※この作品はR-18です。

プレイアデスの瞳   作:甕下 星辰

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※別サイト(pixiv・ミッドナイトノベルズ)にも同作品を投稿しております。
※過去作品の引用・改作です。(概ねのストーリーは違います)

邇獅噛討伐の顛末、ヒツキ目線です。
ヒツキの物思いと右手首と薬指どうなったの?という話。



凛と響き、燃ゆる(篝は焔、焔は業火)⑨

『ニシカ』の骸から六連を引きはがすのは大変だった。

刀に全体重をかけて倒れ自ら重しとなった上で、柄を離さなかったからだ。彼女が息を吹き返さないか、せめてやれることをと、そこまで考えた上で意識を手放したのだ。

 

その懸念は、ある意味正しかった。

 

彼女の身体は───検分するための刃物が入らなかったから、目視だけの判断になるけれども───右眼と首筋の矢傷以外は、ほとんど攻撃が通っていなかったのだ。被毛に入っていたと思われた刃も中の方でせき止められたらしく、まともな刀傷とはなってはいない。

それでも、無駄だったなんて誰にも言わせない。

六連が交戦し彼女を動かすことで、全身に血を巡らせ、矢からの厄を身体に浸透させたのだから。この結果は、六連の頑張りが成したことだ。

 

『ニシカ』を斃すことができたのだから、これぐらいの代償なら安いものだ───そうきみは言うのだろうね。

けれどそのために、自分自身がここまで削られるのをまるで気にしないなんて。

 

満身創痍のきみは目覚めない。医師や薬師以外は誰もきみには近づけず、きみは眠ったままだ。

 

きみは、こんな風に削られちゃいけない。

きみは血も肉もある生身なんだ。こう何もかも失うような捨て身を繰り返すのなら、傷が治っても痛みは消えず、肉体以外も欠けてしまう。

 

きみは、石仏であるぼくとはちがうのだから。

 

それともこんなやり方をしたのは、ぼくを見てきたからだろうか。

 

みな病室の前にいる。業務があるから適宜入れ代わりこそしているけれども、きみの目覚めを待っているのは変わらない。

みな状況に応じて動きながら、きみを待っている。

動かずにいるのなんてぼくと、知らせを受けてここまで駆けつけてくれた榮美里ぐらいだ。

 

榮美里は憔悴していた。こちらの説明を聞く顔も、あなたも相当な深手じゃないといたわる声も、すべてがにじみ、どうにか形を保っている。

 

───洒落てるわねえ。あなたはきらびやかなものは好まないと思っていたのだけれど。

 

そう笑う顔があまりにやつれていて、反射的に大丈夫かい、と口をついて出てしまった。

こんなにやつれてしまうなんて、と痛ましく思うと同時に、彼女のこんな姿を望むのかいと、聞いてみたくなった。

 

なあきみ、そろそろ起きたらどうだい。

彼女はずっときみを案じているんだよ。

 

ぼくみたいに「目が覚めてすぐヒツキさんが居られた方が喜ばれるでしょうから」なんて、特別に職務を免除してもらったわけでもない。すべての動きを自ら封じ、ずっとここから離れないんだ。

 

きみに目を覚まして欲しいから。

 

きみの帰還をよろこび、きみと語らい、共に居たいから。

 

病室横の長椅子で書類整理をするぼくを、今の自分にできる業務を行うぼくの手元を、榮美里はじっと見つめていた。右手首も薬指も、何の問題なく使えている。しかし榮美里の視線は、動きだけに注がれているわけじゃあない。

 

───やっぱり、華やか過ぎるな。

 

吹き飛んでしまったぼくの右の手首と、噛み砕かれた右の薬指は、金繕いで補われていた。手首は接着され、薬指には金の義指が被っている。特に義指は妙に機能的な様相をしていて、すごく目立つ。これは、『彼』の趣味だ。

 

『彼』───アーラン、ホムンクルスであり錬金術師の『変若水(オチミズ)』は、ぼくの手首を繕ってくれた。

 

『金繕い』とは言ったけれども、陶磁器の修繕とは違う。錬金術だ。何もしなくても直るは直るけれども、補強無しだとずっと遅くなる。だから、頼んだ。

もちろん『オチミズ』がここに居るのは、ぼくの右手の修復具合を見守っているというわけではない。

『オチミズ』は、ぼく達の事務所を守る品々の大半を制作している。

襲撃者から事務所を隠し、人に憑依し侵入しようとしても、弱いものならば引き剥がし、あるいはその場で祓う守りの品々───御守、呪物、アミュレット、呪符、呼び名は色々だ───を作る協力者というわけだ。

『オチミズ』は、自らの創るものに、技術に自信を持っていた。隠蔽も祓いの力も崩されるものではない。物品そのものも力をまとい丈夫で、壊されるなんてことはない。そう信じていた。

 

それが、『ニシカ』によって実に容易く壊されてしまった。

 

未曾有の神獣だ、別に彼の腕が悪い訳ではない。仕方のないことだ───そう、彼は思わなかった。

 

すべてを破壊した『ニシカ』を知りたい。彼女の情報から必要なものを得て、自分の創った今までを補強したい。どうすればより良いものが作れるのか、生かしたい。

もう二度と、成すすべなく無残に破壊されるなんてことが、ないように。

 

「これはボクの沽券が関わるんだよ」

 

そう彼は言った。めずらしく厳しい表情を表に出しての、言葉だった。

 

ヒツキの知りうる情報は得た。可能ならば六連の持つ情報もいち早く得たいと考えたようで───だから彼は、わざわざあの子の眠る病院にまで出向いているのだ。

 

『オチミズ』は、ぼくが六連のことを思い出し、あの子と共に務めようと決める前から、六連たちに協力していた。ぼくが彼と六連たちとのつながりを知ったのは、ずいぶん後になってからだった。

『オチミズ』は───『錬金術師のアーラン』は人が好きではない。正確には、人や一部の人ならざるものから発せられる感情、情念を嫌っている。だからあえて軽薄で『彼の嫌う種類の存在』が苦手とする雰囲気をまといそう振舞い、『ひと払い』をする。

六連のことも、彼はあまり好まない。

 

「肉っぽくて変な熱を持って、なんか長い虫とかミミズみたいに、ずるずるぐちゃぐちゃーって絡まってくるのが好きじゃないんだよね。こっちに特別な感情なんて持ってないのに伝わってくるんだもん」

 

キミの親友だから申し訳ないけれども、という声にはいつわりはない。

いいんだよ、と返す。六連もそう返すだろう。あの子も『錬金術師のアーラン』とは相性が悪いと感じている。だから、お互いをさりげなく避けている。物品の取引だけを中心に、たまに顔を合わせる時は、ぼくを挟んで。それぐらいがいいとお互いに考えているんだ。

それに、あの子自身も、自分が抱えるものについては同じように考えているだろうから。

 

「キミの友達の『榮美里』も、彼とつながる様になってから話しにくくなっちゃった。前はもっとサッパリしてたのに」

 

───でも本人はそれで幸せなんだろうからさ、なーんにも言えないや。

 

前に『オチミズ』に人の持つ情念が苦手なら、どうしてぼくと親しくしているのかと聞いたことがある。ぼくは塞ノ神、さいわいを願う人びとから生まれた存在だ。これはきみの苦手とするものに当たらないのかと。

 

『オチミズ』はしばし考えた。考えて、ゆっくりと口を開き、こう返した。

 

「だってキミは願いの中にあっても、それに浸っちゃいないじゃないか」

 

キミは人の感情に囲まれていてもサッパリしている。キミという存在が人々の『幸運への触媒』なのはそうなんだろうけどさ、キミ自身は成された幸福に必要以上に取り込まれない。ずっと損なわれずに在る。

 

ボクの『賢者の石』よ、キミは変わらない。

 

───彼のその言葉にどう返したのか、覚えていない。

複雑な気持ちになったのは覚えている。ぼくは塞ノ神、人びとのためにある神、彼らの歩むための道しるべだ。ずっとそうだった。

 

けれども、今のぼくにはあまりうれしい言葉じゃない。

 

それを知っているから、『オチミズ』も考えた末に口を開いたのだろう。彼の思う快い存在は、ぼくがそうあれと願う自分とはちがうから。そして彼は、自らの性質により親しいものがあまり居ない。だから、『共に居てくれてうれしい』という、感謝の気持ちを伝えるのをためらったのだ。

 

「きらびやかなのは素敵とは思うのだけれどもね。どうも、ぼくとは相性がよくないみたいで、用を成したらすぐにはがれてしまうんだ」

 

ぼくに施された金繕いをぼやけた眼で見つめる榮美里に、そう声を掛ける。

 

ぼくは容易にはなくならない。砕けても、やがて修復する。

守るべき場所を亡くして彷徨う塞ノ神にしては息が長すぎると、自分でも思う。

 

もしかして息が長すぎるから、あるべき姿から変容してしまったのだろうか。

それともそう思い込んでいるだけなのか───『オチミズ』と共に疲れた榮美里の顔を見ながら、そんなことを考える。

 

───ぼくのそこないはすぐに直る。

 

彼も、あの子もすぐに目を覚ます。大丈夫、すぐだ。

 

自分自身でも願いながら、そう伝える。

 

あの子は絶対に、戻って来る。

 

それからどれだけ励まし合ったり、慰め合ったりしただろうか。

ようやく病室の『面会謝絶』の札が取れ、やっとあの子に会える時が来た。

 

そして、それは同時に。

 

───六連は一体、どうなってしまったのか。

 

その覚悟をして、前に踏み出す時でもあった。




ホムンクルスの『オチミズ』(変若水・錬金術師のアーランの初出はここです。

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