※この作品はR-18です。

プレイアデスの瞳   作:甕下 星辰

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※別サイト(pixiv・ミッドナイトノベルズ)にも同作品を投稿しております。

前回の続き。
『ウツツギ』を追い、能力を垣間見る。


朧の森にさまよい証を捜す③

人ごみの中を俺達は歩いていた。

『ウツツギ』の手掛かりは未だに掴めない。あの時あいつが逃げた後から、何も変わっちゃいない。今こうして歩いているのも別件での捜査の為だ。

 

一体何処に行ったんだ。

 

六連くん、と俺を呼ぶ『ウツツギ』の声を思い出した。

浮ついて安定しない、それでいてたおやかな声。ある所からやって来てするりと入り込み、そのまま痕跡も残さず去ってゆく、その性質がそのまま出ている様な、記憶に残らぬ声。

 

───何故、俺の名を知っている。

 

答えは知らない。問いただしたいが当の本人が居なければどうにも出来ない。

それにしても、人が多すぎる。

この時期の学生街だから混んでいるのは当たり前といえばそうだけれども、気が立っているせいか何だかとっても煩わしく思える。

周りを歩く若い奴らがおどけ混じりの歓声を上げる。面白い物が沢山ある、いや、周りの物全てが面白い物と成りうる、そんな時期。気楽でいいなあ、とは思わない。その中でも小さな選択や戦いはあるのだもの。そしてこの時期の若者であっても「元より何も楽しいと思えません」と常日頃感じてしまう奴も居るだろう。

誰にとっても、生きるというのは戦いだ。そしてその小さな戦いを、他の理不尽───超常的な不条理で潰させたりなんかさせない為に俺達が居る。

大学生達はギャーギャー騒いでお互いに突き合いながら歩き去っていった。その横を歩くのは女子高生達か。これまた明るい声で笑い合う。

矜持はいいにしてもこんなのに眼が向くなんて、やっぱり気が疲れているのかね、なんて思いながら視線を動かす。

 

おしゃべりし合う女子高生、二人してアイスのコーンを持って楽しそうに話している。

その隣には寡黙そうな男子学生。早く先を急ごうと人々の間を縫っている。

その向こうがカップル。人目も気にせずべたべたし合って、正直注意でもしたい。

 

その先、廃ビルの壁に寄りかかり、女子大生らしい娘に声を掛けているのは。

 

「『ウツツギ』!」

 

俺は叫んでいた。正直自分でも、馬鹿な反応をしたと思っている。

それでも奴は、『ウツツギ』は、何を思ったのか女子大生から離れてこちらに向かって歩いてきた。

 

「やあ、ヒツキ。それに六連くんも」

 

六連くん、ぼくを覚えていて呼んでくれたんだね、と何だか嬉しそうな顔で俺を見て、次いでいい名をくれてありがとう、これは覚えてもらいやすいんだ、と、続けて礼の様な物を口にし始めた『ウツツギ』に、カズトが尋ねた。

 

「ここ最近、幻惑の効果のある文をばら撒いているのはきみなのか」

 

「文だけじゃない。人を死に追いやった後で、その場所に留まり縁者と話す『梅の花の香りをまとった誰か』はきみで間違いないかい」

 

ほぼ、答えは分かり切っていた。

それでも残った『僅か』を「確かめたい」という気持ちを遮る術など、俺には無かった。

 

『ウツツギ』は数秒、ぽかんとしていた。けれどもすぐに笑みを浮かべ、答えを返す。

 

「そうだよ、すべが無くて困っているみたいだから助けたんだ。困った時はお互いさまだもの」

 

けれどもどうしてもと乞われて引き止められるというのは予想外だったなあ、と妙に柔らかい声でころころと笑った。笑いながら、ふと何かに思い至り笑うのを止め、不思議そうな顔をする。

 

「人とこう関わっているだろう、だって?」

 

「それはずっとそうだよ?前々から話しているじゃないか」

 

照準を再びこちらに合わせ、答えを述べる。

分かり切った、聞いてしまえばもう容赦など出来はしないであろう、答えを。

 

なぜそんなことを、とカズト。

問いというより、「漏らした」と表現すべきであろう、そんな声だった。

 

「関わりを持つ、ふれあうってそんなに悪いことかなあ?」

 

「前から『それはやめたほうがいいんじゃないか』とは言ってくれてたけど、ぼくには今のやり方との違いが分からない」

 

「分からないってことは、出来ない、しないってことだよ」

 

───やはりな。

 

やはり、カズトの言った通りだった。

 

───おそらく、彼は。

 

彼はすべてを『かかわり』とひとくくりにしているんだ。

 

ぼくの前ではどちらかといえば人助けみたいなことしかしていなかったよ。

これは装っているんじゃないよ。同じなんだ。

 

「彼にとってはすべてが『かかわり』というだけなんだ。人と言葉を交わすのも、物を拾って手渡すのも、人を自害に追いやるのも、幻術で惑わし他をも巻き込んで破滅させるのも」

 

「すべてが交流、ふれあい、むつみ合い───最後のは少し意味合いが違うかな、まあさておき、すべてが同じようなものなんだ」

 

善悪やら動機、忌諱の境が無い。本来侵害してはいけない、侵害するにしても『境』があると認識はしているだろう物にこいつは無頓着だ。いや、『存在しない』と見做している。

存在が希薄なだけじゃない、こいつは恐ろしい奴だ。

 

ふと俺は、あいつの眼を思い出した。

 

ガキの頃の俺を喰おうとしたあいつ。俺を抱えて走り出したカズトを遊びながら削り倒し、こちらの恐怖する姿を楽しんでいたあいつ。

 

───金色に成り損ねた黄土色をした、こちらを覗き嘲笑う獣の眼。

 

あれも確かに恐ろしかったが、あれは単純な暴力性や嗜虐性の持ち主というだけだ。こいつは、それとは別種の怖さだ。

 

けれども、どうか。どうか深入りはしないでくれ。

 

そんな密やかな祈りにでも気付いたのか。

ねえ六連くん、と『ウツツギ』は俺の方に水を向けてきた。

 

「六連くんは、奇跡を起こしてきたんだってね」

 

───なんのことだ。

 

訝る気持ちしか浮かんでこない俺に、『ウツツギ』は続けた。

 

「ぼくはね、奇跡というものをついぞ見たことがなかったんだ」

 

「きみの活躍は聞いたよ。きみは多くを動かした、そしてきっとこれからもそうなんだろう」

 

───それがどんなものか、ぼくにも見せてくれないか?

 

両腕を広げ、くるくると舞うような動作をする『ウツツギ』に俺は銃を向けた。

本来ならこんな堂々と攻撃動作を見せびらかすのではなく、別の誰かに頼むべきなんだろうが、生憎別件で出てきたせいで今は俺達は二人だけしか居ない。おまけに周囲は学生が集う街だ。皆集まってきている。この状況でこうするのは、ちょっと無理があり過ぎやしないか。

 

冷や汗が流れる。引き金から指が、妙に遠く感じる。

 

奇跡を見せておくれ、と歌うように述べる声は一転。

 

「でも、また今度にしておくれ」

 

とこちらの僅かな隙を突き、走り出す動作へと変わる。

 

呆気に取られての一瞬。そこから追いかける態勢に入る。何処に行った、なんて聞いても応える筈は無く。またしても追いかけっこが始まった。

 

賑やかな店先も、若い奴らの合い間も、走る車の上や側面も見た。

それでも、何処にも居なくて。

こんな所には居ないだろうけれどもと、休憩も兼ねてひとまず路地裏に入る事にした。

『休憩も兼ねて』なんていうが一応屋根の上やらビルの合い間やらも探しはしたんだ。カズトなんて「きみが根を詰める必要はない」なんていうけど、俺はまだまだやれる。だから心配するな。

休憩は終わった、また走るぞ、と、路地を出ようとしたその時だった。

 

───ねえ、教えておくれよ、六連くん。

 

俺の背後で、声がした。

 

声の方に向き直ろうとする顔に梅の匂いが届く。何故背後に居たのに気付かなかったのだろうと思うぐらいの強い匂いが、嗅覚を侵食する。

 

嗅覚、そして、脳髄へ。濃厚な匂いは問いを伴なって囁き続けていた。

 

囁きに引き摺られ、全ての感覚が妙になっている。

分かりやすいのは視覚。目の前が色彩で溢れている。鶯色の空には白い鳥が、古めかしいロゴマークのような絵が均等に貼り付いている。廃ビルには天色、というのだろうか、そんな色が鱗模様と共にこれまた貼り付くように存在している。

紅色の地面には梅の小花模様だ。それが散りばめられている。昔、ばあちゃんの部屋で見たちりめんの端切れやら、千代紙やらに似ている模様だ。それが空にも何処かしこにも、貼り付き主張している。

次は触覚。足下の梅模様の紅い地面は、やたら安定が悪い。当たり前の地面としてガタガタしているという意味じゃなく、羊羹か寒天かの様に妙に弾力を持ち、且つ油断すると足を沈めてこようとするのだ。これじゃ走るどころか、上手く歩けやしない。

梅の香りは周囲を漂っている。匂いの甘さや酸味すら分かる、個別の匂いがそこに在る。少しづつ、俺を取り巻き逃げ場を無くそうとして来る。

何故匂いが混ざらないのか、なんて、当たり前を問うてはいけないのだろう。

 

「ねえ、ぼくに奇跡を見せておくれ」

 

『ウツツギ』の声が響く。

距離感など無く。大きくなったり、小さくなったり、迫りは引いて。

 

遠近感が狂っている。

 

何処に居るのか分からない。奴の事だけじゃない、俺自身もだ。

 

ここは本当に、さっきの路地裏なんだろうか。

 

具合が悪くなりそうだった。弾力を持って沈めて来る地面に、周りのけばけばしさに、船酔いの様な気分を感じ、歩き続けているだけで精一杯だった。

鼻はずっと梅の香りを感じ続けている。匂いが混ざる事無く、鼻の感覚が擦り切れることも無く。

 

───いいや。

 

匂いしかない空気の中で、少しの違和感を覚えた。

 

ある所だけ匂いがまるでしない。不自然にそこだけ、何かの形で切り抜かれた様に。

 

しゃがみ込みそうになった腰をゆるりと上げ、杖代わりにしていた刀を抜いた。

そして一気にそこまで跳んだ。不安定な地面だ、跳べるかは不安だったけれども。そんな不安をも飛び越して、俺は向かった。

 

「夢中になって匂いを付け忘れたか、長生きのし過ぎで耄碌でもしたか!」

 

不自然に匂いのしないその空間を───『人の大きさに切り抜かれた様な』その空間に、俺は刃を突き刺した。

 

徐々に地面に硬さが戻る。

これは賭けだ。俺の思う通りだったかどうかの賭けだ。

もし違っていたら、俺は全てを差し出さなくてはいけない。そして、差し出す相手すら失っている事にもなる。

巻き戻される感覚。異常から通常へ。それによって、悪心と眩暈がより強くなったように思った。

 

駄目だ、気絶なんかしちゃ駄目だ。

 

俺は全てを、自分が何を成したのか確認しないといけないんだから───

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