※過去作品の引用・改作です。(概ねのストーリーは違います)
邇獅噛討伐の顛末、ヒツキ目線です。
ヒツキの覚悟と、甘い処断と。
面会謝絶の札が取れた時、榮美里はとてもうれしそうだった。
憔悴の色が浮かんだ顔、疲れた眼が喜びで見開かれ、うるみ始めた。
ああよかった、と安堵の笑みが漏れ、誰に届けるつもりでもない感謝が続く。
嘘いつわりや打算なんてまったくない───「ある」だなんて、たとえきみ自身にも言わせないよ。
だってぼくは、ずっと隣で見てきたんだから。
榮美里。本当は、きみをまっさきに病室に入れたい。
それが出来ないのを、心苦しく思うよ。
だから、その代わりに。
ぼくは、きみの露払いをしよう。
きみが六連と安心して顔を合わせられるように。
きみ達の進む道が、糾う絆が、ほんの少しでも歩きやすくなるように。
───ようカズト、少し寝すぎたな。
病室のベッドの上で、六連が笑った。
病床の六連を前に、ぼく達は口々に報告した。
「『ニシカ』は倒れました。息を吹き返す様子も今のところありません。篝所長が意識を失った後も動かず、被害などはありませんでした」
「見分はしましたが、刃物も針も身体を通らなかったので、目視と機械に通しただけです。息は止まっているし、外傷やもちろん内臓らしき部分も修復されてはいないのですが、『完全に斃れた』とは言い難いのではないかと」
───何しろ『神打ちの鉄』ですら、完全に塵芥に帰す事が出来なかったのですから。
六連は各報告を熱心に聞いていた。熱心過ぎて、途中から身体を起こし、頷きながらの姿勢になるほどだった。横になったままでいい、まだ癒えてないのだから、と周りから諫められようとも、姿勢をゆるめることはなく、耳を傾けていた。
そして、「『ニシカ』は
『もがりのみや』というのは仮名だ。名すら容易には出してはならぬ、各地に散らばる葬送の場───極々限られたものしか行き方は知らぬ、命尽きた物を晒し、完全に『死した状態』とし朽ちさせる場所、それが
行き方はぼくも知らないし、もちろん入ったこともない。
道のりはとある一族の面々のみが知り、彼らは人びとに示された骸を運んで行く。彼らはこれを使命としており、代々受け継いでいるという。
死にもっとも近く、見送り続けるもの達、か。
もしかしたら遺骸がどう変ずるのかすら見守って来たのかもしれない、顔も知らない彼らに感傷を向ける時間など、今はない。
『ニシカ』はこれで完全に葬られる。
どんな治癒力も、どんな奇跡も、これは覆せない。
あのうだるような熱さも、真夏の陽のような極彩色の光輪を抱く金色も、すべては色褪せ朽ち果てるだろう。
死のにおいが満ちる墓所、昏い昏い棺の中で。
───何年かかるかは、分からないけれども。
「お前達が無事でよかった」
六連さん、篝所長、とベッドを取り巻く所員たちを見ながら、六連がねぎらいの言葉を掛ける。みな、そんな、そちらこそ、とねぎらいと申し訳なさを口々に漏らした。メノウなど、自分は大丈夫ですから、と涙ぐんですらいる。
ふと、六連の眼がこちらの視線を捉えた。
ぼくも無事だよと、右手を挙げた。病室に入って来たぼくにまっさきに声を掛けたきみは、それでもちゃんと治っているのを確認できてうれしいと、満面の笑みを浮かべた。
おしゃれだなー、ブレスレットとアーマーリング?とぼくの右手の『金繕い』を見ながらたずね、ちがうちがうと返したぼくに、そうかー、でもにあってるぞ、と気の抜けたような声で微笑んだきみ。
その顔は、全身は、包帯で覆われている。
六連、と姿勢をあらためたのに気付いたのだろう。なんだ、と六連も真面目な顔になってこちらを見返した。
「持ち場を離れてしまって申し訳なかった。どんな処分でも受けたいと思う」
こちらをじっと見つめる眼は、普段の燃えるような明るさが失せ、静かなものだった。
やはり、完全に調子が戻っているわけではないのだと、あらためて思い知らされる。
ぼくは、六連に危機が迫っていると感じて配置された地点から離れた。それ自体は後悔していないし、この行動が故に状況を変えられたのだとも思っている。
しかしそれは、本来の計画を崩す行為でもあって。
包帯で覆われた六連の姿は何も気にしていないようで、しかしとても痛々しい。
本来の予定には矢を───『神打ちの鉄』を素手で握るなんて行動は含まれていなかったのだから。あれは、完全に想定外の行動だ。
人間であっても『神打ちの鉄』と密に接するのはよくない。
どんな人間でもずっと持ち続けている神との縁を、一時的にでも消されてしまうからだ。健康の神、日々の安全の神、食物の神などなど───ささやかだけれども常日ごろの支えとなる絆を切られてしまうのは、すこやかなる生活を大いに損なわせることになる。だから、『神打ちの鉄』の採れる鉱脈には人間であってもおいそれと入ることは勧められないし、精製された鉄を扱う時も手袋などを着用し、極力間に挟むものを置く。
『神打ちの鉄』を素手で扱ったという話を、ぼくは聞いたことがない。
それでも「もしそうしたらきっといいことにはならないのだな」とすぐに分かるほどの瘴気を、『神打ちの鉄』はまとっている。
六連に想定外の行動をとらせたのは、ぼくだ。
場合によってはこれだけでは済まないぐらいの被害を生みかねない判断を、ぼくはしてしまった。
だからどんな処分を下されようとも、それを謹んで受けよう。
六連はしばらく黙り込んだ。黙り込み、しばし考え考えとして、ようやく口を開いた。
───それでもお前は、俺を助けてくれたじゃないか。
「元々の作戦だと、『ニシカ』をあの場に留めるので精一杯だった。最善手でも俺単騎で打ち倒せるかは賭けになる、情報を共有した他組織の第二陣、第三陣を本命とした方がいいような状況だった」
「あの時、俺の消耗は思ったより激しく、同時に『ニシカ』も予想よりも削られてはいなかった。だからどちらにしても、元々の作戦は十全には機能しなかった。悪い予想がドンピシャで当たるよりなお良くない事になるのを、お前が防いでくれたんだ」
───お手柄だな、カズト。
防衛手段を新たに取ってくれたんだ。個人的に持ち場の放棄には当たらない、でも咎だと見做すにしても褒誉の分でトントンだ。
「まあ何にせよ、正式な通達は退院後になるな」
そう言って、六連は笑った。どう見ても厳しい処断は下さないだろうと分かる、こちらを安心させるかのような笑みだった。
六連、きみは。
やはりきみは、ぼくを守ろうとしているのだね。
───それはあの子とあなたとの間の大切な思い出じゃないのかしら。
ぼくが六連と『ニシカ』との因縁の発端を語ろうとした時、自分がそれを聞いてしまっていいのかと、と榮美里は問うた。
「それでも、きみは知っておくべきだと思うんだ」
ぼくは、そう答えた。
榮美里、きみのことを『オチミズ』は「以前とは違って付き合いづらくなった」と言っていたよ。
強い感情、情念を、そんな揺れ続ける情動を抱く存在を厭う彼がそう言うのだもの、それは傍目に分かるほどに著しくあらわれているのだろう。
───でも本人はそれで幸せなんだろうからさ、なーんにも言えないや。
そしてそれを感じ取ったのは、なにも「自分が苦手としている六連に強く好かれている相手だから」というだけではない。
きみは、六連を受け入れたいと思っている。
あの子から強い愛情やいつくしみを受け取るだけではなく、その気持ちを返したい、自分の中で受け止めたいと願っている。
あの子のこまやかな部分を知り、色々なものを巧妙に隠すあの子のやり方をすぐに見抜いて、何をやっているの、と笑いながら、それでもそれを本当の意味でおろかだとは思わず、あきらかにするのを静かに待ち続ける。
今までを、これからを、すべてを投じて変じさせてもかまわない。
内側を押延べて受け止める準備は既に出来ている。
きみにそうさせているのは、まぎれもなくあの子自身の存在だろう。
だからこそ、ぼくが語ろう。
「彼が朗々と詠わないことだからこそ、ぼくが語ろう。あの子の源流を、ことわりを」
「知った後にどう動こうと、きみに咎はない。すべてはぼくの恣意が成したのだから」
あの子は意外に自分のことを語らない。
おしゃべりで外連味やたわむれることにしか関心ないように振舞って、肝心なことはあまり口にしない。
待ち待たれるのを千日手だなんて、きみ達が思わないのは知っているけれども。
それでも、後押しさせてくれないかな。
きみ達を遮るものなんてないのだから。
だからきみ達は、おたがいのつながりたい気持ちを大事にしておくれ。
「責はぼくが背負う。きみは『本意ではなく聞いてしまった』とすればいいよ」
どれだけ時間が掛かっても、どんな過程をたどっても。
───妨げるものはすべて、ぼくが持ってゆくから。
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