前回の続きです。
荒唐無稽を追い、形を見つける。(そして更に厄介だと知る)
そこからはまさに『雲を掴む様な話』だった。
居るのか居ないのかよく分からないものを、本当なのか嘘なのかよく分からないものを糸口として見つけ出そうとしている。そんなある種の荒唐無稽な話をしかし、カズトは真剣に追いかけていた。
「『ウツツギ』は居る。彼は確かに居るんだ」
写真も手に入らず、似顔絵も描けない。そんな状況で「見れば分かる」というこの発言だけを頼りに走る俺達もまた、荒唐無稽な連中なんだろうなと、ぼんやりとそんな事を考えた覚えがある。
そんな荒唐無稽な話も追いかけると意外に地に足が付いたお話だったらしくて。
俺達は今、とある酒場の前に居る。『ウツツギ』を匿って、もしくは囲って居ると思わしき組織が経営する酒場だ。俺達は、今からそこに突入する。
突入した店内は、とにかく乱雑だった。
煙管に水パイプに何だか分からない仰々しい装置。煙草やらマリファナやらならまだいい方で、何だかよく分からない、得体の知れない葉を刻んで吸っている輩が、こちらをじろりと見てきた。
こんな物は別に怖くない。刻まれた葉っぱが妖力を糧として育つなんちゃらだというのも、いつもの事だ。そこに居る面々の罪状に応じて捕縛やら制圧を行う。
腕自慢もおられるようだが、こちとら精鋭だ。種族は何であれ、キメてるような輩に負ける奴は居ねえな。
───それにしても、何だここは。
店内はネオンやら剥き出しの配管やらで覆われていた。別にそんな内装はこういう仕事をしていると珍しくもない。だけれども、ここのは他とは少し違う。
この店のネオンは各国の祝詞やらが記号の様な形で歪められ、示していた。俺が知らないものもあるだろうから、認識よりもずっと多くが在るのかもしれない。
なんでこんな畏れを忘れた様な真似を、と心にそんな考えが一瞬浮かぶ。
それを振り切る様に、俺は声を上げた。
「おい早乙女、お前こういうの好みじゃなかったか?」
「やあだ篝ちゃん、妙な趣味の物全般、あたしの担当だと思ってなあい?」
早乙女は、すぐに答えてくれた。
あたしから見てもこれは論外、悪趣味過ぎよ。そう言いながら早乙女は俺の不安を払拭してくれた。
本当に悪趣味だ。けれどもお前のお陰で怖くは無くなったよ。
早乙女は奥の動きを警戒する素振りを取っている。俺の同期、俺とほぼ同じ実力を持つ頼れる男、よく分からん柄やら形の服を好む趣味以外は完璧な、それがこの『サイケデリック早乙女』だ。
様子を窺っているだけで終わる訳にはいかないので、先に進む事にした。先鋒は俺と早乙女、中間にメノウ、後尾が犬養とカズトだ。
奥に進むと様相は更に悪化して、ネオンサインやラッカーで本格的な呪印を散りばめているといった具合になった。無意味な落書きと綯交ぜになった呪詛が、幼稚な図式に隠れた本格的な式が歪で不気味だった。
その不気味さに呼応するように、奥から人ならざるものが押し寄せてきた。色んなものに酔いしれた表の客とは違い、冷静さを失ってはいない。組織の構成員達だ。
後方のカズトからは何も連絡は無い。向こうは大丈夫だ。
メノウががうぅと獣の声を上げた。鼻に皺が寄って影を落としている。完全に、相手の悪意を嗅ぎつけた顔だ。
よし、今ならいいぞ。大丈夫だ、妙な心配はいらない。俺も居るから。
怒るメノウと早乙女と俺と。この無敵の布陣で切り伏せ噛み合い、俺達は突破口を切り開いてやった。
切り開いた先に居るのがどんな奴かなんて、俺達には知る由も無かった。
俺達の『カチコミ』はおおむね成功だったと言える。
それはここまでの道のりだけでは無く、大部屋に乗り込んだ時も同様にそう思っていた。
むっと立ち込める煙に覆われた室内。構成員らと部屋の真ん中には『もてなし』を受ける奴ら───色んな使い走りにされる前段階として薬漬けにされている若者達───が居る。
向こうには怪我をさせちゃいけない。ここでの大暴れはちょっと工夫しないといけないぞ。
そんなしばしの思案もいつもの事。それからは俺達の独壇場。構成員は見事に捕縛された。
さあ、『ウツツギ』は何処だい、そう問おうとした時だった。
ひゃあ、撃たないでください、なんて間の抜けた声が聞こえたのは。
今しがた俺達が撃ち合ったりなんやしていた後ろ側にあるテーブル。その影から、若い男が出てきた。腰を抜かしているのか四つん這いで、でも、手には煙管と水パイプ───シーシャのノズルを握って放そうとはしない。
───あんな所にも隠れていたのか。
見た所大学生くらいか。そいつはたっぷりと『もてなし』を受けたのだろう、妙に話し方が間延びしていて、言葉先もぼやけている。
「腰が抜けましたあ。おねがいです、手を貸してくださぁい」
落ち付け、危害は加えないというこちらに対し、そんな情けない事を口にしつつも手の中の煙管とノズルは手放そうとしない。自分で立て、酔うにしてもどっちかにしろ、などと思いつつ、手を貸してやった。
早乙女達から尋問を受ける構成員を見た。眼が合う。こちらの様子を窺うそいつの眼には怒りや悔しさよりも、怪訝な物でも見るかのような妙な疑問だけが広がっていた。
目の前に居る若者は俺に笑顔を向けた。
淡い色の髪。染色はしていない。白いぞろりとしたシャツにカーキ色のズボン。首に掛かるストールとかいう奴は生成り色で、目立つ服装ではない。
───こんな所に居るにしては、妙に不似合いだ。
差し伸べられた俺の手を、そいつは取って笑顔を深めた。
「やあ、どうもありがとう。優しいんだね」
───
手を振り払い、突き立てた刃が煙管によって防がれた。
そしてそれとほぼ同時に、声が響いた。
「『ウツツギ』!」
安全を確認しながらやって来たカズトの声が響く。
───こいつが、『ウツツギ』か!
「やあ、ヒツキ」
「ドラマチックな出会いを演出しようと思っていたのに。そんな大きな声を出しちゃ台無しだよう」
人に付くか、塞ノ神らしいなあと、若者は───『ウツツギ』はにこにこと笑った。旧友に会えたのがそんなにも嬉しかったのだろう。本当にいい笑顔だった。
「ひどいなあ、一番の仲良しをぼくには紹介してくれないんだから」
俺の斬撃を『ウツツギ』は煙管で軽く避ける。えい、なんて馬鹿にしたような声まで時折添えてくる。
「引き止められていたんだけどね。きみ達が来てくれたお陰で縛めが消えたよ」
じゃあね、と、ご機嫌のまま、『ウツツギ』は跳ねた。跳ねて天井を蹴り、そのまま何処かに行ってしまった。
後には探していたものをみすみす取り逃がしてしまった、俺達だけが残った。
後に構成員から話を聞くと、上役がある種の術、何かしらの印を使い『ウツツギ』を捕らえていたらしい。それはあの部屋に限らず、あの酒場全体に掛けられていた。それが俺達の突入によって均衡を失い破られてしまった、その様だと語った。
「その様だ」、「らしい」という言が多いのは、構成員達も上役も、『ウツツギ』の顔形や共に居た経緯を忘れかけてしまっているからだ。
「捕縛、というか技で囲ったのは覚えている。けど細かい所は覚えてねえ」
「何時あいつに会ったのかも、もう俺達は覚えちゃいねえ」
───だから、もう聞くな。
うろ覚えの記憶を漁るのにうんざりしているのだろう、構成員は憮然としてこちらに伝えてきた。
『ウツツギ』はぼくといる時は人に害を及ぼさなかったよ、と、話し始めにカズトは言った。
「人を手にかけているならあるはずの殺意や悪意もぼんやりとした中でかき消えて、やったことを口にしていても、それが単なる作り話なのか、本当に行っているのかを判ずることがかなわなかった」
けれども、文の件で本当にやっていたのだと気付けた。
もっと早くに気付けていたら。きみ達が生まれるよりもずっと前に彼を止めることも出来ただろうに。
だからこれはぼくのせいだと、カズトはそう呟いた。
そういうものでもないだろうよ、そう口から漏れた。
「あいつのあの特性やら精神性は特殊だ。少なくとも悪意に関しては、あのメノウの鼻でさえ嗅ぎ付けられないんだからよっぽどだ。捕まって罰を受けたいとかそういう思考でもなさそうだしな」
だからお前のせいじゃないと、そう言った。他に巧い言いようがあるのかもしれないが、思い付かなかった。
それにしても、何であいつはあんなことを、と漏らした俺の言葉を耳聡く聞き、おそらく、とカズトが口にした。
───おそらく、彼は。
それは人間としての立場では、あんまりにも理不尽で、いい加減な話だった。
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