兆しに導かれ、不安のままで待つ。
わたしが駆けつけた時にはもう手術は始まっていて、みんな沈痛な面持ちでそこに居た。
一部の面々は居なかったけれど、それは他への連絡や後処理などで走り回っているからだろう。所長であるあの子に代わって───討伐の中で深手を負った六連は今や動けず意識もなく、何も出来ない状態なのだから。
あの子の携帯電話は、討伐の際に爪で切り裂かれ、大破していたらしい。
防護服でも庇いきれぬほどの斬撃を受けたなら、なるほど通話など出来っこない、通じる訳など無いと、妙に納得した。
防護服───並大抵の力では突破できない、特殊な素材やら術やらで保護されたスーツやコートの下にあった機械が切り裂かれていたのなら、皮膚や肉などは言うまでもなく。
───彼がああなったのは、ぼくのせいでもあるんだ。
そうやって語られる事情は、どう聞いてもヒツキのせいではないのは明らかで。そんな、とか、ちがう、とかそういった相づちをも簡単には差し込めないほどだった。
───あなたも相当な深手じゃない。
吹き飛ばされたヒツキの右手首も、噛み砕かれたという薬指も、未だ回復してはいない。
六連が起きるのを病室の前で待ち、ヒツキから語られる説明を聞き続けるどれだけかの時間の中で、ヒツキの手首をくっ付けてくれた『彼』は───『錬金術師』を自称するホムンクルス、ヒツキの友達の一人だ───何度か病室の前に現れ、その度にわたしは彼の顔とヒツキの手首を交互に見比べていたらしく、そしてその度に『そうだよ』とうなずかれた。
今やヒツキの手首はきらびやかな素材で接着され、未だ修復されきってはいない薬指は、根元から完全にその素材で置き換えられている。
手首と薬指を補うそれが、かがやきと彩りを成して、疲れ切った眼を突いた。
「洒落てるわねえ。あなたはきらびやかなものは好まないと思っていたのだけれど」
そう笑って見せたけど、うまく笑えてはいなかったらしい。大丈夫かい、と逆に気遣われてしまった。
「きらびやかなのは素敵とは思うのだけれどもね。どうも、ぼくとは相性がよくないみたいで、用を成したらすぐにはがれてしまうんだ」
───ぼくのそこないはすぐに直る。
彼も、あの子もすぐに目を覚ます。大丈夫、すぐだ。
そこからまた何時間、何日待っただろうか。
励まし合ったり、慰め合ったりした後、ようやく病室の『面会謝絶』の札が取れ、わたしたちは中に入れるようになった。
『わたしたち』といっても、まずはヒツキが先だ。
ヒツキにメノウ、早乙女さんや犬養くんや他の面々───彼の部下、あの討伐に関わっていたものは、わたしよりも先に病室に入っていった。各々の報告───討伐中と事後に何があったか、どう始末したかの説明のためだ。
それは必要なことだ。彼もそう思うからこそ、限られた時間でのこの順番なのだ。
───なのに、どうしてこんなに腹の中が削がれる思いがするのだろう。
必要なことも、後々不要だと見做されるかもしれないことも、あらかたの機密は全て伝え合えたのだろう、ヒツキたちが廊下に出てきた。
みな回復を喜ぶというよりも、神妙な面持ちをしており、そこからあの子がどんな状態なのかはうかがい知れなかった。
───早くお入り。あの子が待っているよ。
声を掛けられたと気付く前に、もう身体は動き、戸を開いていた。
重く硬質な、その声に含まれているであろう意味を受け取る間も惜しいと、そう感じた。
六連は、わたしを待っていてくれていた。
寝台の上で身を起こしこちらに語り掛ける姿は、包帯やらガーゼやらで覆われ表情が見えづらい。そんな姿になってしまったのに、待たせてしまってごめんな、俺は無事だよとか言うものだから。
何をどう返せばいいのか、分からない。
「楽しい事がありすぎてどう区切りを付けようか迷っちゃってさ、なかなか便りを寄こせなかったんだ」
「別嬪な姉ちゃんとも遊んで───おっと、そっちが思うような事は何もねえよ」
こんなにぐるぐる巻きにしてくれちゃって、大袈裟なんだからみんな、とまさしく大袈裟な具合に明るく笑う。
手触りのいい女でさあ───
そう言って伸ばす指は包帯で固く結ばれている。その下の指は捻挫して腫れ、爪は完全に剥がれ、ガーゼで包まれた先端からは血が滲んでいる。
よくこれだけで済んでくれたと思う。
指の骨なんて折れてしまっていてもおかしくない、いいえ、下手したら全身ひしゃげていたかもしれないのに。
あなたの言う『手触りのいい女』は、ひと撫でした指の腹を裁つほどの鋭利な肌を持ち、針や剣のように硬くすべらかで、触れた相手を斬り潰す存在を言うのかしら。
獰猛で残忍な、人間の肉など簡単に引き千切り喰い散らす存在のことを言うのかしら。
な、おもしろいだろう、とこちらを見つめている眼は色が滲み、妙にどろりとして輝きがない。
熱があるのだ。
以前に忙しすぎて熱を出した時も似た様になったけれども、その時よりもっとひどい。普段は夜の闇のように深く青々としている眼が、完全に色褪せてしまっている。
熱で濁った虹彩は白濁した液が混入しているようにすら見え、滲んだ瞳孔からは明瞭さも失せている。本人の意図とは無関係に、ただひたすらに痛めつけられたのだという事実だけが伝わって来る。
───なんて、嫌な色。
まるで戦火に燃える街の上空、業火に熱く照らされた夜空のようだ。
指を伸ばし意志を示す手を、痛々しいその手を取り、指に口づけた。痛いであろう部分には触れないよう、それでも、それ以上痛いことにはならないようにと、思いながら。それぐらいしか出来なかった。
こうやって身体に、肉に訴えかけることぐらいしか出来ない自分が、ひたすら悔しかった。
まったく、なんにもおもしろくなんかないわ。
六連をここまで痛めつけたのは何者なのかは聞いている。
そして何故そうなったのか、その仔細さえも。
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