※過去作品の引用・改作です。(概ねのストーリーは違います)
邇獅噛討伐の顛末、ヒツキ目線です。
何も出来なかった過去を思いながら、それでも前に走る。
今思うと、あれはぼくひとりで成したことではなかったのかもしれない。
山の精、川の精、斜面を下る風、村からは出られぬぼくに直接は関わってはいなかったすべてが「あれを出してはいけない」と力を貸してくれたから成せたのでは、そんな風に感じる。
今のぼくでは、仮に何かの力を借りようとも、あるいは誰かになんらかの手を施されようとも出来ることでは無い。そう思う。
あるいは、村に住む人びとの無意識が手を貸したのか。
何が起こり始めているのかは知らないけれども、誰か一人ぐらいは「なんだかおかしい」との感覚を持っても不思議ではない。「このおかしいのを広めてはいけない」との無意識の思いが、ぼくに伝わって力の一端となったのかもしれない。
いいや、これはあまりに都合のいい解釈だ。それに、もしそう感じ取っていたのなら悲しすぎる。
ぼくの取った手段はどっちにしても、彼らを苦しめるだけにしかならなかったのだから。
ぼくは村を封じた。鳥も虫もここに入れはしない。またここからも誰も出さない。
ここに居る者が外の道に出ることはなされない。伝搬する穢れを抱えた『脅威』から、外を。外に居るすべてを守り、封じ込める。
普段やっていたことの逆だ。
境に留まり、出さぬこと、害が及ばぬことだけを念ずる。それを、ぼくはやったのだ。
『彼』がみなへと伝搬されるのは、考えていたよりも早く済んだようだった。その日はみな、村の中に留まっていてくれた。それはある意味幸運だった。そして早く結論を出せたのもまた、幸いだった。
みなに取り付いた『彼』はまたたく間に人びとを蝕み、死へと至らしめた。
何かに気付いたものが境に近付き、出ようとするのを阻むと、長く脱出を試みるでもなく、すぐに倒れた。
わやわやと騒ぎが起こり、みなが駆け回り、悲鳴。悲鳴が細くなりうなり声に。うなり声が徐々に消えて、呼気の漏れるか細い音に。
そしてそれに混ざる肉が折り重なるやわらかな、音。
何日ぐらいだろうか、意外にすぐに終わった。それをぼくは、入り口との境でずっと見続けた。
動けはしなかった。少しでも入り口から、外との境から外れてしまうと、『彼』が外に出てしまうかもしれないから。
だからぼくはみなが朽ちるまで、ずっと見ているだけだったんだ。
人の手で葬儀や野辺の送りをしなくとも、旅立ちというのは必ず起こるもので。
村の人びとはみな、おのおの旅立ちの準備を整えていた。
旅立つ前の村人の一人が、ぼくの像の前までやってきた。まだ年若い青年だ。
ああ、あれはあの時に名前を見たあの子だ。名前を見たのはつい最近のことだと思っていたのに、もうそんなに経っていたのか。
───どうして守ってくれなかったんだ。
血を吐くような罵りも、身体を失った姿で像の上にのしかかられても、何も響きはしなかった。
けれども叶うならば、怒りのままに打ちのめされ、このまま滅ぼされてもいいと、そう思った。
しかしぼくの像を責め立て、叩きのめし穢そうと試みる青年は、母親に促され立ち上がり、やがて母親の一礼と共に去って行った。
不敬を成してすみません、あなた様のせいではありませんよと、そう言い残して。
それは、他のみなも大体同じようなものだった。
すべてはぼくのせいだ、だから怨霊としてぼくにしがみ付いて、ぼくを引きずり道に引っ張ってゆくのはしょうがないと、そう思っていたんだ。
でもちがった、みんなひとしきり僕にしがみ付くと、みな歩いて道の向こうへ行ったよ。
ここまで来て、ようやくぼくは自分ののん気さに気付いた。
ああそうか、何でこんな簡単なことに気付かなかったのだろう。
ぼくは只の道しるべ。恨む相手でも連れてゆくだれかでもない。
だからこうして残されひとり在り続けるのは、当然のことだ。
おかしいことなど、元からなかったのさ。
ずっとこうして見送り続けているというのに、そんなのにも気付かないなんて。
人の傍にあるという立場だったから、そんな風に思いちがいをしたのだろうか。そんな当然の摂理も、ぼくはすっかり忘れてしまっていた。
こうして、みな旅立っていった。
さあ、ここには鳥も虫もやって来ない。もうこの村に居るのはぼくときみだけだ。
こうして『彼』とぼくとの生活が始まった。
『彼』───なにも語らぬその存在を、ぼくは便宜上『彼』とした。
姿は後に外の世界の文献で見た『大歳』にも似ていると感じた。けれども、『大歳』そのものではない。もしそうなら、こんなささやかな害だけで済むとは、到底思えぬからだ。
みなの骸はそのままだった。埋めてあげたいけれども、自分が境から動くと『彼』が外に出てしまうだろう。だからそのままに、自然に任せるままにしておいた。
村中を見渡せる眼は村が滅んだ後もずっと持っていたままだったので、ぼくは村の中の骸たちを、その上に取り憑く『彼』をずっと見つめていた。
気まぐれに気分はどうだい、などと聞くと、『彼』はぼくの声など気にも留めず、日光を見つめながら『眼』をしぱしぱとまたたかせた。
そんなものなのだ、『彼』は。
なにかしらの道理はあるのだろうが、それを簡単には明かさない───見ているだけで分かるような代物ではない。しかしそれに基づいて動く、ただそれだけなのだ。
骸と『彼』を村の入り口から見つめ、時に宿を求めて訪れるものを追い返す、そんな日々───それはぼくの像、石像の顔がはっきり分からなくなるまで、雨風にさらされ続けて穿たれてしまうまで、いやそれを超えてもなお続いた。
いつ消えてもおかしくなかったであろうその状況を支えていたのは、「あの廃村には何故か入れない」、「『なにか』がそうさせているのかもしれない」という通りかかる人びとからの畏れがあったからだろう。そんなささやかな気持ちの動きだけが、ぼくを支えていた。
ある時ぼくは、『彼』の姿が、みなの上に居るすべての『彼』が、おぼろ気になっていることに気付いた。
やはり『彼』は何も語らない。眼をつむり、眼だけで安らかな表情を浮かべ、やがては輪郭のすべてを空気に溶かし、消えていった。
『彼』は居なくなったのだ。
死んだのか、去ったのか、それは分からない。けれども、少なくともこの場にはいない。
そこからさらに数年を置いて、ようやくぼくは村に人を入れることにした。
『彼』が去ってなお安全かどうかの確証が持てなかったからだ。数年経っても『彼』の姿を見ることは無かったし、『彼』を感じることもなかった。だから、もう大丈夫だと判断した。
長らく座っていたから動くのには一苦労だったけど、まあ、こちらも問題はなかった。
ぼくが入れた人たちは村の中を丁寧に片付けてくれた。転がっていたみなの骸も、丁重に葬ってくれた。
だからこれでもう大丈夫。なにも悩むことはない。
そうしてぼくを成すほとんどの要素は、なくなった。
本当はあの時、あの場に留まり続けていればよかったのだ。
新たな村ができ、新たな神の誕生を待ち、昔の村のすべてがなくなったことをあらためて目の当たりにし───そして消える。
それがきっと物事が移り変わる、正しい手順だったはずなのだと、そう思う。
けれどもあの時見上げた空を、空が高いということを思い出さなれば。
ああやって形にならぬ気持ちに駆られて走ることをしていなければ。
ぼくはこうしてみなには会うことは、できなかっただろう。
犬の子、『九十九 メノウ』───魔を討ち、母親を守ってくれたあの子にあこがれたという年若いきみは、色々なものを見て、自分もまた守るものとなってきているね。あの子からきみへと、バトンは渡されている。ぼく自身のことではないはずなのに、それがとってもうれしいんだ。
『犬養 毅』───生真面目でどんなことでも取り組むきみの励む姿は、きみを慕うメノウにもいい影響を与えているよ。お互いに補い合い姿は、見ているこちらもうれしいよ。守るものとしての重厚さを出すのは、きみの中にある『なにか』が故だろうか。けれどもその良しあしを簡単に判ずるには、ぼくには色々足りないみたいだ。
『早乙女 良』───瀟洒で軽妙なきみは、周囲の緊張をほぐし、みなを導くのに秀でているね。手練れであることを気負わず見せびらかさない姿勢を『軽薄だ』なんて、誰にも言わせない。こう伝えると、きみはかしこまっちゃって、と正面からは受け取らないかもしれないけれども。それでもぼくは知っているよ。
そして。
「悪辣を良しとする奴に『イケズ』と言われたなら俺は良い子だな」
そう声高らかに笑った、きみ。
そうさ、きみはいい子だよ。
だから辛い火の粉も、黒い棘も、無闇に吐き出すのはおやめよ。
きみの怒りは分かっている。けれども、あまりあまり内に燻らせてはいけないよ。
きみの思念は、きみの情は深い。だからこそきみの内側を傷付け、焼け焦げさせてしまうかもしれないから。
『イッショー』、ぼくの友達。
すぐれた『守り手』。棘のある感情も、ひりつく火の粉も振り払い、職務をまっとうできる子。
だからこんな心配は、本来なら無用なのかもしれないけれども。
それでもぼくは時折妙に気を回してしまう。
こんな風に気を回せる相手、なんてことない話題でこんなにぴったりと笑い合える相手は、そういえばずっといなかったなと、そんなことを思い出しながら。
すばるぼしの光、千々に分かれる心をも照らすかがやく瞳を持つきみよ。
きみは歩み続ける。黒いちまた、きみが選んだその先を。
きみは動き続ける。困難を打ち倒し、道を切り開き、そこに居るみなを通すために。
ぼくは歩き続ける。まだ見ぬ果てに辿り着くために。
ぼくは動き続ける。平和に生きる人びとを守るために。
ぼくには、これしかできぬから。
動けぬままに「もっとなにかできたかも」と思い続けるのは、辛いから。
守りたいのに守れぬというのは、何もできず見ているだけというのは、とても悲しく苦しいことだから。
十二月の山は寒い。大気の冷たさなど気に留める間もなく、足を速める。
ぼくは、ぼくのさいわいのために。
だからこそ、誰もこぼさぬようにと懸命に進み続けるんだ。
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