膨らむ腹と不安、しかしどこか落ち着いてもいる。
三者三様の幸せ。
胎内が躍る。
躍って跳んで膨らんで、内から表面から蠕動する鼓動は煩く、苛ませる。
ほんの数分前からいきなりこうなったのだ。張っていた胎がいきなりそれまで以上に膨らみ、内側から外へと跳ね回る。そのありさまは、まるで外に出せと檻の中で暴れ回る囚人を思わせた。
『始まった』のかしら。
わたしに掛けられた何かしらの術が、本格的に発動したのかもしれない。
わたしの腹を膨らませ乳を張らせ、何も生じないはずの胎にいつわりの脈動を与えた『何か』。その何かが本来の目標を果たそうと、動こうとしているのかもしれない。
───面倒なことになったわね。
もしわたしの腹を突き破り生まれるかもしれない『何か』が喰らい屠ることしか考えない怪物だとしたら、事態はある意味簡単だ。
あの子は『それ』をすみやかに討ち倒して、誰のことも喰らわせたりせず、わたし以外の被害は出さずにきれいに終えてくれるだろう。
もしも『何か』があの子かわたし、あるいは両方に似た姿をしていたとするなら、少し厄介かもしれない。
誰かが仕組んだものか、それともいびつな奇跡なのか。
本来は生まれるはずの無い子を、わたしの胎から育ったものを、あの子は否定し切れるかしら。
ありえない奇跡のために命を捧げるか、みんなの安全のために討ち取るか。
どちらにしても、辛い選択を迫られるだろうから。
もしも生まれた『何か』がわたしそっくりで。わたしを喰らいなり替わろうとするならば。
───それならば、わたしは「お気の毒」と言い残そう。
わたしの血肉を喰らったならば、わたしの胎でこの姿をすっかり模したならば、あなたはきっとわたしのことわりにあらがえない。
わたしが痛みを負ったなど気付かせないで、居なくなったなんて気付かせないで。
この先ずっと、あなたはこのことわりに縛られる。
あなたはあの子をどんな形でだって傷つけられない。だってそれは、わたしのことわりの中にはないものだから。
ただでさえ面倒な子なのよ、これ以上かき回す気じゃないでしょうね?
だから。だからこそ、今のままで。
腹はすっかり膨れて痛み、もうはち切れんばかりだった。
けれど膨れる腹を見ても情動は緩慢なままで、恐怖もあきらめの気持ちも一向に湧こうとはしなかった。
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駆けつける中で知らせを聞いた。
何かが起こっていると。一刻も早く辿り着かなければならないと。
間に合わないなんて、守れないなんて嫌だ───そんな気持ちに焦がされながら、俺は榮美里の元へとまっすぐ駆け寄った。
駆け寄る歩数は随分遠く、駆け寄り切るまで状況などまるで分からず。
ようやく病室まで辿り着けた時、榮美里は。
「大丈夫よ、急がせちゃったわね」
思っていたよりもずっと元気に、無事な声を聞かせてくれたのだった。
本当に大丈夫なのか、変な事ばかり続いて消耗してるだろうと頭を撫でるついでに、身体の様子も見る。
腹はもう膨れていない。検査をしても以前と同じで胎内には何も無く。名実共に『何も無い』状態へと戻ったらしい。
医師からの報告を聞く俺に榮美里が、そっちは片付いたのと訊ねる。
こちらも大丈夫だ、終わったよ、と答えると、そう、とそっけない返事が返って来た。そっけないけれどもこちらを見つめる眼は優しく、それに何か答えようとする前に、榮美里が頬を撫でて来た。
「あなたに怪我が無くて、何も無いままで帰って来てくれて、本当によかった」
返そうと思った何かは形にならず、代わりに形にならない、滲む様な感情が漏れて来た。
自分の方がずっと苦しかっただろうに、怖い思いもさせたのに、ずっと俺を気遣ってくれたのだ。それが分かるからこそ、申し訳なさでどうにかなりそうだった。
遅くなってごめんな、と吐き出す声を、ちっとも遅くないわと、榮美里の声が柔らかく包む。
一応は無事だけれどもまだまだ不安は残る。
これから検査がまたあるだろう。当分は家に帰れないかもしれない。それなのに、苦しいなんて一言も口に出さずに、榮美里はこうして居る。
それを思うと、申し訳なさで心が溶けそうになるけれども。
とにかく、無事でよかった。
今日から少なくとも数日は休暇を取ろう。
榮美里の様子を見て何も問題なく回復していたら、その後しばらくはまた休みを取って、その間は榮美里の好きなままにしよう。
どんなやり方でも、何を欲したとしても。
こうして無事でいてくれる事、それだけがただ嬉しいのだと、そう感じた。
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乳の出ない
多くを既に宿すかのようで、それでも宿るだろう何かをちゃんとしたところに移すことはしない、不器用な女。
要素を並べるだけでもいいタイトルが浮かびそうだけれども、それをわたしは思い付けない。
タイトルすら碌に思い付けないのに、素材にほんの少し手を加えただけで『作品』だなんて、おこがましいかしら。
おこがましくも他に目をやり、もっといいものがあったかしら、なんて考えたりもしたけれど。
ちゃんと要素を十二分に活かせたとも、思ってはいないけれど。
けれどもねえ、あなた。
わたし、あなたを見つけられたことを、後悔してないわ。
天啓など、訪れなかったわたしが見つけたあなた。
超自然の丁寧な手ほどきすらも見つめるものが多すぎると、きっと振り払ってしまっただろうわたしが見出した最高傑作。
多くを宿し、宿せもしない女。
矛盾しているようで、両立している。
あなたにを題名を、ことわりを与えるのは───
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