう。奴の攻撃は重さが少しづつ失せ、速さを重視し始めている。只でさえ軽いくすぐりなのに。これじゃもはや撫でられてるのと変わらねえな。
あたしは文字通り『煙に巻かれて』いて、奴は明瞭な視覚でたわまない地面を踏み締めている。奴は幻惑の外に居るんだ。だというのに、奴はその優位をまるで生かせちゃいない。
───やっぱ、バカガキだ。
半端な装備でもどうにかなると思っていたんだろう。訳の分からん幻惑を使う術だけはツテがあったが、肝心の攻撃───矢以外に効きそうな得物をまるで用意出来ちゃいなかった。それなのに見切り発車で許可を出し、武芸者達を───傍に居た犬っころ共を動かして色々投げ入れさせ、結局は有効打なんて無いままにこうしてあたしの元に情けない面を晒しに来たって訳だ。
そして、たった一つの有効打かもしれない所を狙っているのも。
バレバレなんだよ、クソガキ。
このガキは首筋の矢を狙っている。もっと強く捻じ込めばどうにかなってくれるとでも思っているのか、執拗にここを攻めて来る。
確かにこの矢は何だか嫌なモンだ。瘴気の様な何かも漂ってくるし、触りたくねえ代物だ。
でも、刺さったままでも貴様をいなすなんて楽勝なんだよ。
ほら、インチキで後押ししてもらってるのに、もうへばりかけてる。
もう引き裂いちまおうかなあ。適当に刺されたり突かれたりはしたし、もう少し弱ってる様に見せかけてからどん底に突き落としてやろうかと思ってたけど、もうこれ以上面白くなりそうにねえな。根競べをやるのはどうせ同じだし、いい加減面倒臭くなってきた。
───いや待てよ、まだ愉しめるか。
どうせならあたしの全てを見せつけてから喰らうというのも面白いかもしれない。
力尽くしてどうにかして弱らせた、動きを掴めたなんて思ってたかもしれねえけど、全ては徒労、無駄な努力だったって思い知らせながら、寸刻みにして喰らおう。悲鳴も後悔も願いも、何処にも届かない声を響かせてやって、『味付け』としてやろうじゃないか。
ガキは怪訝そうな顔をしている。こっちが何を仕掛けてくるのか警戒し、後退りして構えながら、渦巻く模様の中に紛れ、どうにか対応する手を打とうと考えている。
なあに、そんな気張る事ぁねえよ。
くぅっと息を吐き、伸びをしながら腕を伸ばした。たじろぐ奴の眼は心底おかしくて、げらげらと笑いながらあたしはそのまま屈んで、地に手の平を当てた。
感覚が狂った身だとべごべごとたわんで実に頼りない。いい事を思いついた上機嫌も重なって、またも腹が引き攣るほどに笑いが湧いてしょうがない。笑いに合わせて地面がたわむ。人の肌よりも更に柔くぶよぶよと、置いた手や伸ばす足が、沈む。
でも別に、困りゃしない。
ぶよぶよと柔らかい地に爪を立てる。
相応に縮ませていた爪はどんどん伸び、元々の鋭さに戻り、地面の弾性の上に突き立ち、そして下へと潜った。背骨はどんどん伸びる。寝静まっていた活力って奴が脊髄を迸り激流となり、骨の嵩と長さを足してゆく。
───縮こまってばかりで、すっかり身体がなまっちまった。どれ、そろそろのびのび遊ばせてやろうか。
渦を巻く髪も嵩を増し、全身に広がる。控えめだった金色は本来の輝きと硬度を取り戻し、奴の眼を眩ませる。
前と後、両の脚も筋が膨らみ、元々の重さを取り戻す。
高さが、長さが、重さが、鋭さが、全てが戻って来た。窮屈とは無縁だ。
どんな
───な?分かってんだろ?
小僧の前にずいと迫り、嗤いかけた。バカガキが、愛想も無く眼を見開いてこちらを睨んだままだ。
───まあいい、せいぜい睨んでろ。
どうせそれぐらいしか出来ねえだろうよ、と、無様を晒した姿に笑いが止まらない。
奴は、立ち尽くしたままだった。
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