討伐?回、最終話です。
───奇跡を、奇跡を見せて。
その声は、滲んで聞こえた。
手を伸ばす『ウツツギ』の眼から光が奪われ、手が落ちる。
視界を囲む千代紙の柄が消え、通常の空と地面に戻る。六連、と俺を呼ぶ現実の声が、ようやく聞こえてくれた。
ああよかった、俺は賭けに勝ったのか。
俺の元に駆け寄るカズト。耳に響く声が酔いの名残を掻き回す。乗り物酔いの様な眩暈と悪心が覚めやらぬ中、異臭が鼻を突いた。
梅の匂いも今や掻き消え、ばっと辺りに血と臓物の臭いが立ち込める。どろりとした臓物交じりの血が地面に零れ広がっている。
これは俺が付けた傷が故じゃない。
梅の花の匂いが途切れて、俺がこいつの形を捉える事が出来たのは、こいつが耄碌していたからばかりじゃないようだ。
こいつの腹は、元から破れていた。
目の前に転がる『ウツツギ』に眼をやる。
眼の端に入った瞬間も今も、信じられない気持ちでいっぱいだった。
それは、年老いたキジシロ猫だった。
白い毛は加齢でばさついていて、緑が濃い干し草色だけが『生きていた』という証明になるような、そんなやつれ具合だった。威厳も神々しさも何も無い、もしゴミ捨て場の隅にこうして横たわっていても誰も特別な注目などしない、情の薄い誰かが「嫌だわ死骸だなんて、早く片付けてよ」とだけ思ってくるような、そんな猫だった。
それはあまりに小さく、ひっそりとしていた。
今まで見てきたものとの違いに眼が眩む。
なんなんだ、今までの何が本当だったんだ。
眩む眼と、眩暈の失せた頭で考える。
同時に先程までのあちらの口上が、急に今までとは違った意味でおかしな物に思えた。
───奇跡を、奇跡を見せて、六連くん。
奇跡、奇跡とうるせえな。自分はこんな風に、魔法染みた事をやってのけた癖に。
俺には奇跡なんて起こせない。
奇跡なんて、例外なんて、そうそう起こらない。
常に起こる『何かしら』を丁寧に包装して、「ほら、お前の為の好機だよ」と差し出してくれる誰かなんて、居やしないんだ。がむしゃらに生きて物を見ようとしている中でたまたま例外に当てはまる事、答えを見つけられる事があるというだけで。
カズト───ヒツキはお前をずっと気にかけていた。どれだけ忘れても何回でも思い出しお前の存在を捉え、理解出来ないかもしれないけれどそれでもと、何回でも説得を試みていた。
『ウツツギ』という名───
『
長年お前がその名を使い続けていたのは、単純に他の奴にも覚えてもらえるから、便利だからってだけだったのか?
奇跡なんてとうに起こっていた。お前にとっての『奇跡』はヒツキだったのさ。
『ウツツギ』、きみは、とヒツキがつぶやく。
いつもながら表情が変わらぬその顔に、悲しみの色が見える。
傍に在った得難い物に気付けなかったのは不幸だと思う。
恐らく生まれながらに不自由を強いられたのは大変だとは思う。
でも、だからといってやって来た所業を帳消しには出来ねえんだよ。
もしお前が今までのヒツキの思いを踏み躙り、『悲劇的な死』を演出して去ったのなら。
気の毒な老いぼれ猫の腹を割き、血と臓物と幻術の目晦ましを用いて逃げたのなら。
それならまた俺が動くだけだ。容赦なんてしない。
その顔を忘れはしない。頭から消えそうになってもこの怒りがある限り、何度でも思い出す。
何処に潜り込もうが逃げられると思うなよ。ゴミ捨て場だろうがドブ川の中だろうが幾らでも浚ってやる。何処に居ても探し出して、この場で素直に殺されておかなかった事を後悔させてやる。
お前がやって来た今までや身代わりにしたこの猫みたいな───臓が飛び出た状態すら羨ましいと感じさせてやろうじゃないか。
だがそれは、この気の毒な猫をこのままにほっぽりだしておくという事を意味しない。
俺はベストを脱いだ。脱いだそれで老猫を包んでやった。
うっすら開いた眼を閉じ、腹から漏れたものをなるべく零さぬように。
もしこれが本当にお前なら、俺は今まで起きた未解決事件の犯人の実体を得たから回収する。
もしこれがお前に捕えられ惨い目にあった只の老猫なら、こんな所に置き去りにせずに葬ってやるべきだ。
だからこいつが何であれ、どっちにしろ俺は放ったりしない。
包んだ猫を胸に抱き、歩き始める俺にヒツキが、ありがとう、と言った。
いや、いいんだ、と返す。
今回、俺は何もやっていない。全ては唐突に目の前に現れて、これまた唐突に目の前から去っていってしまった。
だから、感謝される謂れなんて無いんだよ。
遺骸を見つめる視線はやはり悲しく、そして優しかった。
何とも云い切れない思いを形にして口に出す事も無く、俺はただ進もうと前を向いた。
今回の敵はヒツキの旧知である首括り狸、もとい仙猫の『ウツツギ』(現気)です。
『ウツツギ』は元々記憶に残り辛い(生まれつき幻術に覆われている様な)特性がありましたが、別に誰かを恨んだり自分を悲しんだりして人を襲っていた訳ではありません。人との関わりでは好意100%、つながりというものの分類が大雑把・ぼやけた奴だからああいう関わり方になりました。結果がアレでも襲っているつもりなんてまるで無いし、言及されても気付きはしない、そんな奴でした。
何が最善だったのかは『ウツツギ』本人も含めて誰にも分かりません。しかし、本人としてはかなりいい最期を迎えられたのでは、と思っております。
(ああしなければ、誰にも気付かれず・心にも残らずに消え、
記憶からも無くなる様な最期を迎えていたタイプの存在)
自分が何者なのか・本来の形さえも最期まで思い出せなかった・知らなかった存在が「奇跡なんて起こせないと言っておきながら、ちゃんと起こしてくれたじゃないか」と感謝しながら逝けたのですから。
登場する六連の同期の『早乙女』はメノウほどじゃないけれども、こいつもちょくちょく出そうと思っております。
この小説にどのような描写を求めていますか。
-
アクション・動きのある描写
-
独白に近い心理描写
-
登場人物同士の交流描写
-
ぼかしている部分の明示
-
R18描写(性的な描写)
-
R18G描写(グロテスクな描写)