※過去作品の引用・改作です。(概ねのストーリーは違います)
邇獅噛討伐の顛末、ヒツキ目線です。
存在すら曖昧だった友が由来の品と、親友の疑問、それが故の心の翳りと。
思考を回して生まれた膨大な推理。その内から出来るだけ『かもしれない』、『この可能性もある』と誇大された枝葉はなるべく削ぎ落して、きみは冷静に糸口をつかみ、『ニシカ』の足取りを追ったね。
さいわいにして───けっして何も『しあわせ』なことではないのだけれども───彼女はひとりで街中の生活に必要な施設や人びとの多く集まる大型商業施設や庁舎、学校などを無秩序に襲撃し続けるなどの『乱痴気騒ぎ』を起こすつもりは今のところないらしく、彼女に被害に遭うのは政府や民間の討伐隊や調査官などの『武芸者』、人・人ならざるもの問わないならず者、または、運悪く彼女がつまみ食いしたいと立ち寄った店舗や民家に居た人びとに限られていた。
まったく何も『さいわい』ではない。しかし、大規模な襲撃や広範囲に影響を及ぼす神器・神具、もしくは呪物の奪取や濫用はなされていない。だからこれでも最悪からは離れているのだ。
『ニシカ』が、彼女が本格的に喰い散らそう、愉しもうと動く前に。これ以上多くの犠牲者を出さない内に申請や交渉その他がまとまり、彼女を斃せる可能性のある物品が一部でもこちらが手に入れられたのは、本当の意味で『さいわい』と言ってもいいことではあった。
『ウツツギ』の香も、その一つだ。
『ウツツギ』───ぼくの友達、記憶やものごとへの認識の境界をあいまいにしてしまう彼はとある組織に囲われていた。本来なら誰にも気にも留められずに逃げられるだろう彼をとどまらせていたのはほんの少しの気まぐれと、彼自身の能力を模したかのような、もしくは彼由来の香の力だった。
五感をも侵食する幻惑の効果は強力だ。不安こそあれど、もう少し工夫すれば並の守りや呪物など腐らせて無効としてしまう『ニシカ』ですら、完全にひとつところに留めておけるだろうと、そう目されていた。
香の力は、絶大すぎた。
『ニシカ』が現れるずっと前───『ウツツギ』を囲っていた拠点から香を持ち帰ったすぐあとから、ぼく達は効果を知るために何度も試みた。
少しの間だけ感覚が乱れるもの、数日乱れが抜けぬもの、何十日も意識が戻らず、その後も幻覚と乱れが抜けきらぬもの、数々の症状と、多くのものの感覚を乱したのち、香を用いた状況に適するのはごく少数だと分かった。幻覚も感覚の乱れも感じず、香が満たされた空間内でも通常通りに動けるのは今のところたったのふたりだけ。
ぼくと『イッショー』の、たったのふたりだけだ。
「何で『俺も』なんだろうな」
『ニシカ』の引き起こす騒動が起こり、作戦を立て、数々の物品の都合との兼ね合いの後、正式に香を用いると決まった後に、きみがこうつぶやくのを聞いた。
あいまいなところが多い香についての、あらためての疑問だった。
「この香を作戦に組み込んだ事を後悔してはいない。効果をよく知る俺自身が出来ると思ったから立案したんだ。『ニシカ』を幻惑し行動不能のままで拘束出来るなら、それは十分な成果だ」
「俺自身が仕掛けて動くのも不服じゃない。あの香の効果を受けずにまっすぐに進めるのなんて、俺達にしか出来ないんだからな」
作戦上の話じゃないんだ、と前置きし、『イッショー』はなおも語る。
「俺が言いたいのは、「何故『ウツツギ』の香は俺にも悪影響がまるで無いのか」って事だ」
生前のあいつの力は俺も浴びた。だから元からじゃない。
奴由来の物品に何か例外的な効果や裁量があるにしても、それは俺の知る事じゃないってのも知っている。意味を求めるのも、こんな話題を今話すのも違う。だけど。
───あいつに特別視されて当然なのは、お前だけだろうに。
翳がにじんだような声だった。
長きに渡り身を案じ、何度忘れようとも思い出し、奴を救おうと試みたという、正当な理由と由縁のあるのは、お前だ。
「だから、俺が同じ位置に在るのが不思議でならないんだ」
「俺は何もしちゃいない。命を奪う刃を与えただけ、他には何もやっちゃいないのに」
にじんだ翳は形を持たず、だからこそ、ありとあらゆる曲線を描き、心にぴったりと貼り付いてくる。
まるで、長く伸ばしもつれた黒髪のように。
だからこそぼくは、それは違うよと伝えたかった。
───それは、きみが彼にとって一番欲しい物を、『答え』を与えてくれたからじゃないかな。
まったくこの通りじゃないかもしれないけれどもね、と前置きをした上で、ぼくは続けた。
「彼はきみの中にそれを見た。最初はぼくを通して、そこから探り、最後にはきみ本人に行きつき、やはりそうだと確信した」
言葉を紡ぎ続ける。きみに届くように。きみがちゃんと納得し、後悔の影に染まり沈み切ってしまわないように。
そして彼の───『ウツツギ』の心のあり方を、安寧の所在を、ちゃんと伝えられるように。
「何年も、何百年も探し求めていた答えを、自分だけではどうしても見つけられなかったものを、ついに見つけたんだ。彼にとっては時間なんて関係ない、一見で巡り合えてよかったと感じられるものだったんだ。その過程で命を落としてもかまわないと思えるほどに」
彼の生きた道を、何に安寧を得たのか、見出したものを、伝えきりたい。
ずっと探し求めていたものに巡り合えるなんて、それこそ『奇跡』のようなものなのだから。
何年も、何百年もの遠い旅の果てを、この口で。
───ぼくとしては生きたままで幸せになって欲しかったけれども、こればかりはしょうがないね。
声にため息が混じる。この声音がきみに影をもたらしはしないか、少しだけ心配だ。
でも心を陰らせる必要なんてないんだ。だって───
「彼はきみに出会えて、十分幸せだったんじゃないかな」
言い終わると同時に、ぼくは『イッショー』の眼を見た。彼の青い瞳がじっとぼくを覗き込み返す。ぼく達はどれだけ見つめ合っていたのだろう。数秒、十数秒、しばらくの後、彼が口を開いた。
「俺と出会えて幸せになったんじゃない。あいつはずっと幸せだったんだ」
「お前が居てくれたからこそ、忘れても何度でも思い出して気遣ってくれたからこそ───あいつはずっと幸せであり続けたんだろうよ」
───生き方こそ違えど、あいつはお前に、ずっと感謝し続けていたよ。
彼はそう言った。言い切った。お前達の数百年を俺は知らねえけれどと言いながら、少し照れたような、それでも穏やかな笑みをぼくに向けながら。
───ああ、なぐさめられていたのは、寄り添われていたのは、ぼくの方だったのか。
ありがとうと伝えると、それはこちらの台詞だと、さらに笑みを向けた。話に付き合ってくれてありがとうだなんて、感謝の言葉さえ添えて。
きみは優しい子だ。やわらかな心を持ち、寄り添い支えることを厭わない。
だからこそ彼は、『ウツツギ』はきみに興味を持ち、最期の時まで嬉しそうにしていたのだろう。
出会えてよかったと、心の底から思いながら旅立てたのだろう。
それはぼくも同じだ。
きみに出会えて、本当によかったよ。
どうしたそんなににこにこして、と『イッショー』が言う。表情に乏しいらしいぼくの微細な変化にもすぐに気付くのもまた、細やかな彼らしい。
さあおしゃべりは終わりだ、どう動くか決めよう、と話を繰り出す。彼の顔からはすでに翳りはなくなり、職務をまっとうする『守るもの』としての表情に戻っていた。
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